第5章04 黒石剣
次の日の朝。
ターさんは護とカルロスと妖精が入った木箱を吊り下げて、晴れた空を飛んでいる。
護はニヤニヤ笑いながら、無精髭とボサボサ頭で眠そうなカルロスに言う。
「起きぬけに強制連行されてるし。目、覚めてる?」
「んー」カルロスは唸って「気づいたらソファで寝ていて朝だった。いつ寝たんだ……」と欠伸をする。
「眠そうだけど、俺達仕事あるし、家に貴方一人だけ置いとく訳にもいかないんで、頑張って付き合って」
「うん」
目をこすりながら頷いたカルロスは「ん?」と怪訝な顔をすると、護の隣に置いてある黒石剣を指差して「なんだそれ」
「あ、これは黒石剣っていう石で、採掘道具の一つだよ。アンバーで俺が採掘中に川に落ちたのは、この石が原因」
「あぁ変な動物が石を持って行こうとしたのを追いかけて、誤って川に落ちたとか」
「んー、正確には妖精がこれを耳に挟んで持って行こうとしたんだよ」
護は丸い妖精の耳を掴んで持ち上げる。
カルロスは、またプッと笑って「耳か!」と言うと「でも良かったな、流されて」
「まぁね! ……ってアンタまた笑ってるし、何がそんな面白いの?」
「いや、まぁ」
何とか笑いを収めたカルロスは「久々に笑うと顔が筋肉痛になるな。昨日、笑い過ぎた」と言いつつ、両手を自分の頬に当てて顔の筋肉をマッサージする。
「そんなに笑ってなかったのか。まぁ俺もアンバーに居た頃は仏頂面だったけど」
カルロスは微笑みを浮かべて「なんか今、やっと心が動き出した気がする。……なんか面白い。特に、お前が」と護を見る。
「なんですと? 人に向かって失礼な」
「褒めたんだぞ? お前のお陰で私は楽しい気持ちになっている」
「んんー?」
護は思いっきり顔を顰めて首を傾げる。
その時、遥か前方に浮島の小さな点が見えて来て、護はそれを指差しながら「なぁあれ、何だと思う?」と相手が驚くのを期待して、カルロスに聞く。
「うん、島が浮いてる」
思わずガクッとした護は「もうちょっとビックリしようよ!」と怒る。
「だって探知したら分かる!」
「んな四六時中探知しなくってもいいじゃん!」
「職業病なんだよ!」
二人の会話にターさんが爆笑する。
浮島上空に到着すると、ターさんはケテル石の柱のある場所に降下し、着地する。護とカルロスは木箱から出る。
「護君、今日は俺、違う石を採るから、カルロスさんと一緒にケテルを頼むよ」
「ほい、了解!」
ターさんは白石斧と布袋を持って、やや離れた場所へ飛んでいく。
護も白石斧を持ち、近くのケテルの柱を右手の指の関節でコンコンと叩き始める。
カルロスは柱をしげしげと見ながら「こんな大きなケテル、向こうに持っていったら幾らの値がつくか」
「まぁね。でもここではメジャーな石材なので、上手く採らないと、売れない」
護はそう言い「これ、いいかも。この辺かな」と切り所の目星を付けて、カルロスに「ちょい離れてて」と下がるように手で指示する。
カルロスが離れたのを確認すると、護は白石斧でガンと石柱を切り、柱をゴロンと地面に倒す。
「……なんか採掘というよりは伐採のような」
カルロスが言うと、護は「まぁね」と頷き「有翼種の採掘船の採掘見たらもっとビックリするよ」と言いつつケテルの柱を担いで運び、木箱に入れる。
「ところで探知のカルロスさん。売れそうな石を探してくれませんか」
「売れそう……というと、それなら……」
カルロスは少し先に生えている、大きめのケテル鉱石柱を指差す。
「あれだ」
護はその柱の所へ行くと、コンコンと指で叩いて「これはちょっと違うと思うなぁ」
途端にカルロスが「なに?」と怒ったような声を出す。
護は周囲の妖精達に尋ねる。
「なぁ、売れそうな石ってどれかな?」
一匹の妖精がポンと大きく跳ねてからトコトコ歩いて一本の小ぶりな石柱の元へ。護も付いて行く。
「これか」
柱をコンコン叩いた護は「おお確かに!」と目を輝かせる。
「ちょっと待て!」
続いてやってきたカルロスも柱をコンコン叩く。それからさっきの柱へ走り戻ってコンコン、再び小さい柱に走って来てコンコン。
「うーむ」
眉間に皺を寄せ、腕組みしたカルロスは「エネルギーの強い石が売れるんじゃないのか?」と首を傾げる。
「ちょっと、離れてて」
護はカルロスを退かせると白石斧でカンカンと側面を少し削る。
石が輝くと同時にカルロスが驚いて「さっきとエネルギーが全く違う!」
「うん、これ『活かし切り』って言うんだけど、あっちの石は、切ってもあんまり光らないと思う」
そう言ってカルロスが選んだ柱を指差す。
「そうかな?」
「何本も切ってると直感的にわかるようになってくる。この柱、切るよ」
カルロスが離れると、護は斧を構えて一気にガンと柱を切る、が。
「うぁ! 切り方失敗した!」
護が叫ぶと同時にカルロスが「エネルギーが大きく変わった! 面白いな、これ!」
柱を地面に倒した護はカルロスを見て「だろ?」と言い「でもせっかくの良い石がぁ勿体ないー!」
カルロスは嬉々として「これは探知が非常に難しい! 何を基準に観ればいいんだ!」
「妖精に聞いてみれば」
「え」
カルロスは妖精達を見る。妖精達はカルロスを見て頭にハテナマークを浮かべる。
「いや自分で探求する! 私も石を切ってみたい。ちょっと斧を貸してくれ」
「あ、黒石剣でも切れるから、あれ使ったらいいよ」
ダッと木箱へ駆け戻ったカルロスは、中から黒石剣を取り出して再び護の所へ戻ってくると、護が切ったケテルの柱の残った根元部分を指差す。
「これ切っていいか」
「うん」
黒石剣を構え、刃先をケテル石の端に当てる。そこでハッと何かに気づき、黒石剣をじっと見つめる。
「この黒石剣っていう石……面白いな」
「へ?」
「まぁやってみよう」
石を削るように黒石剣を動かすと、ピンッと弾けるような音がしてその部分が割れ、地面に落ちる。
「お」
カルロスは驚いて、更に黒石剣の刃先をケテル石の別の部分に当てる。
するとまたピンッと弾ける音がして、その部分が割れる。
「凄いな、力を入れずに石が切れるぞ! エネルギーを流した方向に石が切れる。これは良い!」
護は不思議そうに「俺は普通に力を入れて切ってたけど……」
「お前は怪力だからな。でもこれ多分、本来はエネルギーを流して使うもんだぞ。お前より非力な私でもこうして石が切れる」
「え、どうやって切ってんの?」護は首を傾げる。
「だからこの黒石剣に自分のエネルギーを流すんだよ」
「それってどういう事」
「つまり探知の時のように……って怪力のお前にはワカランな」
「分かる説明して」
カルロスは面倒になって「とにかく切れるんだからそれでいいだろう!」と言うと「とりあえず色々切ってみないと……まずは私がさっき探知した柱を切ってみよう!」
暫くして、ターさんが、採った石を入れた布袋を担いで二人の所に戻って来る。
木箱を見るとケテル石が満載状態。
「うわ。結構採ったねぇ!」
驚くターさんに護が「この人の探知の練習やってたら、こんななった」とカルロスを指差す。
カルロスは満面の笑顔で「ケテル石の探知は、イェソド鉱石の探知より、よっぽど面白い!」
……な、なんか随分と元気になったな、と少し驚きつつターさんは「そうなの?」と尋ねる。
「うん! イェソド鉱石は、とにかくエネルギーの強い所を探知して突っ込んで行けばいいだけだった」
「なんて大雑把な。石によってはそれでもいいけどケテルだと荒すぎてダメだよ。石の性質とか感じてる?」
「性質?」
「個性と言うか、本質的な所を感じる。護君は最近それが上手くなったよね」
途端にカルロスが「お前、探知じゃないだろう……」と不機嫌そうに護を見る。
「護君ね、石を観るセンスだけはいいから」
護が「だけ、って!」と突っ込む。
ターさんはカルロスの持つ黒石剣を見て「ところでそれ、使ったんだね。使ってみてどう?」
「凄く使いやすい」
「だと思った。ちなみにその黒石剣を使いこなせるようになれば、有翼種の採掘船で相当、重宝される」
「えっ。しかし私は探知がメインで」
「うん、そうなんだけど、もしここで採掘師をするなら黒石剣を使える事が必須だよ。貴方に白石斧は合わないから」
護が意外な顔をして「そうなの?」とターさんに問う。
「うん。逆に、護君に黒石剣はあんまり合わない」
カルロスが納得して「そうだな」と頷く。
「……でね、個人採掘師って沢山いるから最初は石屋になかなか顔を覚えてもらえないんだけど、君たちは人工種だから、ちょっと有利な訳だよ」
すると護が「うん。既に『ヘッポコな石しか採って来ない』って有名」とションボリする。
「今はね!」ターさんは護にそう言うと「ともかく有翼種でも扱いが難しい黒石剣を使える人工種って、凄いと思うんだ。ここでは飛べないのはネックだけど活かせるスキルを活かして人工種ならではの事をやったらいいんだよ。せっかく人工種なんだし」
カルロスは「うーむ」と思案気な顔をする。
護は「まぁねぇ。ところでハラ減った」と言い、ターさんが地面に置いたままの布袋を担いで木箱に積み込む。
「戻ってお昼にしよう!」
護が木箱の中のケテル石の上に乗ると、カルロスも木箱に入って石に腰掛ける。ターさんはワイヤーを持って木箱を引き上げつつ飛び上がると「ちょっと重いな」と呟く。
カルロスが少し驚いて言う。
「ターさん、相当な怪力だな……」
「いやこれ、翼の力なんだよ。地上で物を持ち上げる時の力とはちょっと違うんだー」
「ほぅ」
「んでも翼から力を出す為には鍛えなきゃならないから、重い物を吊り上げるのはいい鍛錬になる。しかし午前中だけでこんなに採れるなんて、流石に採掘師が三人も居ると採れる量が違うね」
護が元気良く「だってターさんにお世話になってるからさ、頑張らないと!」と言うと、カルロスが「ところで」と言って一旦言葉を切り、護を見ながら「やっとハラが減りました。昼飯は私も食べたいです」
護とターさんが同時に「おお!」と言いターさんは安堵したように「良かった!」と微笑む。
護は楽し気にニコニコしながら「よーし不味いもの食わせよう!」
「何でだ!」