第9話 妖精の呪い
「あのさあ、それ本当なんでしょうね」
「どうしたペスティ」
「ああもう! みんな静かに!」
「どうした、突然」
新しい家(正確には持ち主は違うのだが)について一息ついていた時、突然ペナンシェがなんかそんなことを言い出した。
「あのさ、悪戯妖精がなんか騒ぎ出したのよ。しかもその内容を聞いて他の妖精まで騒ぎ出しちゃったの」
「ただ事じゃなさそうだな。何があった」
「あのね、何かあの女の人が妖精を殺したことがあるって話を聞いたみたいなの」
「妖精を殺した?」
「うん、でもその話がどういうことなのか分からないから変だなって思って」
そう言うペスティの話を聞いてみることにした。なんでも、妖精には必ず生まれた時に何かの妖精として生まれるに際して知識や繋がりを祝福として与えられるらしい。
「例えば火妖精なら火だし、犬妖精なら犬といった具合に何かを司る意味や繋がりが与えられるのね」
「ああ」
「それで、基本的にはその司っている内容に関しては自分より上位の妖精や精霊相手でもない限り知識で負けることも無いし、それが原因で死ぬことは無いのよ」
「なるほどな」
「だから、普通妖精が死ぬなんてことは無いはずで」
「司っていない内容ならどうなる」
「え?」
俺は当然だと思う疑問について確認を取ってみた。
「司っていない内容、例えばお前なら草集めとかならどうなる」
「それは当然できないわよ。私草の妖精でも採取の妖精でもないし」
「じゃあ確認するが、例えば鎧妖精に鎧を作る手伝いは可能か」
「出来なくはないと思う」
「鎧妖精に鍛冶は出来るか」
「それは出来ないわよ」
「でも今手伝いが出来るって言ったよな」
「……言った」
「じゃあ聞くぞ。鎧妖精は『鎧の鍛冶が出来る』のか『鎧の鍛冶が出来ない』のか。どっちだ」
「……あれ? 私達って凄く変な存在?」
そう、俺は今凄く矛盾した質問をした。鎧妖精は鎧を司っているから鎧の鍛冶が出来るのでは? しかし鍛冶は司っていないはずだから出来ないという事になるはずでは? じゃあそこに合理的に答えを出そうとしたらどうなるのか。
「俺の答えはこうだ。経験すれば出来るようになる」
「……何よそれ」
「他の妖精達を見ていれば分かることだ。妖精達にも個性がある。出来ることと出来ない事がある。だが、何度か働くことで徐々に喜ばれることを覚えてくれている。ならば、出来ることを増やせるように動けばいいだけだ」
「あの、話しが繋がっていないように思うのだけど」
「だが、もし妖精にその経験が少ない、もしくは人間側がそう言った事情を理解し切れていなくって失敗した結果として妖精が死ぬ。その可能性は0だと思うか」
「……それは0じゃないと思う。冒険者と一緒にいる妖精なんかいつ死ぬか、冒険者の人間の判断ミスで何人が死ぬか」
「そういう事だ、何かの判断ミスで死ぬ可能性なんかいくらでもある」
「……」
「だから、ちゃんと司っている事に対して理解しようとすれば」
「あいつは死ななかったのかな」
「……盗み聞きは感心しないぞ」
「え⁉」
「悪い、お茶持ってきたんだが聞こえて。私が妖精を殺したことがある話を火妖精以外に聞かれていたのかな」
「ああ、悪戯妖精が聞いていたらしい」
「はは、悪戯妖精か。契約しているか確認するべきだったな」
ペナンシェは少し自嘲気味に笑うと、お茶を淹れて前に出してくる。
「飲んでやってくれ。火妖精が喜ぶ」
「ああ」
そう言われたため、俺は出されたお茶を飲む。
「……美味しい」
「良かったな。火妖精が温めて用意したお湯を使って入れたんだ」
「そうだったのか」
「因みに、水の温め方は私が教えた。火を温める方法に関しては火妖精と契約していれば教えて損はない事だからな」
「ありがとう。宿暮らしだから教えていなかったな」
「そう言う問題じゃないだろう。子供でも最初に教えるんだとか言う内容だぞ」
ペナンシェは笑うと、ポツリと語りだす。
「私の最初の契約した妖精は、竈妖精だったんだ」
「……」
「竈だからさ、火の扱いも覚えるのにそう苦労しなかったんだ」
「……」
「次に契約した妖精は鍛冶妖精だった。この頃だったよ、鍛冶師として生計を立て始めたのは」
「ああ」
「嫉妬していたんだろうな。鍛冶の仕事をしている間、竈妖精に構う時間はどんどん減っていった。いつしかご飯を食べる時にしか竈妖精に世話になる時間は無くなって、それ以外の時間はずっと武器作って売って、そんな生活だった」
「……それで」
「私は止められなかったんだ。鍛冶妖精と竈妖精の喧嘩を。そして鍛冶の妖精が竈の妖精を鍛冶の道具で殺しちゃったんだ」
「……それは……あなたが殺したの?」
「私が殺したよ。鍛冶妖精を」
「「 え 」」
二人でそこで声が揃った。
「私は間違いなく殺した。竈妖精が死んじまったのに怒って鍛冶妖精と喧嘩して……気が付いたら手の中に息絶えていた鍛冶妖精がいたよ」
「それじゃあ、あんた鍛冶があんなに下手なのは妖精の呪い?」
妖精の呪い。その耳慣れない言葉を聞いた俺だが、多分話の流れや状況証拠から碌な事ではないことは分かった。そして、俺も聞いた。
「ああ、私は呪われた。鍛冶妖精にな。殺した代償だ。恐らく、鍛冶が凄く下手になるようにって所か」
「ちょっと、みんな待って。静かにして。落ち着いて」
そこで、ペスティが凄い慌てだす。
「どうしよう。皆こんな怖い人と一緒に暮らすなんて嫌だって言いだして」
「……そうか」
「どうしたらいいの、これ」
「……妖精たちに言ってくれ。これは俺のエゴだから嫌なら契約をそこで切っても良いと」
「誠?」
「俺はこの人と一緒にいたいと思う」
「!」
「どういう事⁉」
「まず、確かに妖精を平等に扱えていない。これは間違いなく本人の問題だ。だが聞くが、お前達は本当に俺が平等に扱っている。そう思っているか?」
「良いの。そんなことを聞いて」
「良い」
ペスティがその俺の質問を妖精達にする。すると、返ってきた答えは当然の物だった。
「思っていないって。まず話をしている妖精が私しかいないのが不満だって妖精は何人かいる。他にも、仕事を与えられる量の違いや、仕事を与えようと働きかける量の違いに不満があるって」
「まあ当然だな。だけれど、妖精達には難しいかもしれないが一番ってそれだけ大切なんだよ。最初に契約した人、だからその人にや妖精に実は思いがあった。関わっていないように見えてもな。この人もそうだったんだと思う。最初に契約した竈妖精に思い入れがあった。だからこそ、それを殺した鍛冶妖精を許せなかった」
「……」
「この世界の価値観は分からないけれど、少なくとも大切な人や相手を殺されたら復讐したくなるような気持になるのは自然な事だと思う。肯定は出来ないけれどな」
「誠……あなたってすごいのね」
ペスティがそう言ってくる。
「だから妖精達。教えて欲しい、俺にまだ分からないことを。妖精達が分からないことは俺も必死に考えて教える。だから」
「もう十分よ」
「え」
「妖精達は納得した。皆あなたが最初の契約者だからあなたが大切。もしあなたが死んだらその殺した人を恨む気持ちは分かるみたい。だからこの女性を責めた事を謝っている人もいる」
「そうか」
「その代り、あなたに仕事ややりたいことはしっかり提供して欲しいって依頼もされた。だからしっかり手伝ってね」
「……初めてだよ。妖精を殺したのに赦されたのは」
ペナンシェはそう言って笑っている。良かった。
「そうだ、ずっと気になっていたんだが聞いても良いか」
「何だ」
「お前って妖精の昇格の儀式はしないのか?」