かゆみ対策と皮膚のバリア。ステロイドの使い方
最近たまたま皮膚症状のある患者さんが続いてみえたので、かゆみ対策について話をしました。他の方のお役にも立てるかも知れないので、ここに書き留めておきたいと思います。 まず最初に断っておきますが、長期にわたる皮膚疾患のようなものは、医者が治してくれるわけでも、私たちのような治療家が治すわけでもなく、自分で治すものと考えてください。中心になるのはセルフケアです。 私は医者ではないので薬の使い方を指導できる立場にはありません。ここには私の考えを書きますので、ご自分で判断した上で取捨選択しご活用ください。 皮膚疾患の多くは原因不明で、完治するのは難しく、やっかいな症状が長期にわたり継続します。命に関わるような病気ではなくとも、患者さんにとっては、かゆみや見た目の問題は大きなストレスで、何とか治したいと奮闘していることと思います。 今回私の所にみえた二人は、長年皮膚疾患に苦しみ、複数の医師にかかってきた結果、多少改善することはあっても、未だ皮膚の状態は良くありません。 聞いてみると、医師の指導で行っている治療は、まずは抗ヒスタミン剤などの軽めの薬を塗り、ひどくなるとステロイドを使用するというものでした。 これが標準治療なのでしょうが、対症療法でしかなく目的が感じられません。 本人達も、この治療では治らないと思っているようで(何年も治っていないので、そう感じるのは当然です)、本やネットでいろいろ調べ、ドクダミを試したり、保湿クリームを塗った後、手袋をして寝たりとそれぞれに工夫をし、それなりの効果はあるようですが、決め手に欠け今に至っています。 治療やケアの効果を上げるためには、明確な目的を持ち、それに対応することが必要ですが、一般の方には、そのターゲットを絞ることが難しいようです。 私が考えるかゆみを伴う皮膚疾患治療のポイントは、「とにかく掻かないこと」です。 特に最初。「最初に掻かないことが全て」と言ってもいいでしょう。 まずはその理由を説明し、その後に方法をお話しします。 これは蚊に刺されたときでも同じで、少しでも掻けば、何日もかゆみが消えず掻き壊した痕が残ってしまうこともありますが、患部を一度も掻かなければ、派手に腫れた場合でも、2-30分の我慢でかゆみや皮膚症状は跡形もなく消えてしまいます。どうしてでしょうか? 皮膚が健全であれば、私たちは病原菌に直接触れても、簡単には病気になりません。しかし、皮膚のバリアが破られた傷口は、容易に細菌の体内への進入を許し、感染を起こしてしまうのです。 蚊は、私たちの血を吸うとき、私たちの体内に微量の毒を注入します。 この毒に対する生体の防衛反応(軽度なアレルギー反応)が腫れやかゆみで、身体は解毒のために、血管からの組織への透過性を高めて局所に白血球を集め(これが腫れです)汚染された皮膚を剥がそうとかゆみが起こります。 しかし、蚊の毒は微量で弱いので、白血球が短時間に退治してしまいますし、汚染されるのは静脈内なので、掻きむしることで皮膚を傷つけるのは、防衛力を弱めるばかりで何の役にも立ちません。 結果として、掻かなければ数十分でアレルギー反応は収まり、皮膚の炎症も治りますが、掻いてしまうと、蚊の毒のせいではなく、皮膚が傷つくことによる感染やかゆみが継続してしまうのです。 ここが最大のポイントです。 私たちの皮膚は、身体を細菌やウイルスなどの外敵から守る、軽くて柔軟性に富んだ、とても優秀な鎧ですが、その薄さのため、自分で軽く引っ掻いただけでもバリアが剥がれてしまい、免疫力が極端に低下してしまいます。 健全な皮膚であれば、発症せずに済む程度の刺激で症状が出てしまい、何度も皮膚を掻き壊すことでいつまで経ってもバリアが形成されないことの繰り返し。 長い間皮膚疾患にかかっている人は、皮膚の免疫力が長期にわたり低下している状態にあり、その状態こそが次の症状を起こす原因だと私は考えています。 皮膚の免疫力を上げる方法は、皮膚の表面を壊さないこと。そして、壊れてしまったところには直接触れないようにすることです。 アレルギーなどで湿疹が出ても、掻きさえしなければ皮膚のバリアはまだ保たれています。アレルギーの原因がわかればそれを除去し、この皮膚の状態を保ったまま数日過ごすことが出来れば、症状は時間の経過と共に治まるはずなのです。 そこで、ここからは掻かないための方法です。 注意事項の第一は、掻くのを我慢するというような意志の力には頼らず、工夫をすることに最大の努力をすること。ダイエットと同じで、掻かないという意志の力に頼ったのではまず勝ち目はありません。 重要なのは無意識で掻いてしまい皮膚を傷つけるのを防ぐことで、掻かずに済むか、搔けなくするか、掻いても皮膚を壊さないようにすればいいわけです。 掻かずに済む方法の1番手は、かゆみを感じたらすぐに薬を塗りかゆみを抑えることです。 虫さされのように範囲が狭く一時的なものなら、スースーするような市販の薬でも良いかもしれませんが、皮膚疾患、特に医者からステロイドが処方されているような人なら、ひどくなってからではなく、初期にこそステロイドを使うべきではないでしょうか。 ステロイドは炎症を強力に抑える薬で、傷口を治すための薬ではありません。 症状がひどくなってからでは、皮膚が回復するまでに時間がかかり、ステロイドも長期間使わなければならなくなります。範囲も広がってしまうかも知れません。 皮膚が壊れる前にステロイドを使い炎症を抑えれば、かゆみも起こさず、少量、短期間の使用で済むはずです。短期間の使用であれば、副作用の心配はほとんどありません。 全ての皮膚疾患に当てはまるわけではないでしょうが、皮膚のバリアを守り、皮膚の抵抗力を上げることが治癒への第一歩だと考えると、初期の炎症を抑えるためにステロイドを使うのは、目的にかなったケアに思えます。 次に、寝ているときに掻かないための方策です。いくつか例を挙げますので、自分の状況に合わせ各自で工夫をしてください。 掻いてしまう側の自分の手か、かゆい部分か、どちらかを保護して、掻いても皮膚を傷つけないようにすることが目的です。 まず、爪は短くして、掻いてもなるべく皮膚を傷つけないようにしましょう。 具体例その1は、手首の所がきちんと止まっているミトンの手袋をして寝ること。 理由は、掻いても皮膚を傷つけない。ミトンだと不器用になって自分で手袋を外せない。ここが重要で、普通の手袋では寝ぼけたままでも外して掻いてしまいます。 起きていれば自分で外せるけど、寝ぼけたままだと外せない。そんな物を探してください。 ちなみにこのアイディアは、老人病院に勤めているとき、痴呆のお年寄りが経管栄養の管や点滴を勝手に外してしまわないように、介護の方の手作りミトンが使われていたことがヒントになりました。 鍋つかみのような物の手首にベルトがついていて、これを締めると少なくとも痴呆老人は自分では外せません。 患部の保護を目的とすれば、硬めのスパッツなどを履いて寝るとか、かゆいところの周辺に包帯を巻くとか、範囲が狭ければバンドエイドのようなものを貼るなど、それによってかゆみが増進することなく患部をカバーする方法を考えてください。 先日の患者さんは、治りかけの時に貼るステロイドのシートを医者からもらっているとのことなので、治りかけの時ではなく、出始めの時にそれを貼ることを提案しました。 炎症を抑えながら患部を保護できるのですから、理想的な貼り薬です。 起きているときのかゆみは、イライラすると掻きむしりがちなので、ストレス対策も重要です。 生活上では、かゆみが出やすい食べ物や洋服などの線維にも気を付け、汗や乾燥対策にも、本気で取り組んでみましょう。 これらを手助けするのは症状日記です。簡単な物で良いので、毎日の症状に加え、食べた物、服装、その日の出来事や気分、天気などをメモしておくと、自分では気付いていなかった症状の憎悪因子や改善因子が見つかるかも知れません。 細かいところでは、お風呂やシャワーの温度。 さっぱりするからと熱いシャワーを最期に浴びれば、身体を冷やそうと汗が大量に出るし、身体を冷やそうと冷たいシャワーを浴びれば、今度は身体を温めなくちゃと熱を産生するので、どちらもかゆみが出やすくなる可能性があります。 熱いのが身体に良いとか、かゆみには身体を冷やすべきだとか、そんな一般論はここでは関係なくて、いま重要なのは、自分の身体にかゆみが出にくい温度を知ること。 先日までの猛暑ならかなりぬる目、これから寒くなればもう少し高めの温度。その日の気温に合わせ、暑くも寒くもならない温度のシャワーを浴びるのがお勧めです。 保湿の注意事項。 私たちの身体は、その時々の状況に合わせ必要な反応を起こしています。なので、肌を過剰に保湿すれば乾燥し易くなり、こまめに石けんで洗ったりし過ぎると、身体が乾燥を防ぐために脂性になる可能性もあります。 毎日保湿クリームを塗ってから手袋をして寝ると言う患者さんには、試しにやめてみることを提案しました。過剰な保湿のために、かえって自分の手が乾燥しやすくなっている可能性があるし、蒸れてかゆみが増しているかもしれません。(夜中に手袋を外して掻いていることもあるとのこと) 良かれと思って実行しているケアについても、症状が改善していないのなら見直してみる必要があるでしょう。 私個人の経験ですが、 仕事柄、手をよく洗うので、冬場は手が荒れがちです。でも荒れた手で患者さんを触るのは嫌なので、こまめにハンドクリームをつけていました。それを繰り返していると、手を洗ったとき以外にもクリームを塗らないではいられないほど、常に手が乾燥して荒れるようになり、私ははたと考えました。 少し我慢して塗らないでみよう。 数日のうちに手が潤ってきて、クリームは夜寝る前につければいい程度まで手荒れが改善したんです。 これは化粧品にも言えることで、高い保湿クリームなどは、塗った直後から肌が潤い効果を感じたとしても、それは肌が元気になったのではなく、化粧品の効果です。 ずーっと使い続ければきれいな肌を保てるかも知れませんが、過保護なケアは、肌本来の保湿力を弱めてしまう可能性もあります。適度に使いましょう。