「どろにんぎょう」井上洋介のナンセンスと神話的世界 Inoue Yousuke
先日、2015年2月3日に井上洋介さんが亡くなったとの訃報に接しました。享年84歳でした。
当店でも以前に「まがればばがりみち」を紹介させていただき、井上さんはそのキャリアを漫画からスタートさせたこと、そしてナンセンスの感覚を大切にしていたことなどから長新太さん、佐々木マキさんとの共通点もご紹介しました。
こちらの絵本「どろにんぎょう」はその「ナンセンス」とは少し違う感触の絵本かもしれません。
お話は北欧民話を内田莉莎子さんが翻案したものです。
あるおじいさんがつくったどろにんぎょうが、そのおじいさんを飲み込み動きだし、道中を歩きながら出会うもの出会うもの皆を飲み込んでいってしまう。お腹が膨れ続ける中で最後に出会ったのは知恵のあるトナカイ。そのトナカイがどろにんぎょうのお腹を突き破り、中からは飲み込まれた人がぞろぞろと、、、
似たお話を幾つも読んだことがあるかとも思います。恐らく古い古いお話なのでしょう。つい先日も有名童話の起源が考えられていたよりもずっと古い可能性がある(美女と野獣などは4000年前)との研究発表の報道を目にもしました。
全てを飲み込むものと知恵のあるものの対立、その結果として飲み込まれたものの復活、など、要素だけを取り出すと民話風の装飾の中に神話的なものが見えてきます。
話が少し飛びますが、現代のナンセンス絵本作家の代表と言えばスズキコージさんではないでしょうか。スズキコージさんの絵を見ると(特に大型作品)いつも、その神話的な佇まいに目を奪われてしまいます。このことはいつかブログにて書いてみたいと思っています。
ナンセンスと神話の世界の親和性を思うと、そこに不思議な繋がりがあるようにも見えます。
この絵本「どろにんぎょう」は井上さんの描く、愛らしく何処となくユーモラスな絵に潜むナンセンスという狂気と、北欧民話の奥に見え隠れする神話という原始的な構造が響き合っている絵本なのではないでしょうか。
お話の最後は
「たすけてもらったおれいに、むすめたちは、きんで、トナカイのつのを くるんでやりました。
そのときから、トナカイは、きんのつのの トナカイ、と、よばれるようになりました」
で終わっています。しかしそのページの絵は、どろにんぎょうのお腹から出てきた人々の最後尾にトナカイが並んでいるのですが、金の角も何も、そのトナカイは全てが黒く塗りつぶされて描かれており、まるでそれは泥で作られたもののようにも見えます。
神話的に見るならば混沌と秩序、それらが互いに征服し合い、交換し繰り返される世界を見るかのようです。
ナンセンスという一見意味も脈絡もないものの奥底には、人間の原始的な感覚があるのではないか、井上さんの訃報を聞き、井上さんは、そうしたナンセンスの世界、神話の世界へ還っていたのかもしれないと、未だこの世界にいるままに、縷々と考えていました。
井上洋介さんのご冥福をお祈りします。