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粋なカエサル

『レ・ミゼラブル』⑤ジャヴェール警部1

2018.11.15 01:57

 ジャン・ヴァルジャンを執拗に追い続けるジャヴェール警部。人間的感情のまったくない峻厳冷酷な性格で、法律の権化。教義とするのは秩序のみ。「花崗岩のようなかたい心の人間」、「法律という鋳型できっちりとつくられた懲罰の立像」。ミリエル司教と出会って改心したジャン・ヴァルジャンが、モントルイユ・シュル・メールでマドレーヌ市長として町中の尊敬を集めていた時もただひとり不審の目を向けていた。その彼がマドレーヌ氏を元徒刑囚のジャン・ヴァルジャンだと思い込み、パリ警視庁に告発したのはコゼットの母親ファンチーヌをめぐるある事件がきっかけだった。

 雪の降ったある晩、一人の遊び人が、カフェの前を流していた(この時、ファンチーヌは娼婦に身を落としていた)ファンチーヌをからかってやろうと、背中に雪のかたまりを押し込んだ。彼女は叫び声をあげて男にとびかかった。現場に居合わせたジャヴェールが彼女を警察署に連行し、6カ月の禁固を命じた時、一人の男が憲兵を制した。市長のマドレーヌ氏である。市長という言葉を聞くと急にファンチーヌは逆上し、マドレーヌ氏の顔面に唾を吐きかけた。自分の不幸の原因は、マドレーヌ氏に、働いていた工場を首にされたことにあると思い込んでいたからだ。マドレーヌ氏は顔を拭き、ジャヴェールに彼女を釈放するように言う。この時のジャヴェールの驚きをユゴーは次のように描いている。

「ジャヴェールは気が狂いそうな感じだった。彼はこの時、その生涯に感じたいちばん激しい感動を、たてつづけに、しかもほとんどいっしょくたに味わった。売春婦が市長の顔につばをひっかけるのを見るなど、じつにとんでもないことで、どんなに恐ろしいことを想像する時でも、そんなことがありうると考えるのさえ罰当たりに思えるほどだった。・・・だが、この市長が、この高官が静かに顔をふき、『この女を釈放しなさい』と言うのを見て、彼はあっけにとられて、くらくらしてしまった。考えも、言葉も止まってしまった。驚きの限界をとおりこしてしまったのだ。彼は黙ったままだった。」

 しかし、ファンチーヌが出ていこうとして掛け金に手をかけたとき、その音ではっとわれにかえる。 

「 『巡査』と彼は叫んだ。『そのあばずれが出ていくのが見えんのか!だれが帰していいと言った?』

 『わたしだ』とマドレーヌが言った。」

 腹を立てたジャヴェールはマドレーヌ氏をジャン・ヴァルジャンとして警視庁に告発する。しかし、シャンマテュがジャン・ヴァルジャンとして逮捕。ジャヴェールはマドレーヌに免職を願い出る。その必要はないと言うマドレーヌにジャヴェールはこう述べる。

「あなたがほかの人間に親切にされた時、わたしがずいぶんいらいらしました。わたしにも親切にしていただきたくないのです。市民よりも売春婦の言い分を、市長よりも警官の言い分を、身分の高いものよりも低いものの言い分をとりあげる、こうした親切を、わたしはまちがった親切と呼びます。社会が乱れるのは、こういう親切によってです。」

 「法の人」ジャヴェール警部と「愛の人、寛容の人」ジャン・ヴァルジャン。この二人の関係は、どのような結末を迎えるか?

 (TV「レ・ミゼラブル」主演リノ・ヴァンチュラ)

ジャヴェール警部にファンチーヌの釈放を命じるマドレーヌ市長

(ジャヴェール警部)

(背中に雪を入れられるファンチーヌ)

(マドレーヌに免職を願い出るジャベール警部)

(ヴィクトル・ユゴー 46歳)