身体の声を聴く
何となく体調が悪い。以前はそれほどでもなかったのに最近肩こりが気になってしょうがない。ぎっくり腰になった。寝違えた。痛みがなかなか引かない。眠れない。めまいがする。皮膚が荒れる。風邪が治らない。患者さんに対して私が最初にお話しするのは、「その症状は、疲れたから休んで欲しい、何かに気付いて欲しい、そんな身体からのサインです。身体は理由がなければ文句を言わないんですよ」という単純な事実です。これは私が治療家として患者さんと向き合うことで学んだ、最も重要なことの一つなのですが、これに気付けるかどうかは、患者さんにとって凄く重要なことだと思うのです。現代社会には情報が溢れています。身体の情報も簡単に手に入ります。ちょっと調べれば、色んなことがわかったような気になるし、検査さえしっかりすれば、全てが解明されるはずだと思いがちです。人は新たに知識を得れば、以前の自分より賢くなったはずだと感じます。でも本来持っていた知恵や、現実に起きている事実よりも、知識の方が正しいと思ってしまうのはどうでしょうか?考えてみてください。だるくて起きられないのは、まず間違いなく身体からの「休め、寝てろ」というサインです。もしかしたら、糖尿病や肝臓疾患、甲状腺の代謝異常など、身体的な原因があるかもしれない。休んでも全然症状が取れない、異常なむくみなど他にも症状がある。そんなときは検査に行く必要があるでしょう。でも身体の声はまず「休め」で、その次に「身体に異常が起きていることに気付け」です。その原因がうつやが精神的なストレスにあるとしても、まずは「疲れていること、無理してる事実に気付け」です。他の人と比べたり、「いつもの自分なら大丈夫なはずだ、これくらいで疲れるはずがない」などと事実を否定する人がいますが、そんな行為には意味がありません。現実として、自分は今、きついんです。今の治療院を始める前の私は、お腹が痛いと言われれば食べ物や腸の問題を考え、腰が痛いと言われれば、筋肉か関節か神経か、あるいは内臓からの関連痛ではないだろうかとか、当然のように身体的な問題にばかり目を向けて、医学知識を元に鍼灸やマッサージをしていました。もちろんそれで症状は取れます。心と身体の関連についての本も沢山読んでいましたが、それは主にアトピーや喘息、リウマチなどの膠原病のようにストレスとの関係がよく知られているものに対して考える程度でしたし、老人病院勤務時代に患者さんの性格となりやすい疾患の関係などにも気付いていましたが、一部の特徴的な疾患に限って病気とストレスとの関連を考慮するというもの。でも、以前までの勤め先とは異なり、この麻布十番で女性専用の治療院アジアートを始めてからは、患者さんとじっくり話をする時間があります。世間話の中で、自然と個人的な悩みや現在のストレスについて話す機会も増えていきました。私の考えるストレスの対処法について話をしたり、精神状態と自律神経などの関わりを説明していくうちに、精神状態と健康状態はリンクするに決まってるじゃん。そんなこと誰だってわかるよね。そんな当たり前の事実がクローズアップされてきました。私自身の知識や経験ともどんどん繋がって、患者さんとの会話の中で日々実証される効果。それまでも「自律神経に影響を与えない感情はないんです。だって怒りで顔が熱くなり手が震えるのも、感動や悲しみで涙が出るのも、緊張で汗をかくのも、自律神経が働いている証拠でしょ? 自律神経が反応しない程度の感情は、感情と言えるものではないか、あるいは感情を殺しているかなんですよ」そんな話をしていたし、また「最近はこりがひどくて肩や腰、背中が痛くて辛い。何とかして欲しい」などと言われれば、「ストレスあるんじゃないですか。もしもこりだけなら、痛みとか辛さは、普通さほど感じません。だってもし今の状態のまま、エコノミーの飛行機に8時間座り続けて、こりは悪化したとしても、ハワイに着いたとたん辛くはなくなるでしょ? こりにストレスや疲労が重なるから辛くなるんですよ」そんなことにも気付いていたんです。ここで指しているストレスは、必ずしも精神的なものばかりではなくて、自律神経の不安定な人なら季節の変わり目はストレスになるし、もちろん物理的に睡眠不足とか、引越で肉体労働が続いたなんてことも身体にとってはストレスです。身体的な問題、精神的なもの、バイオリズムや季節の変化など、全ての要素のトータルが一定のレベルを超えると身体は警告を発するのではないかと私は考えています。身体が凄く元気な時は、ある程度の精神的なストレスは耐えられる。でも身体が疲れていると気持ちにも余裕がなくなる。ストレスに耐える力がない。→身体症状が出る。そんな感じです。例えば常にストレスを抱えている人、いつもイライラ、ピリピリしている人。あるいは、いつもびくびくしている人。こんな人は、常に緊張しているので、自律神経のバランスは崩れ、血行は悪くなり、神経は過敏になり、人との関係も上手くいかず、リラックスする暇がありません。こんな状態で体調が良いわけないですよね?仕事を休んで、大好きな場所に旅行中。美味しいものを食べ、美しい自然に囲まれてリラックス。そんなときは体調良くなりますよね?ストレスがあったとしても、自分で「あーストレスだー、つらいよー。自分頑張ってて偉いよー」なんて思っている人は、身体症状が出ても、胃が痛いとか、お腹が緩くなるとかそんな程度で、当面のストレスが解決すれば治るし、本人も不安になりません。わかりやすいストレスは私たちを成長させてくれる材料でもありますから、全てが悪いわけではなくて、ストレスの種類と持ち方が問題なんです。身体症状は一つの目安と思ってください。大切なのは、身体が声を出してきたら、まずは気付いてあげることです。そして、なるべく休むとか、気分転換するとか、気持ちいいことをするとか、身体に気付いたことを教えてあげましょう。そうすれば、身体も納得してくれます。自分のストレスに気付かないふりをしている人、否定している人は、当面のストレスらしきものを回避しても症状は残り、本人の中で不安がくすぶり続けます。身体の声を無視すると、身体の声はだんだん大きくなり、「これでもか! これで気付かないなら今度はこうだ!」そんな感じに困った症状が出現して、医者では治せないような病気になりがちです。誰でも一時的に頑張ることは出来るし、頑張ることで逆にストレスが解消されることもありますから、頑張ることも、無理することも一時的には良いんです。やるべきことから逃げ出しても、楽になるどころかかえって苦しくなりますから、踏ん張るときがあっていい。でも、する必要のない無理をしている人は、身体が壊れてしまう前に気付いて軌道修正すべきです。「こうであらねばならない」と思い込んでいることの大部分は、「そうでなくても良い」ことだったりします。人の期待に応えなければいけない、他人から文句を言われたくない、理想の自分でいなければいけない、もちろん、自分に厳しくして、ものすごく頑張ることにはメリットがあります。何かを成し遂げる人の多くは、自分に厳しい人かもしれない。でも、オリンピック選手もいつかは引退するように、自分を極限まで追い詰めるような生活は、いつか限界がきます。今まで頑張ってきたのは、頑張らないとダメな奴になってしまうと信じていたからです。頑張らない自分になりたくないから頑張った。それをやめるのは勇気がいるのもわかります。でも、学生時代に体育会系のクラブ活動をしていた人が運動をやめて何年経っても打たれ強くなっているように、手放したようでも自分の中に残るものがありますから、頑張ったことは決して無駄にはなりません。身体が文句を言い出したら、自分を追い詰めるのはやめるべき時が来たと知るべきです。