慢性疼痛の原因 その1
身体は不思議なものです。
ある患者さんの腰痛について、お話したいと思います。
初回の治療時、この患者さんは腰に限らず、どこを触っても激しく痛がります。さする程度で大騒ぎ。線維筋痛症を疑わせるような状態でした。
8年来の腰痛で、寝返りで痛むから寝るのが怖くて、どんな体勢がいいか毎日悩み疲れ、起きるのも怖かったとのこと。当然日常生活にも支障が出ます。さぞ辛かったことでしょう。
先日、この患者さんが2度目の治療にみえました。間が1ヶ月くらい開いていたので、その後どうだったか気にしていたところだったのですが、調子を伺ったところ、あの苦しかった腰痛がほとんど消えてしまったそうです。
たった1度の治療で、治療の翌日はまだ痛かったけれど、二日目になると「あれ、なんか違う」となり、いつの間にか日常生活では何の不自由もないくらいになったとのこと。
ひどく辛かったわけですから、当然、病院でも検査を受けたけれども特に異常はなく、したがって治療も出来ず、いくつか別の治療も受けてみたけれど改善せず、お友達の紹介で私の治療院に来院されました。
こんな風に言うと、私が奇跡的な凄い治療をしたように聞こえるかもしれませんが、実際のところ、私はこの患者さんの腰に対しては、ほとんど何にもしていません。
ただ身体の状態を確認し、痛がられながらも、全身をさすったり押したりして、それから話をしただけです。
身体を触った印象として、腰や背中に異常はありませんでした。そんなに激しい痛みを起こすような状態とは思えません。
それに、触って痛がるのは腰だけではなく全身。この時点で、この患者さんは腰が悪いのではなく、痛覚の閾値が下がっているのではないか?と考えました。
痛みの閾値とは、痛みを感じる刺激量をさします。
10の刺激で痛みを感じるのが正常な閾値だとしたら、7や8の刺激で痛みを感じる人は閾値の低い人、この程度なら痛がりな人。15の刺激でも痛みを感じなければ閾値が高い人、鈍感な人です。
ヘルニアなどでは、閾値が異常に高くなる事もあれば(麻痺、触られても鈍い感じ)、神経が過敏になって閾値の低下(軽く触っただけで、足先まで痺れや痛みが走る)が見られることもあります。
この患者さんの場合、極端に痛み閾値が低くなり、本当なら痛みなど起こさないはずの軽微な刺激で、痛みを感じてしまっていたわけです。冷たいものが歯にしみる知覚過敏みたいなもの。
まず、痛みが起こる仕組みを説明しましょう。
そもそも痛みは、身体のどこかに異常が起きていることを、脳に知らせるための警報機で、なくてはならないものです。
例えば、足首を捻挫したら、受傷した部分の血管が拡張し、傷の修復係りの白血球や、発熱させたり痛みを起こす化学物質がつくられて局所に集まります。
その結果、腫れて痛むことになるわけですが、それによって、脳は足首の異常に気付き、無理せず、捻挫の回復のためにケアするわけです。異常に気付かずに歩き続けたりすれば、足首はやばいことになります。
痛みは故障していることを知らせるために大変重要な働きをしますが、時々故障が治っても、痛みだけが残ってしまうことがあります。
それが慢性疼痛の原因のひとつで、先ほど説明したような知覚過敏が引き起こす悪循環です。
痛む場所があると、神経は警戒を強め知覚は敏感になります。足首を捻挫すれば、捻挫した部位の周囲も、触られると痛みを感じるものです。
痛みがあれば、痛む部位だけでなく全身が緊張します。そして痛いところを庇って身体を使うため、他の場所にも負担をかけ、二次的な痛みも生じやすくなります。
痛みがあれば、精神的にもリラックスできません。そうなればますます身体は緊張し、筋肉が硬くなり、血流は悪くなります。
その結果、痛みに対する閾値は下がったまま固定されてしまいます。 続く