第5話 魔界の日常
魔王が正式に王冠を手に入れて魔王となった日から何日か経った。俺達はあれからダンジョンをさらに下り、そして「魔界」に来ていた。目標は……魔王城。
「とりあえず。どこかでまた食料を補充しよう」
「水も無くなってきましたな。川でもあればよいのですが」
「はあ、まさかあんな変な場所に出るなんて……」
「仕方ないよ。魔王城乗っ取られた可能性高いし」
そう言いながら四人で魔界の不毛な道を歩く。舗装なんてものはない、ただただ今にも沈みそうな砂なのか台地なのか分からない荒野と砂漠の中間の様な荒れ地をひたすらに進む。
「あ! 泉がある」
「本当だ、水が飲めるよ」
「せめて水質検査位私でも出来るようになれば嬉しいのですが」
「いや、水質検査の必要は」
無いかもしれない。そう言った瞬間には半魚人の魔族たちが水の中から自ら現れる。
「くたばれ魔王ども!」
「俺が魔王だ」
「ふっ」
そして、それを俺は杖を振るだけで雷の魔法を出す事で倒していく。
「……うわぁ。相変わらず躊躇という物がないな」
「頼もしい限りです」
「そうだね。私達三人が戦闘出来ないしね」
魔王、ゴブリン、ペガコーンがそう言う傍から俺は泉を覗いてもう一度雷魔法を放つ。すると、泉の中から巨大な魚が浮いて来る。
「御飯が見つかったぞ」
「お見事ですな」
「なあ、もしかしてこれからしばらく魚生活か」
「魔王様魚嫌いだけれど我慢してね。この世界でまともに食べられるご飯って珍しいから」
「分かっている。ちょっと我慢すれば一族の復興が出来るなら安いものだが」
やはり大変は大変か。これだけの量だと一ヶ月は持ちそうだが、それだけの価値があるのか分からないし。
「とりあえずまずは捌くぞ。使い道も考えないとな」
そう言って、風魔法で巨大な魚を切り始める。
「面白い人がいるみたいだね。人間? 魔族? まあ良いわ。あなたはその情報をくれただけで生かす価値がある」
魔女はそう語った。一人の魔族の男は檻の中で口を縛られて今にも逃げ出したそうにしていた。
「それにしてもあなたは弱いね。何の断りもなく塔に入って、物を盗もうとして、そして私を見つけたら襲ってきたのに倒されたら今度は泣いて詫びて、そしてだまし討ち」
私は机の上にいるもう一人の魔族の腕に薬を注射する。
「失敗したから私は生きているけれど、そんなに他人をどうとも思わないような生き方をしているのにいざ自分が理不尽な目に遭うと泣いて詫びてそして逆切れ。恥ずかしくないの?」
「……」
「まあ、意識の中では私に勝っているつもりなのね。都合のいい夢を見せる薬の効果かしら。それとも深層心理ではまだ私を舐め腐っているから?」
「……」
「どちらでも良いけれど。私にも誇りがあるの。何時か強い魔王に仕える。役に立つ。そういう思いが。魔王になろうなんて烏滸がましい思いはしないの。だからあなたを私は見下さない。あなたの見る目戦に合わせるだけ」
そう言って、もう覗いている意識がはっきりしなくなったタイミングで心臓に刃物を突き刺して命を葬る。
「さようなら。大切な同胞よ。この魔界に生まれた命、私は大切に扱うわ」
そう言って私は檻の中の男に語り掛ける。
「さて、あなたは恋人が目の前で殺されたみたいだけれど、私に従うのかしら? 魔族として強者に従うのかしら? 教えて」
「決着だ」
そう言うと大男は巨大な炎の剣……炎属性の剣ではなくまさしく炎だけで出来た剣を相手に突き刺してとどめを刺す。
「弱い」
そう大男は呟く。
「まだ生き残るには、地階の者たち。いやそれよりも強い天界の者たちにはもっと及ばぬほど弱い。自分も、この者たちも」
そこには数多の魔族の死体が転がっていた。大量の強者の屍。それさえも踏み台にするほどの強者足りえるその大男。しかしそれでもその大男は歩みを止めなかった。
「何時か地上の者にも負けない魔王軍を作る。そのために」
男は今日も魔界を旅する。強い者を探すために。
「ははは、面白い事を言う物だな」
とある森の中。一体の魔物が語っていた。語る相手は森の中の妖精達。妖精達は怯えることは無い。しかし……。
「うわ! なんだお前!」
「あいつが森の主⁉」
「気持ち悪い!」
そう言って、その魔物を見ると突然やって来た魔族たちは驚いていた。
「なんだ。また迷った魔族か。帰るようなら帰してやるぞ」
そう言って、「よっこいしょ」なんて言いながら立ち上がる。馬の下半身が持ち上がり、熊の上半身が上からのぞいて来る。
「な、何だよお前! その体!」
「混ざり者の癖に!」
「うえ」
「……におうな」
「妖精の死体の匂いがするな。お前達、妖精を殺したな?」
犬の鼻がくんくんと動き、魔族たちの体を調べるように探る。
「お前達。弱い妖精を殺したのか?」
「な、だから何だよ!」
「妖精渡すと色々交換してもらえるんだよ」
「俺達が何か……」
三人は殺された。一瞬のうちに狼の足が首を刈り取る。
「妖精は心優しい。俺にも優しくしてくれる存在だ。それをむやみやたらに殺すお前らに慈悲などない」
そう言って、人の顔のそいつが喋る。混成魔獣と呼ばれる魔界でも異端のそれは、妖精だけが知る優しさを押し殺して魔族としての恐ろしさを見せつけた。
「暇だな」
少年か少女か、見た目から性別を推し量れないそれはひたすらに歩きながら暇だとまた呟いた。
「また誰かを凍らせたのか。どうでも良いけれど」
そう言って人型の氷像を見ながら、その存在は歩く。そして歩く傍から周囲は凍り始める。そう、その存在はただひたすらに周囲を凍らせまわっていた。本人の意思と関係なく、ただひたすらに凍らせてしまう。
だからこそ暇だった。
「何もない、暇だな」
凍らせてしまうからこそ、喋る人もいない。
凍らせてしまうからこそ、戦う相手もいない。
凍らせてしまうからこそ、凍る世界以外を知らない。
「何か、無いのかな」
そう思った時だ。
「知らない風?」
それは所謂暖かい風、という物なのだが彼は知らなかった。何せ寒い世界しか知らないから暖かい風なんてものを知らなかった。だから知らない風としか表現できなかった。
「行ってみよう」
運が良かったのは、彼は氷の魔法に長けていながら炎の魔法にそんなに苦手意識も無く耐性もそれなりにあるほど強かったことか。
「ちょっと賢者! 本当に大丈夫なのだろうな!」
「知るか! こんなの想定外だ!」
「戻ろうよ! こんな寒さ死んじゃうよ!」
「おや、お待ちください」
四人もいる。初めて見た魔界の人。しかも凍っていない。どうして? なんで? でもどうしたらいいのかな?
「えっと、あの」
名前も無いその存在にとって、初めての魔王や賢者たちとの邂逅だった。