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白状

願いかなうまで金三つ

2024.02.25 05:59

 平日昼下がりの喫茶店には気を付けねばならない。それも待ち合わせの相手がよく知らない人物だったり、久々に会う知人であったりする場合は特に注意が必要である。只今隣の二人席、若い女性と若そうでもない男性の組み合わせだが、テーブルの上には二つのカップの間に何枚かの紙資料が置かれている。女性の口ぶりは優しいながらも押しが強く、男性の受け答えは重く鈍い。話は進んでいないのだがどちらも席を立とうという気配はない。緞帳に腕押しするようなやり取りの中で、時折女性が笑いかけると、男性も笑う。その時ばかりは、心が通い合っているように見える。見えるのだ。心が、特に男性の表情には。

「何でも好きなものを頼みなよ。飲み物もさ、ケーキセットになってるやつじゃなくて」

 俺のお相手、向かいの男は勿体つけるような言い方でメニューをめくる。確かにここはしっかりとしたデザートと飲み物をいただける店ではあるが、そんなに勿体つけるほどのことでもない。開かれたメニューはコーヒーと紅茶の欄を渡り、アイスが乗っていたりフレッシュジュースの欄を越え、軽食、ケーキ、パフェメニューに至る。

「ブレンド」

 それらに一応目を通したうえでそう伝える。男は、才原はつまらなそうに鼻で笑った。嫌な奴だと思いながら目を伏せてだんまりしていると、そのまま店員を呼びブレンドとケーキを二つずつ注文される。

 平日だのに店はにぎわっていて、隣席に限らず周りはやや騒がしい。注文したものが届くまで才原は服の裾を伸ばしたり、髪の毛を整えたりと、動きこそ落ち着きないが口は開かない。こいつの自尊心と後ろめたさをわずかに感じるところではある。といっても、カラオケでものを頼んだ時に届くまで歌わないような、そんな程度ではあるが、舌に用意した話題がおいそれと他人に聞かせるものでないことをよく分かっているのだ。

 しばらくしてテーブルに並べられた、俺の方のケーキを、店員が去るのを待ってから才原の方に押しやる。

「食べな」

「なあんで、いらないの」

 言いながら、才原はにこにこと嬉しそうに皿を引き寄せる。きちんと別々のケーキを頼んで、もとより自分の腹に収める気なのだ。そして、話し始める。今回結婚予定の相手がどのような人物か。仔細、真に迫れば、いかに財産を持っているか。俺のお役目は、才原の話し心地の良いような相槌を打ちつつ、しっかと聞き届けることである。

 俺はこれを現物支給のアルバイトのようなものだと思っている。才原の話は退屈でなく、何しろこの男が普段相手の懐事情をどうやって聞き出し、どんな手順で心近づき、篭絡していったのかは、毎度バリエーションに富んでいて興味深い。はじめのころは結婚届に判を押すのだから流石にここらで腰を据えるかと構えながら聞いていたものだが、最近は才原も俺もあっけらかんとして「今回は」の話をしている。「次回は」があると思って、話している。

 才原のやっていることは有り体に言えば結婚詐欺なのだが、そうとは決して言わない。彼は本気で相手に魅力を感じているからだ。彼は、ひょっとすると悲しい話かもしれないが、人の手元にある金目の物をとても深く愛してしまう。そういう性分の人間なのだ。正直なのである。愛して、愛して、愛し抜いた果てに、物が失われれば愛もまた失ってしまう。

「梨田、お前は欲がないから僕がどんなに心揺れ動いているかわからないだろう」

「そらわからんよ。お前を見てるとどんどんわからなくなる。どうしてそんなに人のことを食いつぶそうと動けるんだろうか」

「食いつぶすなんてとんでもない。食いつぶせると思って結婚したことなんてないよ。でもどうやら万事は、とればとるほど減ってしまうようなんだよなあ」

「才原よ、ここに一つカップがある。この横にもう一つ置くといくつになる」

「二つになる」

「じゃあこれを」

「算数の授業をしようとしているな。やめろやめろ」

 教えに使おうとしたカップだが、さっさと取り返そうと才原が手を伸ばしてくる。俺はこの男の倫理観とか道徳観とかは、小学校からやり直した方が良いと思っているものの、卒業して二十年も過ぎようというころなのでもう手遅れかもしれない。

 南無三。と胸中で唱える間、しかし俺の手元からコーヒーは去っていかなかった。

「梨田。僕はこれで離婚したら」

「せめて結婚してから言やせんか」

「離婚したら、使い果たさないで取っておくからさ、お前、一緒に逃げてくれるかい」

 伸びてきた手が、俺の手にそっと触れる。

俺は舌を巻いた。ううむ、これは今までにない展開。やはり飽きの来ない男だ。詐欺師たるものこうでなくては。

「お前言ったろう。俺には欲が大して無い。逃げるようなことにだってなりたかないよ」

「金があったらいいじゃないか。僕だっていつまでもこんなことしていられないんだ。梨田、頼むよ。だめならお前が金持ちになってくれ」

 おや、と対面の瞳を見る。一回光る指輪に目を奪われたが、もう一回は仕立ての良い服に寄り道したが、三度目でやっと瞳を見る。存外、弱っていた。結婚詐欺なんてロマンスが売りなのだから泣き落としもするのである。

 しかし、

「お前俺が金持ちになったらどうする」

「そんなの、お前から離れないに決まってるじゃないか」

「俺はな、お前の手際が好きなんだ」

 ふれられた手をそっと握り返してやる。なめらかな手だ。人を撫でることばかりしてきた手である。

「飽きるまで愛に生きろよ。疲れるころまでに貯めといてやるからさ」

 手の中に硬い指輪の感触を覚えながら言ってやる。才原の瞳が一度大きく開いた後、ふわっとゆるんだ。

 俺は才原に負けず劣らず正直であるという自負がある。特にこの男に対してはいつでもまっすぐであった。初めて婚姻届の証人として署名した時から企てを始めていた。言わなかっただけである。彼が、誰のことも人物として愛せないことは分かっている。だから誰のものにもならないことも知っている。しかしそれを注意深く見張るために、こうして適宜報告の相手を買って出ているのだ。言わないだけである。俺と才原が二人で生きていくに十分な金額を算出して、日々の収入から切り分けて貯蓄をしていることを。彼の欲望が彼をおいていく時期を見逃さないよう観察していることを。

 俺は欲が大して無い。それがどれだけ先になっても構わないのだから。

 ふとこめかみのあたりに視線を感じる。隣席の会話はいつの間にか途切れて、こちらの行く末を見守っているらしい。どうだ、相手をだまして手中に入れるとは、こんなやりかたもあるんだよ。