第8章01
数日後の早朝、ジャスパー採掘船本部。
駐機場に停まっているアンバーの採掘準備室では、朝礼が行われようとしている。横一列に並んだメンバー達の表情は真剣そのもので、皆、一同の前に立つ剣菱と穣を注視する。
「皆さんおはよう!」
「おはようございます!」
皆の元気な返事を聞いた剣菱は、穣の方を見る。
いつもの裾の長い服では無く、裾が短い制服をキッチリ着て、キチンとネクタイも締めた穣に
「採掘監督、気合入ってますな!」
「はい!アンバーの採掘監督らしく、決めました!」
するとオーキッドが手を上げて質問する。
「ハチマキは取らないんですか?」
「これは気合入れなの!」
穣が額のハチマキを指差すと、透が「あれでも前より短くなったんだよ……」と苦笑い。
剣菱は「皆さん。今日は、護君に会いに行く日です!」と言い一同を見回しつつ「覚悟はいいかな?」
マゼンタが「船長こそ!」と剣菱を指差す。
「船長はビクビク、ドッキドキです」と胸に手を当ててから、マリアを見て「マリアさん。宜しく頼む!」と手を合わせて祈る仕草をする。
「はい!」マリアは頷きながら返事をして「頑張りますっ!」とニコニコ。
思わず穣が「意外と逞しいわな……」と言うと、マリアは拳を握り締めて
「だってあのカルロスさんも行ったんだもん。私も頑張りたい!」
「おおぅ」
剣菱は「そうだな。我々も挑戦しないとな!」と言い、マリアに「じゃあ早速これからの予定を皆に伝えてくれ。……前に出て」と自分の横に来るように手で指示をする。マリアは剣菱の隣に立つと皆を見て
「まずは護さんが落ちたあの洞窟の方へ行きます。そこから地下の川の流れを辿って湖へ向かい、その辺りで御剣研の遺跡を探知出来る筈だから、遺跡へ。そうするとあの、天候悪化で管理が捜索を止めた死然雲海っていう所に入れる筈です」
「そこで行方不明になる訳だ」剣菱が言う。
「はい。遺跡で護さんとカルロスさん、イェソド、有翼種に探知をかけて、あとは黒船と繋がりながら向こうへ……という予定です!」
透が心配気に「それ、遺跡に黒船が来れば、だよね。上手く行けばいいけど……」と呟く。
穣は叫ぶ。「黒船が来てくれますように!」
悠斗も「オブシディアン様ぁー」と祈る。
剣菱は「長いから黒船で」と言い「まぁでも、向こうにカルロスさんが居るとしたら、マリアさんの探知に何か気づく可能性もある。……とにかく、やってみるしかない」そこで一旦言葉を切ると「既に黒船は出航した。あの船、いつも出る時間早いな」
透がボソッと「仕事中毒なんですよ」
穣も「そうそう。どうせ『アンバーがロクに採らないから俺達が頑張らねば』とか言ってんだ」
ネイビーが苦笑して「でもそれ一応正しい」と小声で言う。
「それでは」剣菱は一同を見回すと「皆さん、今日も宜しくお願いします!」
「はい!」
皆、元気に返事をする。剣菱は右拳を掲げて叫ぶ。
「行くぞー管理への反抗だー!」
一方その頃。
ターさんの家では三人が朝食の準備をしている。
フライパンで野菜炒めを作っていたカルロスは、コンロの火を止めると隣に置いた皿にそれを盛り付ける。
「護が野菜を切るといつもこうなる。また大盛野菜炒め……」溜息をつきながらフライパンをコンロの上に戻すと、野菜炒めを盛った皿をテーブルに並べる。ターさんはオーブンでパンを焼いている。
護はテーブルの片隅で、おにぎりを大きな葉に包みながら「いいじゃん!俺、野菜好きだし」と言い、包んだおにぎりを巾着袋に入れると「よし、昼飯のおにぎり弁当でけた」
そこへヤカンのピーという音がしてくる。
カルロスは「湯が沸いた」と言い石茶のティーポットにゆっくりと湯を注ぎ始める。
「また朝から石茶」
護が言うと、カルロスはヤカンをコンロに置いて「いいだろう。石茶好きだし」と言いティーポットをゆっくりと揺らす。その様子を椅子の上にいる妖精がじーっと見ている。
「お前も飲みたいのか」
カルロスはそう言って棚からマグカップと共に小さなカップを取り出す。
ターさんはオーブンからパンを取り出して「パン焼けたよ」
「じゃあ朝メシ食べよう」
護とターさんは食事を始める。カルロスはマグカップ3つに石茶を注いで護とターさんの前に置き、小さなカップにも石茶を注いで丸い妖精とゴツゴツした妖精に渡す。妖精達は嬉しそうに飲み始める。
「美味しいか。よかった」ニコニコするカルロス。
ターさんも石茶を飲んで「美味い。これは妖精も飲むよね」
「こいつら、不味い石茶は飲まないからな……」
すると護が「いつもイェソド鉱石を生で食べてるから舌が肥えてるんだよ」
カルロスも朝食を食べ始める。暫し三人黙々と食事をする。
やがてターさんが「今日は雲海でダアト探しをして、あとは適当に採掘して戻るのかな」と言い、護が「うん」と頷く。
「まぁでも」そこでターさんは石茶を飲んでから「どうせ君達がガンガン採って木箱が満杯になって街に売りに行く事になるんだな多分」
「ガンガン稼いで船を買うのです」
カルロスが「でも今日はかなり遠距離を飛ぶ事になりそうだぞ」と口を挟む。
「まぁそこは臨機応変にしよう」ターさんが言うと、護が「うん」と頷く。
朝食を終えた三人は後片付けをして家から出る。木箱に道具等を入れてカルロスと護が入り、ターさんがそれを吊り下げて飛び始める。カルロスが方角を指示する。
「ターさん、あっちのほうへ飛んで」
「了解」
護は妖精と戯れている。カルロスはそれを見て
「ターさんは必死に飛ぶ、私は必死に探知する。お前は妖精と遊んでいる」
「んん?俺も必死に妖精と遊んでるんだよ」
「そうだったのか」
「見ろよこの必死な顔を!」
護は妖精の顔をカルロスの方に向ける。
( ̄▽ ̄)
プッと吹き出すカルロス。
「顔を見て笑うなんて何て失礼な!」
「仕方なかろう!」
同時刻。駐機場を飛び立ち目標地点に向かって飛行中のアンバー。
ブリッジにはマリアと穣の他に、入り口付近に透や悠斗、マゼンタ達が集っている。
神妙な顔で剣菱が呟く。
「そろそろだな……」
ネイビーも操縦席でレーダーを見ながら「うん」と頷く。
そこへ警告表示が出て警報が鳴り響き、ネイビーはニヤリとして
「来たぁ管理区域外警告!無視っちゃいまーす!」
剣菱は不敵な笑みを浮かべて「あーあ。後で怒られる怒られる」と言ってから真面目な表情になり「区域外に出るぞ!」と同時にレーダーが『区域外』の表示に変わる。
ネイビーが「出ました!航路ナビもレーダーも真っ白!マリア宜しく!」
「はーい!」とマリアが返事した瞬間、レーダーが復活して再び管理区域外警告が出る。
剣菱は驚き「え、レーダー復活した!」
ネイビーも悔し気に「もう管理が来たの!」
「いい仕事してるよな!いーそーげー!」
「じゃあ制限速度、無視っていい?」
ネイビーの言葉に剣菱は一瞬考えて「……どうせ外地に出れば……」と呟き「いい……けど、ちょい待った」と受話器を取って内線を掛ける。
「もしもし機関長、船をカッ飛ばしたいんだけどエンジンは」と言った途端、ブリッジのスピーカーから『お任せを!最高速度で突っ走れネイビーさん!』
「機関長ありがとー!」
そこへ剣宮がブリッジの入り口から顔を覗かせ「あのー、燃料の鉱石も最高速度で無くなるけどー!」
「そしたら俺達が採って来まっさぁ!」と穣が威勢良く答えた所にリリリと緊急電話のコールが鳴る。
剣菱は「フ。緊急電話に居留守を使うという快挙!」とニヤリ。
穣がボソッと「ここでブルーの満からだったら凄い」
突然スピーカーからピピーというコール音が鳴ると同時に
『こちら航空管理。アンバー今すぐ停まりなさい!』
剣菱は皮肉な笑みで「うわ強制的に来た」と言い、穣は叫ぶ。
「突っ走れネイビーさん!」
マリアは必死に探知しながら「何とか死然雲海の中に入れれば……」
ネイビーもレーダーを見ながら必死に操船する。
「管理の船、なかなか引き離せない」
剣菱が苦々しい顔で「あれは速いだけが取り柄の船だからな!」
『こちら航空管理。アンバー今すぐ停まれ!』
再びスピーカーから怒声が流れる。
「こっわ!」ネイビーが悔し気に叫ぶ。剣菱は溜息をついて
「管理の緊急通信だけは強制で、スピーカー切る事が出来ないんだよな……」
入り口から剣宮が「緊急用ですから」
突然マリアが「あっ!」と叫ぶと「ネイビーさん11時へ!もうすぐ死然雲海に入れると思う!」
「オッケー!」
穣が「まじか!」とマリアを見る。
「うん。今日はなんか湖の方まで雲が広がってるから」
剣菱は「雲海が味方してくれたか」と呟き、入り口の剣宮は「黒船も味方してくれますように……」と祈る。
続いて悠斗が「お願いします、オブシディアン大先生!」
すると皆が「長いから黒船で!」
黒船はいつものように採掘現場で作業中。
小さな岩山が連なる荒れ地の崖下で、昴の発破で崩した鉱石をコンテナに詰める作業をしている。すぐ傍には着陸した黒船の船体。
耳に着けたインカムから呼び出し音が鳴り、ジェッソは作業の手を止めてインカムに出る。
「はいジェッソです。……えっ撤収?なぜですか?」
その声に、近くに居たメンバーが手を止めてジェッソを見る。
相手の話を聞いたジェッソは目を見開いて「はぁ」と声を漏らし、インカムに「了解しました」と言ってから一同の方を見て叫ぶ。
「皆、作業中止だ!撤収するぞ」
レンブラントが怪訝そうに「ナニゴト?」と聞くと、ジェッソは皆に
「……アンバーが、行方不明になった!」
一瞬、ポカンとする一同。
それから「えぇ?!」と驚く。
メリッサは「行方不明?!」と叫び、夏樹は「アンバーが?!」と目を丸くして、一同はジェッソの所に駆け寄る。
ジェッソは皆の少し後ろに居る上総に向かって
「上総、すぐブリッジへ。管理が黒船にアンバーを探して欲しいと言っている」
「はぁ」
気の抜けたような返事をした上総は、唖然とした表情で呟く。
「……やっぱ、行っちゃったんだ……」
その言葉にメンバー達が「えっ」と言い、ジェッソが「どういう事だ?」と詰め寄る。
「この間、穣さんからメールが来て……」
そこで暫し考えると、頭を抱えて「なんか長いメールだから説明できない!」と言い「とりあえず船長のとこ行ってきます!」と船底の採掘口タラップに向かって走って行く。
ノックと同時にドアを開け、ブリッジに駆け込んだ上総は船長席の駿河に
「船長!ちょっと見て欲しいものが」とスマホの画面を見せる。
突然の事に駿河は少し驚きながらスマホを上総から受け取る。
「これ、穣さんからのメールなんですが、彼が実際に周防先生の所に行って聞いた話です」
暫しメールを読んでいた駿河は眉間に皺を寄せて「これ、ホントにマジなのか」と首を傾げる。
「そうらしいです。カルロスさんが黒船から逃亡したくなるのも分かる気がします」
「んー、突然逃亡する事と、これとは話が別のような気が」
操縦席の総司が駿河の方を見つつ「一体、何なんです?」
駿河は立ち上がって総司の所に歩いて行くと「こういう事だ」とスマホを渡す。
それから上総の方を見て「上総、後でこのメールを全文プリントして食堂の掲示板に貼っといてくれ。皆が読めるように」
「はい」
「それにしても、アンバーまで有翼種の所へ行くとは」
駿河が溜息をつくと、上総が
「ここでアンバーを止めてもいいんでしょうか」
「止めます。アンバーが居なくなったらウチの船に皺寄せが」
そこへ総司がメールを読みながら「この情報が本当ならば、今、凄いチャンスですよね」
「というと?」
総司は不敵な笑みを浮かべて「黒船とアンバーが有翼種側に付けば管理は困る訳でしょう?」と駿河を見る。
駿河は暫し黙ってから厳しい口調で「管理は、アンバーは手放しても、黒船は絶対手放さないぞ」
「でもカルロスさんを手放しましたが」
「本気で逃げたからな。その位の覚悟があるなら」
総司は目線を落として「確かに」と溜息交じりに言い、密かに思う。
(でも、この生ぬるい船長だから逃げられたってのもあるよな。ティム船長なら無理だった。あの人を逃がしたのは黒船最大の失態……。ティム船長なら管理と互角に渡り合えたのに、こいつには無理か)
それから「まぁ二隻も居なくなったら鉱石が採れなくて人間のみならず人工種も困る。アンバーを止めに行きましょう」と微笑する。
駿河は船長席に戻りながら「まずは管理の船と合流する。上総の探知はそこからだ。副長がメールを読み終わったら、さっき言った、プリントして食堂に掲示をやっといてくれ」
上総が「はい」と返事をする。
そこへスピーカーからピピーとコール音。
『船長、撤収完了です。採掘口も閉じました』
船長席に座った駿河は受話器を取り「了解」と言ってそれを置くと、船内に出航を知らせるボタンを押す。
「行こう。管理が待ってる」