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キャンピングカーで日本一周

11月19日 鳴沢村→富士河口湖町[富岳風穴・鳴沢氷穴・旧上九一色村オウムサティアン跡(富士ヶ嶺公園)]→河口湖[道の駅「かつやま」](47km)①

2018.11.22 06:54


せっかく富士山の絶景スポットとして名高い道の駅「なるさわ」に泊まったというのに、昨日は日曜日とあって人が多すぎ、撮影は翌日にしようと今日の日を待っていたら、昨日はくっきりと姿を現わしていた富士山も、今朝はすっかり雲に覆われてしまっていてる。

(本来なら、この後ろには富士山が顔をのぞかせていたはず……)



富士山のご機嫌を損ねてしまったのか。美人は、なかなか一筋縄にはいかない。



道の駅での撮影は諦め、一行は近くの観光スポット「富岳風穴」「鳴沢氷穴」へと向かう。



富岳風穴の入り口あたりの店で、「名代うどん」「富士宮焼きそば」の昇り旗を見つけ、一足早めの昼食をとる。



 

目の前のオープンキッチンの中から、フタッフのお兄さんに「焼きそばは二人分一度に作れるんだよ」と指導している店のオヤジさんの声が聞こえてくる。


そのアドバイスが素人相手のようだったので、「おや? 」と一瞬厨房に目を向ける。

作っている横顔は、外国人の若者であった。


いやな予感がしたが、出来上がったうどんは硬め。焼きそばは、大人の男性なら三口で食べ終わってしまう程度の分量で、そばの中に小さなキャベツの破片数枚と肉の破片が5切れほどが申し訳なさそうに顔ををのぞかせている。どちらも質量共に620円とは到底思えない代物。


味は、いうまでもなくごくごく普通。可もなく不可もない、実に味気ない料理であった。



今後、このように観光地のお土産屋さんが片手間に営業しているような場所では、勢いで食事はしない方がいいだろう。


私達日本人はともかく、外国人の方々にそこそこの料金を支払わせておいて、このようなテキトーな料理を名物料理として提供することに憤りを覚える。


こうして温泉地の「ほうとう」に続き、再び観光地の洗礼を受けたKY夫婦であったが、気を取り直し、天然記念物・「富岳風穴」を見学することに。






貞観6年(864年)、富士山は大噴火を起こした。


数千度にも達するマグマは「セの海(現在の本栖湖・精進湖・西湖周辺)」へと流れ込み、その時に発生したガスや水蒸気は数百mも上昇。


この世の終わりと思われた恐怖は、その後も語り継がれている。



風穴の周辺は「青木ヶ原の樹海」である。


富士山から北西に広がった溶岩帯は、面積約30㎢の原始林となった。



樹木は地表数センチに堆積した枯葉や苔などを養分とし、溶岩の切れ目に根を張るため、数百年の樹齢を経ても大きく太ることなく、地表に根を露出し、互いに抱き合うように密生している。




風穴に入る。風穴内部は、地表と内部との温度差によって風が吹いているように感じられるそうだ。



風穴の内部は、こんな感じらしい。


風穴へは、片側通行の階段を下って行く。



溶岩流が地表を流れる際、上部は先に冷却され固まるが、下部はそのまま流れ続けることにより、その間に隙間ができる。


そこが固まり空洞となったのがこの風穴である。

幅4-7m、高さ2-10m。南北110mに延びる主洞を、滑り落ちないように注意しながら降りていく。


降りてすぐのところに「氷の池」がある。


ここには万年氷があり、昭和初期までは、ここから関東一円に天然氷が出荷されていたという。


また、3月から5月にかけては、ここに氷柱もできるのだが、この時期には溶けてしまっている。




何度か頭をぶつけそうになりながら、「溶岩棚」や「溶岩鍾乳」と呼ばれる場所を過ぎると、どん詰まりに「旧蚕種貯蔵庫」がある。



以前テレビ番組で見たことがあるが、この場所は日本近代の養蚕業を、文字通り支えた場所だった。


蚕の卵は暖かくなると孵化するので、本来なら養蚕の時期は年に1-2回だった。それが、今のように電気冷蔵庫が無かった明治時代中期に、風穴の冷涼な温度を利用する技術が考案された。


ここに蚕の卵を一時保管することで、孵化の時期をコントロールし、養蚕の時期が年3-4回に増えた。こうして、明治日本の生糸の産出量は大幅に増大したのである。




このほか、この場所では植物の種子も保存された。昭和40年代まで、スギやヒノキ、ナラ、アカマツ、カラマツなどの種子を缶に密封し、ここに一定期間保存した。このことで種子の発芽率が上昇し、緑化事業に大きく貢献したという。






次に、車で2分ほど離れたところにある天然記念物「鳴沢氷穴」を見学する。



ここも富岳風穴と同様に貞観大噴火により形成された洞窟だが、風穴とは形成の仕方が異なっている。



こちらは巨木などが溶岩に呑み込まれ、徐々に溶岩が冷えて収縮する際、内部のガスや溶岩が吹き出すことによりできた空洞である。



長さ150mで、地下21mまで延びている。天井の低いところは91cmしかなく、ヘルメットの着用が義務付けられている。



入ってすぐ、急な階段となり、その先は天井が低く、カニ歩きでないと通れない場所が続く。


すぐ前を歩く若いカップルがキャッキャと奇声を上げているのが、なんとも微笑ましい。


行き止まりには「地獄穴」の看板がある。


「江ノ島の洞窟まで繋がっているという伝説があるが、どこまで続いているか確かめられない」とのことだが、現代の科学で確かめられないのだとしたら、それはそれで面白い。



その先の「氷の池」は、3mの深さの万年氷が足元に広がっているとのこと。



余談だが、この入り口は進駐軍がダンスホールとして利用していたそうだ。


風穴も氷穴も、規模としては大したことはない。
風穴や氷穴を結び、河口湖近くまで延びる「東海自然歩道」を散策した方が面白いのかもしれない。