古代史の正体―縄文から平安まで―
https://www.shinchosha.co.jp/book/610902/ 【古代史の正体―縄文から平安まで―】より
日本文化の基層は弥生人が作った」「大化改新で悪玉の蘇我氏が成敗された」――。この種の「通説」は旧態依然のまま半世紀前と変わらない。それを乗り越えるためには、考古学の知見を生かした上での、大胆な推理が必要となる。「神武と応神は同一人物」「聖徳太子は蘇我入鹿」「壬申の乱は親蘇我と反蘇我の闘い」など、透徹した目で古代史の真実に迫ってきた筆者
古代史の真実が見えにくい理由
関裕二
今年は筆者にとって作家デビュー30年の節目に当たる。その間、古代史の研究は進み、多くのことがわかってきた。しかし、それが国民に正しく伝わり広まっているかと言えば、とてもそうとは思えない。それには、いくつかの理由が考えられる。
たとえば、筆者は邪馬台国論争にはあまり大きな意味はないと考えている。そもそも邪馬台国が登場する「魏志倭人伝」の文面をいくら読んでみても、その所在地は特定できない。一方、考古学はヤマト建国の詳細を、すでに解き明かしてしまった。今日の日本につながる国家が、3世紀の奈良盆地にできたことははっきりしたのだから、答の出ない論争に時間を費やしても得るものは少ない、というのが筆者の立場だ。
ただ、邪馬台国が障害となって、古代史の真実に迫れないとすれば話は別だ。邪馬台国論争は明治以来、東大閥中心の北部九州説と京大閥中心の畿内説が争い、学界では近年は畿内説が優勢となってきた。ただ、畿内説が成立するには、「魏志倭人伝」の記述にある邪馬台国に至る方向を「南」から「東」に読み替えることが条件となる。部外者からみるとあまり説得力のない「定説」だ。
ヤマト建国の地である纏向まきむく遺跡の発掘が進むと、東海地方の土器が多く出土し、ヤマト建国には東海地方を支配した勢力の影響が強いことがわかってきた。ところが、邪馬台国畿内説が正しいとなると、東海地方には邪馬台国と敵対していた「狗奴国」がいたこととなり、ヤマト建国に影響力を持ったという見方と矛盾してしまう。そこで学界がどうしたかと言えば、東海地方の影響を無視、ないし軽視するという態度をとり続けたのである。これでは古代史の真実にはたどり着けない。
なぜこのようなことになってしまうのかと言えば、学閥が代々主張してきた説を、個々の研究者が覆すのは難しいからだ。昨今は学者たちの研究分野がさらに細分化する傾向にあるため、大きな仮説、物語を打ち出せないという問題もある。
また、大陸・半島から稲作とともに弥生人が日本列島に来て、日本文化の基層を作ったとかつては学校でも教わった。しかし最近の研究では、日本に稲作が伝わったのは紀元前10世紀後半で、それ以前から存在した縄文文明とゆっくり融合してきたことが分かってきた。それでも弥生文化が日本の基層という思い込みがなくならないのは、大陸・半島の文化を必要以上に尊重する左翼史観の影響がまだ払拭されていないからかもしれない。
このように、日本古代史の真の姿は、様々な障害物によって、見えにくくなっている。本書はそれを取り払って、これまでの教科書的な歴史観を新常識でひっくり返していく通史である。
神武天皇の存在をどう理解すべきか、聖徳太子は本当にいたのか、『万葉集』の本質とは何なのか、北近畿「タニハ」の重要性とは――。我が国の『古代史の正体』を是非見極めていただきたい。
(せき・ゆうじ 歴史作家)
波 2021年5月号より
薀蓄倉庫
『万葉集』は歴史書である
『万葉集』は大らかな時代の牧歌的な文学と考えられがちです。しかし、『古代史の正体―縄文から平安まで―』の著者・関裕二さんは、その文学的な価値を十分認めた上で、『万葉集』を「ただの文学を超えた歴史書でもある」と評します。初めて中央集権国家づくりを手掛けた雄略天皇が節目節目に登場することも無視できませんが、天智天皇と天武天皇の両方に愛されたとされる額田王の歌に注目することで、乙巳の変で蘇我入鹿が成敗された後も、なぜその後の政権で蘇我氏が重用されたのか、天智天皇の基盤は盤石だったのかなど、『日本書紀』だけでは見えない、歴史の真実に気づかされます。
掲載:2021年4月23日
担当編集者のひとこと
「日本海勢力」は無視できない
本作は関裕二さんがデビュー30年にして初めて古代史を1冊にまとめた通史となります。1991年のデビュー作『聖徳太子は蘇我入鹿である』以来、考古学の知見を生かした大胆な仮説で多くの読者を獲得してきた関さんですが、最近の著作でよりフォーカスを当てる頻度が増えているのは「日本海勢力の影響力」でしょうか。そもそもヤマト政権ができたのは北近畿の「タニハ」と呼ばれる地域の動きがきっかけだったこと、継体天皇が19年間も大和盆地に入らなかったのも旧勢力と日本海勢力の綱引きの結果であることなど、日本海に意識を置いて歴史を眺めることで、斬新な古代史像を生んでいます。様々な読み方ができる古代史通史です。是非お楽しみください。
著者プロフィール
関裕二 セキ・ユウジ
1959(昭和34)年、千葉県柏市生まれ。歴史作家、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。仏教美術に魅了されて奈良に通いつめ、独学で古代史を学ぶ。『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『神武天皇vs.卑弥呼』『古代史の正体』など著書多数。
【古代史の秘密を握る人たち 封印された「歴史の闇」に迫る (PHP文庫) 文庫 – 2001/6/1】
関 裕二 (著)
日本古代史は、今なお多くの謎に包まれている。手がかりとなる『古事記』『日本書紀』が日本最古の正史でありながら、神話や伝説を用い、まるで意図的に真実を隠そうと煙に巻くかのような語り口だからだ。
ところが近年、相次ぐ考古学の発見によって、『記紀』の記述と一致する事実も指摘されるようになった。つまり神話や伝説といえども、そこにある程度の真実が秘められている可能性が出てきたのだ。
本書は、気鋭の作家が古代史の重要人物に焦点を当て、神話や伝説の謎解きに挑んだ意欲作である。
例えば大化改新の真相は、罪もない蘇我入鹿を暗殺し、権力を奪おうと天智天皇と中臣鎌足が仕組んだ陰謀だと著者は断じ、死後入鹿が鬼の姿となって現れ、朝廷を祟ったという伝説が、それを暗示しているのだという。
他にも、卑弥呼の正体を解く鍵を握る人物、浦島太郎伝説に秘められた謎など、驚きの連続である。
読者は改めて古代史の面白さに魅了されるに違いない。