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全国翻訳ミステリー読書会

読者賞だより68通目――――今月の「読み逃してませんか~??」/『『ロニョン刑事とネズミ』『ロング・プレイス、ロング・タイム』(執筆者・大木雄一郎)

2024.03.28 14:00

 まず最初にお礼から。


「第12回翻訳ミステリー読者賞」に、たくさんの投票をいただきありがとうございました。今回も数多くの作品に投票をいただき、とても盛り上がるイベントとなりました。順位の一覧と投票作品に寄せられたコメントは、翻訳ミステリー読書会のウェブサイトにて確認いただけますので、今後の読書計画にぜひお役立てください。また、三月二十日におこなわれた結果発表イベントの模様は、YouTube越前敏弥チャンネルにてアーカイブ配信されていますので、そちらもぜひお楽しみください。


 そして今回も、読者賞に対してたくさんのご意見や励ましをいただきました。スタッフ一同心から感謝申し上げます。次回もまた、みなさまに楽しんでいただけるイベントにしていきたいと思っていますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




 さて、今回は三月に刊行されたばかりの新刊を二冊ご紹介いたします。[amazonjs asin="4846023664" locale="JP" tmpl="Small" title="ロニョン刑事とネズミ (論創海外ミステリ 314)"]


 ジョルジュ・シムノン『ロニョン刑事とネズミ』(宮嶋聡訳 論創社)は、メグレシリーズにも何度か登場するロニョン刑事のデビューとなる長編です。そしてリュカやジャンヴィエといった面々も登場する、いわばメグレシリーズの番外編といった位置づけの作品だと言えるでしょう。


 舞台は一九三〇年代のパリ。六月の雨の夜、ネズミと呼ばれている浮浪者が届け物を警察署に持ってくるところから物語は始まります。ネズミが届け出たのは、道で拾ったというおよそ一五万フランもの大金の入った封筒だったのですが、ネズミは警察に行く前、封筒からわざと札を抜き取っていました。本来の持ち主が現れ額を申告したとしても、それが合わなければ落とし主と確定できません。ネズミはそうやって一年後には確実に自分のもとに大金が転がり込んでくるよう策を講じていたのでした。


 以前からネズミと知り合いだったロニョンは、このネズミの行動に疑問を持ちました。なにか裏があると感じたロニョンは翌日からネズミの足取りを追います。ネズミはネズミでまた別の不安を抱えていました。届け出た封筒が実は拾ったものではなかったからです。いつもなら、劇場前に立って上流階級の客を相手に小銭稼ぎをするところでしたが、その晩は雨だったので、仕方なく主を待つ駐車中の車に声をかけ、しばらく見張ってやることで飲み代をせしめようと、ある大型の車の運転席に近づいていったのでした。そしてそのドアを開けたところ、いきなり運転手がネズミに向かって倒れ込んできたのです。運転手が死んでいることに気づいたネズミは、慌てて座席に押し戻しドアを閉めました。警察に届け出た現金は、そのとき運転席から落ちた財布に入っていたものだったのです。ネズミはそれを財布から取り出し、封筒に入れ直して警察に向かったのでした。ところが、翌日の新聞には死んだ運転手の記事がまったく出ていないうえに、ロニョンが自分をつけてきていることから、ネズミは不安に駆られてしまったのです。


 本作は、瀬名秀明さんによる当サイトの人気連載「シムノンを読む」第79回にて『ねずみ氏』として紹介されているものです。ロニョン刑事は昨年新訳で刊行された『メグレと若い女の死』(平岡敦訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)にも登場しますが、そこで描かれるロニョンは、よく言えば朴訥で真面目、悪く言えば無愛想、ひがみっぽくて意固地という感じで、メグレの向こうを張って捜査に邁進するも空回りするというような役回りでした。ロニョン初登場となる本作では、無愛想なイメージはそのままですが、ちょっとだけコミカルな雰囲気もあり好感が持てる印象です。ロニョン本人は途中で怪我してしまい、捜査の本線からは外れてしまうのですが、ラストで披露される推理で読者をあっと驚かせます。シムノンの作品は、どちらかというと心理描写によって読ませていく印象が強いのですが、本作のトリックには感服しました。


 二〇〇ページ弱と長編としてはやや短めですが、古きよき時代のパリの描写や、軽妙なテンポで進んでいくストーリーは、豊かな読書経験を約束してくれるでしょう。[amazonjs asin="4094072675" locale="JP" tmpl="Small" title="ロング・プレイス、ロング・タイム (小学館文庫 マ 9-1)"]


 続いて紹介するのは、ジリアン・マカリスター『ロング・プレイス、ロング・タイム』(梅津かおり訳 小学館文庫)です。タイム・スリップとミステリーというのは親和性が高く、小説にしろ映像作品にしろ、これまで数多くの傑作が生み出されてきました。この作品もその系譜に連なる作品だと言えますが、本作の場合メインのテーマとなるのはタイム・スリップでもミステリーでもなく、家族の再生というところがポイントです。


 十月三十日に日付が変わった直後の深夜、弁護士として働くジェンの一人息子で十八歳のトッドが、ジェンの眼前で人を刺し殺し逮捕されるという事件が起こります。ジェンと夫のケリーは警察署に行き、トッドと会わせてくれるよう警官に頼みますが相手にされません。仕方なく帰宅し、眠りについたジェンが翌朝目覚めてみると、なぜか十月二十八日の朝、つまり事件の前日に戻ってしまっていたのです。以降も彼女は眠るごとに日付を遡っていき、「二度目の今日」を何度も何度も送ることになります。ジェンにはなぜ自分にだけこんなことが起こるのかわからないまま、しかしそれには何か理由がある、その理由とはつまり、息子の事件の真相を明らかにすることであり、事件を未然に防ぐことなのだと考え、日付を遡りながら真相を探るべく奔走していきます。


 目を覚ますたびに日付を遡るジェンの目に映るのは、日に日に若くなっていくトッドとケリーの姿です。記憶も体も若返っていく二人に対して、過去を遡っていくジェンには、あの日あのときトッドやケリーと交わした会話も、彼らに対して自分がどのように振る舞ってきたのかという記憶もしっかり残っています。それはすなわち「いま」の自分の視点で「あの日」の自分を改めて見るという行為に他ならず、ジェンはそのなかで、自分は彼らに当時どのような思いを抱いていたかを再確認していくのです。忘れかけていた愛情を思い出すこともあれば、当時気づかなかった嘘に気づくこともある。彼女は事件の真相を掘り起こしていく過程で、実はひょっとしたらそれ以上に大事なものがあったのだということに改めて気づいていくことになります。


 ミステリー小説においては、時間を経過するごとにさまざまな事実が積み上がっていき、やがて事件の真相が明らかになるというのが通常の流れなんですが、本作では時間を遡っていくごとにジェンの知らなかった事実が明らかになっていくことで、読者にも徐々に真相が形作られていく仕組みになっています。そう簡単には真相にたどり着かせないという著者の企てがしっかり効いていて、ミステリとしての満足度もかなり高い、オススメの一作です。


《おまけ》

 実は、この一ヶ月で読んだ本のなかでいちばんおもしろかったのは、森泉岳土『佐々々奈々の究明』(ビッグコミックス)でした。ミステリ作家佐々々奈々(さささなな)とその妹流々(るる)が、八年前に失踪した叔父の妻であるアヴィーの行方を追うというミステリコミックなのですが、これが大変すばらしかった。基本線は安楽椅子探偵ものなのですが、失踪あり放火あり殺人ありと起こる事件もバラエティに飛んでいるばかりか、密室やアリバイなどのトリックにも工夫がこらされていて、上下巻という短さながらとても濃密な作品に仕上がっています。コミックなので当欄の趣旨からは外れちゃいますが、「読み逃せない」という意味では今月イチオシはこれ! ということになりそうです。











大木雄一郎(おおき ゆういちろう)

福岡読書会世話人兼翻訳ミステリー読者賞の実行委員。読者賞への投票ありがとうございました。これからまた、第13回にむけてがんばっていきますので、ご支援をよろしくお願いいたします。


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