第1話 賢者
『許さんぞ! 貴様! 貴様のような奴はこの国にはいらん! 即刻出て行け!』
『お前のせいでパーティーは滅茶苦茶だ。もうパーティーを止めてくれ』
「はぁ! はぁ……夢か」
また同じ夢を見た。王国を放逐された日の国王の声。そしてパーティーのリーダーでもあった勇者の声。今でも俺を蝕む記憶の中の呪縛。
俺は勇者パーティーを追放された。その事実は今でも俺を苛んでいる。
「早く行こう」
考えても仕方ない。今はやるべきことが多い。そう思いながら……俺は気持ち新たに部屋を出て階段を降りると自分の仕事場に向かう。
「おはようございます! 賢者殿」
そう言って、かつては自分が屠っていた怪物であるゴブリンの男に話を聞く。
「報告開始。一番の収穫は」
「初級冒険者と中級冒険者の冒険者パーティーが罠の迷宮に引っ掛かりました。捕縛は完了済みで被害もなし。現在男は魔力のドレイン部屋に放り込んで、女は種付け部屋で繁殖に従事させております」
「教育の進捗は」
「生まれた子供たちの教育も進んでおります。どうやら子供の内から教育すると魔界族でも地階族でもそこに疑問を持たないようですな。やはり親がいないと地階族は精神的に脆弱なのはいただけないですが」
「それは割り切ろう。食料は」
「魔素を摂取しすぎると地階族がお腹を下すため、専門の調理師を配属したり魔素のみを食べる上級魔族が残した食べ物を与えたりすることで回しております。昇格した地階族ならば魔族同様の食事で食べられるようです」
「増えすぎた魔族はやはり生贄にしているのか」
その質問をした瞬間……ゴブリンは目を伏せた。
「正直こればかりは仕方がない物です。たとえ倫理的に殺魔を許容することになったとしても、大昔に魔族の選んだ生存戦略は弱い魔族を大量に生んで生贄にして強い魔王様や魔王軍を育てる事。それに、強者生存は魔海族の基本の掟です」
「お前も割り切っているのか」
「先日37番目の妻が生贄になりました。娘や孫たちも私より弱いと判断されて生贄になった者たちは多いですが仕方ありません」
例えそれでも。
「来てやったぞ。賢者アルデモ!」
「ああ、相変わらず暇そうだな『魔王様』」
「な! 暇とはなんじゃ! 我の貴重な時間を割いてお前に会いに来ているというのに!」
貴方が魔王様と結ばれるのでしたら。そして強い魔王軍を何時か再興してくださるのであれば。
「はぁ、はぁ、はぁ」
男は走っていた。
「待て! どこに行きやがった!」
「捕まえれば一生遊んで暮らせる金だぞ! 絶対に逃がすな!」
馬鹿だと思った。やけに優しい村だと思えばただ単に自分を捕まえるために騙していただけだった。一足早く宿から抜け出してみればすぐにこれだ。
「あ、雨」
タイミングが良いなと思った。雨の音が魔法を使わなくても足跡をかき消して足音をごまかしてくれる。
「畜生! 魔法の効果が薄れるぞ」
「何としても本降りになる前に見つけ出せ!」
そんな遠くに聞こえる追手の村人たちの声を無視して、俺は森の奥深く奥深くに向かった。
「ここまでくれば」
助かった。そう思った瞬間だった!
「! ペガコーン!」
魔物だった。しかも人型を真似ることが出来るほどの強力な個体。頭の角と足の蹄、そして魔物特有の裸体に巨大な羽が生えた姿はいくら何でも人間族とはかけ離れていた。
「……」
「え」
「……」
「あ、おい」
喋った……しかも今のは。あまりにも荒唐無稽な話だった。しかし期待せざるを得なかった。今の自分を少しでも打開するには。そうして俺は、ペガコーンの導きのままに奥に奥に進んだ。
「あ」
そして、そこには迷宮の扉があるのを見つけた。魔界と地上を繋ぐ禁忌の門。そして冒険者達が血眼になって探し出し、魔界の宝物などを持ち帰るために挑む夢の入り口。
「……」
「……」
これはとんでもないことを知ってしまったと思った。だってこんな場所に迷宮があるなんて俺は知らない。こんな何も無いからこそ発展することだって無かった辺鄙な村の近くの森の中に未だに誰にも知られていない迷宮が残されていたなんて思いもしなかった。そんな思いなど汁知らず、ペガコーンは既に扉の中に入ってしまっている。
「……入らないと駄目だよな」
そう思い、俺は扉の中に入るのだった。
「洞窟……」
ありきたりな迷宮の光景だった。狭い岩壁の中の道に連なって光の魔石が連なって道を照らす光景。
「こっち来てください。ここならあなたと話せますよね」
そう言って、男の声と女の声が混ざったような二重に聞こえるような不思議な声で
ペガコーンが話しかけてくる。
「喋られるのか。ペガコーンが」
「一応これでも頭は良い方ですので」
そう言って、ペガコーンは慣れた足取りで洞窟を下る。ある程度下り道を何度もぐるぐると歩くと、大きな広間に到着する。
そしてそこには予想はしていた光景が広がっている。魔物たちが車座になって談笑していた。強さも弱さも、見た目の大きさも小ささもまちまち。ただ、どの魔物も弱っているように、手負いであるように見える。そんな状態だ。
「お帰りアナー。なんか珍しい匂いが……」
「お前……誰……」
「おい、あいつって」
俺に気が付いた瞬間、魔物たちの視線が一斉に集まる。
「ようやく見つけたんだ。起死回生の切り札になるかもしれない存在を」
「切り札ってお前。まさか」
「そのまさかだ。魔王軍を亡ぼすに至った『賢者アルデモ』だよ。彼に依頼をしようと思っている」
その瞬間、魔物たちの視線がより厳しいものになった。
「お前、それは魔王様への謀反か」
「謀反じゃないさ。大真面目だよ。大真面目に」
「何だ騒がしい。誰か来ているのか」
その声がした瞬間にその方を見れば、そこには直ぐにそれが何なのか分かるだけの証拠があることに気が付いた。
「魔王」
「あ、分かってもらえる。そうだよ。魔王様の娘様だよ」
その魔王の娘も俺を見た瞬間に真っ赤な顔をして攻撃をしようと飛び込んでくる。
「賢者アルデモ! 貴様を見つけたが百年目! 今ここで父上の恨みを!」
「ふん」
だからこそ反撃にと軽く自分の武器でもある本で殴る。すると、あっさりと魔王の娘(弱すぎて相手にならなさ過ぎて怪しい)は吹き飛んだ。そして、他の魔物たちが心配そうに魔王の娘の元に集まっていく。
「何だこれは」
「これが今の魔王軍の現状だよ」
「はぁ」
ペガコーンがそう言って話しかけてくる。
「魔王軍は魔王様の影響力も弱くって、ほとんど此処にいる人たちでも影響を受けている人は数少ない。私だって実際魔王軍の再興っていう途方もない計画の上で、魔王様の新しい後継者がいないからこそ、候補者もいないからこそあの弱い魔王様に従っているだけで正直無茶なんだよ。魔王軍の再興は、君たちが壊滅的なまでにしてしまったからね」
「ああ」
「だから依頼したい」
そう言うと、ペガコーンは俺より頭を下げて語り掛けてくる。
「魔王軍を再興して欲しい。平和な魔界を取り戻したいんだ」
『来て』
『助けてあげる』
『入って』
『悪い話じゃないから』
どこがだよ、そう思いながら俺はこの状況をどうするか考えるのであった。