ウイグル強制収容所の暴かれた真実③
アメリカのペンス副大統領は、10月4日、ワシントンのハドソン研究所で中国政策に関して「新しい冷戦」を宣言したともいわれる演説を行い、以下のように中国を痛烈に批判した。
<今日の中国は前代未聞の監視国家を構築し、それがさらに拡大し出しゃばるようになっている。それにはしばしば米国の技術も使われているが、彼らがいう「中国のグレート・ファイアウォール(ネット検閲システム)」の壁はますます高くなり、中国の人々の自由な情報の流れを著しく制限している。そして中国の権力者は2020年までに、人間生活のすべての面をコントロールするジョージ・オーウェル式システム、いわゆる「ソーシャル・クレジット・スコア(社会的信用評価システム)」の導入を目指している。その計画を公にした青写真の言葉を借りれば、「信頼できる者は、世の中のどこでも歩き回ることができるが、信頼できない者はたった一歩を踏み出すことさえ困難にさせる」システムだという。>
最新のICT情報通信技術やAI人工知能、さらにビッグデータや顔認証などの最先端テクノロジーを使って、徹底的な監視システムを構築し、新疆ウイグルをその大規模な実験場と化しているのが今の実態でもある。さらにペンス副大統領は、自国民を抑圧する中国を、激しい調子で糾弾した。
<宗教の自由について言えば、新たな迫害の波が中国のキリスト教徒や仏教徒、イスラム教徒を押しつぶしている。先月、中国政府は中国最大の地下教会の一つを閉鎖した。国中の至るところで、当局は十字架を壊し、聖書を燃やし、信者を投獄している。中国政府とバチカン(ローマ法王庁)は、明白な無神論者である中国共産党にカトリックの司教を直接任命する役割を与えることで取引きが成立した。中国のクリスチャンにとって、絶望的な時代だ。中国は仏教も弾圧している。この10年の間に、150人以上のチベット仏教の僧侶が中国による宗教と文化への弾圧に抗議して焼身自殺した。新疆では、共産党が造った収容所に100万人以上ものイスラム教徒のウイグル人を収容し、昼夜の別なく洗脳を強いている。収容所を生きて出ることができた人は、中国政府がウイグルの文化を抹殺し、ムスリムの信仰を根絶するために、仕組まれた企みが実行されていると、収容所のなかでの経験を証言している。>
世界の最先端テクノロジーを手に入れ、技術力で世界を牛耳ることを狙った「メードインチャイナ(中国製造)2025」、そして新中国建国100年の2049年までに米国を超えて世界一の軍事強国になることを目指す習近平の中国を、アメリカのトランプ政権は徹底的に潰そうと図っている。米中の間で勃発した貿易戦争は、どちらかが経済的に破綻して白旗を揚げるまで続く、長い冷戦の前哨戦でしかない。
空母を建造するほかに、南シナ海に人工島を造って軍事拠点化し、尖閣諸島などへの日常的な示威活動も続けなければならない。習近平の「一帯一路」のかけ声だけで民間企業はアフリカや南太平洋の果てまで進出し、採算度外視の無駄な巨大投資を行い、負債の山を築いている。その上に国内では軍事費より高い治安維持費を投入し、新疆ウイグルやチベット・モンゴルでは地元住民を監視し弾圧する厳しい「植民統治」を行っている。世界第二の経済大国だとは言っても、こんな金の使い方では、いつか国家財政が破綻するのは目に見えている。それが一日も早いことをただ祈るばかりだが、ほんとは中国の民衆が一日も早くそれに気づき、党と政府に声をあげるべきなのだ。
<強制収容所での死亡者リスト>
新疆ウイグルの強制収容所での弾圧の実態に話を戻したい。
報告会で現代中国研究者の水谷尚子さんは、強制収容所で亡くなった人々のうちRFAラジオフリーアジアが現地に電話取材などして名前などを確認したとする死亡者リストを報告した。それには2017年3月から2018年11月までの間に強制収容所内で死亡した人63人の名前が掲げられている。これらはRFAがたまたま情報を把握できたケースで、あくまで氷山の一角に過ぎない。中には90歳や88歳という高齢で、著名なイスラム学者が含まれている。またわずか10歳の男の子の名前もある。この男の子の両親はともに収容所に収監され、一人残された男の子は川の中で遺体で発見されたのだという。両親がともに収容所に拘束されると、とり残された子供はだれも面倒をみることがなく、行方不明になったり、中国政府が用意した孤児院、あるいは幼稚園に収容されたりする。ところが、こうした施設に入れられた子供たちは、当局によって戸籍や名前が変えられ、中国人の名前を付けられ漢族として登録されるのだという。たとえ親が収容所を出ることができ、子供を探したとしても、もはや見つけることはできないと言われる。(『正論』12月号特集「弾圧国家の恐怖」p243)
死亡者リストには、報告会で証言したオムル・べカリさんの80歳になる父親も含まれている。オムルさんが収容所からの「奇跡の生還」を果たし、AP通信やBBCなど海外メディアの取材を受けて強制収容所での体験を赤裸々に証言すると、今年4月、トルファンで暮らしていた父親のベクアリ・イブラヒムさんも強制収容所に収監され、その半年後の9月、収容所で死亡した。オムルさんによると、今年3月、中国の政府関係者を名乗る人物から電話があり、「メディアに話すのをやめないと家族を酷い目に遭わせてやる」と脅迫されたという。実際に、その後、父親のほかにも70歳になる母親や兄、妹、妻の親族など親戚19人が拘束されたという。一方で、オムルさんが収容所から生還を果たした背景には、オムルさんの奥さんがまず行動を起こして、カザフスタン領事館に連絡を取ったこと、そしてメディアがオムルさんの拘束を報じてくれたことが最大の要因だったという。中国は、事件が外交問題となり、国際的に知られることをもっとも怖れているから、メディアの力はやはり大きいのである。
ところで、オムルさんは今、カザフスタンを出て、トルコのイスタンブールで暮らしている。カザフスタンにいても、中国の影を感じ、身の安全を確保できないと思ったという。ところがイスタンブールにいても尾行がつくことがあるという。オムルさんは、「日本に訴えたいことは何か」と聞かれ、「いかに国が大きく強くても、独裁で人々を弾圧する国は、正義によっていつかは倒されると信じている。自分の存在は一匹のアリのように小さな存在かもしれないが、正義と人道があることを信じて、正義は必ず勝つと、世界に訴え続けたい」と話し、会場から大きな拍手を受けていた。
ところで、Google Earth(グーグルアース)を使って収容所施設の実態を調べている西側の研究者は、収容所の近くに火葬場が作られているケースがいくつもあると報告している。火葬場の職員を募集する広告がネット上に出ているとも言われる。イスラム教徒のウイグルの人々は本来、死後は土葬にし、火葬にすることはない。オムル・ベカリさんも収容所のなかで収容者が目の前で死亡するのを目撃しているが、死者は家族にも知らされないまま、火葬に付されているのではないかと疑われている。
<もはや宗教戦争、民族浄化と化したウイグル人迫害>
そもそもウイグル人は、なぜ迫害されるのか?中国は新疆という地の地下資源が必要で、その土地の上に暮らすウイグルの人々を排除したいと思っているのだと、オムル・べカリさんもヌーリ・ティップさんも証言する。ほんとにそれだけの理由だろうか?地下資源が欲しいだけなら、その土地に暮らす住民を懐柔する方法はいくらでもあるはずだ。
ウイグルの人々は、漢族とは文化も言葉もいっさい関係がなく、中国への帰属意識はほとんど持たない人たちだ。過去に東トルキスタンとして二度の独立宣言をしたこともあるように、中国当局にとっては、ウイグルの人たちの「分離主義」への懸念もあるが、それよりも根底には、強いイスラム教の復権が中国の政治体制にとって脅威になり得ると恐れているからではないか。中国共産党は、今も昔も、イスラム教徒が力を持てば、ウイグル人以外の民族にもイスラム教が拡大し、宗教全体が活力を取り戻すことを恐れている。現世主義、刹那主義の共産党は、来世を信じる人々の信仰の力を認め、人知を超えた聖なる存在や宗教的な権威を認めれば、宗教が自分たちの支配を凌駕し、いつか権力を覆すことになると恐れているのだ。つまり、いまウイグルの人々に対して行われている迫害は、文明論的には、共産党による宗教弾圧であり、共産主義とイスラム教との間の宗教戦争そのものとも言える。
新疆ウイグルでは、21世紀のこの世の中で、ナチスやポルポトに類することが平然と行われ、イスラムを信仰する人や知識人を迫害し、ウイグルの社会や文化を担ってきた人々を根絶やしにしようとする人権侵害が大規模に行われている。これはもはや「文化大革命」といったレベルではなく、それを通り越してもっとひどい状況になっている。ポルポト政権のあとのカンボジアと同じで、社会や文化を担ってきた知識人層を再び回復させるには何十年という歳月がかかるか分からない。こうした状況は、もはや特定の民族を狙った民族浄化(エスニック・クレンジング)、大量虐殺(ジェノサイド)というしかなく、中国共産党政府の名前で公然と行われている人類文明に対する冒涜行為と言ってもいい。今まさに人類の歴史に汚点を刻んでいるという中国のこの現実を、中国の国家指導者や漢人の人々はどう思っているのだろうか。
<シリア拘束の安田氏解放に尽力したウイグル人>
最後に、ウイグル人に関連して、日本人の我々が知っておくべきことがある。それはシリアで拘束され3年4ヶ月ぶりに解放されたフリージャーナリスト安田純平氏の解放の裏には、ウイグル人たちの尽力があったという事実だ。ウイグル人との交渉に直接関わった水谷尚子さんが、ニューズウィーク日本語版(11月8日)に「The Unknown Rescue Mission 安田純平氏シリア拘束のもう一つの救出劇『ウイグルチャンネル』」として報告している。
それによると、ウイグル人亡命者への聞き取り調査をしていた水谷さんは、安田さんが拘束されていたシリアのイドリブ県のウイグル人勢力ともチャンネルがあった。
<当時、多くのウイグル人がシリアの反体制武装勢力ヌスラ戦線の中に「トルキスタン・イスラム党」という組織名で義勇軍として参加していた。中国で独立運動を始めるため、軍事技術を習得することが目的だった。世俗的な考えの者が多くを占める彼らなら話しやすい>
水谷さん自身もトルコに三度渡航し情報収集に当たり、「身代金を支払わない方法を模索するため、在トルコのウイグル人社会に働き掛けた」という。その間、安田氏を拘束するヌスラ戦線に「安田氏の無償釈放」を要望するため、イスタンブールからウイグル人の「密使」を2度送った。シリアに派遣したウイグル人からは、シリア側から『交渉の窓口は一本化してほしい』という要望が伝えられたり、安田氏直筆の手紙の写真を入手し、解放交渉を仲介してくれたりしたという。
<ロシアによる空爆以降イドリブは壊滅的打撃を受け、武装組織が外国人人質をその地に置き続けるのが負担となり、何とか解決をしようとしているようだと、トルコ在住のウイグル人は見立てていた。さらに、中国新疆ウイグル自治区で強制収容所が大量に造られ、大勢のウイグル人が収監されるようになったこの時期、ヌスラ戦線が解体した後のトルキスタン・イスラム党内のウイグル人上層部の中に「罪なき日本人を拘束し続けてよいのか」という強い声があったとも聞いている。>
その後の安田氏解放に至る経緯と背景は詳しくは分からないが、いずれにしても「解放までに尽力してくれたウイグル人がいたことは事実」だと水谷さんは強調する。
日本にも留学生を中心に、ウイグルの人々が大勢暮らしている。報告会には家族が収容所にいると話すウイグルの留学生なども集まり、過酷な収容所の体験報告にすすり泣く姿があった。日本の人たちは、安田純平氏解放にウイグルの人たちの影の尽力があったことに感謝し、ウイグルの土地でいま起きていることに思いを馳せ、自分たちにできることはないかと少しでも思いをめぐらせてみたらどうだろうか。