その先にあるもの1 (文 少しイラスト
傷つけあいたいんじゃない
ただ分かり合いたいだけなのに
どうしてこんなにも遠く感じるんだろう
家路へと急いでいた歩みがスローなテンポに変わっていく。
はあ、、
と一つため息が溢れると、ずしりと心に鉛が落とされたように余計に深みにはまっていくようで。
「遠いなあ、、、」
物理的な距離か心の距離か。
曖昧に濁すように香は自嘲気味に笑う。
「しっかりしなきゃ。」
聡いアイツのことだ。
香の心の揺れからくる表情の変化など見透かされているように思えて、そんな自分に気づかれたくなくて、平静を装わねば。と振る舞えば振る舞うほど、歯車がカチリ。と少しづつずれていく気がするようだと気づいたのは、いつの頃からか。
「でも、もう関心ないかなあ。あたしのことなんて。」
笑った顔が見たいのに。
バカだな。ってからかいながら笑う顔が好きなのに。
どこに置いてきちゃったの?獠?
二人でいる空間は今までと何も変わらないのに、まるで別の場所にいるように感じる絶対的な温度差。
リビング。
キッチン。
屋上。
獠の部屋。
笑いあったのはいつだった?
触れ合って温もりを感じたのはいつ?
「う〜〜!!ダメダメ!!」
パンパン。と軽く頰を打つ。
経験値が圧倒的に少ない。というか皆無な自分は、なにをどうすればいいのかまるで分からない。
経験値だけはきっと重ねてきたであろうあの男も、一体全体どうしちゃったの?というくらい香のことになると臆病極まりない。
「なあに考えてるのかなあ、、」
つま先に触れる小石をコツン。と軽く蹴りながら香が小さな声で呟く。
あの角を曲がったら、あの交差点を超えたなら、先に見えるのはいつものアパートで。
もやりとした気持ちとは裏腹に、スクランブルで急ぐ人混みの波に押され、帰路への道を辿っていく。
「帰らなきゃね。」
今日は笑ってくれるかも。
少しの期待を抱きながら、香はパンプスの踵をえいと蹴り上げ、奮い立たせるように歩き出した。
「遅かったな。」
カチャリ。と玄関を開けた途端、投げ掛けられた抑揚のない冷めた声に、思わずその場で立ち尽くす。
「そうかな?」
努めて明るく返すが、多分きっと上手く笑えてない。
チラリと視線が一瞬絡むが、直ぐに獠は瞳を逸らし、
「まあ、好きにすればいいけどな。」
と、直ぐに次の言葉がキンキンに冷えた氷の刃となって振ってくる。
ズキリ。
「好きにって?」
「そのまんまの意味。」
「だから、何?」
「、、お前に説明してると日が暮れる。」
「、、、、。」
なんなんだ。この男は。
自分で振ってきておいて、自分で問答無用。とぶった切ってくる。
回し蹴りの一つでもお見舞いしてやろうか。と思考は巡るが、肝心の体が戦闘態勢に入れない。
ハンマーもこんぺいとうも出てこない。
今の自分には1トンハンマーでさえ、気軽に投げられる気がしない。
それが二人の今の距離を表しているようで、
獠の言葉や態度の一つ一つが自分らしさを失う見えない鎖のように絡まっていく。
チカチカチカ。と消えかかった電球の
規則的な明暗のテンポが、ぼんやりと天井を見上げた香の瞳に映り、全てがモノクロの色に染まっていくように、思考にフィルターがかかっていくような気がした。
「、、消えかかってるね。」
「、、ああ、、。」
「変えなくちゃね。」
「そうだな。」
「でも、変えてももう戻らないかな。」
「、、、、。」
何を言っているんだろう。自分でもよくわからない。
少し驚いた顔をした獠がこちらを見てまた直ぐに視線を逸らす。
「、、お前は戻らないと思うのか?」
チカチカチカ。
まだ大丈夫かな、、どうか消えないで。
一瞬の闇でも獠とあたしの心の交われない部分を隠してくれているから。
「わからない。わからないけど壊れちゃったら、いくら変えてもダメなんだよね。」
「、、まだ壊れてないだろ。」
ドクン。と心臓が跳ねた。
きっと否定されると思ったのに。
投げかけたのはあたしだけど、また冷たい冷たい刃が降ってくる気がしていた。
こんなに距離が開いてしまったのは、お互い不器用、言葉足らず、色んな要素が空回りした所為なのも充分わかっているけど、
なによりも近づきすぎた所為。
奥多摩以降、紆余曲折ありながら結ばれた後、今までお互い曝け出さなかった部分を少
しづつ見せるようになってきた。
あたし達は知らなかった。
心と体を繋げることはゴールラインなんかじゃなくてスタートラインなんだっていうこと。
長年一緒に暮らしてきたから、
日常生活のリズムや仕事でのお互いの動きとか二人だけの空間は確かに心地よいものを伴った時間として存在したけれど。
近付き過ぎた分、知りたい。と思う気持ちが強くなり、踏み込まなかったお互いの領分まで、いつの間にか侵食していった。
どうして教えてくれないの。
どうしてわかってくれない。
寄り添えば寄り添うほど、離れて行くような矛盾。
今まで曖昧にしてきた、見ないふりをしてきた、見なくていいと分からなくてもいいと心に蓋をしてきたグレーゾーンが、リアルな問題になって目の前に突きつけられるような感覚に囚われるようで。
二月前ーー
「、、どこ行くの?」
「寝てろよ。」
ジャケットを手に取りながら、もう片方の手でドアノブに手を掛けた獠が振り向く事なく答えた。
ぼんやりとした中で感じる時の感覚は、多分午前2時前後。側の時計に視線をうつすと、
2時34分を告げている。
「ねえ、どうしてちゃんと話してくれないの?連れて行って欲しいなんて言ってるんじゃない。あたしはーー」
「、、その話はまた今度な。急いでるんだ、行ってくる。」
聞いてくれるな。とばかりに香の言葉を遮りながら、静かにそう告げパタリと部屋を後にして行く。
「ーーーバカっ!!!」
どうしてまともに話をしてくれない?
どうして向き合ってくれないの?
悔しさや情けなさや歯痒さ、もうわけのわからない感情全部を込めて、思い切り枕をドアに投げつけた。
こんな押し問答はもう何度目だろう。
回数を重ねるごとに殺伐とした雰囲気が二人を包んでいくようなのは気のせいだろうか。
「きっと、嫌気がさしてるんだよね、、」
わかっているつもりだったし、わかりたいと思う。
裏の仕事は香には知られたくない部分なんだろう。
関係が変わったからといって、全てを香に伝える意思がないという事は、今までのやり取りで充分過ぎるほど伝わってきている。
教えてほしい。という気持ちは本音だけど、
それを言いたいんじゃない。そうじゃないの獠。
「あー!もう!メンドクサイ奴!」
わかってほしくない香の心の揺れなどには敏感なくせに、肝心要がわかってない
あたしが伝えたいのはーーー
ブラインドの合間から見える新宿の景色は、
色とりどりのネオンが煌々とビル群、道路、果てはまだ活動的に動く人々を照らしていて
まるで、闇でさえ見逃さないよ。とばかりに色鮮やかにあちらこちらに瞬いている
お願いだから闇を纏ったアイツを照らし出さないで。見つけ出さないで
交わされる夜の住人の囁きや、一定リズムで繰り返される、線引きを伝えるシグナルや耳に届く音の全てにーー
かき消されていて
優しく包まれていて
背負うものが黒の黒で染まらないように
淡くてもいい、正しくなんてなくていいから
小さな光を届けて
闇に呑まれてアイツが沈んで行かないように
ここに帰ってこれるように
お互いが大事だと少しずつ素直になった二人には、嫉妬、束縛、少しのワガママなど様々な厄介な感情も当たり前のように生まれ、
今まで気づかないようにしていた感情だからこそ、認めてしまえばそれはより強く吹き荒れていった。
他のヤツを見るな。
ちゃんとあたしを見て。聞いて。
どこに行ってた?
どこに行くの?
わかれよ。
わからないよ。
吐き出した感情は絡まり絡まりもつれあって、落とし所がわからなくなる。
ただでえメンドクさいアイツがメンドクささの塊に見えて思わず背を向けると、ひどく傷ついた顔が鏡ごしに見えて、キュッと心臓を握られたように息が出来ない。
乱れていく息つぎを頭の中でシミュレーションを描きながら必死に整える。
「大丈夫か?」
「、、、うん。」
「ゆっくりでいいから息つぎしてみろ。」
「、、、うん。」
低く響く聞きなれた声に、泣きたくなる気持ちを隠すようにその胸に顔を埋めると、
ふわりふわりと優しく撫でてくれる大きな手に今度は本当に泣けてきて。
傷つけたのはあたしなのに
こんな風に優しくされると、どんどんワガママになりそうで怖くて。
際限のない欲求は今か今か。と自制という名の楔をあっさりと飛び越えていきそうになる。
怖い。
何が?
あたしが。
、、アホ
俺だって怖い。
何が?
俺が。
、、バカ
まだ大丈夫?
触れてくれるその手に優しさが伝わってくるから。
視界に映るのは、いつもと変わらない洗い上げられた食器や、定位置に置かれたリモコンや、無造作にソファに放られている獠のジャケット。
何もかもいつもと同じ。この風景は指先まで自然に馴染むあたしと獠の空間。
そう、大丈夫。きっと変わらない日常のように、いつか穏やかな線となって交わり紡いでいけるはず。
そう思っていた。
漫画の方が途中ですが、文章の方を先に上げさせてもらいました(*´∇`*)寄り道ばかりでごめんなさい🙏
くっついた後って、そこから更に紆余曲折あったんじゃないかなあ。近くなったからこそ
今までとは違う感情にお互い戸惑ったりしたのかなあ。などなどぼんやり考えながら書いていました。
少しだけ続く予定です(*´ー`*)
お付き合い頂ければ幸いです(*´-`)