第13話 騎士団長
その日、闘技場は騒然としていた。いや、ある種の悲鳴とさえいえるかもしれない。
「誰かあいつを止めろ!」
「どうしてあんなポッと出てきた新人にどいつもこいつも負けるんだ!」
「誰かあいつより強い妖精はいないのか」
「いたら苦労しないよ!」
俺はあの後、連勝を重ねていた。闘技場の妖精達が思ったより弱いのか、はたまた俺達が彼らの言う通り強いのか。それは定かではないのだが何とか勝利を重ねることが出来ていたのであった。
「絶好調だね。闘技場って言っても案外大したことないんだね」
「正直ここまで上手くいくとは思わなかったな」
まだ中位妖精しか出していないのだが、かなり良い所まで来ているのではないだろうか。下位妖精の子たちには申し訳ないが、流石に相手が分からない状況で戦うのは怖い。だからこそ毎回中位の子たちを出しているのだが、これが意外と機能しているのかどんな妖精が来たところで返り討ちにしていた。
「しかも今まで戦ってきた妖精達だって中位の妖精がほとんどだったのにそれでも勝っちゃうんだもん。それって私たちの方が強いって事でしょう。凄いよ」
「そうなのか」
「妖精って幸福だと強くなるって言うけれど、本当にそうなのかもね」
そうなのか……俺って妖精たちに何が出来ているのか不明だが何か出来ているのなら良しとしよう。
「た、大変です」
そこで、闘技場の係員と思われる男が突然休憩室に入って来る。
「今日は言ってきた新人! どこにいる!」
「はい、ここ……」
「直ぐに勝負場に行くように! 何としても相手の言うことに従うのだぞ!」
そう言われて、俺は何故この男が慌てているのか不明だがとりあえず勝負場に行くことにした。
「俺は入れない⁉」
しかし、そこで言われた言葉は突然のそんな発言だった。勝負場で何度も見ていた鎧姿の男が俺を中に入れないように立ちふさがっているのだ。
「どうして、今までずっと俺は一緒に戦っていたのに」
「良いから。妖精だけ全て出してお前は専用の席に向かえ」
「納得できません。せめて理由を」
「何だ、騒がしいぞ」
俺と男たちが言い争っていると、一人の女性がそこにやって来る。
「ようこそおいでなさいました騎士団長殿!」
「社交辞令は良い。それよりそこの男性に話がしたくてな」
そう言って、女性は俺に話しかけてくる。
「君、名前は」
「葛城誠です。姓が葛城、名前が誠です」
「誠か、しかも姓を持っているとは。元は貴族か何かなのかな」
女性は少し興味深そうに話した後、俺にこう言ってきた。
「済まないが私が君に勝負を持ち掛けたんだ。君の妖精と私の契約対象、どちらの方が強いか試してみたくなってね」
「で、どういうことですか。俺が中に入れないのって」
「私からのハンデさ。私が中に入らないで勝負をするように。純粋な契約対象同士の勝負を見せようって話だ。だが、それでもせめてフェアにするために君にも中に入らせないようにしようって言われてしまってね」
「お互いに入れば解決では」
「私が指示してしまっては簡単に勝負がついてしまうだろう。そんな目に見えた結果を求めるほど弱者を甚振りたいわけではないのでね」
なんかいちいち鼻につく言い方だった。だが、俺はこの時直感的に何か嫌な予感がした。
「分かった、条件を飲もう」
「いいの、誠」
「仕方ない。早く終わらせよう」
「うん。私も頑張るから」
そう言って、ペスティだけでなく他の妖精達とも別れて俺は騎士団長と呼ばれた女性が案内する席に向かった。
「良かったら君も一緒にどうだい。先ほどよかったら飲まないかと出されたお酒だ」
「……少しだけなら」
あんまりお酒は得意じゃないんだけれどな。そう思いながら俺はその果実酒を飲ませてもらう。少しばかりの酸味と後から来る甘みが一応美味しかった。
「さて、君は随分沢山の妖精と契約しているみたいだね。中位妖精もあれだけいる。人気者なんだね」
「はい。それはどうも」
『待って! あれは無理だよ』
「ペスティ?」
その時,突然頭の中にペスティの声が聞こえた気がして話しかけた。すると、やはりペスティから返事が返って来る。
『この勝負勝てるわけがない! 仕組まれていたんじゃないのって思う!』
「どういうことだ」
『相手は『精霊』よ! 私達みたいな妖精じゃない! しかも上位の精霊!』
「精霊?」
「気が付いたのか。私が勝負場に出したのは精霊だ」
騎士団長はそこで少し面白そうに俺を見ているが、この世界での妖精と精霊の違いがいまいち分からない。だからこそ俺は軽く会釈するにとどめていた。
だが、その表情はあっという間に絶望に染まった。
「何だよあれ、今までと違いすぎる!」
妖精達が、中位も下位も関係なく攻撃が一切として通っていなかった。そして、精霊の攻撃というか腕の振りであっという間に弾き返される。
「何だよあれ。どうしてあんなに」
「精霊だからだよ」
「え?」
「精霊と妖精の大きな違い。それは、自立した思考の深さだと言われている。妖精はまるで子供のように振舞う。思考もどちらかと言えば幼稚で感情的だ。一方精霊は大人のように振舞う。論理的であり、例え私の知恵がなくともああして独立して自分のなすべきことを思考できる」
「ふざけるな! それがどうしてハンデになるんだよ!」
それじゃあまるでワンサイドゲームじゃないか。
「何を言っている。君には君の言葉を伝えてくれる存在がいるじゃないか」
「え?」
「違うのかい? さっきから君に話しかけている妖精がいる? そうじゃないのかい?」
そうか……そういう事か!
「ペスティ!」
『何!』
「俺の言うとおりに動いてくれ!」
『どういう事! 今正直それどころじゃ』
「俺を信じてくれ!」
『! 信じればいいのね!』
そう言って、俺は作戦を開始した。
「ほう」
それからの動きは少し変わった。驚かすのを得意とするお化け妖精が気を引いて、針妖精が精霊に少しずつ痛みを与えて気を散らして、魚妖精や野菜妖精には出来るだけ大きな魚や野菜を用意してもらってそれで叩いた。
銅妖精と紐妖精で動きを封じる道具の準備と、物作り妖精の力でその場で即興で作って動きを封じた。他の妖精達も、出来るだけ各々の出来ることを実現していった。
そして、その動き全てを伝えたのが。
「伝言妖精」
「そう、君の一番強い妖精だ。まさか君があの妖精が何の妖精か知らないとは思わなかったが」
これなら確かに俺だけは一方的に言葉を伝えられる。指示が出来る。これなら。
「惜しいね。作戦は素晴らしい。しかしだ……」
精霊自体が強すぎた。一回りも、二回りも。
「そんな」
あっさりと道具は壊され、攻撃をはじき返されて、そして妖精達は負けて行った。
「……俺の負けです」
そう切り出すのが精いっぱいだった。闘技場で初めての負けだった。