第2話 下水道掃除
元々分かっていた。日本円を課金すれば強い能力が手に入ることは。
そして、課金するための資金が十分にあるのは正直分かっていた。別に裕福だからという訳ではない。それなりに生活をしてきてお金を貯めていた貯えがあることを知っているだけだ。じゃあ、そのお金を使えば良いのでは? ギルドからもそう勧められた。
冗談じゃない。
お前達に何が分かるのか知らないが、少なくとも俺は突然転生させられた異世界に対して何の思い入れもない。なのに変える目途も、方法も分からないからこの世界での生活を余儀なくさせられているだけだ。
それなのにこの世界のために日本縁を湯水のごとく使え? 笑わせるのいい加減にしろ。
「そう思っていたんだけれどなあ」
妖精たちが飛び回りながらふわふわしている様子を見ながら、俺はいつもと同じカビの生えかけた硬いパンの様な物と干し肉を食べて腹を満たしていた。
「あんた、それで食事足りるの?」
「俺の稼ぎだとこれくらいが限度だ」
「だからって、食べないと元気も出ないでしょう。大丈夫?」
「行くぞ、仕事の時間だ」
「あ、ちょっと」
そう言って、俺はペスティと妖精たちを連れてギルドに向かった。
「おはようございます。あれ? その後ろの妖精は?」
流石ギルドの人間か。直ぐに俺が昨日契約をしたペスティ以外の妖精を引き連れていることに気が付いた。
「昨日のうちにペスティの力で俺の能力を強くしまして、その結果として新しく契約出来たみたいなので連れて来ました」
「まま、待ってください。確かに能力によって契約を増やすのはギルドの許可枠とは別ですが。え? 四人も妖精をペスティさん含めて契約出来たんですか」
「ペスティはそれが出来るならもっと増やせって五月蠅いですけれどね」
「ええ⁉」
受付嬢はそう言って困惑しながら、俺に今日の分のギルド斡旋のクエストを紹介してくれた。
それに従い、俺は直ぐ近くの草原に向かう。
「良し、じゃあ今日は薬草集めだ」
「じゃあ私も手伝うから何をすればいいのか教えて頂戴」
「ああ」
そう言って、俺は薬草の見分け方と集めるべき薬草の種類について教えて妖精たちに集めてきてもらう様に指示を出す。それを聞いた妖精たちはそれぞれ自由な方向に飛んでいき仕事を始める。
「うー、でも正直人間ってこの草の違いの何を見て判断しているのか分からないのよね」
「そうなのか」
「何ていうか、魔素はほとんど同じようにしか見えないから人間は逆に外見から判断しているんだって話は分からなくもないけれど、私たちは逆に魔素で判断しているからどうやって見分けるべきか本当に分からないのよ」
「うーん、外見で見分けられないのか」
「逆に魔素で見分けられない人間に『なんで妖精を魔素で見分けられないの?』って言って伝わる?」
「あー、何となく長い付き合いがあれば分からなくもないけれどそれまでは分からない感じか」
「そ、子供に丁寧に教えるくらいの気持ちでやらないと駄目だよ」
そう言っていると、妖精たちが戻ってきて集めてきたものを渡してくる……のだが。
「これは」
「妖精にとってはこれでもましな方よ。頑張りなさい」
一人目の妖精が集めてきたものは「水」「石」「薬草」と、確かに薬草はあるのだがそれ以外の関係ない物も持ってきていた。
二人目の妖精が集めてきたものは「毒草」「薬草」「苦い草」と、惜しいのだが今回にはいらない物、というか誰も欲しがらないような物を集めてきている。
最後の妖精、これがひどくて「土」「土」「雑草」「水」「土」「雑草」と、関係ない物が全部であり、本当に話を聞いていたのか気になるラインナップである。
「下位妖精に依頼をするなんて、そんなものよ。何か集めようとしている事だけ伝わっているだけ偉いじゃない」
「でも、あれだけ丁寧に説明しても何が違うのか伝わっていないじゃないか」
「それがそもそも魔素によって違いを見分けられない妖精たちにとっては普通なの。さあ、続きを始めるわよ」
「はあ」
そう言って、俺はちゃんと薬草を集めることは出来たのだが帰りには普段よりも何倍も重たい鞄を背負って帰ることになった。
「それじゃあ、次は下水道掃除だな」
「あんた、こんなところの掃除をやるの」
ペスティは露骨に嫌そうな顔をしている。妖精たちもなんかすごいざわざわしているというか、変な飛び方になっている。
「やっぱりきついか」
「まあ、自分達とは相性の良くない場所でのお仕事だしね」
「嫌なら帰って大丈夫だぞ」
「お仕事が無い方が嫌」
そう言って、ペスティも妖精もついてくる様子はあるため俺は掃除をするために下水道の奥に向かう。そして仕事場に着くと下水道の壁にこびりついた汚れを流していく。
「下水道ってこんな形になっていたのね」
「狭いだろう」
「うん、狭い。御伽噺だと悪い王様とかが下水道から逃げるって言っていたからもっと人が沢山通ることが出来るものだと思っていた」
正直その勘違いは仕方がない物だと思う。だが、むしろ大きすぎる下水道は作るのも大変だし管理するのも逆に大変なのだ。人一人が作業できる程度に入ることが出来て、そして掃除を出来る人が入れるのであれば別に困るようなことは無い。
それがこの世界の下水道の設計思想である。
「じゃあ、水を流すぞ」
「水を流す?」
「ああ、まだ下の方に水が流れるか確認を取るんだ。配管の中に付着物が付いて水が長い目で見た時に流れなくなるまでにどのくらいかかるか分かるようになればギルドに報告も出来るしな」
「ねえ、じゃあその配管の中の掃除を私達にやらせようとはしないの」
「……出来るのか?」
「下位妖精たち、誰か出来る人いない」
そうやってペスティが呼ぶと、三人の妖精たちは飛び回りながら慌てだした。そして、一人の妖精が前に出てくる。
「ふうん、水妖精の子が洗いますだって」
「それ本当に嫌で言っているとかじゃないよな」
いくら何でも嫌だと思っているような仕事を押し付けるのは嫌なんだが。だが、そう口に出すと妖精はすぐさま飛んでいき、配管の中に水が流されていく。
「おお、仕事熱心ね」
「……」
なんか複雑な気持ちでその様子を見ていると、突然妖精が何か慌てた様子で水を流すのを止めた。そして配管の中から大量の臭い泥が逆流してくるのだった。
「何々何⁉」
「これはまさか」
野生の妖精か。
「え! ここに契約を誰ともしていない妖精が住んでいたって事⁉ こんな場所に⁉」
そう言うが、配管の中から何かまた知らない妖精が飛んで出て来た。
「まずい!」
「どうした」
「あの妖精、毒と酸と泥の妖精だわ」
「酸だって」
なんだその三人組は、そんな風に思ったが飛び出してきた妖精たちは怒った様子(?)でか色々な物をあっちこっちにまき散らしながら攻撃してくる。
「ああもう、どうしてこんなことに」
「ペスティ!」
「何!」
「契約するぞ」
「はぁ、あんたとは契約はもうしていて……まさか」
「ああ、あの妖精たちと契約する」
「嘘でしょ! あんな嫌われ者しか契約出来ないような妖精なんかと」
「俺はその嫌われ者だ! 問題ない!」
「ああもう、じゃあ私が説得するから! 何とかしなさいよ!」
ペスティは覚悟を決めたのか、何か妖精たちの周囲を飛び回り始めた。そして、俺はその間に能力の確認をする。
正直、ここでその能力というか扱える物に恵まれた妖精に出会えたのは行幸だと思った。
なので、俺は多少高いお金を払ってでも妖精たちを三人とも契約できるように追加の契約の枠を増やした。
「良し、契約出来るぞ」
俺はそう言って叫ぶと、妖精たちに叫んだ。
「契約をしたい」
それを聞く三人の妖精たちは突然のその発言に困惑したような表情をした。そう後にペスティは言っていた。だが、騙されたとしてもまたとないチャンスだし、この人はあくまでも私たちのお家(下水道の事)を人間にとって使いやすくしているだけだから悪い人じゃないのかも、でも勝手に妖精を使って水を流したはどうなるのか。
そんなやり取りがしばらくあった末に妖精たちが俺の元に集まって。
「よし、契約完了だ」
契約をするのだった。
「さ、三人ですか。新しい契約した妖精は」
受付嬢の人は困惑した様子でそう言った。
「でもこれで、排水管の掃除がしやすくなりましたし、そもそも下水道で生活していたから下水道の仕事を嫌がらない妖精も見つかりました」
そう喜んで報告をした俺はその日ギルドで「変人は何を考えているのか分からない」なんて噂されたのは別の話だ。