台本/小説「飼育」(女2:不問1)
〇作品概要説明
主要人物3人。ト書き含めて約6000字。親子の話。愛なし。モノローグ多め。
〇登場人物
夕子:母。主婦。スーパーのパートで働いてる。
司:子。女性設定だが性別不問、作家兼会社員。29歳。
ニュースキャスター:雅美が兼役。
雅美:夕子の友達。パート仲間。女性推奨。性別変更可。
※一人称変更、性別変更ご自由に。
〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
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作者:七枝
本文
●本文ここから。Mはモノローグ。
プロローグ
司:読んでくれる?
夕子:(M)司はいつもそう言って、本を差し出してきた。
夕子:もちろん読むよ、我が子の超大作だもん。
司:超大作って、大げさだなぁ。
夕子:というか、渡してこなくていいのに。ちゃんと買うから。
司:いいよ、献本たくさんあるし。
夕子:でもさぁ……
司:それに私、母さんには一番に読んでほしいんだよね。
夕子:(M)えへへ、と声を弾ませていう顔が可愛かった。母さんに楽してほしいし、と世話をやいてくれる様が愛おしかった。どこに出しても恥ずかしくない立派な子が、誇らしかった。……なのに、どうしてだろう。
司:母さん、面白かった?
夕子:(M)その言葉に、頷けないのは。
間。
●タイトルコール
司:小説『飼育』
ニュースキャスター:それでは次のニュースです。次は月曜9時からの新ドラマ!
夕子:(M)それは、なんてことない、いつもの平日だった。子どもを仕事に送り出し、パートもないのんびりとした午後。私はリビングでテレビをみていた。
ニュースキャスター:主演、森安正・助演、向井葵!愛憎渦巻く、親子の償いの物語。
夕子:親子モノねぇ……イマドキそんなのウケるのかしら。
夕子:(M)そんな私の疑問をよそに、画面には情感たっぷりの音楽と共に、CMが流される。どうやら親殺しの話らしい。
ニュースキャスター:監督は精神気鋭と話題の森正志監督!なんと主演の森安正さんの息子らしいですよ!これは気になりますね!
夕子:へぇ……
夕子:(M)今流行りのリアル志向というやつだろうか。まぁ、私はみないだろうけど。
ニュースキャスター:原作はなんと!煤原(すすはら)つかさ!
夕子:え。
夕子:(M)思考がとまる。動きがとまる。重力に従って、リモコンが床の上におちる。
ニュースキャスター:実は私、煤原つかさのファンなんですよ~!彼女の本は全部読んでます!「ねじまき島のはじまりの鳥」とか「白石晴香の秘密」とか大好きです!
夕子:しってる。私も貰った……
夕子:(M)では、これは本当に我が子の作品なんだろうか。親殺しの、愛憎物語?いつもの作風と全然違う。それに、
ニュースキャスター:11月1日、夜9時から!ドラマ「飼育」よろしくおねがいします!
夕子:わたし、聞いてない……
夕子:(M)『読んでくれる?』という、あのはにかんだ声を、今回に限って聞いてない。
●数時間後、司が仕事先から帰宅する。
司:ただいま~
夕子:おかえり、ご飯できてるよ。
司:ん。
夕子:今日はね、肉じゃがとほうれん草のおひたしとしじみ汁!
司:マジ?好物ばっかじゃん!
夕子:嬉しい?
司:もちろん!でもなんかいいことあった?
夕子:……えっと、
司:………母さん?
夕子:いいから!おなかすいてるでしょ?早く手を洗ってきな!
司:?……うん。
夕子:(M)聞けなかった。言えなかった。いいことあったのはそっちでしょ、って。ドラマ化決定おめでとう、なんて。あっさり言ってしまえばよかったのに。
司:いただきまーす!
夕子:はい、召し上がれ。
司:今日さ~上司に新しい仕事頼まれちゃってさぁ、大変だったよ~
夕子:うん。
司:しかもさ、鈴木先輩なにかあったら手伝うよって言ったのに、いざ頼んだら露骨に嫌な顔してさ?
夕子:うん。
司:私だってさ、ほかにやること沢山あるのに。そうそう、副業のことで今日嫌味いわれちゃって、
夕子:……うん。
司:……母さん?
夕子:なあに?
司:なんかあった?
夕子:ううん、何も。
司:でも顔色悪い……
夕子:(かぶせ気味に)なにもない。
司:……そ?
夕子:……うん。
司:ならいいけど。母さんも年なんだからさぁ、身体大事にしなよね。
夕子:…………
司:母さん?
夕子:ううん。それで?他に今日なんか変わったことあった?
司:ん~変わったことは特になかったよ。いつもどおり。
夕子:(M)………嘘だ。
夕子:(M)どうしてこの子は、そんなおかしな嘘をつくのだろう。
夕子:(M)それからしばらく家族団らんの時を過ごしたが、夕食を飲み込むことに必死だった私は、ろくに司の話を聞いてあげられなかった
間。
●スーパーのレジ前。
雅美:それはさ~夕ちゃんの考えすぎだよ!
夕子:え~?
夕子:(M)翌日。パートタイムのスーパーにて。私はパート仲間の雅美に、司のことを相談した。予想に反して、雅美の反応は批判的だった。
雅美:司ちゃんって、あれでもう29でしょ?そろそろ親離れしなきゃまずいっていうか、なんでもかんでも親に報告する歳でもないでしょ。
夕子:そうかもしれないけど……でもドラマ化だよ?快挙でしょ?
雅美:そうだね、本当におめでたいと思うよ。
夕子:でしょ?身内ならお祝いしたいと思うじゃない!?なのに、本人の口からじゃなく、お昼のニュースで知るとかさぁ……
雅美:あ~…
夕子:寂しいよ……司にとって私は一緒に祝ってほしくない親なのかなぁとか、思っちゃう。
雅美:それはないわ。
夕子:ええ?だって一緒に暮らしてるんだよ?離れてたら忙しくて言い忘れることもあるかもしれないけどさぁ。
雅美:恥ずかしかったんじゃない?夕ちゃん大げさに騒ぎそうだし。
夕子:ひどい!
雅美:いやいやマジな話。夕ちゃんはさ、司ちゃんのことどう思ってんの?
夕子:どうって?
雅美:心配になったりしないのかってこと。
夕子:なによ、どーいう意味?
雅美:う~ん、気を悪くしないでほしいんだけど……司ちゃんのことは立派だと思ってるのよ?夕ちゃんが女手一つで育てたとは思えないくらい、自立してる。
夕子:うん。
雅美:日中はふつうに会社行って、夜は趣味の小説書いて。それこそドラマ化するくらい認められて?もう信じられないくらい成功してる。それもこれも夕ちゃんのサポートあってこそだよ。
夕子:やだ、そんな。私なんて大したことしてないわよ。それに、雅美ちゃんとこのノブくんだって立派じゃない。最近どうしてるの?
雅美:さぁ?お盆は帰ってきたけど、そのあとは知らないわね。
夕子:えぇ、気にならない?連絡とらないの?
雅美:べつに?連絡ないってことは元気って証拠でしょ。
夕子:私なら気になって毎日電話しちゃうな……
雅美:そう、それ!
夕子:……え?
雅美:夕ちゃん、ちょっと司ちゃんに依存しすぎ。
夕子:そんなこと……
雅美:こないだの土曜日、どこ行ってた?
夕子:司と映画館。
雅美:その前の日曜は?
夕子:司とショッピング……
雅美:で?今度の長期休み、どこ行くんだっけ?
夕子:………司のボーナスで温泉旅行。
雅美:ね?家でも休みでも母親とふたりっきりべったりの29歳とか不安にならない?
夕子:で、でも!司は小説書いてるし、編集者さんとか会社の人とか、ちゃんと外のつながりあるわ!
雅美:ビジネスではね。プライベートは?
夕子:ネ、ネットの人とか……いるみたいよ?
雅美:オフ会とかしてるの?
夕子:あぶないじゃない!そんなの!
雅美:はぁ~……ねぇ、夕ちゃん。
夕子:……なによ。
雅美:夕ちゃんがいつまでも司ちゃんの傍にいられるわけじゃないんだよ?親なら自分から子どもの手を離してあげなきゃ。
夕子:……っ!でも!
●スーパーの客がやってくる。
雅美:(客にむけて)あ、いらっしゃいませ~!
夕子:………いらっしゃいませ。
雅美:生鮮食品売り場ですか?こちらになります~……(小声で)ごめん、じゃぁまたあとでね!
夕子:……うん。
夕子:(M)『親なら自分から子どもの手を離してあげなきゃ』か……そんな必要ないじゃない。だって司は20代だ。学校を卒業してまだ10年もたってない。まだまだ親の庇護下においても問題はないはずだ。……そう思いつつも、雅美の言葉が胸の内から消えなかった。
●自宅にて。司が帰宅する。
司:ただいま~
夕子:……おかえり。
司:おなかすいた~今日のごはんなに?
夕子:味噌煮込みのハンバーグだよ。
司:わぁ!今日も私の好物じゃん!母さんのハンバーグ大好き!
夕子:ごめんね。今日は職場のお惣菜なの!
司:……え?
夕子:いま売り出し中のお惣菜でね!食物繊維も多くて人気なのよ、ごぼうの味噌煮込みハンバーグ!
司:ふーん。
夕子:私も試食したんだけど、司の好きな味だなって思って。
司:……そうなんだ?じゃあたべてみよーっと。手を洗ってくるね。
夕子:うがいもするのよ。
司:うん……ねぇ、母さん。
夕子:なぁに?
司:今日本屋行ったんだ?
夕子:え。
司:洗面所のゴミ箱。紙袋あるから。
夕子:あ、あ~……うん、行ったわ。大した用じゃなかったんだけど。
司:何買ったの?
夕子:雅美が教えてくれたレシピ本!今度ハロウィンでしょ?お菓子作りたくて。
司:……そう。
夕子:う、うん。
司:あ~おなかすいた!母さん、ごはん多めに盛ってね!
夕子:(ほっとした様子で)はいはい。インスタントスープもつける?
司:今なにあるの?
夕子:コンソメ、オニオン、コーンスープ、
司:コーンスープ!
夕子:りょーかい。
司:ありがと。あ、母さん。
夕子:なに?
司:わたし、たのしみにしてるね。
夕子:なにが?
司:母さんの感想。
夕子:………それをいうなら、「母さんのお菓子」でしょう?買ったのはレシピ本なんだから。
司:はは!そうだった、間違えちゃった!でも、食べさせてくれるでしょ?
夕子:…………
司:どうしたの、母さん?
夕子:ええ、もちろんよ。
司:よかった!
夕子:(M)司は嬉しそうに、にっこりと笑った。その笑顔はあまりにも「いつもどおり」で……私は指先の震えを隠すのに必死だった。
●長めの間。本の説明。
夕子:その物語は、主人公の独白から始まった。
司:「僕は、母を殺しました」
夕子:そんな衝撃的なモノローグから始まる、全四章の中編小説。子の告白から始まり、過去編、現在編と移行して最終的に親子に関わる人々の隠された秘密が明らかになる。
雅美:印象的なのは、文中繰り返し使われるあるフレーズだ。片親である主人公の親子関係を端的に表す言葉でもある。
司:「それは飼育でした。母にとって、僕は大事な家畜でありました。僕は僕のものではなく、母につくられ、母を象徴する、母の家畜でございました」
雅美:傍から見て親子が置かれている環境は決して悪辣ではない。むしろ良好といっていい。
夕子:親子で交わされる会話は和やかで、とげとげしいものは全くない。
雅美:けれど主人公は言う。
司:「僕は、母の家畜でした」
雅美:自由意志のない、檻の中にいたと、彼は言う。
夕子:(M)……どうして?
●スーパーの従業員用休憩室にて。
雅美:ゆーうちゃん!
夕子:ひゃっ!
●夕子、驚いた拍子に本を落とす。
雅美:タイムカード、5分前に通さなきゃ駄目でしょ~……ってこれ。
夕子:司の本。
雅美:ああ、例の。
夕子:そう。
雅美:面白い?
夕子:なんか……わからなくて。
雅美:わからない?
夕子:本の中にね、いっぱいでてくるの。私と司がよく話す話題とか、覚えのある口癖とかいっぱい。
雅美:うん。
夕子:これね、前もいったとおり子どもが親を殺す話なんだけど……でも動機がずっとわかんなくて。
雅美:……うん。
夕子:そこに司が私に言えなかった理由があるのかな、とか、これ読んだらわかるのかな、って思って読んでるんだけど………
雅美:……やめたら?
夕子:え?
雅美:フィクションはフィクションでしょ。
夕子:でも……
雅美:夕ちゃん顔色悪いし。そこまでして読むもんじゃないよ。
夕子:でも自分の子どもの本だよ!?
雅美:親は子どものすべてを理解できると思ってるわけ?
夕子:……!そんなことは……ない、けど。
雅美:あ~……もういいから。水でも飲んで切り替えな。仕事だよ。
夕子:……うん。
夕子:(M)鏡をみる。青ざめた顔の女が、じっとりとした眼差しでこちらをみていた。
●自宅にて。
司:ただいま~
夕子:…………
司:……母さん?
夕子:…………
司:母さん、ただいまーってば!
夕子:……つ、つかさ!
司:電気もつけないで。それじゃあ読みにくいでしょう?
夕子:あ、えっと、これはっ
司:おなかすいた~!今日のごはんなに?
夕子:え、えっと、ごはん、ごはんね!
司:……もしかして読書に夢中で忘れちゃった?
夕子:あ、あはははは……
司:仕方ないなぁ。まぁいっか。たまには冷食もいいよね~
夕子:……つかさ?
司:ん~なに?母さんも、うどんでいいよね?
夕子:え、ええ。うどんでいいわ。………そうじゃなくてね!
司:なべなべ……えーっと、鍋どこだっけ?
夕子:食器棚のよこ……
司:え、ないよ~?母さんこっちに来てよ。
夕子:うん………
●夕子、おそるおそる司に近づく。
司:……っぷ。母さん、なんでそんな距離とんの。
夕子:そんなことないわよ……
司:そう?でも、
●司、夕子に手を伸ばすが、避けられる。
夕子:ひゃっ
司:ほら、避ける。
夕子:…………あ、その……
司:べつにいいけどね。つーか邪魔だからどいてよ。
夕子:う、うん………
司:水計って、っと。……あ、やば。まだ手洗ってなかった。
夕子:…………
司:……母さん、どうだった?
夕子:今日?特になにもなかったよ。いつもどおり。
司:本、面白い?
夕子:…っ!
司:今回、読むのが遅いね。いつもはあっという間なのに。
夕子:……なんで?
司:ん~?
夕子:なんであんな話、書いたの……?
司:あんな話ってひどいな。頑張って書いたのに。
夕子:……いつもと作風が違う……
司:そうだね。
夕子:私に教えてくれなかった………
司:母さん自分で買うって言ったじゃん。
夕子:あの話のモデルは………わたし?
司:……どうだろう。
夕子:ごまかさないで言って!ねぇ、どこに不満があったの?あなたの母親として私は失格だった?どうしてちゃんと言ってくれないの?
司:…………
夕子:司!
司:やだなぁ。小説は小説。「これはフィクションです」って巻末に書いてあるでしょう?
夕子:……嘘よ……
司:ふふ、そんなに真剣に読んでもらって嬉しい。ありがとう、母さん。
夕子:ねぇ司。こっちみて、私の目をみて、ちゃんと言って。
司:見てるってば。目を合わさないのは母さんでしょ。
夕子:つかさぁ!
司:引っ張らないで、母さん。お湯かかるよ。
夕子:……どうしてちゃんと応えてくれないの……?
司:…………ねぇ、母さん。
夕子:……なに?
司:いままでの私の本、ちゃんと読んだ?面白かった?
夕子:それは、もちろん。
司:……そっか。
夕子:(M)ねぎを片手に、つかさが包丁をとる。その動作に思わず小説のワンシーンが頭に浮かんだ。
司:『僕は包丁をふりあげ、母の首を切り裂きました』
夕子:……っ!
司:母さん?
夕子:あ、ちがう。ちがうの、なんでもないわ。
司:………ふふ。
夕子:……司?
司:母さん、ちゃんと読んでくれてるんだね。
夕子:そう言ってるでしょう……?
司:ふふ、ああそうだ。そうだね。そうだった。
夕子:…………
司:ねぇ、母さん。全部読んだら教えてね。面白かったかどうか。
夕子:(M)ふりむいた我が子は、はにかんだ笑顔でそう言った。いつもどおりの、変わらない笑顔。女手ひとつで育てた、誇らしいはずの我が子。それなのにどうしてか、私はその言葉に頷けなかった。
●おしまい。