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紺碧の採掘師

第2章01

2024.04.20 17:00

 翌朝、夜明け前。

 アンバーは洞窟から少し離れた林の中の、木々の隙間に埋まるように着陸して停泊中。その船体上部の、時に積み荷を乗せる事もある平らな甲板に、誰かが毛布を被って横になっている。

 そこへカチャッと音がして甲板ハッチがゆっくり開くと、首にタグリングが付いていない眼鏡を掛けた若い男が頭を出して「ありゃ誰だ、こんな所に」と驚いて甲板に上がり、毛布をめくると「穣さん!」

 声をかけるが穣は起きない。更に穣の肩を揺さぶり「穣さん!」

 穣はやっと目を覚まして「ふぁ?…ああ、剣宮(つるぎみや)君」

「なんつー場所で寝てんですか!ビックリさせんで下さい!」

 気だるげに上体を起こした穣はポツリと

「部屋で寝たくねぇからさ。……あいつ、居ねぇし」

 その言葉にハッと気づく。

 (そうか、護さんと同じ船室……)

「眠れないから、ここで空を見てたらいつの間にか寝てた。船が飛ばなくて良かったなー」

 穣は目をこすりつつ言うと、ふぁぁと欠伸をして胡坐をかいて座る。

「飛ぶ前にチェックしますから大丈夫ですよ」

「あ、それで二等操縦士が今ここに」と剣宮を指差す。

 剣宮は「はい」と頷き「夜が明けて来た」と遠方の空に目を凝らす。

 空が明るくなってくる。

「あ、何か聞こえて来た」剣宮はそう言ってから耳を澄まし、「エンジンの音だ。……来た」

 彼方に見える小さな船影の点を指差す。

 途端に穣の顔が険しい表情になる。

「来たか黒船」

「黒船と、人工種管理官を乗せた航空管理の船が二隻、合計三隻来る予定です」

 穣は「来るの遅ぇわ!」と怒鳴ってバッと立ち上がると

「今日は何が何でもカルロスに護を見つけてもらう。あの人型探知機、出来なかったらただじゃおかねーーー!」

 腹の底から声を出して絶叫し、どんどん近づく黒船を指差す。

「この俺の気迫を探知しやがれ金髪野郎!カールーロースー!!!」



 (なんか突然、人を突き刺すような意識エネルギーが……アンバーの穣か)

 ブリッジに向かって黒船の船内通路を歩いていたカルロスは、足を止めて顔を顰める。

 (やれやれ、昔から五月蠅い奴だが、相変わらずだ)

 再び歩き始めると、ブリッジのドアの前に来て立ち止まり、閉じたドアを見ながら静かに溜息をつく。

 (ここまで来ても気づかないのか)

 それから引き戸のドアの取っ手に手を掛け、ノックも無しにガラッと扉を開ける。

「わぁっ!」

 カルロスの目の前に、大声を発した驚愕の表情の若い青年が立っている。

「おはよう上総」

 挨拶しながらブリッジ内に進み、後ろ手にドアを閉める。上総は若干怒ったような表情で

「さ、採掘監督!! いつからそこに居たんですか、全然わかんなかった!」

「分かったら探知妨害している意味がないだろう」

「ていうか俺がブリッジから出ようとしたの見計らってドア開けましたよね!」

 抗議する上総に厳しめの口調で言い放つ。

「お前が私を本気で探知しないのが悪い」

「だって監督の探知妨害は完璧すぎて」

 カルロスは溜息をついて腕組みすると、諭すように語り掛ける。

「お前、黒船に来てもう何ヶ月経った?そろそろ私を探知できるようになろう」

「でも……」口を尖らせ不服そうに呟いた上総は突然「あっ」と何かに気づくとすぐ傍の船長席の駿河を見る。

「船長、採掘監督いました!」

 駿河は若干呆れた顔で「探しに行く手間が省けたな」

 同時にカルロスが相当呆れた顔で

「上総。君は周防先生が私の後継機として作った探知人工種だろ」

「んー、遺伝子的にはそうらしいですが……」

「本気で探知すれば私の妨害を突破できる」

 明らかに否定の表情で「そうかなぁ」と呟く上総。

 その様子に困った奴だと思いながら、とりあえずカルロスは仕事を進める為に駿河の方を向く。

「船長、アンバーの行方不明者はこの辺りには居ません。少し移動しましょう」

 駿河は驚き「えっ。もう探知したとか?」

「はい」

「早いですね。じゃあアンバーに連絡します」と言い連絡用の電話の受話器を取る。

 上総はカルロスを見て「凄いなぁ……」

 内心、凄いもへったくれもあるかと思いつつ自分に尊敬の眼差しを向ける上総を見る。

「お前も私のようになる。そもそも君が何の為に黒船に入れられたか」

「それはそうですけど」

 ……こいつまだ21歳だし仕方がないとは思いながらも内心イライラしてくる。

 (私の若い頃と全然違う。同じ製造師に作られて、何でこいつはこんな甘えた奴になったのか……)

 自分なんぞ相当厳しくされたんだぞ、と思っていると、電話中の駿河がカルロスを呼んだ。

「監督、アンバーの剣菱船長が、貴方と話がしたいと」

「はい」

 駿河から受話器を受け取り「代わりました、カルロスです」

『ああカルロスさん。聞けば既に探知して、この辺りに護がいないと』

「はい。あとは彼が落ちた洞窟内の川の流れを辿って移動しつつ探すしかありません」

『ちなみに貴方は、その……』そこで言い難そうに言葉を選ぶと『護がどんな状態かも分かるのでしょうか』

「分かります。もし仮に死体でも探知出来ます」

 剣菱は『そうですか』と言い、『では本船は黒船の後を付いて行きますので宜しくお願い致します』

「お任せください。では」と言って電話を切る。

 受話器を駿河に返しつつ「アンバーは黒船に付いてきます」

 そこへ上総がカルロスに「死体でも、探知できるんですか?」

 カルロスは上総の方に向き直ると、やや厳しい口調で「出来るだろ?」

 上総は伏せ目がちに「う、うん。出来ますけど、でも」と言って溜息をつき

「嫌なものって、なかなか探知できないですよね」

「だが仕事となれば別だ。それを探知する事が任務上必要ならば、嫌だとは思わない」

「……」

 抗議したげに不満気な表情で黙り込む上総。

 カルロスはそれを無視して船長席のすぐ前にある操縦席へ近寄り、指示をする。

「総司君、やや1時の方向に寄りつつ、このまま直進して下さい」

「了解。発進します」

 続いてカルロスは自分の背後で不貞腐れ気味の上総を見る。

「君も探知しよう」

「えっ、死体をですか?」

 思わず総司が「まだ死んでない!」と叫ぶ。

 カルロスも呆れ気味に「行方不明者をだ。……お前ここでただボケッとしてるだけか?」

「いえ、探知します」

 渋々と探知を始める上総を見ながらカルロスは内心やれやれと大きな溜息をつく。

 (とにかく何とかこいつを一人前に育てなければ。それが私の最後の務め。こいつが一人前になった時が私の最後だ……)


 待機中のアンバー上空に一時停止していた黒船は前進を始める。その後方に航空管理の白い船が二隻続く。

 三隻を追うようにアンバーは上昇し、その後に続く。



 カルロスと上総は探知を続ける。

 暫くして上総がふぅ、と溜息をついて「見つかるのかな……」と小声で呟く。

「集中しろ」

 カルロスに窘められて「はい」と返事し再び探知を始めるが、集中できずに内心グチグチと文句を垂れ始める。

 (嫌だなぁこんな仕事。大体俺は突然黒船に入れられて、まだ数カ月なんですけど。この人みたいな凄い探知は無理っていうか、俺このままずっと黒船で探知をするのかなぁ。嫌だなぁ。俺まだ21だし何かもっと別の事をしてから黒船に……でも人工種だから選択肢無いもんな。いいなぁ人間は自由で。駿河船長なんか人工種ばっかりの船の中でたった一人の人間だけど、自分で選んだから嫌じゃないんだろうなぁ)

 そこへカルロスが厳しい口調で「全く集中してないな、お前」

「えっ」思わず焦ってカルロスを見る。カルロスは目を閉じて探知を続けながら

「バレるの承知でサボるな!分かるんだよ、こっちは」

 怒るカルロスに上総は「だ、だって、その」と口籠りつつ「も、もし、……既に亡くなってたらって思うと」

 駿河が少しだけ助け舟を出す。

「まぁ気持ちはわかる。しかし、仕事だ」

 上総は駿河の方を見ると「あの、もし、行方不明の人がダメだったら、アンバーはどうなるんでしょうか」

「余計な事は考えるな」

「だけど」

 すると操縦席の総司が溜息をついてしみじみと言う。

「上総君はティム船長の時代に黒船に入れられなくて良かったなぁ」

 上総は総司の方を見て「その人って、凄い厳しかったんですよね」

「うん。先代の船長は厳しかった。今の優しい船長に感謝しとけ」

 その言葉に駿河が微妙な顔で「優しいかねぇ……」

 総司は密かに心の中で

 (まぁ生ぬるいっちゃ生ぬるいんですけどね。俺より一歳年上なだけだし)

「ところで」カルロスが口を開く。

「この辺りの山中の川はイェソドエネルギーを含んだ鉱石水の川で、どの支流に乗ったとしても彼は溺死には至らない。ただ流れがかなり速い場所があるので、激突死の危険はあるけれど、生死はともかく彼はこの流れに乗って、かなり遠くまで行ったと思われます。つまり、外地に出たと」

「外地?!」

 駿河と総司そして上総が同時に叫ぶ。

「そんなに流されたなんて!」顔を顰めて総司が言うと、上総も不安げに

「生きてるのかな……だって外地って、凄く危険な所だと……」

 駿河は冷静に答える。

「航空船にとっては確実に危険な所だ。航空管理の管理波が無いから、許可無く出ると遭難する。……ともかく人工種管理に連絡します」



 一方その頃。

 護が滞在するターさんの家では、アンバーの制服を着た護が作業小屋の前の地面に座り込み、黒石剣の周囲についているイェソド鉱石をノミで丁寧に削り落とす作業をしていた。そこへターさんがやってきて、何かが入った巾着袋を護に見せる。

「これは今日のお昼の弁当!野菜の漬物と、おにぎりだけだけど」

 護は作業の手を止め、ちょっと顔を上げて「ありがたいです」

 ターさんは少し屈んで黒石剣を見て「周りについてた鉱石、殆ど取れたね。そんな感じでいいよ」

「はい」

 ふと見ると地面に落ちたイェソド鉱石の欠片の周囲に妖精たちが集まり、鉱石を美味しそうにポリポリと食べている。護は少し驚いた表情で不思議そうに

「鉱石が朝ゴハンとは……。歯も無いのにどうやって食ってんだ。美味そうに食っちゃって……」

 それからターさんに「そういえば、有翼種もイェソド鉱石を採るんですよね?」

「うん。有翼種もそれを使って生活してるからね」

「じゃあもし万が一の場合は俺、ここで採掘師として働く事も……」

「ならとりあえず、その黒石剣を使えるようになろう」

 護は手に持った黒石剣を指差して「これをどのように使うんですか」

「後で教えるよ。じゃあ木箱に入って。採掘場所に行くから」と言いつつ吊り下げ用ワイヤーのついた、木製の大きなコンテナを指差す。

 護はキョトンとして「これに、入る?」

「昨日のように俺が君を抱いて飛んでもいいんだけど」と言ってターさんは翼を広げて宙に浮かぶ。

「箱で運んだ方がいいだろ?」

「あ、そ、そうか飛ぶのか!」

 慌てて黒石剣を持って木箱の中に入る。数匹の妖精もポンポンと中に入る。

「箱にしっかり掴まって。揺れるぞ!」

 ターさんは吊り下げ用ワイヤーを掴んで木箱を引き上げつつ、飛び上がって上空へ。

 揺れる木箱の中で、護は楽しそうに「おおー!!」

「恐くないかー?」

 護は笑顔で「全然!浮き石があるし!」と言いつつ下を見て「うわ、森ばっかで家が無い!街も無い!ここは一体?!」

 笑いながらターさんが答える。

「ここがどこなのかは、当分気にするなー!」



 同時刻、管理や黒船と共に護を捜索中のアンバー船内。

 ドアが開け放たれたブリッジ入り口から通路にかけて、数人のメンバーが集っている。

 通路の壁にもたれ掛かって立つ透や悠斗は時々心配げにブリッジの中を覗き、マゼンタは溜息をつく。

「まだかなぁ黒船からの連絡……」

 悠斗は天を仰いで「頼んますよ、オブシディアン様ぁー!」

 するとオーキッドが「誰それ?」

「知らんの?黒船の正式名称だよ!採掘船オブシディアン!」

「そんな名前だっけ?」

 マゼンタも「いつも黒船って呼んでるから忘れてた」

 健が面倒そうに呟く「もう黒船が正式名称でいいよ……」


 ブリッジ内では船長席の左隣に立つ穣が壮絶にイライラしていた。

 頭に着けた長いハチマキの先を手でいじりながら

「まだかよカルロス遅っせぇな……とっとと探知しやがれ!」

「落ち着けや」と剣菱が窘めるが、穣は「あの野郎、余計なモンは速攻で探知する癖に……!」と拳を握り締める。

 操縦席のネイビーが「余計なモン?」と聞くと、穣はネイビーの方に近寄るなり凄い剣幕で

「昔カルロスがアンバーに居た頃、奴と俺は同じ船室でな!俺が密かに買っ」と言いかけてハッ!と我に返る。

 それから焦って「……奴と一緒の部屋になると地獄を見る!」

「何を探知されたの」

 そこへリリリリと緊急用電話が鳴って剣菱が「管理からだ」と言いつつ受話器を取る。

「はい、アンバー……」と言った所で暫し黙ると突然「えっ」と叫び「黒船だけ外地に?」

 穣たちも驚いて目を見開く。

 剣菱は「ウチの船も外地に出して頂けませんか、護はウチのメンバーなんです!一緒に」と必死に言い「いや確かに以前ウチは、あの!ちょっと!」と言うと「畜生、切られた」と苦々しい顔で受話器を置く。

「船を停めろネイビーさん。……管理と黒船は外地に出るけどアンバーはここで待機だと!」

 ブリッジに入って来たマゼンタが「なんで!」

 透も「外地って、危険なのでは!」

 するとマリアが透に「でも黒船にはカルロスさんがいるから」

 その言葉に穣が「奴が探知すれば安全ってか!」

 剣菱は両手で一同に落ち着け、とジェスチャーしてから説明する。

「基本的に、航空管理の船には管理波の中継機が搭載されてて本部からの管理波を更に遠くまで飛ばせる。なので管理の船と一緒なら、外地に出ても遭難しない。でもウチの船は前科があるからここで待ってろと」

 穣は呆れたように腕組みして「はぁーん」

 ネイビーも呆れ顔で「前科って……1年前の事なのに、根に持つわねぇ」

「だよなぁ」大きく頷いた穣は「マリアさんの探知で船の位置を確認しながらチョコッと外地に出ただけなのに!」

「チョコッと出た割には凄い叱られちゃったよね?」

「俺がな!」自分を指差す穣。剣菱が口を挟む。

「普通は船長が怒られるモンなんだが」

 穣は剣菱を見て「でも出ましょうって提案したのは俺ですんで!」

「それでも普通は船長だべ!」

 そこへ悠斗が「船は遭難しなくても、人は……」と不安そうに言うと

 透も「そもそも、そんな遠くまで流されて、無事なのか…?」

 穣と剣菱、同時に「ワカラン!」

 剣菱は一同に向かって「ワカランという事は希望があるという事!」

 穣も頷き、昔、ラメッシュに言われた言葉を思い出す。

『全ては人の意味付けさ。起こった物事の良し悪しは、自分がどんな考えを信じるかによる』

 ……そうだ。だって、起きちまった事を悔いても仕方ねぇ。とにかく、現実と向き合わなければ。

 皆の方を向いて叫ぶ。

「あの金髪の人型探知機を信じて待ってるしかねぇ!」


 黒船と航空管理の船は、上空で停止したアンバーを置いて飛んでいく。