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じゅんじゅんの日記帳

盛者必衰の理。

2024.05.07 02:10

殴られたのかな、という具合に、顔の真ん中にある鼻頭の右が爛れている。

厳密に言えば、右の鼻の穴の内側にかさぶたが出来、それが外観まで及んでいる。

気付いたら、爛れていた。

はじまりの覚えはなかった。

ただ、じんじんとした鈍痛と、赤と黒のまだら模様は、たしかに顔中に鎮座している。

身体の中心は急所であるという話を思い出した。

引っ掻き傷で1cm近くも爛れることはないだろうし、こんな場所、削がれたら絶対に気付くはず。

なのに、なぜ。


「殴られたんじゃない?」

ダムダム団のリーダーでドラムの鈴木さんに返される。

いやそんなことは、と言い掛けたところで、殴られても仕方のないようなことを両の手の指では足りないくらいやり散らかしてきている自分に気付き、

「殴られたのかもしれません。」

と呟いた。

そういえば、べらぼうに酒を呑んで路上にえげつない血溜まりを作り、歩行者に通報されたことがあった。




もうすぐ救急車がきますからね!という警察官の声で目覚め、なんで救急車なんですか道端で寝ているだけですよ大袈裟なと返すも、何やら慌てふためいている警官。

警官が示すあたりを携帯電話のフラッシュ機能を使って写真を撮ったら、刺されたのかなという量の鮮血があった。

白のダウンジャケットも、ところどころ赤く染まっている。

コンクリートの隙間から生えているちいさな雑草にも血飛沫がかかり、緑と赤のコントラストがサイケで、高円寺にお似合いの色味だった。

いや、そんなことはどうでもいい。

血液の量に一瞬は怯んだものの、到着した救急車に誘導され、現実を思い出した。

「無職なんで!!お金がないんで!!救急車には乗せないでください!!」

叫んだ。

酩酊よろよろの状態で救急隊員に身を引かれながらお願いしますお願いします、と発狂する私。

「あなたが呼んだわけじゃないから!病院に搬送するまではお金かからないから!!」

あ、そうなんです?とすこしほっとしたけれど、搬送されたらおしまいなのだという事実が発覚した為、先程よりはゆるめにだが、お金がないんですうと半泣きで抵抗する。

心配だからバイタルだけ取らせてください運ばないから!という救急隊員の方の言葉に渋々応じ、担架に乗せられる私。

誰のためだとおもっているのか。


担架の上で、指先に心拍などを測るセンサーを付けられる。

救急車の白い壁に囲まれ、そういえば果たしてどこからあれだけの量の血が吹き出たのだろうと疑問に思った。

四肢に意識を向けるも、切り傷に似た痛みはとくにない。

顔面に違和感を覚え、もしやとこれまた携帯電話のカメラ機能を使い、自分の顔を自撮りした。

パンパンだった。

おでこと鼻が、ぱつぱつに腫れ、風船みたいにテカテカと光っている。

ちょっと面白くなってしまい、ニタニタ笑いながら自撮りをしていると、隊員の方に、鏡があるから!と手鏡を渡される。

声のニュアンスでちょっと怒られていると気付いて、すみません、と謝りながら手鏡で顔面を見る。

やっぱりちょっと面白い。

面白い顔なのはさて置き、特別外傷はみられない。

ということは、あの血溜まりは私の鼻から出た血ということになる。

脳味噌をしぼったんですかという量だったので、ちょっとやばいのではないかと思ったが、無職・金無しの恐怖の方が圧倒的に勝り、己の身を案じる想いは生まれる前に吹き飛んだ。

手鏡を胸に握り締め、無職なんで、と再度ちいさく呟く。


バイタルは問題ないとのことで、明日必ず病院で検査を受けるようにと隊員の方から指導を受け、担架から降ろされた。

たすかった。

走り去る救急車を見送り、警察官とふたり、顔を見合わせる。

心配なので帰路を途中まで見送りますね、という警察官。

すみませんありがとうございますと返し、家までの帰り道をよたよたと歩く。

警察官はなぜか、私の後方5メートルくらいの距離を保ちながらついてくる。

心配は業務で、やばい人とあんまり関わりたくないというのが本心で、この5メートルはその表れなのだろうなと思った。

どいつもこいつも腫れ物扱いしやがってと私の中のパンクな気持ちが湧き上がってきたけれど、やらかしているのは200%私自身なので、警察官の方、ならびにこの度の関係者の皆様、本当にごめんなさいと思った。

社会のみなさん、ごめんなさい。

後日、脳神経科でレントゲンを撮っていただいたが、骨を含め、どこにも異常は無かった。

大泥酔で電柱に顔面を強打し流血しましたと羞恥心に目を泳がせ乍ら医師に供述したところ、笑いながら、

「お酒ねえ。気をつけてくださいね。」

と言われた。

そうやって、多くのひとやものに助けてもらい、息をする毎日。




先日、まだ生まれて1ヶ月も経たないことりちゃんの娘の冬青(そよ)ちゃんに会った。

ちいさくて、ちいさすぎて、戸惑った。

かわいい〜と言う心の準備は万端だったのだが、かわいいよりも、衝撃のほうが強かった。

なんなんだ。

なんにもできない生き物なのに、もはや宇宙だった。

母の子宮にまだ入っていたほうがよいのではないかと本気で惑った。

私が文明前の産婆だったら、

「まだ出てくるな!世界はあぶないから!」

と、膣に押し戻しているとおもう。

ミルクを飲んでも、空気もいっしょに飲んでしまって、それを吐き出すゲップさえも自分の力で出来ない。

おむつを替えると、新しいおむつの感覚が気に食わないのか、泣き叫ぶ。

泣き声も、泣き方をしらないからか、鳴き声にちかい。

びっくりするくらい、なんにもできない。

この世のすべての人類、こんなになんにもできないところからスタートしているというのか。

恐ろしい。

思い上がりも、甚だしい。

できるなんて思っていること自体が、恥ずかしい。

なんにもできない彼女のほうが、よっぽど宇宙や神仏にちかい。


手塩にかけて育てた我が子が、33年後、自らのヌード写真の個展をしたり、坊主になったり、酔っぱらって流血したり道端で寝たりしたら、たまったもんじゃないよなと思った。

赤子の私にミルクを飲ませて背中をとんとんしている過去の母に前述の未来を告げたら、勘弁してくれと言うだろうか。

あまりのショックに泣くだろうか。

「じゅんちゃんは昔、野に咲く花のように、可憐で、かわいい女の子だった。」

だった、の語尾に力を込めて言う母を思い出す。

ことりちゃんに、冬青ちゃんになにか望むものはある?と恐る恐る聞いた。

母の娘へのいち意見、いち娘として、聞いておきたかった。

「特にないかなあ。元気に育ってくれたら、それでいい。」

冬青ちゃんの顔を見ながら呟くことりちゃんを見て、助かった、と胸を撫で下ろした。

毎月仕送りしてくれたらすごく嬉しいけどせめて就職か幸せな結婚をしてくれたら等と言われたら、私の心が蜂の巣になるところだった。

普通の人のふつうのハードルを下げても、私の天井より、たかい。

私は、とんでもない獣道を爆進しているのでは。

冬青ちゃんという光にすべて照らされ見透かされているような、不思議な心持ちで、ちいさな手を指でつつく。

学ぶこと、気付かせて戴けることが無限にあるから、ちいさい人には、なるべくたくさん、会っていきたい。

すべて片付く魔法の言葉。

『原因はうまれてきたから。』

すべての根源で、要因で、理由。

原因論Why型でなぜ?と問われたらそこで試合終了。

目的論How型でどうしたらと投げかけ自らの背をそっと押す。

私たちに残されているのは、過ぎてしまった過去への脚色と、まっさらなこれから。

今までもこれからも、良くも悪くもであるから、良くも悪くも出来得るということ。

転ぶことが間違いなんじゃない。

転ぶことを悪しである、と、定義付け疑わないオセロのような思考回路があやまちなんだ。

オセロのような人々は、いずれかならず、逆のことを言う。

白と黒しかもちあわせていないなんて、おもうなよ。

そんなさびしい色でいるなよ。

これは、未来永劫続いてゆく宇宙の発展と、そのための実験。

私、この世界を、時間じゃなくて、気持ちで泳いでみる。

そうする。

時間という発明は失敗であったのかを検証すべく。

これは、私の、未来永劫続いてゆく自由研究。

さようなら世界、を、すこしずつ、する。


鼻のかさぶたは治らないまま。

たぶん、私の私による私のための革命。

いい加減気付きなさいよと私の全細胞が、鼻頭目掛けて殴りかかってきたのだ。

だから鼻の穴の内側なのだとおもう。

あの時とおなじで、ちょっと面白い顔なので、今度は隊員に怒られることもなく、ひとりでニタニタ手鏡を覗く。

ひとりぼっちはひとりじゃなくて、もっとたくさんの自分との時間。

私、この世界を、時間じゃなくて、気持ちで泳いでみる。

そうする。

またいつか、あなたの気持ちとすれ違うその日まで、ちゃぷちゃぷ泳いでいこうとおもう。

目的じゃなくて、奇跡にしよう。

さようなら世界。

またいつか、世界。