第32話 戦争の序章
辛いときは歌を歌おう。そんな風に親に言われていた。だから私は何時も歌を歌っていた。故郷を思い出す歌を。
ある日からそれは違う意味を持つようになった。
「歌上手いんだね」
「奇麗な歌じゃ、もっとも儂の方が上手いがな」
そんな風に言ってくれる家族が出来た。故郷の家族とは違うもう一つの家族。しかし……。
「いやあああああああ!」
「助けて! 怖い」
「止めて! 子供たちに手を出さないで!」
知らない人達が私たちのお家を燃やしていた。私はその炎を、自分と同じ色なのに全然恐ろしいものに見えるそれを怖いと感じた。
「いや、いや」
「おい! お前も行くぞ!」
「いやあ……いやあ!」
それから、私は歌わなくなっていた。辛すぎて、歌う気力も湧かなくなっていた。
帝国領南部、王国と大きな山脈を挟んで隣接する国境地帯に一人の少女がやってきていた。
「お前、確か海に潜っても何日も泳げる。間違いないな」
「はい」
「先日の先遣隊はたった五人の女どもに壊滅させられた。別にそれによる被害は微々たるものだが、この帝国がその程度の敗北で引き下がるわけにはいかない。分かるな」
「はい」
「前回は山脈を超えるという方法だからこそ余分な装備を持ち込んだのではないかという意見が出た。だからこその海からの進行だ。大量に物を運べる海上からの強襲なら今度こそ誰も文句は言われない」
「はい」
「しくじるなよ。今度こそ帝国はこの腐った計画。勇者を育成する街を作るなどという計画を認める訳にはいかないのだからな」
「はい」
「もういい、向かえ」
そう言われて相手はもう興味を失ったかのように仕事に戻ってしまったため、少女は向かうのだった。海良のいる街に。
そんなことがあった数週間後、彼女は海良の街に一番近い海岸線の街に来ていた。
『ここからは水の中を進むには魔法が必要。でも敵地でむやみに魔法は使えない』
なので彼女は陸路を選んで進むことにした。乗合の乗り物に乗って、ゆっくりと海良の住む領地を目指すのだった。
「む?」
そのことに最初に気が付いたのはアレインである。
「どうした」
「いや、なんか風の中に懐かしい匂いがしての」
「どうしてそんなことを言いながら俺と戦っているんだろうね」
「ほほ、そんなに口だけ狙われるのは怖いか。弱点の分かりやすい領主様よー」
「ああ、もう」
俺はそう言われるのを悔しく思いながら、攻撃を躱して魔法を放つ。
「『拘束』」
「それはもう何度も……うぐお⁉」
どらあ! 勢いと共にアレインを投げ飛ばして。場外に退場させる。
「勝者、領主殿!」
「……」
「全く、可愛くないのじゃあ! あんなに若いのにこんなに強いのとかずるいのじゃあ!」
そう言って、アレインは駄々をこねる。本当に年上なのか正直勘ぐってしまうがそれよりも俺は確かな心配に対して目を背けないでいた。
「リーダー、焦っていないね?」
「エティエト」
「心配です……領主様なんか怖い顔をしています……」
マニュエチにもそう言われてしまい、俺は正直な気持ちを吐露する。
「まあ……怖いよな。あんな奴にあそこまで言われたら」
そう言って、モミーの方を見る。なんか笑顔で手を振ってきたが。
「未来予想?」
「うん。私の能力。パパの力の下位互換だね」
「そうでもないでしょう」
街に帰ろうとする前日の夜の事、ガーリッシュさんとモミーさんに呼ばれて三人だけで話す機会を設けられた。
「確かガーリッシュさんの力は未来予知と言いましたよね」
「ええ、そうですね」
「未来予想って……何が違うんです?」
「えっとね……確かこの世界って『目に見えない程の小さな粒の集まり』で出来ているんだよね?」
「え……」
「だから、物の動きや熱の動き、それらを変数化して予想して見れば、理論上はずっと後の、それこそ自分が生まれた後の物の動きでも予想が出来る。そうだよね」
「……まさか」
「うん、それが私の能力。数学的、もう少し厳密にいえば統計学的に物の動きを予想して未来を考える能力」
それじゃあまるで……。
「ラプラスの悪魔」
「!」
「少しは分かってもらえた? この予想能力のおかげで『この世界に無い言葉』でも予想できるの」
「そのラプラスの悪魔も、彼の世界の言葉か」
「確率は高いかな」
おかしいと思ったんだ。原子の理論は『まだ魔法学校でも誰にも言ったことのないはず』の話。なのに彼女はそれを知っていた。何故か? 俺が『将来的に教えることを予想した』以外にあるのか?
「でも、未来予知の下位互換ってどういうことですか?」
「うん、例えばだけれど。私はこの後飲み物を飲むのは決定しているの。美味しい飲み物をね」
「はあ」
「だけれど」
「失礼いたします。お飲み物をお持ちいたしました」
そう言って、メイドが入って来る。
「ありがとう。今日も何の果物か分からないんだよね」
「はい。言いつけ通りにご用意しております」
「ありがとうね」
そう言って、彼女はジュースに口を付ける。
「どうやってだ」
「ん?」
「どうやって……ジュースが何の味か分からないようにしているんだ。だって、切った果物が何かを知ることが出来れば」
「じゃあ、その情報が何か分からなかったらどうなる?」
「え」
彼女は意味深にこう言いだした。
「要するにね、業者が『何の果物を運んでいるか分からないが運ぶ』様に徹底して、その上で『メイドが何の果物を切っているのか分からないが細かく切る』様に徹底して、そしてジュースにすれば理論上は私にも何の果物のジュースか分からない飲み物を提供できるの」
「それ、成立しているのか?」
「一番簡単な方法は果物の知識のない奴隷メイドに作らせることかな。果物の名前を教えない、切り方も食べ方も教えない。ただ一つ基準は私より先に同じ果物のジュースを飲んで不味く無ければ私に出してよい。そうすれば何の果物か分からないみたいだね」
「でも、分からない果物でも他の情報から予想できるのでは」
そう聞くと……彼女も議長も呆れたようにこう語った。
「できますよ。ですがそれを出来ないように、抜け道を探すためにどれだけ腐心したと思っているのですか」
「パパの能力は予知した未来が決定したものとして見える能力だけれど、そもそも予知しなければ見えないから普段から何度も使うようにしない。そして私は予想だから、情報が少なければ予想は単純だけれど確率的に信憑性は低い。一方で情報が多すぎると逆に予想が増えすぎてどれが正解か分からなくなるけれど統計的には予想はたてやすくなる。その穴をついてどちらのパターンでも予想が怪しくなるように努力した結果、情報の信憑性に揺らぎいつでもを与えるようにしているの」
「……」
「そこまでして、私たちは能力と付き合っているの。強いけれど自分達を縛る力でもある未来予知や未来予想なんて能力とね」
あなた達は自分達の能力や技術とそこまでして向き合っているの? そう言われてしまった。
「そんな奴らに戦争が起きるって言われたんだぞ」
「ごめん、何言っているのか全然わかんないね」
「私もです」
エティエトとマニュエチにそう言われるが、俺は近いうちに来る客人に備えて練習しておくように伝えていた。
「……」
赤い肌の海に住む種族の客人。そしてアレインやトプシュワの孤児院の生き残り。彼女を迎えるために。