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全国翻訳ミステリー読書会

読者賞だより69通目――――今月の「読み逃してませんか~??」/『炒飯狙撃手』『スリー・カード・マーダー』(執筆者・大木雄一郎)

2024.04.25 14:00

 今月はまず、炒飯と狙撃というミスマッチ的なタイトルが目を引く、張國立『炒飯狙撃手』(玉田誠訳 ハーパーBOOKS)をご紹介します。[amazonjs asin="4596539073" locale="JP" tmpl="Small" title="炒飯狙撃手 (ハーパーBOOKS)"]


 イタリアはマナローラという村で炒飯屋を営んでいる潜伏工作員小艾(がい)は、故郷台湾からの命を受けて、トレヴィの泉の前である台湾人高官を暗殺します。しかしその後何者かに命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされます。一方台湾では、二人の軍人が立て続けに殺されるという事件が発生。定年退職まであと十二日に迫っている刑事老伍(ご)が捜査に乗り出すのですが、ローマで発生した高官暗殺の報は当然台湾にも届いていて、老伍の同僚である蛋頭(たんとう)がローマに飛び、台湾とローマで起こった三つの殺人事件の捜査を同時に進めていくことに。


 ストーリーは、台湾で捜査を続ける老伍と、ローマからブダペスト、テルチ(チェコ)とヨーロッパを駆け巡る小艾を交互に描く形で進んでいきます。老伍は捜査を進めるにつれ、高官暗殺と殺人事件の間にある共通点に気づき、それを追っていくうちに小艾へとたどり着きます。小艾もまた、自分の命を狙っているのが誰なのかを、逃亡中の身でありながらも探っていくうちに、老伍の存在を知ることになります。二人がたどっていく線が一つに交わったとき、彼らにも読者にも真相が明らかになる、というわけです。


 特筆しておきたいのは、小艾と老伍という二人のキャラクターです。凄腕のスナイパー、しかも炒飯を作らせると天下一品という小艾。腕利きの刑事でありながら妻や子、そして実の父親との間にいくらかの問題を抱えている老伍。細かく描かれる二人の人間味が、ラストシーンにあふれるセンチメンタリズムを支えているといってもいいでしょう。このラスト、たぶん好きな人にはズバッと刺さるはず。なんていうんでしょうか。志水辰夫のような味わいといったらいいのかなあ。そんな匂いを私は感じ取りました。


 本作は、現実に起こった疑獄事件(ラファイエット事件)に着想を得たとのことですが、上に挙げたようなセンチメンタリズム、あるいは小艾というキャラクターからにじみ出るヒロイズムがうまく織り込まれていて、良質なエンターテインメントに仕上がっていると思います。続編も予定されているということなので、ぜひそちらにも期待したいところです。


 続いてご紹介するのは、J・L・ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』(三角和代訳 創元推理文庫)です。[amazonjs asin="4488217060" locale="JP" tmpl="Small" title="スリー・カード・マーダー (創元推理文庫)"]


 イースト・サセックス州ブライトンの二月の夕方、空から降ってきたその被害者は、喉を刃物で切り裂かれていました。しかし、転落したと思われるフラットの部屋には誰もおらず、それどころか玄関ドアも完全に封じられていて、かつ血痕すらも残っていないという異様な状況。しかも被害者を突き落とした犯人の逃走ルートすらないという、いわば密室状態だったのです。


 事件を担当するのは、サセックス警察重大犯罪班のテス・フォックス警部補。この事件をあわよくば自身の昇進に利用したいという野心を持つ彼女でしたが、被害者の身元が明らかになったとたん、今度は昇進どころか警察官としてのキャリアが終わってしまうという焦燥に駆られることになります。というのもこの被害者、テスとその異母妹であるセアラの過去にまつわる重大な秘密に関わっていたのです。捜査の過程でその秘密が発覚したらテスは破滅に追い込まれてしまう。なんとかしてその秘密が同僚や上司に発覚しないよう画策するテスでしたが、その一方で事件も解決しなければならないという葛藤に陥ってしまうのです。


 テスは、秘密の発覚を防ぎつつ事件を解決するという難問に立ち向かうため、ずっと昔に縁を切っていた異母妹のセアラを探し出します。しかし実はこのセアラ、詐欺師を生業としているどころか、父フランクがボスを務める大詐欺師集団の一員だったのです。警察官の家族が詐欺師?と驚かれる方もいるでしょう。まあ普通はあり得ないと思いますけど、そんな無茶な設定を受け入れられるのも「不可能犯罪に挑む異母姉妹」というバディものとしての魅力にあふれているからなんですね。その不可能犯罪にしても密室殺人が三件という豪勢さ。こうなってくると、設定が多少無茶だろうがなんだろうがまったく気になりません。というよりもこれがかなり楽しい。


 加えて、テスとセアラだけでなく、父フランクをも含む家族小説としての一面を持っていることも付け加えておかなければならないでしょう。家族と袂を分かち一人で暮らすテスと、ファミリーと称する詐欺集団に囲まれて育ったセアラが、再会によって互いに新たな影響を与え合う様子が細かく描写されているのは、おそらく本作のラストから次回作へと続く重要なポイントだと考えているのですがどうでしょうか。考えすぎかな? 本国では今年のうちに第二作が刊行されるとのことなので、日本でもいずれ読むことができるのではないかと思います。


 ところで最近、毎月のように傑作良作が刊行されているような気がします。以前は、年末のランキングの関係で、夏から秋に傑作が集中するという印象があったのですが、いまはもう毎月が繁忙期という感じです。あれも読まなきゃこれもおもしろそうだと、あれこれ目移りしてしまって仕方ありません。当欄でも、そんななかから「これは!」と思う作品をこれからも紹介して参ります。と改めて申し上げているのは、連載が今月でまる六年を迎えたからです。七年目もどうぞよろしくお願いいたします!











大木雄一郎(おおき ゆういちろう)

福岡読書会世話人兼翻訳ミステリー読者賞の実行委員。近々、読者賞について大事なお知らせをさせていただく予定です。


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