ベア小話 その2 天に還ったベア
夫には高校時代からの友人がいた。いつも忘れた頃に連絡し合いながら、ときには我が家に遊びに来たり、どこかで会ったりして、細くだが長いあいだ付き合いがあった。
彼は頭脳明晰で、音楽や精神世界に精通していた。例えば、ミュージシャンの誰々が何年に何をした、というようなことはすぐに言えるほどの記憶力だった。
辛抱強く、誰に対しても優しく接した。日本語学校の校長先生をしていたが、留学生がトラブルに巻き込まれたり悩んでいると、夜中でも相談にのっていた。
今思えば、彼はほんの少し知的障害があったのかもしれない。仕草とか、対人にも少し難があった。それが仇になって、若い頃は同年代の友人たちに利用されたりして、ずいぶん傷ついたことがあったと、いつだったかポロッと話してくれた。
2023年12月、長いあいだ連絡を取っていなかった夫が、ふと思い立って彼にメールを送ってみた。返ってきた返事はとてもショッキングな内容だった。
「膵臓がんの末期なんだ。体重が急に10kg落ちて病院に行ったのが3ヶ月前の9月。医者にはあと3ヶ月って言われた。すぐに抗がん剤治療が始まったんだけれど、あまりにきつくて途中でやめた。」
私も夫も、その突然の告白メールに頭が真っ白になった。体から血の気が引いたように力が抜けてしまった。
どうしたら彼を元気づけてあげられるだろうか。
実はそのメールがあった次の月、私も乳がんの手術を控えていた。とても複雑な思いだったが、とにかく彼にテディベアを作ってあげようと思い立った。彼だったらきっと喜んでくれるだろうし、ベアをそばに置いて慰めにしてくれるだろうと。
祈るように朝から晩まで手を動かした。
ベアを作り終えて、「〇〇くんの小さな神さま」というメッセージを添えてすぐに送った。
ちなみに写真は、彼に送る前に撮ったものだ。雪の上を力強く前進しているベアが撮れたので、あとで彼に送ってあげたのだけれど。
ベアを受け取った彼からこんな言葉が届いた。
「しばに、ありがとう。テディベアの名前 〝とも”にしました。 男の子にします。 可愛い相棒と楽しくやります。」
それから間もなく、緩和ケアの病院に入院したという知らせが来た。
乳がんの手術を終えたばかりだったが、退院してからすぐに夫と病院に駆けつけた。
ベッドの上で痩せこけて横たわっている彼の手には’とも’がいた。彼は「’とも’は看護師さんに大人気なんだ!」と言った。私は’とも’のやわらかな顔を見ながら、涙をこらえた。
3人で音楽の話や、彼が勤めていた学校の留学生の話なんかを、笑いながら話して病室をあとにした。
それから2週間ほど経って、彼のお姉さんから亡くなったことを知らされた。
「弟は’とも’を小さな神様だと言ってずっと抱いていました。’とも’は弟と一緒に火葬しました。本当にありがとうございました」と。
それを聞いて、私は’とも’の使命が何であったか、が分かった気がする。
ありがとう、とも。善き仕事をしたね。
彼の死から3ヶ月。二人のことを思い出して手を合わせている。
製作したベアは、いつも違う使命を持って「そこ」に行くのだと思っています。
ときには喜びを共にし、慰め、勇気や元気を与えるために、ベアは存在しています。
そして、そのベアの想いをこちらが受け取って、その愛情を返してあげる。そういう循環があってはじめて、ベアの’魂’が育っていくのだと信じています。
それが年月と共にベアの顔が変わっていく所以です。