第6話 妖精達の一幕
「おとう様―」
「ご主人様だワン!」
「け、契約者様」
その日、名前もない誰とも契約をしていない妖精たちが契約者を得た。それが契約者目線ではちょっとした選択の末に「おまけで得られる契約」程度に当時は考えていたものだとしても、妖精達にとっては貴重な契約である。
何せ自分達は下位妖精、喜んで契約してくれるものなど滅多にいないような存在だし、いたとしても契約を更新してくれる保証はどこにもない。
物を奉納して、能力を高めて、そして契約をし続けてくれるなら何とかしてみせる。
「え、え? なにこれ? 下位妖精だとしても新しく妖精と契約。どういう事」
「元々分かっていたんだよ。契約を出来る数を増やす能力があること自体は」
「まさか! それをやるのが嫌だから契約一度もしなかったの!」
「だけれど、こうして自分でこの世界で働いた結果として稼いだもので行えるのであれば使っても良いかなって思っただけだ」
「ふ、ふざけないでよ! やっぱりあんた変だよ! そんなに沢山契約できるならさっさともっと契約をしなさいよ!」
「やるか馬鹿!」
「おとうさまー、おとうさまー」
「ご主人聞いてワン!」
「あの、あの」
その時契約者には既に他の妖精がいたからこそ妖精たちは必死だった。どうにかして契約した相手の気を引きたい。そう思って何とかしようとしていた。
「おとう様今日もお仕事—」
「いつも忙しそうだワン」
「下水道掃除みたいですね」
いつしか、妖精達は幸福ではあるのだが物足りない感じをしていた。確かにお仕事は楽しい。それでも、好きな仕事や嫌いな仕事という物はある。
そして何より不満だったのは、契約者と話を出来ている妖精が最初の契約をした妖精であるという事実それだけだった。
自分達もお話をしてみたい。そんな風に思う様になっていた。
そう思いながら、水妖精が下水道の掃除をしている時だ。
「きゃあああ!」
「どうしたワン」
「か、帰れー!」
「ここは私たちのお家!」
「帰りなさい!」
「誰なのですー」
「まずい!」
「どうした」
「あの妖精、毒と酸と泥の妖精だわ」
「酸だって」
状況は妖精目線では大変なことになっていた。何せ自分達の体を拘束したり溶かしたりできる泥や酸の妖精が現れたのだ。
ピンチである。
「契約するぞ」
「はぁ、あんたとは契約はもうしていて……まさか」
「ああ、あの妖精たちと契約する」
「嘘でしょ! あんな嫌われ者しか契約出来ないような妖精なんかと」
「俺はその嫌われ者だ! 問題ない!」
「ああもう、じゃあ私が説得するから! 何とかしなさいよ!」
しかしペスティが、最初に契約をしたあの妖精が契約者の命令に従って三人の妖精を説得し始めた。
その姿を見た時、花、犬、水の妖精達は何を思っただろうか。自分達は逃げようと思った妖精たちに勇気を振り絞って立ち向かおうとする姿に自分達も頑張ろうと思わされた。だからこそ、妖精達も一緒にアピールをしていたのは此処だけの話である。
「契約をしたい」
その発言を聞いて、酸と毒と泥の妖精達は困っていた。
「私達騙されている? それともチャンス?」
「でも、この人は地上で過ごす人間の人たちが過ごしやすいようにしているだけで私達を困らせたかったわけじゃなさそうだよ」
「でも、他の妖精で水流したのは攻撃じゃないって事か」
三人の妖精達は困ったように話し合っていた。その末に……。
「契約する」
契約をするのだった。
それから、妖精達はたちまち地上での生活に馴染んでいった。
「ガラスは酸で溶けない。確かにそうですが……こんなに硬い鉄でさえ溶かしてしまうのですよ……」
「強力な酸なら金でも溶かしてしまう。だからこそガラスは保管には意外と悪くないんだ」
「なるほど」
村のはずれで研究をしている変な人に酸の妖精は時々酸を提供するようになった。
「毒自体を調べて……それを分解できる薬草なんかを調べることで薬にする。なるほどね」
「勿論完ぺきとはいかないと思う」
「でも、確かに使い道はある方法だよ。やっとあんたも一人前になったね」
薬師のお婆さんのお店で毒の妖精は役に立っていた。日本では当たり前にあった毒など自体を調べることで薬を発明する手法、妖精の知識に頼ることでその過程を飛ばして治療することが普通だったこの世界ではない方法を伝えたことで、お婆さんもその契約している妖精もまだ仕事があると知ることが出来たのである。
「ふん、まさか泥を接着剤として使うとわな」
「正確にはまだ材料の配合が滅茶苦茶だからあれだけれど、まさか泥自体を固めて補強することが出来るとは思わなかった」
「そんなに意外な使い方を出来る。それに、俺より多くの妖精と契約しているんだろう。もっと使い方に色々考えはあるんじゃないか」
「ああ、まあ」
「ふん、七体もいるなら最初からそうすればよかったんだ」
工事現場のお爺さんの下で、泥の妖精は地面をなだらかにして固めるお仕事で喜ばれた。気難しいお爺さんだが、少なくとも仕事の方法としては認めてくれたようである。
まだご主人様は何かもっと良い方法を知っているみたいで納得しきっていないため、まだまだ頑張らないといけないなって思った。
「話をさせるワン!」
「ひどいのですー」
「なんでイジワルするんです」
「私達知らないよ!」
「そもそも選んですらもらえなかった!」
「変わるようにいなさい!」
ご主人と話が出来ると知った妖精たちはペスティに対してとある夜には怒りだした。
「……(パチッ)」
「……(ヒョコ)」
「……(ガサッ)」
妖精達が寝静まった頃、悪戯妖精達は起きていた。
「こいつどう思う?」
「殺しはしなかった」
「変な人の所にも売らなかったねー」
悪戯妖精達はそれぞれ事情こそあれ、正直契約をしたとしても契約をする相手に対して気持ちが良いことをすることに対して前向きではなかった。
だからこそ、相手が喜ぶか喜ばないか……その微妙なラインをすることに全力を出すのだ。
「とりあえず、あの変な板みたいなものを出すようにしてみよう」
「あれで契約が出来るみたいねー」
「他の人間と何か違う。でも、契約出来る妖精が増えることに嫌がる人なんかいない」
深夜に本人の意図とは別に勝手にやることに対しての何か良心の呵責などは無かった。何せその妖精は悪戯妖精。
勝手に「物を動かす」ことや「操作する」などお手の物な妖精である。そこまで頭が回らなかったことは契約者である葛城の落ち度である。
「さてさて、どれをどうすれば良いんだろうな」
「指で動かせる」
「文字は読めないから……なんか色々いじってみましょう」
そう言って、勝手にあれこれやり始めた悪戯妖精。それによって、とんでもないことが起きていることに誰もかれもが気が付けないまま夜は徐々に徐々に進んでいく。
「妖精を増やすにはこのガチャって奴をすればいいみたいだな」
「でも、やるには契約石が必要みたいだね」
「その契約石を買うのにゴールドが必要」
「ゴールドを手に入れるにもここを押せばいいみたいだけれど、何で『もう手に入らなくなった』んだ?」
そう、その妖精達は知らず知らずのうちに今使える予算の上限まで日本円の貯金を使い果たしてしまった。その額なんと六十万円。
「でも、今その理由を考えても仕方がない」
それが悪戯妖精のスタンス。
「とりあえず妖精を契約しましょう」
それが悪戯妖精の存在意義。
「よしー、やるぞー」
そう言って、大量にガチャを回し始めるのだった。それが翌日とんでもない事態を巻き起こすことになるなんて誰も思わずに。