第4章02

　翌朝。

　黒船は快晴の空を飛んでいる。その採掘準備室では一同が作業の準備中。そこへ船内スピーカーからピピーという音が鳴る。

『現場到着まであと10分です』

　ジェッソは道具の入ったコンテナを壁際に置き「そろそろ整列するかー」と一同に呼びかける。

「ほーい」

「ういっす」

　各自、返事をしながら横並びに並び始める。

「今日の現場はどんな所やら」

　ジェッソの呟きを掻き消すように「遅れましたぁ！」という声がして上総が採掘準備室に走り込んで来ると、立ち止まって一同を見て「アレ？監督は？」

「まだ来てない」メリッサが言う。

　上総は安心して「急ぐ事無かった」

「ってか探知しなさいよ、監督を！」

「え。だ、だって妨害されるし……」

　モゴモゴと口籠り気味に呟く。そこへカルロスが採掘準備室に入って来る。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございます！」

　一同の前に立ったカルロスは「もうすぐ今日の現場に着きますが」と言って言葉を切り、何か考えるような仕草をすると暫し黙る。

　ジェッソが怪訝そうに「どうかしましたか？」と聞くとカルロスは目を閉じて

「気になるものを探知してしまった」

「何ですか？」

　カルロスは目を閉じたまま「上総、これを知覚できるか？」

　上総はキョトンとして「え。知覚？」と言ってから「あっ、探知します！」と目を閉じる。そのまま首を傾げて「……って、何を？」

「十六夜護のエネルギーを」

　カルロスの言葉に、一同が唖然とした顔になる。

「そんな！」

「本当に!?」

「マジですか！」

　上総とジェッソ、レンブラントの声が重なる。

　皆が驚きの声を上げる中、カルロスは冷静に「私も信じられないが、外地の彼方に護らしきエネルギーを感じる。確定は出来ないが、恐らく彼だ。どうしたものか」

　途端にジェッソが「どうって、確かめなければ！」

　レンブラントも「とにかく船長に連絡を、早く！」

　カルロスは目を開けて「そうだな。ちょっとブリッジに行って来る」と階段室の方へ足早に歩き始める。

　上総も慌ててカルロスを追う。

「お、俺も行きます！」

　(……私の嘘を皆が信じる。皮肉な話だ……)

　複雑な思いを抱きつつ、カルロスは上総と共に船内通路を走り、ブリッジのドアをノックして開けると駿河が怪訝な顔で二人を見る。

「船長、緊急事態です。外地の奥に、アンバーの行方不明者らしきエネルギーを感知しました」

「え……？」

　駿河は一瞬、何を言われたのか掴めずキョトンとする。それからハッとして驚く。

「それってあの、護さんって事ですか？……本当に?!」

「確定は出来ませんが恐らくそうだと思います」

　操縦席から総司が、強い口調で問う。

「それは生きてる、って事ですよね？」

　カルロスは「うん」と言い「出来れば確認しに行きたい」

「出来ればって」と言い掛けた総司の言葉を遮るように駿河が大きな声で

「勿論、確認しに行きますが！」そこで電話の受話器を取り「まずは管理に連絡して、それからアンバーに連絡します！」

　数分後。

　駿河はアンバーと電話連絡をしている。頷きつつ「はい、護さんがこちらに向かっている」と言った途端。

『なんですと本当ですかっ!!』

　剣菱の大声が受話器から飛んで来て思わず耳を離す。

「はい。ですから本船は今、管理の許可を得てカルロスさんの探知を頼りに護さんを救助すべく外地へ向かっています」

『わかりました、アンバーもすぐそちらに向かいます！』

　電話を切って受話器を置いた駿河は、目を閉じて探知しているカルロスに聞く。

「彼の位置は？」

「相変わらず微妙な速度でこちらに向かっています」

　アンバーでは採掘準備室に集ったメンバー達が「護さんが見つかった?!」と大騒ぎしていた。

　穣が「皆、静まれ！」と一同を制してから採掘口の開閉レバーのある壁際へ行き

「だから今日の作業は中止！採掘口閉めるぞ！」と言って操作盤のレバーを上げる。

　皆は穣の方へ集いつつ、透が心配気に聞く。

「護は無事なの？」

「ワカランけどとにかくカルロスが探知したんだってよ！今、黒船が救助に向かってる」

　健も不安げに「喜ぶべきなのかどうか」

　マゼンタも頭を抱えて「何で今頃ぉ、大丈夫なのかなぁ?!」

　不穏な顔で悠斗が呟く「まさか誤探知……間違いだったとか」

　穣はダンと右足で床を鳴らすと「落ち着けぇぇい！」と叫び

「カルロスが嘘を言う訳ねぇし、あとは護の無事を祈るだけだ！」

　黒船のブリッジではカルロスと上総が探知を続けている。

　上総は至極難しい顔で悩みつつ、ボソボソと呟く。

「んー、護さんの感覚……、んー、んー……、やっぱり俺には護さんの位置は分かりません！でも、航空管理の船が来たのは分かりました！」

　すると総司が訝し気に聞き返す。

「レーダーにはまだ出てないけど、来たのか」

「うん。管理の船、来ました。黒船のかなり後方」

「随分速いな」

　カルロスも内心密かに焦る。

　(確かに速い。想定より遥かに速い。そろそろ行かねば……)

　不安と焦りで心臓の鼓動も速くなる。何とか平静を装いつつ、目を開けて、操縦席の方を向いて総司に指示する。

「護の位置が近づいてきた。速度を落として、この先の開けた場所に着陸しましょう」

「はい」

　カルロスは顔だけ少し左後ろに振り向けて、チラリと横目で船長席を見る。

　(……私が逃亡すれば、こいつは管理に責められるだろう……)

　駿河は視線に気づいて「何か？」

「いや」と言いつつカルロスは視線を戻して前方の船窓を見る。

　最後に駿河を見ようと思ったのに、直視する事は出来なかった。

　(すまん。逃げる私を許してくれ……)

　黒船は高度を下げて、森の中の開けた場所の上空に停止する。その後方に航空管理の船影が見える。

　カルロスは駿河と目を合わせないよう、ブリッジのドアを見ながら

「では救助に行ってきます」

　続けて上総が「俺も行きます！」

　しかし駿河が「いや、上総はここで待機を」と指示する。

「はあ」仕方なく上総は立ち止まる。

　カルロスは上総の方を向き、上総を見たまま駿河に言う。

「まぁ、良い経験になるので上総も連れて行きます」

「ん、じゃあそういう事で。宜しくお願いします」

　駿河の返事を聞き、「では」と言いつつ心の中で別れを告げる。

　(さようなら駿河船長。お別れです)

　上総と共にブリッジを出てドアを閉める。通路を歩いて自分の船室の前に行き、ドアを開け、すぐ脇に準備しておいた小さなショルダーバッグを手に持つと、ドアを閉める。

　(覚悟の時だ)

　気づけば、なぜか心は落ち着いて、穏やかになっていた。

　再び通路を歩き始めると、前を向いたまま、隣を歩く上総に声を掛ける。

「上総」

「はい」

「私はこれから逃亡するので、黒船を宜しく頼む」

「え？」怪訝そうにカルロスを見る。

「できれば、本気で死ぬ気で全力で、私を探知して欲しい」

「ど、どういうことですか？」

　驚いた顔で何か問いたげに自分を見る上総を無視してカルロスは中央階段を降り、採掘準備室に入る。

　待機していた一同に視線を合わせず「これから護の救助に行きます」と言い、壁の操作盤の所へ行って開閉レバーを下げる。

　(あ、採掘口を開放しますと言うのを忘れたな。もうどうでもいい事だが)

　無表情を貫きつつ内心密かに苦笑する。

　(とっととここから去ろう……)

　船底の採掘口が開くと同時にカルロスはバッと採掘口から地面に飛び降りる。続いてメンバー達も飛び降りる。

　カルロスは皆が着地するのを待たずに森の中へ歩いていく。

「あ、待って下さい監督」

　ジェッソが慌ててカルロスを追う。続いて他のメンバーも小走りにカルロスを追いかける。

　カルロスを先頭に一同は徐々に深い森の中へ。薄暗い中、倒木や背の高い下草を避けて歩いていると、突然カルロスの姿が消える。

　慌ててジェッソがカルロスの居た場所に行くと、そこは自分の背丈程の小さな崖で、崖下に飛び降りるが周囲は大きな岩と木々ばかりでカルロスの姿が見えない。

「監督！どこですか！」ジェッソは叫び、崖上にいる上総に「監督は？」と問う。

　上総はちょっと戸惑って「えっ」と言い、「あれ？探知してるんですけど」と悩んで「えぇ？」と驚いた表情になる。

「どうした？」

「ちょ、ちょっと待って」

　目を閉じて真剣な表情で探知していた上総は「えぇ……？なんで……」と不安気な表情で呟くと、いきなり「カルロスさんっ！」と叫んで壮絶な探知をかける。

「いない、カルロスさんを見失った、っていうか、なんで、こんな時に？」

　ジェッソも焦って「どういう事だ？」

「どうしよう、カルロスさんが分からない！なんで、なんで？」

　殆どパニック状態の上総をメリッサが必死になだめる。

「落ち着いて！何がどうしたの！」

　ふと、上総はカルロスが言った『逃亡する』という言葉を思い出して、蒼白になる。

　震え声で「嘘だろ、あれってマジなの?!」と呟くと、天を仰いで絶叫する。

「なんで、どうして探知妨害してんの、カルロスさん！」

　薄暗い森の中を一人テクテクと歩くカルロス。

　(……やってしまった)

　その目から一筋の涙が零れる。

「あは、はは。ははっ」と泣き笑いして「上総。死ぬ気で探知しろと言ったのに、そんなんじゃ弱すぎる」と微笑しながら言った瞬間、突然「う！」と苦し気にタグリングごと自分の首を両手で掴んで立ち止まり、下を向き地面に膝を付いて掠れ声で呟く。

「な、なんだこれ。う……」

　ハッとして目を見開く。

　(これは、管理波！人工種管理が私を探している。い、いかん)

　仰け反るようにして口を開け、大きく息を吸い込むと、立ち上がってバッと走り出す。

「捕まってなるものか……私の全身全霊を懸けた探知妨害を突破できると思うなよ！」

　怒鳴ると同時に物凄い形相でバン！と探知エネルギーを上げる。身体の周囲が青く光り、薄暗い森を少し照らす。

「私は、何が何でも護の所へ辿り着く！」

　その頃、黒船では乗員のほぼ全員がブリッジ前の通路に集まり、開け放たれた入り口から聞こえて来るブリッジ内の会話に耳を澄ましている。

　船長席で、椅子から立ち上がったまま上総の話を聞いた駿河は唖然とした表情で呟く。

「……本当……に？」

「本当です！聞き間違ってない！」

「本当に、カルロスさんが、そんな事を……」

　上総は絶叫に近い声で駿河に訴える。

「言った！逃亡するから黒船を宜しくって。そして俺に、死ぬ気で探知しろって。だけどあの人にマジで妨害されたら俺が探知できる訳ないじゃないですか！」

　駿河は呆然としながら掠れ声で呟く。

「……つまり、あの人は、嘘、を？」

　上総の背後に立つジェッソが「恐らく……」と呟き、目を伏せる。

「でも、なぜ」駿河の問いに、上総が怒鳴る。

「知りませんよ、そんなの！」

「本当に、逃亡なのかな」

　疑う駿河に、上総は拳を握り締め、断言する。

「あの人が行方不明になる訳が無い！」

　ジェッソも沈んだ声で同意する。

「この状況では、そう考えるしかないかと……」

　駿河は「じゃあ……」と言って言葉を切ると「もう、戻って、来ないのか……？」

　そこへ突然、リリリと緊急電話のコールが鳴り、一同ハッと目を見開く。

　受話器を取って、小さく「はい」と答えた駿河は相手の話を聞いて困惑の表情をしながら

「え。いや、カルロスさんは、ここには居ません。彼は、その……」言葉に詰まり、苦渋の表情をする。

　途端に上総が「逃げたんです！」と叫ぶ。続けて駿河が相手に

「に、逃げたらしいです。理由は分かりません……えっ」そこで驚いたように目を見開き、上総やジェッソの方を見て、相手の言を繰り返す。

「カルロスさんのタグリングの反応が消えた……」

「！」

　通路でブリッジ内の会話を聞いていた乗員一同に衝撃が走る。

　ジェッソも悲壮な顔で「そんな」と呟く。

　駿河は電話の相手の話を聞いて「了解しました、上総に探してもらいます」と言い終わらぬ内に上総が叫ぶ。

「探してます！」

　悔し気な顔で涙を流し、今まで見た事も無い強烈な探知エネルギーの光を発して、怒鳴る。

「本気で死ぬ気であの人を、絶対探知してやります！」

　一方、アンバーは黒船と管理の船が停まっている地点に向かって全速力で飛んでいた。

　ブリッジの入り口周辺と通路には採掘メンバー達が集い、ブリッジ内ではマリアが操縦席のネイビーの右隣に立って探知をかけながら「うーん。んー、おかしいな」と真剣に悩んでいる。見かねた剣菱が声を掛ける。

「マリアさん。さっきから、おかしいおかしいって何がヘンなんだ」

　マリアは「んー」と悩んで「なんか黒船がおかしいの」

　思わず「あの船はいつもオカシイ」と苦笑するネイビー。

　剣菱の左隣に立つ穣は少し苛立ったように「しかし黒船から連絡ねぇな」と呟く。

　剣菱は皮肉な笑みを浮かべて「いつもの事だろ。黒船と管理がベッタリくっついて、ウチの船は仲間外れ」

　そんな事を話していると、前方の空の彼方に白と黒の二隻の小さな点が見えて来る。

「ネイビーさん、減速」剣菱の指示に「減速しまーす」とネイビーが復唱する。

　更に剣菱が「管理の船の後方に停止」と指示をする。

　穣はちょっと驚いたように「え、管理の船、一隻だけ？……前は二隻来てたのに……」

　そこへマリアが両手を頭に当てて「んー、やっぱりヘン！」と大声を出す。

「黒船のブリッジに人が集まってるんだけど、カルロスさんだけいないの！」

　一同、キョトンとする。

　怪訝そうに穣が呟く。

「カルロスだけ……？」

　マリアは続けて「あとね、黒船に別の探知がいて……」

　ネイビーが「別の探知？」と聞き返したその時、緊急電話のコールが鳴る。

　剣菱は「管理からだ」と言い受話器を取って「はいアンバーの剣菱です」暫し相手の話を聞いて「はぁ？どういう事ですか？」と表情を曇らせる。

　穣が興味津々に小声で呟く。

「なんだなんだ」

　剣菱は続けて「でも彼は探知ですよ？自分で探知すれば戻れる……」そこで相手の話を聞いて「はあ、まぁ気絶とかしてたら探知は出来ませんが」

　思わず穣とネイビーが「気絶？」と声を出す。

　首を傾げながら「んー、まぁ、わかりました」と言って受話器を置いた剣菱は、マリアを指差す。

「マリアさん大当たり。カルロスさんが行方不明になった」

「ええ!?」皆が驚く。

「黒船では今、カルロスさんの後輩の上総君が探知をしてるそうだ」

　マリアとネイビーが納得の声を上げる。

「ああー！」

　穣も「カルロスの弟子か。居たなそんなの」と頷く。

　続いてマリアも「いつも存在感無いから忘れてた。あの子、本気出すと結構パワーあったのね」

　穣は剣菱を見て聞く。

「つか、カルロス何でいなくなったん？」

「護を助けに行って行方不明になったと」

「なんだそりゃ！黒船の連中なにやってんだよ！」

　ブリッジ入り口で話を聞いていた透が口を挟む。

「もしかして、護の時みたいに川にドボンでもしたとか……」

「だとしたら笑う」穣が苦笑する。

　剣菱はマリアの方を見て「とにかく護とカルロスさんを見つけてくれ。頼む、マリアさん」

　マリアは目を閉じて探知しながら元気良く「はいっ！頑張りま……」と言い掛けて「あれ？」と何かに気づく。

「黒船がいる辺りの地下に、川があって……この地形イメージ、なんか見覚えがある。この川、どこへ……あっ」驚いて目を開けると大声を出す。

「これ護さんが落ちた川から繋がってるじゃん！」

　穣がビックリして目を丸くする。

「え、マジでドボン?!」