Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

くつろぎ読書

3/17 第5回くつろぎ茶話会 終了レポート

2024.03.17 11:50

3/17(日)に開催した、茶話会の終了レポートです。

 

テーマ:『サードプレイス』

開催日:2024年3月17日(日)

時間:10:30~12:30

開催場所:池袋駅周辺のカフェ

人数:8名

 

前回の茶話会の最中に『サードプレイス』という単語を2回くらい聞いたので、なんとなく皆さんも興味があるのかなと思い、今回のテーマにしてみました。

 

サードプレイスについて調べてみると、以下の定義あるようです。

・中立である

・平等である

・会話が主たる活動である

・アクセスしやすく環境が良い

・常連や会員がいて新参者にも優しい

・控えめな態度、姿勢である

・機嫌がよくなる

・第2の家である

 

上記を踏まえ参加者の皆様と、自分にとってのサードプレイスとはどのような場所なのか、サードプレイスの見つけ方などをお話しました。

 

以下会話抜粋↓

・自分にとってのサードプレイスとは「読書会」。10年前くらいから参加し始めて、自分で主催し初めてから9年経つ。

主催のきっかけは、純粋に読書会というものが楽しかったからと、自分の都合で開催できるから。目的は友達が欲しかったからと、何か楽しい場所を作りたかったから。


・人が集まる仕組みとして、以下の3つがある。

1、 場所(カフェやスナックなど)

2、 人(この人がいるから、仲間がいるからなど)

3、 コンテンツ(読書会やボードゲーム会など目的を同じくするもの)

コニュニティを作る際に、この辺を踏まえて考える必要がある。


・仕事柄コミュニティーマーケティングについて色々と考えている。海外ではX(旧:Twitter)で複数アカウントを持っている人は少なく、日本特有の現象らしい。複数のアカウントで違う自分を演じる人が多いようだ。

日本ではFacebookやLinkedInがあまり流行っていない理由として、アカウントを自分の名前(本名)にするなど、1人=ワンアウトだからではないか。複数作りづらい。


・様々な場面(家や職場や友人など)で違う自分を演じ分ける人は多い。特に女性に多い気がする。ただ、他人から見ればすべて同じに見えるのではないか?


・平野 啓一郎著の「私とは何か―「個人」から「分人」へ」に分人主義について、

分人とは、意識的に演じ分けるのではなく、意識が無い状態で行われるもの。

日本人は「空気を読む」や「役割分担」などを察する能力が高い(そうしなければならない場面が多い)ため、本当の自分とは何なのか?と考える際にこういった視点を持つことが必要なのではないか。


・他の読書会に行ったが、合わなかった経験がある。主催者・メンバー・場所など安心して参加できることが大事。


・語学教室に通っているが、ここもサードプレイスではある。


・現在サードプレイスを探している。定期的に読書会には参加しているが、本を読んでないと参加できないのがネック。


・会社に運動部やBBQなどのサークルがある。社内人脈ができるので、セカンドプレイスが良くなる可能性があるが、その逆もあり得る。上司なども参加する可能性もあるので、正直参加は微妙。


・会社のサークルはサードプレイスとなり得るのか?中立や平等が担保されないのでは?


・サードプレイスについてあまり考えたことがない。居場所が大事。自分にとって居心地のいい場所は、本屋、友人、ゲーム、喫茶店、図書館など。図書館の本棚と本棚の間の椅子が居心地いい。


・本屋を居場所にしていいのか?買わないで居座るのは迷惑では?


・トラウマに直面すると回復に時間がかかるため、安心できる場所が大事。


・「会」だといつも開催している訳ではないので、行きたい時に行けない。お金もかかる。だからといって家に引きこもるのも良くない。孤独だし、家族との軋轢といった悩みも増えるから。


・「会」は本好きなどの共通項が必要。


・自分にとって場所→コンテンツ→人でいくと、場所の方が大事で、人との関係はマストではない。


・「分人」といった色々な自分がいた方が心の病気になりにくい。逃げ場があるから。


・ファーストプレイスとセカンドプレイスに問題がると、サードプレイスに行けない。

ファーストプレイスを避難して安全地帯に行くことが大事。


・自助会やダルクはサードプレイスか?


・「する」がそこにいることの交換条件の場合、「いる」のが難しい場合がある。

例)読書会に参加するには、本を読んでそれを紹介しなければならない


・あえて自分が何もしないことで、相手に何もしなくても居ていいことを伝える。


・中学生の頃は学校がセカンドプレイスであり、サードプレイスを見つけにくい。

社会人はセカンドプレイスを見つけられるから、中学生より恵まれているのでは?


・中学生の頃はゲームがセカンドプレイスのようなものだった。


・「会」はいつでも行けないのがいい。依存しないし、次に行くのを楽しみにできる。


・紹介型読書会は、紹介者は本を通じて自分の話をしている。


・読書会で読み終わっていない本は紹介してはいけないのか?

→読もうと思っていることや、読む理由などこれからのことを話せばいいのでは?


・最近は、読書会や読書会の友人との食事がサードプレイスとなっている。仕事の付き合いはやはり仕事なので、サードプレイスにはならない。以前行きつけのパブがあったが、お酒を飲む場所なので疲れる。地元の友人は子供がいたりして話が合わない。


・学校が好きではなかった。オタクだったのでパソコン通信で学校外の友人を作ったため、学生生活をやり過ごすことができた。20代のころは某資格取得のため、様々な仕事をしたが、そこがサードプレイスの近いものだった気がする。そのせいが、現在の会社員生活(セカンドプレイス)での関係構築が難しい。


・年を取るとサードプレイスが作りづらい。学生のコミュニティは濃度と密度が濃いが、

年を取ると薄くなる。あと体力の問題もある。


・以前地方の読書会に参加したことがあるが、旦那さんについて引っ越してきた奥さんたちの集まりで居心地が悪かった。田舎は人が少ないし、地方特有のものがある。


・学生時代のクラス分けとは、関連性の無い人たちと友達になるスキルを身に着けるためのものだろう。クラス分けは、たまたま電車に乗り合わせた人と同じ。


・サードプレイスがあれば孤独死はしないのか?


・芸能人が死後2~3時間ほっとかれただけで孤独死といわれていた。人によって孤独死の定義が違う。


・自分が孤独だと思っていなければ孤独死ではないのでは。


・放置されれば孤独死なのか?


・とにかく人に迷惑をかけないように死にたい。


・一人の人間が一生で考えられることには限りがある。だから本を読む。

 

以上です。


やはりですが、私含めてサードプレイスに読書会を出す方が多かったです。サードプレイスという観点から読書会とは何か?をあらためて考えることかできた気がします。

人が集まる仕組み、コミュニティの作り方など考えるヒントになりました。


会の最中に『孤独死』の話になり、サードプレイスやコミュニティと関連が高いので、そのうち茶話会のテーマにしようか思案中です。


本日ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。