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粋なカエサル

『レ・ミゼラブル』⑨ジャン・ヴァルジャンとコゼット3

2018.11.20 00:53

 コゼットがマリユスへの想いを知ったのは偶然だった。コゼットの吸い取り紙帳(マリユスへの手紙の文字を写しとっていた)が鏡に写っているのを目にしたのだ。

「おなつかしいあなた、残念なことに!父はすぐ出発したいと申します。今晩はオム=アルメ通り7番地にいます。一週間もすればイギリスに行ってしまいます。コゼット。6月4日」

 たったこれだけの文がジャン・ヴァルジャンを打ちのめした。これまで数知れないほどの試練に会っても負けたことのなかった彼を。彼の中で、この世の光は永遠にかげってしまった。

「彼はかずかずの恐ろしい試みを受けてきた。不運というものの加える暴力行為は、どのひとつも彼を見のがさなかった。残酷な運命は、あらゆる社会的制裁だの、誤解だので武装し、彼を的に選んでしつこく追い回した。だが彼はどんなことにもたじろがず、へこたれなかった。・・・彼の良心は逆境のあらゆる襲撃になれていて、永久に攻め落とせないように見えたかもしれない。だが、だれかが彼の心の底をのぞいたとすれば、このとき良心が弱くなっているのを認めないわけにはいかなかっただろう。  というのも、運命が彼に加えた長い拷問のあらゆる責め苦のうちで、こんどのがいちばん恐ろしいものだったからだ。いままでこんな責め道具につかまれたことはいちどもなかった。彼は、隠れている感受性がひとつ残らずふしぎにざわめくのを感じた。いままで知らなかった神経をつねられるように感じた。ああ!いちばん苦しい、というよりも、たったひとつの試練は、愛するものを失うことだ。」。

 ジャン。ヴァルジャンのコゼットへの愛、それは父親としての愛情だったが、そこにはあらゆる愛情がはいり込んでいた。

「彼はコゼットを娘のように愛し、母のように愛し、妹のように愛していた。だが、恋人や妻を一度も持ったことがなかったし、また自然というものはどんな拒絶証書も受け取らない債権者なので、あらゆる感情のうちでいちばん強いあの感情もまた、ほかのいろいろな感情の中に混じっていた。それは、ぼんやりとした、無知な盲目の純粋さみたいなみたいに純粋な、それと気づかぬ、天国のもののような、天使にもふさわしい、神にもふさわしい感情だった。感情というよりは本能であり、本能というよりは、感じることも見ることもできないが現実に存在するある引力だった。だから、いわゆる恋心は、コゼットに対する彼の広大な愛情の中では、ちょうど山の中の金の鉱脈みたいに、闇におおわれた清らかなものだったのである。」

 こんな愛情を抱いていたジャン・ヴァルジャンから、コゼットが別の男のもとへ去っていくと知った時の彼の苦しみはいかばかりであったか。

「《彼女は自分の手のとどかないところへ行ってしまうのだ!》と思った時、ジャン・ヴァルジャンが味わった苦悩はもう耐えられる限度を超えていた。」

 (現在のリュクサンブール公園)コゼットとマリユスが出会った場所

(現在のリュクサンブール公園)

(コゼットにひかれるマリユス)

(ひそかに愛しあうコゼットとマリユス)

(鏡に映った吸い取り紙の文章をジャン・ヴァルジャン)

(ジャン・ヴァルジャンとコゼット)