Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

のらくらり。

マジック・パスタパーティ

2024.04.19 10:38

おでこちゃんとジャック先生がパスタをたくさん作るお話。

大事な末っ子が作ってくれたパスタ、兄さん兄様は意地と根性と愛で全部食べ切ったよ(そしておでこちゃんは感激して喜ぶ)


「今日の夕食はパスタにしましょうか。ルイス坊ちゃん、トマトとニンニクを持って来てくれますかな?」

「はい」


ここはロックウェル家の厨房である。

だがそこにいるのは料理長ではなく、執事長のジャックと居候のルイスだった。

ルイスは指示された通り、保管庫に置かれていたトマトを手に取りジャックの元へ戻る。


「トマトはこのくらいで良いですか?」

「大人一人に子供三人分と考えれば、この程度で良いでしょう」

「では洗ってきます」


ルイスはザルに入れたトマトを水場に持っていき、一つ一つを丁寧に洗っていった。


今日、ロックウェル伯爵を含むその家族は留守にしている。

ルイスは詳しいことを知らないが、どうやら遠方からの招待があったようで、泊まりがけで数日ほど出かけるらしい。

主人の不在に合わせて料理長と使用人は休暇を取っていると聞いており、この広い屋敷にいるのは居候の身であるモリアーティの三兄弟とこのジャックだけだった。

本当ならばジャックも休暇を取るはずだったのだが、弟子三人を遠慮なく鍛える機会だという本音を「子ども三人を残していくのは偲びない」という建前で隠した結果、残ってくれることになったのだ。

ルイスとしては別に兄達と三人きりでも構わなかったけれど、鍛えることで強くなれるのならば願ってもない機会だ。

他の人間の目を気にせず訓練をこなすのは気が楽で助かった。

そうして心置きなく体を動かした後は食事なのだが、料理長がいないためにジャックが作ってくれるという。

日頃からジャックに付いて屋敷の管理を学んでいるルイスは当然手伝いを申し出て、今はその下準備をしている最中である。


「今日はトマトのパスタを作るんですね」

「あまり時間を掛けても腹が減るばかりですからな。朝仕込みをしたチキンとサラダもありますよ」

「いつの間に」

「坊ちゃん方が準備体操をしている最中です」


ルイスは先ほどまでこなしていた訓練を思い出す。

確かに体をほぐすためにこなした準備運動という名の筋トレの最中、ジャックはいなかったかもしれない。

だが、トレーニングがルイスにとってあまりにきつかったものだからよく覚えていないのだ。

今日は腕立て伏せを連続で二十回も出来たことの感動と筋肉の震えで、ジャックがいるかいないかなどどうでも良かった。

ウィリアムとアルバートの応援の元、休まず腕立て伏せ二十回をこなして褒められたことの充足感の方が大切だったのだ。

洗ったトマトの水気を切りながら振り返れば、ジャックは保冷庫の中からチキンを取り出していた。

ルイスにはよく分からないハーブの類で味を付けているのだろうそれは、こんがり焼き目を付ければとても美味しくなるのだろう。

ふと気付けば、いつの間にか大きな鍋に湯が沸かされていることにも気が付いた。


「では坊ちゃん、そこの棚にあるパスタを茹でてもらって良いですかな」

「トマトソースは作らなくて良いのですか?」

「ソースなぞ作るのはすぐです。先に茹でてしまいましょう」

「分かりました」

「私はチキンを焼いてしまいますので」


ジャックはそう言って、チキンをオーブンの中に入れて火加減を調整し始めた。

何でも、チキンをガス火で焼こうとすると中に火が通るまでに焦げやすくなるらしい。

オーブンで焼いてしまえば時間はかかるが良い焼き加減でふっくら火が通るのだと、少し前に料理長に教わったことがあった。

ジャックも料理長に教わったのだろうかと、ルイスは棚から取りだしたパスタを手に鍋の前へと立った。


「(兄様は背が高いからたくさん、兄さんは成長期だからたくさん、先生は大人だからたくさん。僕は…その半分くらい)」


麻袋の中にたくさん入っている乾いたパスタ。

ルイスは小さな手を伸ばしてわさっと一掴みを三回、控えめな量を一回、湯の中へと豪快に入れていった。

孤児だった頃、同じようにパスタを茹でたことがある。

その時はこんなにもたくさんの量があったわけではなくて、僅かな量から僅かな量を取り分けて、とても大事に茹でていた。

ルイスの手でも、親指と人差し指で丸を作ったその半分ほどのパスタしかなかっただろうか。

こんなにお腹が空いているのにこんなに少ししかないのか、と残念に思ったルイスだが、ともにいた兄は気にせずにっこり笑って言ったのだ。


大丈夫、僕が魔法を掛けてあげるね。


そう言った彼が湯の中で踊るパスタに向けて指でくるくると文字を書いたかと思えば、茹で上がったパスタが何故だか随分と増えたのをよく覚えている。

ルイスの親指と人差し指で作られた丸より少なかったはずのパスタはその倍ほども増えていて、兄の言葉の通り魔法で増えたのだと理解した。

魔法が使えるなんて兄さんは本当に凄い、とルイスは感激したものである。

二人で仲良く分け合って食べたパスタは、魔法の力も相まってとても美味しかった。

だが残念ながらルイスに魔法は使えないし、その代わりに今はたくさんのパスタがある。

家主も料理長もいないのだからと、ルイスは遠慮なく兄達に食べてほしい分だけのパスタを手に取り茹でていった。


「……」


ぐつぐつ揺らぐ湯の中で、濃い黄色をしたパスタが機嫌悪く踊っている。

機嫌悪く、とルイスが感じた要因は、踊れるほどの湯量がないせいだろう。

鍋いっぱいに沸かしたはずの湯はパスタに占領されており、踊れるほど余計なスペースがないのだ。

こんなにいっぱいのパスタ、入れただろうか。

はて、とルイスが首を傾げながらパスタの茹で上がりを待っていると、ジャックが後ろに立つ気配がした。

納得の行く火加減でオーブンを調整できたのだろう彼は、茹で上がったパスタをザルに開けるために来てくれたらしい。

ルイスの腕力では湯の入った重たい鍋を持ち上げるのは危険だと気付いているのだろう。

ジャックは大きなザルを取り流し場に置いてから、ルイスに任せていた鍋の中身を見る。


「……坊ちゃん、パスタはどの程度の量を入れましたかな?」


そして静かにルイスを見下ろした。

彼の顔は珍しくも引き攣っており、浮かび始めた目尻の皺が濃くなっている。


「兄様と兄さんと先生がいっぱい食べると思って、いっぱい入れました」


このくらい、とルイスの手指が少しだけ折れ曲がる。

がおー、という猛獣の表現を表すかのような手の形は指が丸く形作られており、それを三人分というのだから驚きである。

ルイスは敢えて言及しなかったが、自分はあまり食べられないから少しだけにした、と言えば「しっかり食べなさい」と怒られる予感がしてわざと言わなかったのだから策士である。

ウィリアムにもアルバートにもたくさん食べなさいと忠告されている身としては、これに加えてジャックにまで怒られるのは気分が悪い。

だがルイスのそんな打算とは裏腹に、ジャックはルイスが示した量のパスタが入っているらしい鍋を愕然として見下ろしていた。

続けて慌てたようにルイスの手を取り、そのサイズ感から推察されるパスタの量を正確に計算しようと頭を働かせる。

いくら小柄で手も小さいルイスとはいえ、一掴みどころか鷲掴みにしたであろう量のパスタが今、茹で上がろうとしていた。


「ば、ば、バカもん!どれだけの量を茹でとるんじゃ!!」


元軍人らしい声量で怒鳴られたルイスは、キン、と響く音に負けて目を閉じる。

耳を手で塞ごうにも、ジャックに手を取られたままではどうにもできない。

言葉の意味よりも、常日頃から師匠ではなく執事という立場を重んじるジャックの荒々しい言葉遣いの方に驚いてしまった。


「いいか、ルイス。見てみろ」

「……」


怒りと呆れを含んだジャックはガスの火を止め、重たい鍋を持ち上げて用意していたザルの中にパスタを流し入れていく。

ルイスが言われた通りにその様子を見ていると、思い描いていた図とは大分違う結果が見えてきた。

増えているのだ、パスタが。

ウィリアムとアルバートにたくさん食べてほしくてたくさん茹でたつもりではあったが、ルイスが思い描いていた量のおよそ三倍ほどのパスタがザルに上がっている。

ほかほかと白い湯気を登らせている黄色く細長いパスタ。

大きなザルに溢れんばかりの、なみなみたっぷり盛られたパスタ。

明らかにルイスが鍋に放り込んだ量とは違っていた。


「…僕にも魔法が使えたんですね」


わぁ、と感動した様子でザルから溢れそうになっているパスタを見るルイスに、何言っとるんじゃ、とジャックが苦言を伝えてみるも届いていなかった。


「孤児院にいた頃、兄さんが魔法でパスタを増やしていましたけど、僕にも同じことが出来るんですね。僕、自分が魔法を使えるなんで知りませんでした…兄さんの弟だから使えるのでしょうか?」

「だから何を言っとるんじゃお前は!パスタは茹でたら増えるもんだ!」

「え?そうなんですか?どうして?」

「水を吸うからだ!」


パスタは水を吸って体積が増す、という現実をルイスはこの瞬間に初めて知った。

同時に、過去のウィリアムが見せてくれた魔法は偽物だったということも知った。

どうやらウィリアムは魔法を使えなかったらしいし、今のルイスも魔法が使えるわけではないらしい。

最愛の兄に嘘を吐かれていた、という事実はルイスの気持ちに影を落とすが、かと言ってあの頃の幼いルイスに科学的な理屈を説明したところで理解は出来なかっただろう。

そうして結果として増えたパスタを見て、魔法だ、と無邪気に思い込んでいたかもしれない。

もしかするとウィリアムはルイスのためを思って、わざわざ本当のことを言わずに魔法だと偽ったのではないだろうか。

うむ、きっとそうに違いない、兄さんは優しいから。

ウィリアムのすることに間違いはないのだと信じきっているルイスは、落ち込んだかと思えば納得した様子で何度か頷いていた。


「ルイス、何を百面相しとる」

「いえ、まるで魔法みたいに増えるんだなと思いまして」

「呑気なことを言いおって…この大量のパスタ、一体どうするんだ」

「食べれば良いのでは?…食べれば」

「言ったな?食べられるんだな?」

「…兄さんと兄様なら食べられます。大丈夫」


お二人は凄いんですよ、とルイスは期待で瞳を輝かせているが、ジャックは胡散臭そうにその赤を見た後に茹で上がった黄色を見る。

少なく見積もって大人十人分はあるだろうか。

ルイスの手で三回も鷲掴みされた量のパスタ。

どうしようもなく増えてしまったパスタ。

用意しようとしていたトマトでは、圧倒的にソースが足りなかった。


「仕方ない…ルイス、保管庫へ行くぞ」

「?はい。足りないものがありましたか?」

「トマトソースだけでは飽きるだろう。味を変えて食べ切ってしまうぞ」

「なるほど。トマトも足りませんからね」


納得したようにルイスはジャックの後ろを付いていき、指示された通りの食材を手に取った。

ニンニクにきのこに加工肉、追加のトマトや茄子などの野菜、牛乳やチーズに加え貴重な卵も持ち帰り、少しだけ冷めたパスタを仕上げるために準備を進めていく。


「時間をかけずとも作れるようシンプルなトマトパスタにするつもりだったんだがな。こうなってはそうも言ってられん、思いつく限りの味付けを試していくぞ」

「僕、トマトとオイルのパスタくらいしか食べたことないです」

「そうか、喜べ。今夜でほとんどの種類を食べられるぞ」


食にはあまり興味ないけれど、美味しいものを食べられるのは嬉しい。

何より、美味しいものを作って兄達に「美味しい」と言ってもらえるのはもっと嬉しいのだ。

ルイスは今日も二人の美味しいを貰うため、丁寧に食材の下拵えをしていった。


「トマトにナポリタンにミートソース、カルボナーラとペペロンチーノ、コンソメにバジルにクリームにチーズ、おまけに余っていたレモンで仕上げたオイルパスタ」

「先生が用意していたチキンとサラダも材料に使ってましたけど良いんですか?」

「構わん。別で用意したところでどうせ食べきれんだろうからな。しかし、これだけ作ってようやく使い切れる量とは…おいルイス」

「…まるでパーティですね」


ジロリと見下ろされたジャックの目から逃れるように視線を逸らしたルイスは、目の前の机いっぱいに用意された十種類ものパスタを見た。

言葉の通り、まるでパーティのようだ。

色々な味を用意して、各々が食べたいものを食べたい量だけ食べていくビュッフェ形式なのだろう。

ソースの赤や緑が目に楽しいし、きっとウィリアムもアルバートもルイスのミスには気付かないまま、美味しくたくさん食べてくれるはずだ。

だが改めて見ると中々物凄い量だなと、ルイスは今になって少しだけ反省した。

今後は手一杯にパスタを掴んで一人前、というカウントは止めようと心に誓う。


「これなら兄さんも兄様も飽きずに食べてくれるはずです」

「あの二人の胃袋に期待するしかないな…ルイス、お前もちゃんと食べろよ」

「…それはもちろん、食べますよ」


いつもみたいに誤魔化すなよ、と念押しされたジャックの言葉に、ルイスは僅かに肩を震わせた。

日頃の食事を少なく盛り付けていることはバレているらしい。

いつもならば目を瞑るが今日に限ってそれは許さないと、わざわざ釘を刺さなくともルイスとてきちんと理解している。

食材を無駄にするのはいけないことだ。

この大量のパスタはルイスのミスによるものなのだから、責任はルイスにある。

ちゃんとたくさん食べるつもりだと、ルイスは高い位置にあるジャックの顔を見て目を合わせて力強く頷いた。


「わぁ、凄いですね」

「今日は何か記念日でしたか?」


予定よりも遅い時間での夕食になってしまったが、訓練終わりのウィリアムとアルバートは不満な顔一つせず食堂へと来た。

目の前に並ぶたくさんの料理、という名のたくさんの種類のパスタを見た二人は、驚きながらも少し浮ついた様子でルイスとジャックを見る。


「訓練でお腹が空いただろう。たくさん食べて体を作りなさい」

「頑張って作りました。たくさん食べてくださいね」


ジャックもルイスも真相を話すことはなく、ただただ食べろと繰り返す。

そうしてルイスは机いっぱいに並べられたパスタの中から特にお勧めなのだという、ミートソースとバジルソースのパスタを取り分ける。

それがウィリアムとアルバートの瞳の色を示唆しているのはきっと無意識なのだろうが、ルイス以外の三人は当然のように気が付いていた。




(で、その思い出とこの大量のパスタ、何の関係があるんだ?)

(実は先ほど、鍋にパスタを入れようとしたら手が滑ってしまい、瓶の中身が全て投入されてしまいまして)

(ほう)

(みるみるうちに増えていくそれを見て、あんなこともあったな…という若い頃の過ちと機転を思い出したんです。増えてしまったパスタを消費するためにはこれしかない、と)

(ほう)

(ミートソースとペペロンチーノとカルボナーラとバジル、モランさんのイメージカラーとしてイカ墨も用意しました。どうぞお召し上がりください)

(よくイカ墨なんて用意があったな…つーか、俺一人でか?)

(兄さんも兄様もフレッドも留守にしていますし、二人でパーティをしてもつまらないでしょう。お一人でどうぞ。僕はさっきそれぞれの味を見たのでお腹は空いていませんから)

(いや流石に無理だろ!何人前だよこれ!)

(今の僕の手で二回鷲掴んだくらいの量ですから…十人分くらいでしょうか。モランさんならイケます、信じてますよ。じゃ、僕は兄さんと兄様の夕食の準備をしてきますので)

(そんな雑な「信じてる」があることに驚きだよ)