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全国翻訳ミステリー読書会

課外授業篇:『ゴーストマン』読書会レポート後篇(執筆者:畠山志津佳・加藤篁・岡本真吾)

2014.11.27 13:14




課外授業:『ゴーストマン 時限紙幣』読書会レポート後編——血煙サッポロフスク!





みなさん今日は。ご好評いただいている「必読!ミステリー塾」。今回は課外授業篇として、さきごろ札幌・熱海・横浜でそれぞれ開催された『ゴーストマン 時限紙幣』読書会の模様を、2回に分けてお伝えしています。本日は後篇をお楽しみください。


■前篇は→こちら


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7  サッポロフスク 10月4日15:45


 膝から崩れ落ちそうになった時、アンジェラがおかわりコーヒーを運んできた。鋭い目線で警告する。「気を確かにもて」。


 そうだ。私はゴーストマンだ。華麗に読書会を盛り上げるのが使命だ。


「本当かどうかわからないけど小ネタや薀蓄はリアルに感じて楽しかった」


「作者が書きたくて書いてるという気持ちが伝わってきた」


「タイトルもよかった。“時限紙幣”とつくことで何だろう? って思えるし」


「お色気なしのもよかった」


「細部まで気を使ってることがわかる翻訳を堪能した」


 よしきたホーだ! あ、間違った。つい興奮してしまった。ナイスなフォローありがとう。


 破綻しかけた私の計画は持ち直しの可能性がでた。この雰囲気で最後まで押し通す。


「でも“時限紙幣”っていうからものすごいことを期待したのにどうってことない」


「てか、あんなのすぐ発見できちゃわない?」


「絶対あとで恋人とかでてくると思う。彼の正体を知らない女子」


「三作目あたりじゃない?(笑)」


「いかにも映画化意識したって感じがして厭らしい」


「ラテン語訳してるって言ってるけど、これギリシャ語じゃ・・・」


「なんであんなに日本車嫌うの? 軽くカチンときた」


「結局ゴーストマンの仕事ってなんなの? 全然ハッキリしない」


「もっと華麗なゴーストマンの仕事ぶりが見られると思ったのに」


「よくわかんないよね!」


「カッコばっかりつけてる感じ」


「FBIの女子ももったいつけたわりに大したことなかった」


「あの薀蓄がめんどくさい」


 ヒートアップするdisり。熱気を帯びる場内。携帯電話を捻り潰したいところだが、もう在庫がない。


「この本を読んでたら、ドラマの『24』を観たときの気持ちになって・・・」


 最後の光明を見た気がした。『24』。大人気ドラマだ。そんなに興奮したのか、そんなにやめられなかったのか。


「あれってジャック・バウアーが一人で吠えてて、見てる方は置いてけぼりになったような、“なんなの?”って感じで」


 待て、危険すぎる。最後まで話させてはいけない。とにかくどんな手を使ってもやめさなくてはならない。私は目の前のテーブルをひっくり返そうと腕に渾身の力を込めた。


 遅かった。


8  アタミシティー 10月25日17:40


「レベッカは〇〇」。一体何を根拠に言っているのだ。


 しかし、場を見渡せば頷く人間が何人か。


「どこで種明かしするのかって楽しみにしてたのに、最後まで出てこなくてビックリ」


「何故そう思った?」


「58章の最後と、最終章を見よ!」


「おお!」


「うーん」


「どうなの、永嶋さん!」


 ついに担当編集者である永嶋氏がひっぱり出された。


「僕もそこは気になって著者のホッブズ君に確認しました。でも、否定も肯定もしないんです。でも僕は間違いないと思っています」


 いつの間にか作者の呼び名が「ホッブズ君」になっている。この話のくだりの前に「ロジャー・ホッブズってキューピー顔だよね」という話でひと盛り上がりしたことの影響だろう。


 しかし、意外なことにこれに反論する者が現れた。泣く子も黙る、フィクション翻訳界の重鎮・田口氏だ。


「俺は全然気づかなかったんだよなー。訳もたまたまそうなっただけ。考え過ぎだよ」


凄い。簡にして潔。一刀両断だ。


 しかし、レベッカ=○○説派も譲らない。別の角度から攻めることにしたようだ。


「ゴーストマンは(保険調査員に偽装しているのに)どうしてチャーター機で現地入りしたんだろう?」


「目立ち過ぎで怪しすぎ」


「そりゃ見つかるわ」


「やっぱりレベッカに見つけて欲しかったんだよ」


 なるほど。しかし作者本人が言及を避けている以上、結論が出るはずもなく、「次作を楽しみにまとう」ということに。


9  サッポロフスク 10月4日15:55


「ゴーストマンも“それでなんなの?”ってそれしかなくって。だからなんの感想もないんです。ごめんなさい」


 私の心が鮮血を噴き上げた。袈裟がけに斬って最後に謝るとは見事な斬り捨て御免だ。凍りつくボタンマン、知らんぷりしてるアンジェラ、瀕死の私、めっちゃ楽しそうなその他大勢。まるで場内はワールドカップ優勝決定の瞬間のようだ。ダメだ、もう立ち直れない。


 クソ10月4日15:55。クソ10月4日15:55。クソ10月4日15:55。


 私はこの瞬間を決して忘れない。


10  アタミシティー 10月25日18:00


 すでに映画化が決まっていることに対しても様々な意見が。


「誰がゴーストマンを演るのかな」


「あえて主人公の顔を映さないってのはどうだろう」


「それいい!」


「それにしても映像化に向いた話だよね」


 しかし、担当編集者・永嶋氏の意見はこうだ。


「僕は映画化しづらい作品だと思う。プロットだけ取り出すと単純な話で、そう見えないのは膨大な語りがあるから。その語りをただナレーションに置き換えるときっと失敗する」


 さらに永嶋氏は熱く語る。


「この小説は文体に尽きる。僕はイベントとサプライズのインフレの先にミステリーの未来はあるのかって考えることがあります。もともとシンプルな話が好きではあるけど、ここまで潔く、これだけ<声>に魅力のある本は少ないと思うのです」


 いつしか永嶋氏の目は遠く、太平洋の彼方に向けられていた。


「気付けば、こういう年齢のプロフェッシュナルの男が主人公の話が実はほとんどなくなった。くたびれたおっさんや、家庭に問題のある女刑事が活躍する話もいいけど、80年代の格好いい冒険小説を読んできた僕は、これを待ってたんだ、と思ったんです」


 静まり返る会議室。やっとわかった。この男はこの作品を心から愛しているのだ。編集者にこれほど愛される本が名作でなくて何であろう。柔らかな多幸感が部屋を満たしてゆく。


 そこで訳者の田口氏が口を開く。


「正直いって俺は永嶋さんほど文体の良さに酔ったわけではないけど、確かにこの著者はうまいと思う。そして2作目が試金石となるだろう。どれだけこのキャラに肉付けできるか。それによってさらに大化けするんじゃないかな。彼はこの本のあとにゴーストマンの生い立ちを描いた短編を書いてるんだけど、これが実にうまいんだ。最後の一行で読ませる」


 ここにいる人間は間違いなく次作も読むに違いない。もちろん田口俊樹訳で。


「ところで永嶋さん、その短編チョー読みたいんですけど、どこかで発表する予定はありますか?」


「ええ、文庫になるときに入れようと思ってます」


 静寂。遠くからかすかに聞こえる貨物船の汽笛。(心理的描写)


「ええぇぇぇぇ!」


「なんだと!」


「それが人間のやることか!」


「鬼!」


「それが商売というものです!」


 さっきの感動を返せ。


11  サッポロフスク 10月4日17:00



 衝撃、そして(心の)血塗れの惨劇。その後1時間は記憶がない。どうやら適当にお茶を濁していたようだ。


 17時、読書会終了。しかし私の仕事はまだ完結していない。ボタンマンの逃走計画を実行にうつす。まずニキがまっすぐ新千歳空港へ向かう。その後Fukuは宴会の頃合いを見計らって脱出する手筈になっている。逃走、これが一番難しい。武装強盗はさっさと逃げられるが読書会はそうはいかないのだ。参加者の「もう1軒行きましょう攻撃」を上手に交わすには熟練した処世術がいる。


 私達はものの見事に失敗した。今日の借りは大きい。二人のボタンマンはしばらく身を隠した後、アタミシティーを目指す。


 私にはまだ逃走は許されない。二次会、三次会を楽しむのがマスト業務だ。早くご飯食べたい。ついでに新しい携帯電話買いたい。iphone6にしよっかなー。


 まだドクドクと血を流す心の傷の痛みに耐えながら会場の忘れ物チェックをしている私に一人の女性が近づいてきた。


「世話人さん大変ね。これ、お疲れさまのほんの気持ち」


 差し出された小さな封筒を受け取る。女性はうふふと笑ってカフェを後にした。


 私は封筒を開けた。黒い猫が白いうさぎの帽子をかぶったキャラクターが描かれた紙にメッセージがあった。


「埼玉読書会へGO。ロバート・クレイス『容疑者』を推しまくって」


 K-Takahashi! すっかり北海道に馴染んだ美人翻訳家。彼女が次の仕事のジャグマーカーか。メッセージはさらに続いた。


「今日のような失態は許さない」


 誰か涙拭く木綿のハンカチーフ下さい。


12  アタミシティー 10月25日18:15


 今、まさに時間が尽きようとしている。


 危機は何度もあったが、的確なフォローと勝手な脱線のお蔭で致命傷とならずに済んだ。今回の仕事は無事に終わりそうだ。振り返ればホワイトボードには膨大な文字が整然と並んでいる。あっきーがこんなに几帳面で細かい性格だったとは知らなかった。


 結局、ボックスマンあっきーの出番はなかった。少し残念な気もするが、ないに越したことはない。と気を許した刹那、あっきーが動いた。


「あのーすいません。どうしても納得いかないことがあるんですけどいいっすか?」


名古屋の「荒ぶる保育士」こと、あっきー。彼はかつて本場メキシコのルチャ・リブレのリングで修行を積んだこともある総合格闘くずれだ。今は地元愛知の保育園で「なにをやっても壊れないおもちゃ」として子供たちから絶大な人気を得ている。


「ゴーストマンがウルフの手下をスリーパーホールドで倒すところ。肘を男の背骨と頭の間に押しつけたって書いてあるけど、これはどういうことなのかなって」


 貴様は何を言っているのだ。今はそこを掘るタイミングではない。そもそも、そんなことはストーリーに1ミクロンも関係ないではないか。


 しかし、何故か永嶋氏が実験台を買って出て、あっきーによるスリーパーホールドの実演がなされることに。


「ね、ヘンでしょ?」


「締めながら首を前に押したのでは?」


 アゴと首をキメられながら、一緒になって考える永嶋氏。編集者とはかくも大変な仕事だったのか。


「確かに軍隊格闘技にそういう技があります」


 やかましい。というか、読書会のシメがこれでいいのか?


「相手のガタイがデカいときは柔道やサンボみたいに襟をつかむといいですよ」


 誰トク情報なのだ、それは?


 かくして、熱海合同合宿のゴーストマン読書会は無事に終了した。あっきーの誤作動という思わぬ手違いはあったものの。


 読書会の後、私たちは夕食をとるために熱海の街へ出た。冷たい海風と磯の匂いが心地よかった。


 それから約2時間後に三門優祐氏と片桐翔造氏によるビブリオバトル頂上決戦が執り行われた。今後長く語り継がれるであろうその伝説の死闘はまた別の話だ。


エピローグ  ヨコハマベイ 11月7日19:15


 サッポロフスク、そしてアタミシティーの任務から2週間。私はヨコハマベイの桟橋に降り立った。


 そう。実はここ、ヨコハマベイでも『ゴーストマン』読書会がひっそりと行われるのだ。


 集合場所に続々と現れる参加者たちの顔触れを見渡すと、当然のことながらゴーストマン読書会に初めて参加する人間がほとんどだった。しかし中には、アタミシティーの死線をくぐり抜けた者たちの姿もある。


 やはりというか何と言おうか、やはり最初の話題は熱海合同合宿=「あたポン」のことだった。


 ひとしきり「スリーパーホールドのくだり」で盛り上がっていると、腕時計の針は読書会の開始時刻を差していた。「クソ11月7日19:30」。


 我々は素早く変装を済ませ、闇に紛れて会場——カラオケ店の一室に向かう。


 しかし奥さん、カラオケボックスだからと言ってあなどるなかれ。防音設備がばっちりで、誰の目を気にせずとも声を大にして強盗や人殺しの話ができるのだ。


 こうして読書会の幕が上がった。参加者は12人。


 まず口を開いたのはFukuだった。もはや説明は不要だろう、彼女はサッポロフスク、アタミシティー、そしてここと、全国3カ所のゴーストマン読書会を渡り歩いている優秀なボタンマンである。表彰ものなのだ。


 しかし彼女は、「次回作は楽しみなんですけど」という前置きに続けてこう言った。


「読めば読むほど薀蓄がしつこく感じてしまって……」


 これには「あたポン」参加者も驚きを隠せなかった。


 幾度にも渡る再読を重ねるうちに心境の変化があったのか、それとも関係者がいない場で本音を吐露する気持ちになったのか……。


 それは定かではないが、雲行きがなにやら怪しくなってきたのは確かだった。


 結論から言おう。ここヨコハマベイでは、評価は真っ二つに割れた。


「とにかく『疾走感』。この一言に尽きるよね!」


「犯罪小説の久々の良作。満足!」


「深読みをさせてくれるような、練り込まれた文章が冴えている!」


「正体不明のゴーストマンという設定がまったく印象に残らない。結局何なんだ!」


「主人公に魅力がない。まったく感情移入できない!」


「タイムリミット感が少ない。主人公がのんびりしているから、緊迫感に乏しかった!」


 ここまで評価がはっきり分かれる課題書も珍しい。


 エンタメものの宿命か、合う人にはビタッとフィットし、合わない人にはとことん合わないのだ。


 しかし、課題書によっては「面白かったねぇ」という意見だけで終わってしまう読書会だってある。


 そう考えると、この『ゴーストマン』という選択はあながち悪くなかったのかもしれない。


 もちろん、「良いか悪いかどちらが正しいか」が大切なのではない。読み手によって意見が違うのは当然。大切なのは自分にない意見を知り、読書の幅を広げることなのだ……。


 あまりの熱気に我を失い、そんなことを考えながら白目を剥いてニヤニヤしていた私だったが、なおも弾丸がビュンビュン飛び交う様子を見て現実に引き戻された。


「と、とにかく次回作を待って結論を出しましょう……」


 そんな苦し紛れのまとめで収束しかけたとき、「ダメだった派」の流れ弾が意外な人物に当たることになる。


 それは著者であるロジャー・ホッブズ。


 具体的な内容は伏せるが、彼は遠く異国の地でフルボッコ……、失礼。袋叩きにあったのだ。


 いつしか「ぽっちゃり」呼ばわりされているロジャー君。


 もうやめて! 彼のライフはとっくにゼロよ!


 彼の顔が印刷されたレジュメは爆発し、あたり一面にインクが飛び散った。


 その後の記憶はあまりない。気付くと私は横浜駅の構内を歩いていた。


 身体はインクまみれだ。「この汚れ、洗濯機で落ちるかしら」。そんなことを考えながら歩いていると、携帯電話から軽快なメロディーの歌が流れ始めた。


“♪誰も知らない知られちゃいけない……”


 画面を見ると、ジャグマーカーからの着信であることがわかった。


 サッポロフスク、アタミシティー、ヨコハマベイ。思い起こすと、それぞれの戦場にそれぞれのドラマがあった。


 しかし、これで終わりではないのかもしれない。あなたの街でもひっそりと、『ゴーストマン』の読書会は開かれているかもしれないのだ。


 鳴り止まない携帯の画面を見つめる。次はどんな任務なのだろう。


“♪今日もどこかでゴーストマン……”


“♪今日もどこかで……”


 私は通話ボタンを押した。


  (完)










加藤 篁(かとう たかむら)



愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato



畠山志津佳(はたけやま しづか)



札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N



岡本真吾(おかもと しんご)



西東京エリア在住の横浜読書会世話人。特技は酒に呑まれること。「気になる作品は何でも読む」がモットーだが、最近は絶賛読書迷子中。 twitterアカウントは @otemoto(横浜読書会公式アカウントは @yokomysrg