男の器
今の時代、男とか女とか
そういう類の話題はご法度みたいだけど
自分を男と認識していて、恋愛対象は女性です
その前提での話
しばしば『あいつは器がデカい』とか『器の小せぇヤツだ』と相手を批評することがある
で、その器ってなんだ?
まず、器が大きいとは? 辞書には
『人としての度量が広い』『細かい事にこだわらない』などという説明がある
イメージとしては、デーンと構えて小さな事は気にせず許し、怒りは面に出さず、いつも口角は上がり、豪快に笑うか常に物静かのどちらか
といった感じの男だろうか
自らの体験として
防衛大学校から幹部候補生学校まで、様々な訓練の過程で自分の限界状態まで追い詰められることがあった
(主体的に何かをやってて(あーもう限界だー!)となるのはまだまだ真の限界ではない、真の限界は自分の意志とは別に他者から受動的、強制的に与えられるものだ)
人間、まず体力の限界が来て、程なく精神力も尽きる
そしてその極限の時に自分の本性が表面に出てくる
普段、沈着冷静で頼りになると思っていた男も、無惨に取り乱す姿を沢山見たし、かく言う自分もその無残な姿の1人だった
些細なことで文句を言う
些細なことが許せない
隣の友を助けない
あぁ自分はなんて小さな情け無い男なんだ、と事後反省するばかり(あぁ自分はこうなるんだと分かっただけでも価値はあった)
ところが、そんな極限の環境でも本当に器の大きなヤツはいるもので、倒れてる友の荷物を持ったり、声をかけて励ましたり、常に周りに気を配る度量がある男
(いやーコイツはすごい!)と白旗上げた男が数名いた
結局何が言いたいかと言うと
平和な穏やかな日々の中では、真の男の器は計り知れないという事
災害や事故といったアブノーマルな事態の時
走って逃げる人と反対方向に走っていけるか
貴女の夫は貴女を子供を守ってくれるか
その時にならないと決して分からない
もう一つ言うと、おそらくそういうアブノーマルな状況の時は、男性より女性の方が度量は大きいんじゃないかなぁと思う次第
追記
とにかく体力の限界を上げることが、精神力の限界も高める事につながります
航空自衛隊に航空救難隊という組織があります
TVでも何度も取り上げられてますが、警察も消防も海上保安庁もお手上げの過酷な遭難現場に向かう人達です
その救難隊の救援員(メディック)は、とにかく物凄い体力です(自分を鍛え抜きます)
なぜか?
そこに理由があります
そして彼らは、自分の体力に衰えを自覚したら潔く辞めます
雪山で重たい装具に加えて、救助者を背負って歩けるか?
救助者をヘリに乗せたら定員一杯だから自分は残り、次の救助ヘリが来るまでそこで生き抜けるか?
精神力で体力はカバーできない
それを1番分かっている人達なのです