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粋なカエサル

『レ・ミゼラブル』④「シャンマチュ事件」

2018.11.14 00:41

 「プチ・ジェルヴェ事件」の後、ジャン・ヴァルジャンはモント・ルイユ・シュルメールヘ行く。マドレーヌと名乗り、黒玉ガラス製造で大儲けし、町全体も潤した。町の福祉に気を配り、私財をなげうって病院と学校と保育園をつくった。やがて市長にも任命される。彼は町中の尊敬を集めていたが、彼に不信の目を向けている人物が一人だけいた。ジャヴェール警部である。彼はマドレーヌ氏をジャン・ヴァルジャンだと思い込み、パリ警視庁に告発するが、その直後シャンマチュが本物のジャン・ヴァルジャンとして逮捕された。

 マドレーヌ(ジャン・ヴァルジャン)がまず考えたのは、直ちに裁判所に出頭し、自分がジャン・ヴァルジャンであることを告げてシャンマチュを解放すること。しかし、すぐにもう一つの考えが反駁する。シャンマチュがジャン・ヴァルジャンというおぞましい名前を引き受けてくれるなら自分は永久にマドレーヌ氏でいることができる。もし自首したりすれば、生活を向上に依存している貧しい人々は職を失い、工場も町の繁栄もすべてが無に帰してしまう。ファンチーヌとその娘コゼットも助けられない。

 彼はどうしたか?ジャン・ヴァルジャンにかかわるすべての過去を消し去ることに決め、隠し場所から昔ディーニュ(ミリエル司教が住んでいた町)の町に現れた時に身につけていた品々を取り出して次々に火にくべたのだ。しかし、ミリエル司教からもらい受けた銀の燭台に手がかかったとき、せめぎ合う二つの声が重なり合って、彼はどうしようもないジレンマに陥ってしまう。

「《その燭台をこわしてしまえ!思い出の品を消してしまえ!司教のことを忘れるんだ!なにもかも忘れるんだ!あのシャンマテュというやつをほうむってしまえ!やれ、それでいいんだ。よろこべ、それできまりがつく、解決する、かたがつく。・・・おまえは紳士でいればいい。市長さんでおさまっていろ。尊敬に値し、実際に尊敬されている人間のままでいろ。まちを豊かにし、貧乏人を養い、みなしごたちを育て、幸福に、立派に、尊敬されて暮らすがいい。》」(『レ・ミゼラブル』)

 しかし、心のなかの話し声はそれで終わらない。

「《ジャン・ヴァルジャン!おまえのまわりにはいろいろな声がわき起こって、うるさくさわぎたて、大声でしゃべり、おまえを祝福するだろうが、一つだけ、だれにも聞こえない声があって、暗闇の中でおまえを呪うだろう。さあ!聞くがいい、恥知らずめ。!そういう祝福はみんな天に届く前に落っこちてしまうだろう。神のところまで昇るのは、その呪いだけだろう!》」(同上)

 彼はもうどうしていいかわからなくなってしまい、疲れ果てて眠ってしまう。翌朝、シャンマテュの裁判が行われるアラースに向かう。葛藤に決着がつけられたわけではない。裁判所に到着しても心の戦いは終わらない。

「髪の毛は、アラースに着いたときにはまだ白髪混じりだったのに、いま(法廷に入った時)はまっ白になっていた。ここにきてから一時間のあいだに白くなってしまったのだ。」(同上)

 そして、シャンマテュが三人の徒刑囚の証言によってジャン・ヴァルジャンであることが確認され、再犯者(りんごの窃盗)として終身徒刑を言い渡されようとした時、「私がジャン・ヴァルジャンだ」と名乗り出たのである。シャンマテュは無罪が確定する。

 (法廷で自らの正体を明かすマドレーヌ市長) 映画「レ・ミゼラブル」(1957年)主演ジャン・ギャヴァン

(自首するかどうかの 激しい葛藤、苦悩 )

(ジャン・ヴァルジャンにつながる過去の消去)

(法廷で自らの正体を明かすマドレーヌ市長)

(ヴィクトル・ユゴー 1848年)