第1話 退屈な日常
ダンジョン。
ある日突然世界中に現れた未知の存在。様々な謎や魔物と呼ばれる特殊な生物の跋扈するそこは、最初こそ世界中の軍隊を投入して調査が行われていた。 しかしそれも昔の話。三年もする頃には魔法という未知の能力をダンジョンで獲得できること、そしてダンジョンで魔法に目覚める素養のある人が一定数いて、その人によって攻略……失礼、調査が飛躍的に行いやすくなることが判明した。
そこから二年後には一般市民にも抽選ではあるがダンジョンに潜る事が許されるようになった。
そして発見から十年、世間はダンジョンで稼ぐ人が夢の職業として語られるようになった。
「お前ら、気をつけて帰れよ」
教師のそんな声が聞こえてくる。今日もごく平凡な一日だった。誰が言ったか、教師の役割は道徳を教えることに意味がある。基礎教養は既にコンピューターが教えてくれるから人員削減して、どうしても補いきれない所だけやれば十分成立するし、給与や待遇も良くすることが出来ると。
お陰で教師は教える職業ではなく、自学自習を監督する職業になった。原義に乗っ取るならどこが教師なのかと自分は思う。
そんな風にちょっと前までの価値観は既に意味をなさなくなった。実際私も……。
「コルポニス……。鴨撃ちか」
鳥型のモンスターが枯れ木の上で休んでいた。砂漠の様な見た目のダンジョンの中で探索をしていた時のことだ。 雑魚のため逃がしても良いのだが、あいつは餌になるかもしれない。だから利用する。そのために私は愛銃に消音器を取り付けて狙いを定める。
「一発」
バンッ!
「二発」
バンッ!
「三発」
バンッ!
「全弾命中。経験値も溜まったみたいだね」
相変わらず「スキル以外の遠距離攻撃での経験値減衰」は頂けないが、普通に技術と経験による戦いを選べば銃を選ぶメリットは大きい。そう思いながら、自分は獲物から得られる道具を。
「なんだあ? モンスターが死んでいるぞ」「ドロップ品取らなかったのか?」「貰っちゃいましょう。誰も取るやつがいないなら」
またか、私特有のトラブルに辟易としながら木偶人形達の方に向かっていく。
「ちょっと待ってくれないかな」
「あ?」
「それ、私の獲物なんだ。ダンジョン記録端末にもちゃんとある。だから」
「あんたダンジョン探索初心者か? 落ちているものは最初に見つけた奴の物、だろ?」
はあ、やっぱりそうなるか。
「自分たちが見つけたから自分達のものだと」
「ああ、そうさ。それとも、あんたが払ってくれるならそれでも良いんだぜ」
そう言って相手は私に「配信用のモバイル端末」を向けてくる。
「気味が悪いわね」
「へ! ダンジョン配信は稼げてなんぼだよ! 多少痛い目見たやつのリアリティの方が」
「違う。モンスターがまだ襲ってこないことだ」
「あ? 何の話」
バンッ! バンッ!
「お前! 銃使っているのかよ! しかも音出して何やって!」
「とっくにバレている! カメラ持っている奴は」
死んでいた。頭をなくした死体が地面に倒れ伏す。ついでにもう一人いた男も、私と話していた木偶人形以外の奴が死体になった。こっちは右半身を食べられていた。
「しょ、将吾! 正明も! なんで突然!」
「砂漠でこんな感じの死に方する奴なんかあのイレギュラーしか無いってくらい知っとけボケカス!」
口が悪くなる私だが、事前情報であの死神が出現した事を知らないことに私は驚きながら。そいつが現れたことを確認する。
「砂塵の首刈魔」
風属性のネームドモンスター。体が砂嵐のように常に渦を巻いて砂を巻き上げていることからついたモンスターである。
「な、なんで!? こいつはA級のダンジョンにしかいないんじゃ!」
「非公式のダンジョン格付け何か頼りにしているの? それに、普通は鴨撃ちの的しかいないダンジョンにいるからイレギュラーなんだろうが」
寝ぼけた事を言っている相手に対して、私は銃を向けるとスキルを発動した。
「スキル、ミラーウォール」
それが使用されると、複数の鏡が出現する。そして砂塵の首刈魔の周囲を囲う。
「スキル、散弾、跳弾並列使用」
そして、複数スキルを並列使用する事で撒き散らされた跳弾という弾幕を張る。相手は予想通り、動きをこれだけで拘束される。
「スキル、エアウォーク、リコール、連続使用」
そして、空気の上を歩くスキルと直前に使用したスキルを再度使うスキルを用いて敵の上を陣取る。そして銃を構えると。
「決める」
炸裂弾をこめ、敵に撃ち込む。針の穴に糸を通すように狙いすました一撃で、風の隙間を縫って敵の急所たる魔石を狙い撃つ。 そして命中した感触と同時に、弾が燃え上がる。風の中で爆発が起きて、終わると静寂。敵の姿が消えて代わりに魔石が出現する。
「倒した訳だし、あんたこれ貰って良いよね。こいつ倒したからコルポニスのアイテムはあんたに渡すし」
魔石を入手した私は、大男の冒険者に質問をした。しかし相手は状況を読めていないのか的外れな質問をしてくる。
「お、お前。あいつを倒したのか」
「倒したわよ。だからどうしたの」
「どうやって。あいつには魔石が無いんじゃ」
「あるわよこうして。ただ透明にする力があるのか、人間に生きている間は視認出来ないだけ」
「じゃあ、どうやって攻撃して」
「経験則。これに勝るものは無いでしょう」
「あ、あんた」
「じゃあ、私はもうこのダンジョンに用はないし行くから」
そう言うと、私は冒険者の大男を残して帰ることにした。
「す、すげえ! かっけえ!」
しかしこの裏で一人の男に火をつけた事を、また今まで表舞台に出るのを避けていた彼女が油断した「壊れていたと思っていた配信用のモバイルで倒す様子がライブで流されていた」事を知るのはもう少し後のことである。