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紺碧の採掘師

第7章01 周防先生

2024.05.08 07:51

 ある日の午後。

 ジャスパー採掘船本部に程近い場所にある周防紫剣人工種製造所(SSF)。塀で囲まれたその敷地内には人工種製造施設を始め、居住棟であるマンションや、育成施設等がある。敷地はかなり広いが、しかし他の二つの製造所に比べれば規模は遥かに小さい。なぜならここは、個人が建てた人工種製造所だからである。

 門の前に、スーツ姿の穣が一人、菓子折りの入った白い紙袋と黒いクラッチバッグを持って落ち着かない様子で立っている。勿論、頭にハチマキは着けていない。

 (いよいよこの時がやってきた……周防先生に会う! うぅっ緊張爆裂ぅっ!)

 上体を反らして天を仰ぐと、お辞儀になるほどハァーッと大きな溜息をついて、ふと周囲を見回す。

 (誰も見てないよな? まぁここあんまり人通り無いし、はぁ……)

 内心溜息をついて、襟元を直す。

 (やっぱもっとラフな格好してくるんだった。スーツなんて滅多に着ねぇし! 慣れない服着ると緊張が増す! だがしかし後々の為に印象を良くしておかないと)

 そこでまた大きな溜息をついてクッタリする。

 (……はぁぁ……やっぱ緊張する。周防先生に会うの初めてだもんな。まぁ先生はまだ、俺とベルガモットの関係を知らん訳だし普通に普通に! しかし長年ベルと付き合ってて製造師に知らせてないってのもなぁ。だって俺は十六夜だし、向こうは周防だし、このライバル関係じゃ言えねぇわー!)

 門の前をグルグル歩き回って立ち止まり、また周囲を見回す。

 (誰も、見てねぇよな? ……俺、不審者そのものやん!)

 茶色い塀に右手を付き、下を向いて、はぁー……と深く長い溜息をつく。

 (きんっ、ちょー、する! やっぱ誰かと一緒に来るんだった、そしたら俺個人の話なんか出ないし……いやダメだ、せっかくのチャンス! 一応ちょっとこう印象をだな……俺は十六夜だが周防先生のベルガモットさんには大変お世話になってまして、とか微妙な話が出来たらっていう、その為に一人で来たんじゃないか!)

 腕時計を見ると、約束の時間の5分前だ。

 (もう行かねばならん! とにかく聞きたい事だけ聞いて、とっとと帰る!) 

「ヨシッ!」

 気合を入れ、意を決して門の中へと歩き出す。ぎこちない足取りで、三階建ての巨大な建物の正面玄関へ。中に入ると右手に事務室と受付カウンターがある。

 受付に居る人工種の女性と目が合った穣は咄嗟に

「ど、どど、どうも、こんにちは、十六夜穣と申します」

 (って緊張バレバレやん! 人工種ナンバーも言えんかったし!)

「あ。こんにちは、穣さんですね。ようこそSSFへ」

 女性はニッコリ笑うと椅子から立ち上がり、受付脇のドアから出てきて「ご案内しまーす、こちらです」と穣を促し歩き始める。事務室の角を右に曲がり、左側にドアが並ぶ廊下に入った途端、すぐ手前のドアが開いて首にタグリングの無い、若い男が出てくる。男は穣に会釈し、すれ違おうとした瞬間「ん?」と何かに気づいて立ち止まる。

「貴方はメンテですか?」

 穣も立ち止まって振り向き、「え、いや」と言いつつ男の胸元に付いているネームタグを見て驚く。

 

 『マルクト霧島人工種研究所 人工種遺伝子管理官 月宮秋夜』

 

 (……かっ、管理ぃぃぃーーー!)

 激烈な動揺を必死に隠しながら「あっ、まぁ、ちょっと」と何とか平静を保ちつつ「大した事じゃないんですが、……ちょっと周防先生に聞きたい事が。SSFは採掘船本部からすぐ近いので、はい」

 男は「なるほど、そうですか。では」と言い、会釈して去っていく。

 穣は再び受付の女性の後について歩きつつ

 (どっかで見た制服だと思ったら、そうだ、管理だよ……。ガチでマジの管理と出会うとは……)

 内心、溜息をついていると、女性が突き当たりの部屋のドアを開けて、穣を見る。

「どうぞ。もうすぐ周防先生が来ますから、ちょっとお待ち下さいね。あ、紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」

「あ、いや、お構いなく! ちなみになぜ管理の方がここに?」

「遺伝子チェックの為です。霧島研の許可が下りないと人工種作れないですから」

「あ、ああそうか、そうですよね」

 穣はそう言ってぎこちなく部屋の中に入ると、入口近くの一人掛けソファに腰掛け、女性が去ったのを確認してから静かに溜息をつき、周囲を見回す。

 (これ応接間って奴かな。立派なソファとテーブルやん。スーツで来て良かった!)

 それからまた溜息をつき、身体を少し動かして、リラックスしようと努力する。

 (しかし、いきなり管理とは……。人工種製造所には奴らがウロウロしてるって事を忘れていた! 俺、年一回の定期メンテで一瞬だけALF行って速攻で帰るから、管理には殆ど会った事が……そうかALFは規模がデカくて広いから会う確率が低いんか! SSFはこんな狭くて小さいからアカンのじゃあー!)

 そこへ足音がして背の高い壮年の男性が部屋に入ってくる。

「どうも、初めまして」

 穣は慌てて立ち上がると「あ、お、お初にお目にかかります、ALF IZ ALAb447十六夜穣と申します」と言いつつ周防を見る。

 (背が高ぇ……俺と同じ位あるやん!)

 周防は「まぁそう緊張しなさんな。ATL SK-KA B02周防和也です、宜しく。ALFの人工種がSSFに来るとは珍しい。座って座って」と穣に促しつつテーブルを挟んで奥のソファの方へ歩く。

 (これで97歳かよ! しかもなんか写真より若く見えるし)

 穣はそう思いながら紙袋から菓子折りを取り出し「これ、周防先生は米粉のクッキーがお好きだそうで……ちょっと変わった野菜入りです。皆さんでどうぞ」と差し出す。

 周防はちょっと苦笑して「気を遣わなくていいのに……。ありがとう。後で皆で頂くよ」と言って受け取り、テーブルの端に置く。

 二人はテーブルを挟んで対面のソファに腰掛ける。そこへ受付の女性が紅茶のカップと小皿に乗せたお菓子をトレーに乗せて持ってくると「どうぞ」と穣と周防の前に置く。周防は穣の手土産の菓子折りを女性に渡して

「これ、穣さんから頂いたよ。米粉のクッキーだって。お茶の時に皆で食べよう」

 女性は「あら! 嬉しい」と言い「ありがとうございます」と穣に微笑むと「ごゆっくりー」と言って部屋を出てドアを閉める。

 周防は「いやぁ。しかし」と言って楽し気に笑いながら「よくここに来たなぁ!」

 穣は不安げな顔で「と、言いますと……」

「だってバレたら大変だろう?」

「管理にですか?」

「いや貴方の製造師にだよ! 十六夜先生に、何でSSFの周防なんかの所に行った! って怒られませんかね」

 穣は意表を突かれたように「え」と言うと、「ええまぁ……」と言葉を濁す。

 周防はククッと笑って「大変だなぁ」

「ところであの、先ほど管理の方に出くわし……」と言い掛けた穣は慌てて「出会ったんですが」と言い直す。

「ああ。気にしなくていいよ」

「しかし」

 穣の不安気な表情に、周防はちょっと苦笑する。

「私も昔は君のようにビクビクしていてね。まるで人形のように人間の言いなりになって、自分と同じような人形みたいな人工種を沢山作った」

「……どうして、製造師になられたのですか?」

「それしか生きる道が無かったからかな。でも今やっと、製造師になって人工種を作り続けて良かったと思っている」

「それは、なぜ」

 周防は穣の目を真っ直ぐ見て

「貴方のような人工種が出てきたから」

「えっ?」

「御剣研の事を知る為にわざわざ私の所まで来るとは。なぜそんなに知りたいのか」

「それは……」と言って言葉に詰まる穣。喉元を抑えてゴホゴホと咳をすると「失礼しました」と言い、周防を見て再び喉元を抑えて暫く黙る。

「あの、……なんか、仲間内なら話せる事が、話せない……」

 周防は微笑して「私が製造師だから、だろうねぇ」

「えっ?」

 穣は困惑の表情で「製造師だと、話せないって、これのせいで……?」と自分のタグリングを指差す。

 少し間を置いてから、周防は穣を指差して言う。

「貴方は自分の製造師に、本音を語った事がありますか?」

「……」

 唐突な質問に、穣は目を丸くする。

 (そんなの、ある訳がない……。だって何を言っても……)

 否定された、反論された、分かってもらえなかった、という過去の痛みがズシンと心に蘇る。

 (でもそれが今、何の関係が。何でそんな事を聞く?)

 とりあえず「まぁ、あんまり、無いですが……」とやや掠れた声で答えると、周防は微笑しながら「そりゃ言えないわなぁ……」と小声で呟く。その優し気な微笑みに、穣はふと、周防は自分の苦しみを分かってくれているのかもしれないと思い……、なぜか目頭が熱くなって慌ててゴホゴホと空咳をして感情を収める。

 (やっべ、何でこんなとこで涙が!)

 ゴホンと咳払いをして、話を進める為に「どういうことですか」と尋ねる。

 周防は優し気な微笑みを浮かべたまま、「まぁそう緊張しないで」と手でなだめる仕草をするが、それを何となくバカにされたように感じた穣は、ややきつい口調で周防に問う。

「貴方もそのタグリングで管理されているなら、俺に本当の事を話せないんでは」

「いや? 私のコレはただの首輪ですから」

「ただの、首輪?」

「うん。恐らくもう彼らのタグリングもそうなってると思うよ」

「彼らって」

「君の弟と、ウチのカルロス」

 穣は身を乗り出して「えっ、ど、どうやったらそうなるんです?」と真剣な顔で聞く。

「さぁねぇ」

「教えて下さい。大体、あいつら放置していいんですか? 特にカルロスさんを」

 すると周防は「あいつ、よく黒船から逃げたよなぁ。驚いた」と笑う。

「えっ……」

 キョトンとする穣。周防は微笑みながら「ちゃんと上総に逃亡すると言い残して行く辺り、素晴らしい」とパチパチと拍手までする。

「……って、あの……」穣は唖然として呟く。

「いいん、ですか? ……カルロスを……」

「だって本人が行きたくて行った訳だし。私の知ったこっちゃない」

 淡々と言い切る周防に、穣が「でも自慢の息子でしょ?」と聞くと、周防は「んー?」と唸ってから「まぁ昔はそう思ってた事もありますが。今はもうねぇ」

「心配じゃないんですか?」

「心配した所で、私に出来る限界というものがある。あいつは自ら望んで行った。ならそれでいい」

 穣は目を見開いたまま、暫し黙って周防を見る。

 (……この人は、俺が思っていたような人とは全く、全然、違う……)

 そこでハッ、とラメッシュの言葉を思い出す。


 『人は自分の経験の範疇の考えしか出て来ない』


 (つまり俺は、自分の製造師を周防先生に重ねて見てたって事か? 無意識に……)

 穣はグッと両手を握り締めると悔しそうに「とにかく、これさえ無ければ」と自分のタグリングを指差して「これを外す事が出来たら自由になれるのに」

「それはあまり関係ない」

「なぜ」

 周防は紅茶のカップを手に取って少し飲むと、ゆっくりとそれをソーサーの上に戻し、穣を見る。自分の首のタグリングを指差しながら

「正直、こんなものは無い方がいい。しかし我々人工種には、最初からこれが付けられた。そして人形のような生き方を教えられた。だから皆それしか知らない。という事は、タグリングを外した所で自由になるとは限らない。……逆に言えば、例えこれがあったとしても、どうしたら自由に生きられるのか、本来の自分らしい生き方とは何か、それを個々人が自分で模索し、その方向へ進んだ時に、自由になれる可能性がある」

 そこで周防は優し気な眼差しを穣に向けて

「自由ってのは、誰かに教わるものじゃないし、教えられるものでもない。そうだろ?」

 穣は「はい」と力強く頷くと、ハッキリと言う。

「周防先生。俺は、アンバーで護とカルロスさんの所へ行きたいんです」

「ほう。なぜ?」

「理由は、まだよく分からないんですが……」と言って俯きながら、ふと。

 あれ? さっき言えなかった事が、口からすんなり、ハッキリと出てきたぞ、と密かに驚く。

 俺が周防先生を信頼したからなのかな……と思いつつ

「とにかく行きたい。どうせ無茶しても人工種の俺が責められるから、剣菱船長には迷惑がかからない筈」

「貴方が船長になればいい」

「えっ」穣は驚いて顔を上げて「俺、人工種ですよ。そもそも航空船舶免許無いし」

「本当に望むなら人工種だって船長になれる」

「いやいや」手を振って否定する。

 周防は何か諭すように「あのね」と言うと

「昔、人工種は製造師にはなれなかったんだ。私は昔、霧島研に居てね。あそこ今は人工種管理の総元締めで、人工種を作ってはいないけど、昔は作っていた。……私が正式に製造師になれたのは、霧島研に入って15年後。製造師になってからも風当たりが強くて強くて。私が手掛けた人工種なのに人工種ナンバーに製造師記号SUが付かないとかね。まぁ色々あったよ」

「……」

 随分苦労されたんだな、そりゃ人工種で初めて製造師になったんだから、そうだよな……と思いつつ、穣はじっと周防を見つめる。

「それでもやっぱり私は人工種が作りたかった」

 周防はそう言って「やりたい事は、やった方がいい」と穣に微笑む。

「俺のやりたい事……」と呟いた穣は目線を落として少し黙ってから

「理由は分からないけれど、とにかくアンバーで護の所に行きたい」

「君、よっぽどアンバーが好きなんだね」

 ハッとして目線を上げる穣。周防は続けて

「アンバーを、護君の所に連れて行きたい、そんな感じなのかなと」

「あぁ……」

 (確かに、そうだ。なんか周防先生、凄いな……)

 周防を見ながら納得の顔をする。

「じゃあ、そこへ行く為の方法を考えようか」

「は、はい。まず最初に御剣研について教えて頂けませんか」

「うん。まぁ私も詳しくは知らないが、管理よりは、私の方が色々知ってる」

 穣は「おお」と言いつつ上着の内ポケットから手帳とペンを取り出しメモを取る準備をする。

「御剣人工種研究所は恐らく、人工有翼種を作っていた所だと思う」

「は?」耳慣れない言葉に「人工…有翼種?」と聞き返す。

「うん。実は外地の彼方には、人間でも人工種でもない、有翼種という翼を持つ種族が居る」

 穣は驚いて「翼、の有る、種族!」と言いながらメモを取り「えっ、翼ってマジですか? ちと信じられないけど……あっ、じゃあもしかして護たちは、その有翼種の所に?!」

「だと思うよ。だから管理は捜索を断念する」

「なぜ」

「簡単に言えば有翼種を恐れている。理由は、人工種が有翼種側に付けば人間の危機だ、と思い込んでいるから。だからとにかく有翼種と接触したくないし、させたくない」

「待って下さい!」

 穣は周防の方にガッと身を乗り出して「……という事は、管理は、有翼種の存在を知っていた?」

「うん」

「それで捜索中止にしたって事ですか!」

「うん」

 穣は拳を固く握り、悔し気に「それで、外地に出るなと、……そういう事か……!」と呟いてから周防を見て「その有翼種ってのは、どういう」

 周防は紅茶のカップを手に取ると「……遥か昔、この星には沢山の人間がいて、凄い技術で宇宙に出て他の星にも住んだ、っていう話は知ってるよな?」と言い、紅茶を飲む。

「はい」穣は頷き「宇宙に出た人間は二度と戻って来なくて、この星の人間はどんどん少なくなり技術も衰退して細々生きる事になったっていう」

「実はこの星には元々住んでた先住の種族がいて、それが有翼種なんだよ」

「え」

「人間の方が、後からこの星に来た種族なんだ、本当は」

 そう言って周防はカップをソーサーの上に戻す。

「そうなんですか!」

「うん。人間と有翼種は、最初は仲良く一緒に暮らしていたんだが、しかしある時、病か何かで有翼種の生殖能力が落ちて、彼らは種の存続の危機に陥る。有翼種は人間に助けを求め、そこで人間の技術と有翼種の力で人工有翼種が誕生する。これが原初の人工種だ」

 穣は必死にメモを取りつつ「えぇ? 鉱石採掘の為では、ってか人工種って、まさか有翼種と人間の混血?」

「うん混血だ」

「なんですと!」

「原初の人工種は、採掘とは関係ない。ところがその後、人間と有翼種の間にイェソドエネルギーを巡る争いが勃発し、人工有翼種は、有翼種側につくか、人間側につくか、または中立を保つか、という選択を迫られ、結局その三つに分かれてしまう」

「それは、各自の自己意志で?」

「恐らくね」

「すると人間側についた人工有翼種は、有翼種側の人工有翼種と戦う事になりますが」

「うん。……それで、結局人間側は敗北し、有翼種は人間を死然雲海と呼ばれるエリアの外に追い払い、完全に交流断絶してしまう。お蔭で深刻なエネルギー不足に陥った人間は、イェソド鉱石を採らせる為に、人工有翼種の遺伝子を使って『人工ヒト種』を作り出した。それが我々だ。人間の為に都合よく調整され、タグリングで管理された存在」

「えぇ……」

 目をまん丸くした穣は、メモを取る手を止めて「それで結局、採掘人工種なんですか……」と思いっきり凹んだ顔をする。

「まぁ管理の一部の人間と、製造師しか知らない『人工種が生まれた本当の理由』だ。驚いたか」

「……驚くも何も……、じゃあ、つまり、そうか『人工種が有翼種側に付けば人間の危機だ』って、そういう意味なのか。あっ待って下さい、中立の人工有翼種はどうなったんですか?」

「死然雲海の中に街を作ったらしいが、人工有翼種そのものは行方不明だ」

「え」

「実は記録には、死然雲海の中に街があり、そこに人工有翼種の製造所もあったって事くらいしか書いてない。黒船のお蔭で街の遺跡は見つかったが、中立の人工有翼種は一体どうなったのか」

 穣はポンと手を叩いて「つまりあの遺跡がそれで、御剣研がそれか!」と言ってから「すると黒船は歴史的大発見を?」

「昴が撮った写真は、とても貴重な資料だよ」

「いや御剣研を最初に見つけたのは、実は俺なんですよ!」

 穣はドヤ顔で自分を指差す。周防は笑って「流石!」と拍手。

 穣は意気揚々と「あそこの人工有翼種がどうなったか、向こうの護に聞けば分かるかも!」

「そうだね。いやぁしかし個人的には御剣研に行きたいねぇ。中に入って色々調査したい」

「ぜひ行きましょう!」

「ところで少しは紅茶飲んでくれよ。あと、このお菓子持って帰っていいから」

 周防は小皿に盛られた個包装のチョコクッキーを指差す。

「え。では」

 穣は紅茶のカップを手に取り一口頂くと「それにしても周防先生、世界って思ってたより広いんですね! でも広すぎて一体どうやって護の所まで行ったものやら。カルロスさん並の探知がもう一人いてくれたら……」

「探知はどちらかというと能力よりも、やる気と気合のような。ちなみに、有翼種のいる地域はイェソドという所で、エネルギーの源泉があるとか」

「源泉?」

「詳しくは知らない。ただ探知する時に『イェソドの源泉』や『有翼種』も合わせて探すといいかもしれない。知覚できる範囲が広がる」

「おぉ。アンバーの探知のマリアさんに伝えます」

 穣は紅茶のカップをソーサーに置いてメモを取る。

 周防は「あと……」と少し考えて「採掘船の前方に、鉱石弾っての付いてるだろ。あれ実は人間と有翼種が戦った時の名残らしい。人間はあれで死然雲海を吹っ飛ばしたんだとさ」

「吹っ飛ばした?」

「うん」

 穣は首を傾げて「死然雲海って、やっぱ、あの霧かなぁ……」と呟く。

 周防は「でも今、鉱石弾なんか撃たないよな」と言い「あれ使えるのかねぇ?」

「殆ど飾り物ですが整備すれば使えるかと」

「でも、なんか一発撃つのに相当なイェソド鉱石を」

「採掘すりゃあいいんですそんなのは!」

 威勢のいい穣の言葉に周防は苦笑する。

「そ、そうか。……あと何か聞きたい事は?」

「あとは……まず今、聞いた事を整理しないと。それより先生のお時間が」

「あぁ。んじゃまあこの辺にしますか。何かあったらSSFに電話でもメールでもして下さい。ところで……」

 周防は穣を見ながら真剣な顔で暫し黙る。

「……何でしょうか?」

「一応言っとくと、私はベルガモットと君の結婚に賛成だからね。あとは十六夜先生が許可するかどうかだけです」

「……」

 穣の頭がフリーズする。

 目を最大限に丸くしたまま周防を見つめて、固まる。

 周防は面白そうにニヤニヤ笑って穣を見ながら

「だから最初に言っただろ、『よく来たな』と!」

「……そんな。知ってたん、ですか?」

 ショックで声が少し裏返ってしまう。

 焦る穣に周防は思わずアハハと笑ってから慌てて真顔になり「あぁいや、ちなみにベルガモットに聞いたんじゃないよ。あの娘は特に何も言わないんだけど、まぁウチの人工種は人数が多いので。どっかから小耳に入るんだな」

「そ、そうですか」

「んで、人数が多いから一人一人あまり気にしていられないんだ。だから皆さんご自由にって事で」

 穣は溜息をついて「ウチの製造師は……ウチの人工種は……」と疲れた顔になる。

「しかし君は本当にチャレンジャーだよね。応援したくなる」

「はぁ」

 気の抜けた返事をした穣は突然「あ!」と何かに気づくと「賛成なんですか?」と周防を見る。

「賛成だよ? だからあとは貴方次第」

「てっきり反対されると思ってました! いやいやでも、今はまだ、今はまず護です! 護のように新しい世界に出てからじゃないと!」

「なるほど!」と頷く周防。


 暫し後。

 ダダダとSSFの門から走り出て来た穣は周囲を見回し誰もいない事を確認してから天を仰ぐ。

「もおぉぉう何てこったい! はぁー……変な汗かいた!」

 ふぅっ、と息を吐いて仁王立ちしながら心中思う。

 (俺も覚悟をしないとな! まずはアンバーで護のとこへ行く、それが出来なきゃベルガモットとの未来はねぇ!)

「よっしゃあ、やってやるぜー!」

 ガッツポーズした穣は道路脇の歩道を全力で走って行く。