残業はないが成長もない。“ゆるブラック企業”を見える化する
日本の就活システムでは、スキルを持っていない学生が企業とマッチングし、入社後にOJTやOff-JT(研修等)の形で教育が行われます。日本においては、こうしたポテンシャル採用という特徴から、特に20代において、「修羅場」や「厳しい場面を乗り切った成功体験」といった、OJT的な側面を持つ仕事の経験が重要であると語られることが多くあります。
しかし、すべての企業でそういった経験と成長が約束されているとは言えず、ネット上ではこうした経験を得ることができない企業を“ゆるブラック企業”と呼ぶことが提唱され、労働環境は決して厳しくはないがスキルも得られず成長もない企業に対して議論を呼んでいます。
今回は、今の日本において、「自分の成長に繋がる修羅場経験」をすることができる企業とはどういった企業なのか、Vorkers(現:OpenWork)社員クチコミデータから考えてみたいと思います。
若い世代の労働に対する価値観が大きく変わっていると言われています。2018年4月の新入社員へのアンケートで、「若いうちは進んで苦労すべきか」という質問に対しては、「好んで苦労することはない」と答えた人が34.1%と過去最高。「どのポストまで昇進したいか」に対して最も多かったのは、「社長」でも「部長」でも「専門職」でもなく、初の「どうでもよい」でした。(日本生産性本部,『新入社員「働くことの意識」調査』,2018年度版)
こうした状況のなか、就職活動において“ブラック企業”を避けようとする傾向は強まっており、働き方改革のなか、企業側も無駄な残業を減らす取組が進んでいます。異常とも言えるような過酷な労働環境を強いる企業が評価されなくなっていることは良いことです。
日本の就活システムでは、スキルを持っていない学生が企業とマッチングします。企業は学生にスキルやパフォーマンスではなく、ポテンシャルを求めて採用しているわけですから、入職後にOJTやOff-JTの形で教育が行われるわけです。日本においては、こうした入職時点でのマッチングの特徴から、特に20代において、「修羅場」や「厳しい場面を乗り切った成功体験」、「一皮むける瞬間」といった言葉で語られるようなOJT的な側面を持つ仕事の経験が重要であると語られることが多くあります。もちろん、単なるハードワークではなく、振り返って「あの仕事をして良かった」と思えるような経験が重要となります。
ネット上では、こうした経験を得ることができない企業を“ゆるブラック企業”と呼ぶことが提唱され、労働環境は決して厳しくはないがスキルも得られず成長もない企業に対して議論を呼んでいます。
今回は、今の日本において、「自分の成長に繋がる修羅場経験」をすることができる企業とはどういった企業なのか、Vorkers(現:OpenWork)社員クチコミデータから考えてみたいと思います。
ハードワーカーの若者のうち、4割以上が20代成長環境を高く評価
「自分の成長に繋がる修羅場経験」には様々な形態があると思いますが、今回は、ハードワークをこなしながらも、積極的に企業の20代での成長環境を評価している個人として考えます。月の残業時間の20代の平均は35.6時間ですが、今回は月60時間以上の者を抽出し、そのうち社員クチコミデータの「20代成長環境スコア」(5.0満点)が4.0よりも高い者を「自分の成長に繋がる修羅場経験」をすることができた者として検討します。
整理すると、20代で月60時間以上残業している者は20.2%。また、月60時間以上であり、20代成長環境スコアに対して4.0以上を付けた者は20代のうち8.3%でした。
今回はこの8.3%の「自分の成長に繋がる修羅場経験」を企業から得ることができた個人に注目します。
なお、「20代成長環境スコア」が4.0以上の者については、20代全体では32.6%しか該当者がいませんが、月60時間以上の20代では4割を超える割合となっています。
20代で自分の成長に繋がる修羅場経験ができるのはどんな企業か
「自分の成長に繋がる修羅場経験」ができる企業の属性をまとめたのが以下の表です。
企業規模別では、ベンチャー企業等の小規模な企業が最も高く11.6%、一方で5000人以上の超大企業では7.1%と最も低く、1.5倍程度の差があります。ベンチャー企業などの小規模な企業では、裁量権も大きく、20代において相応のポストに昇進することも珍しいことではなく、そうした環境がハードワークのなかから生み出される成長に繋がる良い経験に至っていると考えられます。
業種別にはコンサルティング30.7%、マスコミ19.7%が高く、インフラ、運輸3.0%、メディカル3.5%、メーカー・商社5.1%、金融5.2%あたりはかなり低くなっており、大きな差があります。コンサルティング企業は就活においても、早い段階でストレッチの機会が与えられ時としてUp or Outの環境のなかで自己のスキルを伸ばすことができるキャリアが一部の学生に魅力的に映っています。こうした状況が上の表にも表れていると言えるでしょう。
これで、業種別や規模別で何人くらいが「自分の成長に繋がる修羅場経験」ができるか、ということはわかりました。しかし、単に忙しいために「修羅場経験」ができる割合が高いのか、それとも「修羅場経験」に繋がるような良い経験ができる可能性が高い環境があるのか、はわかりません。そこでこの2点を分解してみてみることとします。
「ハードワーク率」は、残業が月60時間を超えている者の割合です。
「育った率」は、残業が月60時間を超えている者のなかで、20代成長環境スコアが4.0以上と高い者の割合です。
つまり、「育った率」が高いことは、ハードワークが良い経験となった個人が多いことを意味します。他方「育った率」が低い場合は、ハードワークが単なる過剰労働に終わり、成長機会には繋がっていないことを意味します。
コンサルティングで全力疾走か、IT系で成長環境を選ぶか
2つの指標をまとめたのが以下の表です。
ハードワークが多いのはどういった企業でしょうか。「ハードワーク率」を見ると企業規模は大きくなるほど割合が下がっていきます。しかし、「育った率」を見ると企業規模によって大きな差はありません。小規模な企業では仕事の機会の多さが、結果として「自分の成長に繋がる修羅場経験」に至っているとわかります。
また、業種別にみた場合にはどうでしょうか。コンサルティングとマスコミはともに、「自分の成長に繋がる修羅場経験」ができる割合が高い業種でした。しかし、分解してみると構造は大きく異なり、コンサルティングは「ハードワーク率」も「育った率」も高い反面、マスコミでは「ハードワーク率」は高く、「育った率」は平均程度であることがわかります。また、メーカー・商社と金融は、ともに「自分の成長に繋がる修羅場経験」が低い水準にありましたが、金融のみは「育った率」は平均程度あり、仕事の機会に恵まれた個人にとっては成長の機会となる可能性は高い状態です。
加えて、「自分の成長に繋がる修羅場経験」率では平均程度だった、IT・通信・インターネットは違った見方が出てきます。「ハードワーク率」は低いが、「育った率」が高いのです。ハードワークの仕事に当たれば成長できるが、そうした仕事ばかりなわけではない、という意味で自身のライフスタイルと相談しながら成長を追及できる業種といえるかもしれません。
“ゆるブラック企業”が多い業種を見える化する
最後に、「ハードワーク率」と「育った率」をもとに、業種をマッピングしてみます。
平均の右上に存在している業種は「厳しい仕事が多く、成長できる」業種です。特に「ハードワーク率」と「育った率」の相関の近似曲線よりも上側にある、コンサルティングやIT・通信・インターネットは効果的に成長できる可能性が高いと言えるでしょう。
他方、平均の左下に存在している業種は「厳しい仕事は少なく、当たっても成長できない」業種です。特に近似曲線の下にある、インフラ、運輸、メーカー・商社、行政機関は20代で大きく成長できる可能性が低いことが示唆されます。冒頭取り上げたような“ゆるブラック企業”はこうした業種に多い可能性があります。
人手不足の長期化。人生100年時代の到来。企業寿命の短期化。様々な要素が、個人と組織の関係をフラットなものにしようとしています。就活で“ホワイト企業”に入れたら逃げ切れる時代は終わりました。自分の成長のために企業を利用する時代がきたときに、単に残業時間が短いことはあまり意味を持たなくなるのかもしれません。
このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。