第6話 ジャシュカ
「えっと、あの」
それが何者なのか、俺には分からなかった。ただ一つ言えることは、その相手はこの猛吹雪を引き起こしている元凶であるという事。
そして、恐らく敵対的な意思が無いように思える事。
だからこそ俺は、一世一代の大博打に出ることにした。
「初めまして」
「あ、はい。初めまして」
「名前、教えてもらえますか」
「な、名前ですか……無いです」
「え」
「名前……無いです」
「そうか、何処の出身か分かるかな」
「出身……もう覚えていません。結構歩いたので」
「なるほど」
「ちょっと! 勝手に話を進めないで!」
「寒さがより厳しくなりましたな」
「これって、感情によって影響受けているんじゃないのかな⁉」
「……とりあえず何処かで話そうか」
「あ、はい」
そう言って俺達は適当な場所に炎の魔法で暖を取れるようにして話始めた。
「まずはこちらからも自己紹介をしようか。俺はアルデモ、よろしくな」
「ゴブリンのガベテナです」
「ペガコーンのアナーだよ」
「お、オグルミオの魔王じゃ」
「よろしくお願いします」
その何者かは暖にも特に恐れることは無く皆の話を聞いている。
「で、名前が分からないとのことだけれどどうしようか」
「あー、魔界だとお前! そいつ! 位の気軽さで呼び合うから名前を持っている方が珍しいのよね」
「魔王様の様に名前を隠すのならともかく、我々は呼び合うというより識別するのに都合が良いことに気が付きましたからな」
「珍しい種族でもか」
「珍しい種族だからだよむしろ。変にドッペルゲンガーみたいな種族が混ざるだけで瓦解しやすいの」
なるほど、魔界特有のそう言う名前の事情。人類種の数が増えたために名前も貴族だけの特権物ではなくなった昔と事情の違う話に興味を持った。
「あの、聞きたいことがあるんですが良いですか」
「何だ」
「自分は、何も知らないんです」
「知らない?」
「最初に生まれた村では、母親が最低限の言葉だけ教えてくれたんですが……知らない言葉が多いみたいです。だから、教えてもらえますか」
その言葉に、俺はどう答えようか悩んだが聞いてみることにした
「俺は教えるのは構わない。だが、それと同時にこっちからもお願いしても良いかな」
「はい」
「魔王軍に入らないか」
「ちょっと! いきなりそんな!」
「騙す様な物かもしれない。実際、今の魔王軍は凄く弱いから入りたいと願う様な奴の方が少ない。その事情を話さないで誘うなんてな」
「酷い言われようなのに否定できない」
「だが、それでも今の魔王軍にとって直ぐにでも欲しいほどの実力を持っている。だから」
「良いですよ。入ります」
「え?」
その返答に俺は凄く目をぱちくりとさせた。
「本当に、良いのか」
「はい、初めて自分が会えた生きている方達ですから。大丈夫ですよ」
そのまるで初めて見た存在を親と思う様な刷り込み見たいな感じで大丈夫なのか不安にはなったが、これで強力な戦力を獲得だ。
「じゃあ、でも先ずはコントロールだな」
そう言って、俺は杖を取り出して魔法を使った。
「え、力が弱くなった?」
「多少制限をさせてもらった。ずっと一緒にいる間吹雪が吹き荒れ続けるのはきついから申し訳ない」
「……大丈夫です。ちょっと不思議な感じ、寒くない感じですが大丈夫です」
「それはな、暑いって言うんだ」
「暑い?」
「ああ」
新しい言葉を教えた。それに気が付いた瞬間、その存在は嬉しそうにしていた。
「やった、やった」
「じゃあ行こうか、ジャシュカ」
「ジャシュカ?」
「ああ、魔界では名前は一番偉い存在が付けるものだからな」
「アルデモじゃないの?」
「ブフッ」
「賢者! 笑うな!」
さらりと名前を付けられたジャシュカ、それに疑問を呈するジャシュカ。そして笑う自分と怒る魔王に、呆れるゴブリンとペガコーン。
魔王軍が一歩進んだ瞬間だった。
「じゃあしっかり届けてくれたまえ」
そう言って魔女は、手紙を持たせた男を塔から野に放つのだった。男は急いで塔から離れたいと言わんばかりの様子で逃げ出して言われた場所に向かって走っていく。
「……さて、死ねばそれまで。来てくれれば最高。万が一敵対的だったら、大変かな」
そう言って彼女は思いにふけるのだった。
「オグルミオの魔王。この間倒された魔王の娘。正直どうしてあの魔王にその先代魔王を倒したほどの強さを持つパーティーの賢者が従うのか謎だが……何か理由があるなら興味はあるかな」
そう言って彼女は研究室に戻って扉を開ける。
「アンデッドゴーレムの素体。魔族ですらない常識外の素体の研究は成功したみたいだが、どうやら魔界の存在でも自分の体の死体をいじられるのは嫌みたいだね。倫理的な問題かな」
そう言って、部屋を掃除している何者か、料理をしている何者か、その他さまざまな「死体と石材などが合体したとしか思えない人型の実体」が魔女に対して首を垂れる。
「さて、客人の準備をしておいてくれ。いつ来ても良いように丁寧にね。私はもう少し研究をしているから」