コロナ下の「ポジティブな転職」を考える <前編>
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コロナショックによって労働市場にも大きな影響がありました。新規求人数(パート除く、実数値)は2019年平均57.2万人でしたが、2020年平均は45.3万人と21%も減少(厚生労働省, 一般職業紹介状況)するなど、求人数全体に大きなマイナスの影響を与えました。他方で、企業業績は底入れの傾向が顕著となり世界の6割の企業が2021年1~3月期の純利益がコロナ前(2019年同期)の水準を上回る状況になっています。こうした業況を受けて、足下では日本においても企業の人員の不足感が高まる傾向が表れています。2021年3月調査の日銀短観では、企業全体の雇用人員判断D.I.はー12%ポイントであり、これは人員が「不足」と答える企業の方がかなり多い状況にあることを示しています。
このように、労働市場はコロナショックの影響を受けて大きく揺れ動いています。こうした中で転職の実態はどのように変化したのでしょうか。
景況感が悪化すると業績悪化等の企業側の理由による離職者が増え、非自律的な転職が増えると言われています。そんな状況の中でも前向き・自律的に転職していった方々の動きを検証することで、転職の最新動向を探ります。転職は職業人生においても大きな転機の一つです。その転機にあたって、辞める前の会社を肯定的に捉えつつも、その環境に留まることを良しとせず、更なる成長や良い環境を志して次のフィールドへ転じていく方々の動きは、日本の労働市場の近年の新潮流だと言えるでしょう。
この動きについて、今回もOpenWorkの「社員クチコミデータ」を元にして分析します。なお、分析では対象を「退職済み」の者に限定しています。
前向きな退職者の割合が高まる
OpenWorkデータを用いて、「その会社を退職したが、その会社のことを非常に良く思っている」という就業者について「ポジティブ退職」、「ポジティブ転職」と定義し整理をしています。
ポジティブ退職率について、2020年までの推移を整理したものが下記の図表です。
長期的に微増傾向にありますが、コロナショック下の2020年においてこの傾向は加速し全体の7.1%が「ポジティブ退職」であったことがわかります。
ポジティブな退職・転職者が増加したのは、退職者の企業評価が全体として高まっているからではないか?と考え、確認したのが下の図です(図表2)。企業の総合評価平均はこの期間ほとんど変化はありませんでした。平均が変わっていないということは、ポジティブな退職・転職者が増える一方で、非常に悪い感情を退職した企業に抱いて辞める人も増えている、いわば「二極化」の状況にあると考えられます。
短期間でもポジティブに退職できる
ポジティブ退職率がコロナショック下においても微増傾向にあった、という事実を知ったうえで更に一歩踏み込んで検証してみましょう。どういった人がポジティブに辞めたのでしょうか。
まずは、在籍年数を確認します。一般に、在籍年数が長い人の方が企業を肯定的に捉える傾向がありますが、その状況がコロナショック下においても継続しているかを確認します。このため、退職時期が2019年以前の回答者と、退職時期が2020年の回答者を比較します。
結果を図表3に示しました。在籍20年以上の回答者が最もポジティブに退職している状況に変わりはありませんが、これは定年退職者を含んでいるためと考えられます。定年以前の退職者については、2019年以前では「在籍15~20年」が8.2%と最も高い割合でした。しかし2020年退職者においては5.0%と変化率では100%を大きく割り込み割合が減少しています。他方で、「在籍3年未満」は2019年以前では5.2%だったところ、2020年では7.0%となるなど、在籍10年以下の層ではポジティブ退職率がプラスとなっていることがわかりました。景況感の急激な変化のなかで、「会社に長く在籍すること」の価値が揺らいでいるのかもしれません。また、この結果は「在籍期間が短くても会社のことを深く理解することができる」ということも表しています。こうした“短期間だけ働いた元同僚”を企業が外部人材として組織できるかどうかが、今後の重要なポイントになる可能性があります(アルムナイネットワーク等)。
年齢別で見てみると、2019年以前は若年で退職した回答者よりもミドル以降で退職した回答者の方が企業への評価が高い傾向があり、これは在籍年数が背景にあると考えられてきました。ただ、2020年では在籍年数と企業評価との関係が薄らいだ図表3のような状況を背景に、年齢との関係にも変化が出ています(図表4)。
2019年以前にポジティブ退職率が高かった40歳以上の層では横ばいである一方、39歳以下の若手層において2020年のポジティブ退職率が増加する傾向が見られています。こうした若手層で退職後の企業を好意的に見る動きが拡大していることは、今後の人材マネジメントを考えるうえで重要な示唆となります。つまり、自社を辞める理由が多次元化していること認識しなくてはなりません。
非プロパー、ハイエンド層でポジティブ退職が拡大
また、入社経路の違い(中途・新卒)も企業評価の在り方が異なる要素として考えられます。図表5に中途・新卒入社別のポジティブ退職率を示しました。
2019年以前では中途・新卒別で中途が6.2%、新卒が6.1%と横並びでした。2020年退職者においては、中途が7.8%、新卒が6.4%と中途入社者におけるポジティブ退職の割合が大きく上がっていることがわかりました。これは、会社を深く理解し評価する人材はプロパー(生え抜き組)に限らない、ということとともに、変動の激しい時代においては転職を経てきた者の方が、更なる転機を迎えた際にも自律的にキャリアを選択することができる可能性が高いことを示唆しています。
また、ポジティブ退職の重要ファクターとしては辞めた際の「年収」も挙げられます。年収が高い層の方が退職した企業について肯定的に感じやすい傾向がありましたが、コロナショック下においても継続しているでしょうか。
図表6に結果を整理しています。2019年以前ではおおむね年収帯が上がるにつれてポジティブ退職率が上昇しています。例えば年収300万円未満層では5.5%のところ、年収1000万円~1250万円層では11.4%でした。こうした「年収帯が上がるにつれてポジティブ退職率が上がる」傾向は2020年でも継続しており、年収300万円未満層では6.3%のところ、年収1000万円~1250万円層では16.3%となっています。
また、変化率においてもっとも割合が増加したのが年収1000万円~1250万円層が最も高い層であり、11.4%から16.3%へと増加しました。この結果からは、1000万円以上の高年収層の退職者においては16%以上、実に6人に1人が「ポジティブ退職」である、という現状を示しています。
退職の理由を問う際には「前職のダメだった点を聞くこと」が一般的でした(i)。しかし少なくともハイエンド層での退職の主流は、「前職がダメだったから」といった発想ではなく、「前職も良かったがもっと良い職場を見つけた」といった発想に遷移しつつあると言えるでしょう。
(i)厚生労働省,雇用動向調査では、離職理由のうち「自己都合」の理由として、「満足のいく仕事内容でなかったから」「能力・実績が正当に評価されないから」「賃金が低かったから」「労働条件がよくなかったから」「人間関係がうまくいかなかったから」「雇用が不安定だったから」「会社の将来に不安を感じたから」等の項目を聴取しており、離職理由の中核に前職に対する不平・不満を置いている。
最後は企業規模について整理しましょう。大きな会社の方が退職者はポジティブに辞めやすい傾向が見られます。図表7では、2019年以前の退職者について、299人以下の中小企業では4.8%のところ、5000人以上の大手企業では7.2%と、ポジティブ退職率は大手企業の方が高い傾向があります。
2020年退職者においても「中小企業より大手企業の方が高い」という全体の傾向は変わりませんが、変化率を見ると大きな変化が起こっていたことがわかります。変化率が最も高かったのは、299人以下の中小企業で4.8%から6.7%へと140%増加しています。これは「ポジティブに辞めていく」という現象が企業規模を問わず横断的に広がっていたことを示しています。一般に規模の小さい会社の方が福利厚生や年収面で不利ですが、そうした外形的な要素が企業評価に与える影響力が限定的となってきている可能性があります。
アフターコロナの転職はどう変わっていくか
今回の分析から得られた、コロナショック下の前向きな退職・転職に関する知見を整理すると以下のとおりです。
① 「退職したが、その会社のことを非常に良く思っている」、ポジティブ退職者の割合は2015年以降一貫して微増傾向だったが、2020年は退職者全体のうち7.1%と最も増加
② 企業評価全体を経年で見るとほとんど変化しておらず、良い評価をする退職者と悪い評価をする退職者の二極化が進んでいると考えられる
③ 在籍年数が短い退職者においてポジティブ退職率が増加傾向。「短期で満足しつつも新天地へ転じる」傾向が拡大している
④ 中途入社者のポジティブ退職率が高まっている。転職経験者の方が積極的なキャリア選択をしやすい状況にある
⑤ 年収が1000万円以上のハイエンド層においては約6人に1人(16%以上)がポジティブ退職をしている
⑥ 中小企業、スタートアップ企業においてもポジティブ退職率が高まっている
2020年はコロナ禍で、必ずしも転職先が豊富と言える状況ではありませんでした。しかし転職先が多くないからといって、自律的なキャリアを作る必要がなくなるわけではありません。むしろこうした景況からこそ、自律的なアクションが求められています。その会社に非常に満足しながらも、更なる活躍の場を求めて退職していく、「ポジティブ退職」は、2010年代よりも更に急激な変化が伴うグレートリセットの時代に際して、理想的な転職の在り方の萌芽を私たちに示しているのかもしれません。
このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。