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紺碧の採掘師

第1章02

2024.04.08 07:37

 暫し後。

 鉱石は殆どコンテナの中に収まり、後は小さな欠片を掻き集めて入れる、通称『掃除』をするだけになっている。

 護は、透やオリオンの近くで目を閉じて立つマリアに近付き

「マリアさん、次の採掘場所を探知して」

 声を掛けると探知能力を持つマリアは若干焦り気味に

「すみません、探知してるけどなかなか見つからなくて……」と困り顔になる。

「なるべく急いで」

 すると透が「彼女、さっきからずっと探知してるよ。あまり急かすと」

 続きを遮るようにマリアが「頑張ります!」

 一瞬黙ってマリアを見た透は、やおらボソッと呟く。

「……船の、鉱石探知機もあるけどね」

「機械に負けたら探知人工種が船に乗る意味が無くなっちゃう!」

 マリアは更に探知エネルギーを強め、必死に鉱石を探し続ける。

 透は何か言いたげに口を開いたが、諦めたように小さく溜息をつく。

 護は他のメンバー達に向かって「皆はコンテナを船内に搬入!」

「ほぉーい」

 悠斗だけが間延びした返事をする。それから二段に積まれたコンテナを見て、何気に呟く。

「しかし最近、この辺りの鉱石、減ったよなぁ」

 透も「全体的に減ってきてるよね、探知するのも大変な」そこへ穣の大声が被さる。

「外地なら沢山あるぜー!」

 反射的に護が「ダメです!」

「ちょっと出る位なら」

 護は厳しい口調で「外地は危険な所、何が起こるかわからないんですよ!そもそも航空管理の管理波が届かないので船が遭難する危険があるし」

 穣はスコップを持ったまま護の前に歩いて来ると

「んでもな」と言いスコップで地面に線を引いて線の右側と左側を指し示しつつ

「こっちが航空管理の管理区域内、こっちが管理外つまり外地って事で」

 足を広げて線をまたいで「こんな感じではみ出す位ならダイジョブだ!」と笑う。

 それを見て、悠斗もニコニコしつつ「1年前はこうやったんだ!」

 二人を非難するように護が叫ぶ。

「それで航空管理と人工種管理に叱られたんでしょう!」

「うん」穣が大きく頷く。

 悠斗も「すんごい怒られたけど、楽しかった」

「えっ」

 予想外な言葉に護の目が丸くなる。

「冒険は楽しい」と言う悠斗に続いてマゼンタも楽し気に「外地って、どんなトコなのかなぁって!」

 護は内心、マゼンタはともかく何で悠斗まで!と思いながら

「しかし規則は守らねばなりませんっ!」

 叫ぶと今度はマリアが

「でも外地には鉱石が沢山ある場所が」

「それでもダメです!」

「船長も協力してくれたのに!」

 責めるような目で護を見て訴える。

 護は大きな溜息をついて「剣菱船長って少し甘いよね。これがもしブルーアゲートだったら」

 穣が口を挟む。

「だってブルーは船長より採掘監督の方が実権を握ってるだろ。あのクソッタレの満がよ!」

「長兄に対してその言い方は!」

「あー人工種は船長になれないっていう決まりがある世界で良かったなー!」

 叫ぶ穣を無視して護は一同に「とにかく外地はダメです!」と叫び、大きく息を吸ってから

「前科があるんですから、今度何か起こしたら、『廃棄処分』にされるかもしれない!」

 一瞬、その場がしんと静まる。護は皆を見回しつつ

 (やれやれ全く。マゼンタはともかく悠斗はもう30歳なんだし、年下のメンバーの模範になるような事を言ってくれよ!一番年長の穣さんがダメなんだから、俺や透、悠斗の30代メンバーがしっかりしないと)

 そんな事を思っていると、穣がボソッと呟く。

「何なんだろうな、『廃棄処分』って」

 マゼンタがそれに食いつき

「そーだよそれ、具体的にどうなるの?」そこで護を見て「採掘監督、知ってる?」

「……」

 言葉に詰まって慌てて色々考える。

 (そういえば、具体的にどうなるのか、考えた事が無かった……)

 自分が言い出した事なので知らないとも言えず、何を言うか困っていると、悠斗が呑気な声で

「皆、知らないんだよなぁ。誰に聞いてもさぁ」

 穣も頷いて「人工種管理に聞いても、教えてくれねーしなー。分からないってのが恐いよな」

 マゼンタがここぞとばかりに「恐がらせる為の脅しとか!いい子にしないとメシ抜きだよ、みたいな」

 オリオンが「それマゼンタ君だろ?知ってる」

「うん俺、よく言われてた」マゼンタが笑った瞬間、護の怒りの雷が落ちる。

「人工種管理を甘く見るんじゃない!……皆、もっと真剣にならないと、大変な事になるぞ!」

 一同、驚きと諦めの混じった表情で護を見る。

 護はマリアを見て「マリアさん、鉱石の探知は!」

「あっ、ごめんなさい、まだ見つからなくて……。私も黒船のカルロスさん並に探知が出来たら」

 すると穣が「いやいや」と手を振って否定し「カルロスの探知能力は異常だから気にすんな。マリアさんが正常なの」と微笑む。

「そ、そうかな。あっ!」何かに気づく。

「どしたん?おや?」穣も何かに気づいて「微かにエンジン音がする。どこの船?」

「黒船が近づいてます。この上を通って行くみたい」

 マゼンタが空を見て「噂をしてたら来た!」と右手を上げて彼方に見える黒い船影を指差す。

 悠斗が嫌そうに「来なくていいのに」

 どんどん近づく黒船を見つつ、透も呆れたように

「わざわざ俺達の上を通って行かなくてもさ……」

 メンバー達の上空を、黒い採掘船が通り過ぎてゆく。

 探知を掛けつつマリアが言う。

「黒船の貨物室、スゴイ量の鉱石を積んでます。どこでこんなに採ったのかな……」

 悠斗がへぇ、と呟いてから「さすが。採掘量第一位を独走するだけあるねぇ」

「あ!突然探知できなくなった!」

「へ?」

 悠斗をはじめ、一同がマリアを見る。

「探知妨害するなら最初からすればいいのに!」

 何やら怒り心頭なマリアを透やマゼンタがなだめる。

「お、落ち着いて」

「どしたのどしたの?」

 マリアはマゼンタを見て「私に貨物室を探知させといて、途中から妨害するってアリ?」

 マゼンタがキョトンとしているので説明を追加する。

「……つまり最初は探知出来たのに」

「あー、見せたくないなら最初から見せるなっつーこと!」

 穣もなるほどと頷いて

「積荷の自慢してぇんだろ。カルロス、性格悪いから」

 マリアは怒りつつも悲し気な表情で

「なんか私の探知スキルをバカにされた気分!お前の探知なんか簡単に妨害出来るぞ、って」

 穣は苦笑し「まぁマリアさん、まだ20代だろ。カルロスは40過ぎだし、歳の差考えても経験値がさ。だから気にすんな」

 若干泣きそうな顔で穣を見たマリアは、渋々といった感じで返事をする。

「……そうですね……」

 皆がマリアの話に注目している間、護は皆の意識を仕事に戻さねばと焦っていた。

 急がねば、時間が無くなってしまう。

「とにかく、黒船を抜いて採掘量第一位にならないと」

 護が言った途端、穣が呆れて「第二位でもええやんけ!」

「ダメです!」

「クソッタレの満に第一位になれって言われたから?」

「それに製造師が!」

 穣は頭を掻きむしって「んもーー!! お前、人間の言葉に『親離れ』ってのがあるの知っとるか?! 人工種で言うなら『製造師離れ』だ、お前そろそろ製造師離れしろや!」

「しかしですね、人間の言葉に『親に迷惑かけるな』というものがあります」

「迷惑って、……それなら子供にタグリング着けるなや!」

 両手の人差し指で自分の首に付いている白い首輪を指し示す。

「これウザいよなぁ!人工種には必ず着けられる。製造師しか外せない。年一回メンテして、管理機能が正常かどうか確かめる。何でこんなのに管理されなきゃ」

「でも人間が管理してくれているお蔭で、人工種は安全に生きられるんだ」

「アホか!人間は人間の子供にこんなモン着けねぇベー何で人工種には着けるぅぅ!」

「それは、人間には人工種が必要だから」

「だって人間は、イェソド鉱石に長時間触れると死んじまうからなー!」

「鉱石が無ければ人間も人工種も生活できない!だから採らねば」

 穣は天を仰いで絶叫する。

「ああもぅこの石頭ぁぁ!いつも同じ事言いやがって!」

 護も負けじと怒鳴る。

「何回言っても貴方が理解しないからです!」

「満に洗脳されたテメェの言葉なんか理解したくねぇぇい!」

「洗脳なんて!」

 そこへ、護の右耳に着けてある通信用の小型インカムからピピーと呼び出し音が聞こえる。

 護はインカムを触って回線を開くと「はい、護です。……えっ。分かりました、すぐブリッジに行きます!」

 それから一同に「マリアさん、ブリッジだ!皆は撤収作業!ここは引き揚げる!」と言い船の方へ走り始める。

 透が不安そうに呟く。

「また長兄からの電話かな……」

 穣は大きな溜息をついて頭を抱える。

「……また護の洗脳が酷くなる……」



 船首への通路を走って来た護は、既に開いているブリッジ入り口の横壁をノックすると「失礼します!」と叫び、中に入る。船長席に駆け寄る間もなく剣菱がサッと護に受話器を差し出し、辟易顔で伝える。

「いつものお電話。ブルーの満さんから」

「……はい」

 恐る恐る受話器を受け取った護は、緊張しながら「お待たせしました長兄、護です」

『護。何やらアンバーの採掘量が芳しくないと聞いたが』

「え、ええまぁ」

『製造師が私に連絡をよこしたぞ。護がこの間メンテに来た時に元気が無かったからキチンと仕事が出来ているのか心配だと』

「えっ」護の顔が曇る。

 (どうしてだろう。ALFに行った時、元気なふりをして心配かけないようにしていたのに。定期診断で何の問題も出ないよう、気を付けていたのに。……ダメな奴って思われてしまう……)

 不安で胸が締め付けられる。

『まぁアンバーには困った次男がいるからな。お前、あいつのワガママに悩んでるんじゃないのか?』

「い、いえ……」

 どう答えていいのか悩む。

『お前がブルーからアンバーに移動して、そろそろ1年か。護、剣菱船長にご迷惑をかけていないだろうな』

「勿論です」掠れ声で答える。

『人工種は人間の為に作られた存在、役に立たねば存在価値が無くなる』

「はい」

『ともかく製造師も高齢だ、困った次男と、末子の透を頼む。何かあったら私に相談するように』

「はい」

『お前は五人兄弟の中で一番のしっかり者だ、お前なら黒船のカルロスに勝てる。期待してるぞ』

 途端に護の顔に安堵の笑みが零れる。

 元気良く「はい!」と返事すると、満が通信を切るのを待って「通信終わりました」と剣菱に受話器を返す。

 剣菱は受話器を定位置に戻すと、護を見もせず呆れたように言う。

「また長兄に余計な事を吹き込まれたか」

「えっ」

 そこへ船長席前方の操縦席から、ネイビーの声。

「どうせ人工種は人間に逆らっちゃイカンとか、そんな感じでしょ」

「それはそうですが」

 剣菱はネイビーの方を指差して

「そこのネイビーさんは、人工種の癖に人間の俺に逆らうぞ?」

 ネイビーはアハハと笑って

「だって一等操縦士ですもん。副長としての意見を述べてるだけでーす」

 護は至極真面目な顔で「意見は、良いと思います」

 ふぅーと大きな溜息をついた剣菱は困ったように額に手を当て

「お前も大変だな……。しかし満さん、採掘監督とはいえ個人的な連絡は、食堂の一般用電話に掛けてきて欲しい」

 ネイビーが言う。

「ほら一般だと穣さんが電話に出る可能性があるから」

「あぁ……」

 ガックリと項垂れる剣菱に、護が「ところで船長、次の採掘場所について」

 すると入り口の所でブリッジ内の状況を見ていたマリアがハッと我に返り、慌てて叫ぶ。

「ごめんなさい!まだ見つかりません」

 剣菱は疲れたように「船の鉱石探知機にも反応が無いから、まぁノンビリ移動しながら探そうや」

「あまりノンビリしてると、黒船が」

 護の反論を右手で制して「ウチはウチ、黒船は黒船」

「しかし」

「焦って見つかるモンでもない」

「……」

 護は不服そうに剣菱を見る。剣菱も護を若干睨み返して

「ところで撤収作業は終わったん?」

「あっ!すみません!」

 叫ぶなりバッと踵を返して護はブリッジを出ると通路を駆けて行く。

 剣菱は溜息ついて「全くもぅあの青い髪の石頭は……。満さんにガッツリ管理されて」

 ネイビーも「せめて電話が来なかったらねぇ……」

「電話するなと何回か満さんに伝えてるんだが……」

 はぁ、と二人同時に溜息をつく。