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ピュア銀木犀Kei

ただそれだけのこと。

2024.03.15 01:24

ずっと以前


ユアゲルマリラクゼーションケア

料金設定はしなくちゃいけなかった


けれど


先生が亡くなられ


相談したい先輩がたも


『ユアゲルマリラクゼーションケア』

という名前で活動はしておられず


どうやって

表に出せばいいのかわからなかった


そんな頃


たとえば

田円さんで


音楽仲間が


肩に手を当てたり

首をぐるぐるって回してたり


そんなのを見かけると


『ちょっと触ろうか?』って


声かけしてさせて貰ってた。




考えてみると

『モニター』さんって言葉だネ。


なってくださってたのデス。



そののち


コロナ禍で


人に触れること

軽くできなくなっていきました。






ボランティア活動


2024年の現在




ネイルの初期の頃のこと思い出します。




家族


小さい子どもたち、そして舅や姑は

自分で爪を切れませんでした。


爪に触れることを

何気なくできたわたしは


みんなの爪を切ってました。


いつも縦にひび割れる舅の小指に

ジェルネイルを施して


そのうちひび割れることがなくなっていく


そんな経験をしたり



マッサージもそう。


片足を切断した姑が


ない親指が痛いと言います。


ないはずの親指

なのに触れてる感覚


姑は

『楽になった』と言いました。


いろんな経験をしてきました。



けれど


それは


身内にだからできることなのかもしれない



そうも感じていて


果たして

わたしは

『ケア』を

しごととしてできるのだろうか…



漠然とした思いは


『月一ボランティア』を通して


定まっていきます。



ケアハウスでの

ボランティアに

ネイルで参加することとなり


マニキュアを塗布して差しあげると

ホームのお姉さまがたは

指先を眺めて微笑んでおられました。


そのお姿を見るのがうれしくて。




そのうち


マッサージのかたが不参加の時に


ユアゲルマリラクゼーションケアで


お身体を触って差し上げることになり


利用者さんの言葉から

所員さんも

受けに来られる時もあったり…




そんなこんなの数年の時間は


コロナ禍のずっと以前のこと。



コロナ禍中でも


して欲しい

オファーいただくことになり


それなら…と対応し


そのうち


ユアゲルマリラクゼーションケアを

表に出すようになって


チラシも作り


お店に貼っていただき

料金表示もするようになっていきました。




すべては流れのまま。



無理なく


続けてこられたから。



ただ


それだけのこと。






GOLDのお盆いただきました。


おにぎり並べてみる。


なんかいい感じ。





我が家の今日の賄いは

おにぎり。



そうして今日の予定をこなします。




昨日出かけるために作っていった

我が家の賄いは

フレンチトースト


今朝

余ってたのをわたしが食します。



昨日

水筒にいれてったコーヒー

残ったのをカップに入れ替えあたため


いただいたお手製チョコパウダーかけの

文旦ピールをお供に♡



もったいないばばぁ。