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紺碧の採掘師

序章

2024.04.02 12:02

 ドン!

 目の前のテーブルを拳で強く叩かれ、穣は思わずビクッとする。

「外地(がいち)は危険な所だと何度も言っているのに、なぜ出たんだ!」

 テーブルを挟んで穣の正面の椅子に座る男の怒声。

 (いきなり怒鳴るんじゃねぇよ、クソ管理!ビックリしたやん……)

 内心の怒りを暗に示すように穣は侮蔑の表情で目の前の人工種管理の男を見る。

 窓の無い白い壁の四畳半の部屋に、小さな四角いテーブルと簡素な折り畳み椅子が二脚。壁際の一脚にはアンバー色の採掘師の制服を着た穣が座り、向かいの一脚には薄茶色の人工種管理の制服を着た年配の男が座っている。そのリーダー格の男の背後には、立ったままの三人の若い管理官の男達。

 年配の管理官は若干身を乗り出して諭す。

「なぁ穣君。君はもう40だろう。いつまでも若気の至りじゃ困るんだ、もっと精神的に落ち着いた大人にならねば」

 (まだ39歳じゃい!うるせぇわボケ!)

 穣は苦虫を嚙み潰したような表情で

「人工種はイェソド鉱石を採る為に人間に作られた存在です。例え外地が危険であろうと大量の鉱石がそこにあるなら、採りに行くのがプロの」採掘師と言いかけたが相手の言葉に遮られる。

「本当のプロなら危険な事はしない。外地に出なくても鉱石は採れるだろう?現に他船は皆、それで成果を上げている」

 穣は食い下がる。

「でも年々、内地で採れる鉱石の量が減っていて」

「でも今はまだ内地で採れる。無理をしちゃいけない。我々は君達の事が心配なんだ、人工種は人間が作ったものだから人間がきちんと管理し守ってあげねば。その為に我々管理官が存在する」

「でも!人間の皆様の為に、俺は、多少無理をしてでも鉱石を採って貢献しようと」

 すると年配の管理官は困ったような顔になり

「それで船長に無理を言ったのか。君のワガママを許可してくれたアンバーの剣菱船長に感謝するんだぞ」

 穣の心が怒髪天になる。

 (こっちの事情のジの字も知らん癖に好き放題言うんじゃねぇぇぇい!)

 相手の胸倉を掴みたくなる衝動を必死に抑えていると、立ったままの若い管理達の一人が溜息交じりに言う。

「あんまり無茶な事をすると、君が『廃棄処分』にされてしまいますよ?」

「!」

 目を見開き、その男を見る。男はまるで幼子をあやすような口調で穣に

「せっかくアンバーの採掘監督になれたのになぁ。君は本当は優秀な人工種なんだ、だから大事にしたいんだ」

 (うるせぇわい!お世辞なのか脅しなのか謎めいた事を言いやがって!そもそも大事にすると言うなら……)

 穣は自分の首に着けられた白い首輪を右手で指差し、相手を睨んで

「大事にするなら、このタグリングを外して頂けませんか」

 穣の挑戦的な目をどう誤解したのか管理は謎の微笑みを浮かべて言う。

「それは人工種と人間を区別して、大切な人工種をしっかり管理してあげる為に必要なものなんだ。……良い子にしていれば幸せに生きられるのに、どうして分かってくれないのかなぁ」

 (……話が全く通じてねぇし、言ってる意味が分からんし……)

 泣きたい気分になりながら、とりあえず穣は「はぁ」と気の抜けた生返事をしてボソッと呟く。

「俺は単にちょっぴり外地に出てみたかっただけで……それはそんなに重大な事でしょうか」

 バン!

 また突然目の前のテーブルが、今度は平手で叩かれて、正面の年配管理が怒鳴る。

「人工種は外地に出てはならないと決まっている。重大な規則違反だ!」

 (ビックリしたー!だから突然叩くな怒鳴るな!……ってか人工種を外地に出したくねぇんだろ……)

 男は溜息をつくと穣を指差し「君にはサポートが必要だな」

「ほぇ?」予想外の事を言われて目が丸くなる。

「君が無理をしないようにサポートを付けてあげねばならん」

「いや要らないです。そんな」

 年配の管理の男は至極真面目な顔で穣を見つめて

「『廃棄処分』よりはいいだろう?」

 (どっちも嫌じゃ!つーかその『廃棄処分』って一体何なん!)

 気のせいか、タグリングが首を絞めつけているような感覚さえ覚える。

 (これ以上縛られたくねぇぇぇい!)



 それから数日経った、ある日の朝8時。

 この世界の主要エネルギーの原料であるイェソド鉱石の採掘をはじめ、様々な鉱石関連業が集まった『採掘都市ジャスパー』の中核を担う採掘船本部の航空船舶駐機場に、『採掘船アンバー』が停まっている。

 船体下部にある採掘準備室では朝礼が行われていて、操縦士、機関士、採掘メンバーの合計15人が横一列に並び、一同の前にはアンバー色の船長制服を着た体格の良い中年男性が立っている。この中で首にタグリングが付いていないのは船長と他に2人で合計3人、つまり3人の人間以外は全て人工種だった。


 (はぁもぅ、何でウザイ奴が来るかな……)

 明らかに睡眠不足な顔の穣は、一等操縦士の女性、ネイビーの隣に立ちながら、控え目に欠伸をする。

 船長の剣菱は怪訝そうに穣を指差し

「なんで副長の隣にいるの?」

「諸事情有りまして」

 穣は自分の逆側、列の最後尾に立つ青い髪の男を指差す。

 剣菱は小さく「ああ」と呟くと、青い髪とその隣に立つ緑色の髪の男に「んじゃ紹介するから、そこの二人、こっちへ」と手招きし、一同に「今日からアンバーに入った新しいお仲間です!」

 二人は緊張気味に剣菱の近くに来ると、一同の方を向いて並ぶ。

「護君から自己紹介を」

 剣菱に言われて青い髪の護は「はい」と答え、ちょっと咳払いする。

「初めまして、採掘船ブルーアゲートから参りましたALF IZ ALAd454十六夜護と申します。穣さんに代わって、新しくアンバーの採掘監督になりました。自分は採掘監督を務めるのが初めてで、穣さんに比べて経験もありませんし至らない所も多いかと思い」

「挨拶が長ぇ」

 言葉を遮られ、護は驚いて声の主を見る。穣は腰に右手を当てイライラした様子で、

「満よりはマシだけど。ブルーから満が来なくて良かったなー!」

 護は穣を睨みつつ「穣さん。長兄は貴方の事を心配していました!」

「はぁ?五人兄弟の中で次男が一番ヘッポコだから心配だって?」

「そんな事は」

 穣は溜息交じりに「このガチ真面目な四男が来るたぁ……。まぁ三男が来るよりはマシだが。末子はウェルカム」と護の隣に立つ男に向かってニッコリ微笑む。

 途端に護の心に若干の嫉妬心が起こる。

 (また透ばっかり……)

 緑色の髪の透は一同に向かって「あ、ブルーから来ましたALF IZ ALAe455十六夜透です、宜しく」

 護は、ここで皆に舐められるものかとばかりに胸を張って一同を見回す。

「と、とにかく自分は採掘監督として、失態を犯したアンバーを何とかしたいと」

「失態?!」穣の大声。護を睨みながら「外地に出た事が失態なのか」

「それはそうです!だから罰として貴方が採掘監督を辞めさせられたんでしょう!」

「あっそう。じゃー頑張って汚名挽回しないとなー!頑張りまぁーす」

 苛立ち紛れにヘラヘラ笑う穣。護の劣等感が刺激される。

 (またそうやって俺を馬鹿にする……ここで成果を上げなければ俺は長兄に認めてもらえない!)

 護は一同を見て叫ぶ。

「皆さん頑張りましょう!」

 皆は全くやる気の無い生返事を返す。

「はぁーい」

 穣は大きな溜息をつき、絶望的な気分で隣のネイビーに小声で呟く。

「これが、外地に出た事への制裁かよ……」

 ネイビーは穣の上腕を人差し指でツンツンとつつくと、剣菱の方を指差す。

 見れば剣菱が厳しい表情で穣を睨んでいる。ハッと我に返る穣。

 (やべぇ、やりすぎた……)

 元々、後で叱られるのは承知の上での言動だったが、護が相手だとどうしても加熱してしまう。

 (ああもぅ大人気無くて、すんません……!)


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