第2話 願い
私たちは村から脱出した後、見知らぬ洞窟の中に身を寄せていた。
「何よ……」
「食え。腹に何か入れないと動けなくなるぞ」
「いま食べられると思っているの?」
断るとハナシュは何を言っているのかという顔をしたが、静かに何かを落として傍に寄ってくる。
「お前は嫌か」
「何が」
「虚栄の大王となったことがだ」
「嫌に決まっているでしょう!」
その呑気な言い方に私はつい切れてしまう。その時、雨が降ってきてか遠くから雨風の音が聞こえる。
まるで今の私の心のようである。
「私が何をしたのよ! 誰にだって迷惑をかけないように生活して、人一倍良い子にいるようにしていたわよ! お手伝いも、お仕事も、自分から自発的に頑張って! それなのに、それなのに……」
「勇者になりたいという願いを思った。違うか」
「……なんでそれを」
「女だからなれない、御伽話の話だから叶わない、そう言われたんじゃないのか」
「どうして知っているのよ」
「だから神様は叶えた。お前の願いを完璧にではないが。まさしく勇者も願ったように」
そこからの話は、私の知らない勇者の話。歴史の中に埋もれた勇者たちの物語のお話である。誰にも語られない、当事者しか知らない英雄譚の断片。それに私は興味を持った。
「あの頃はそもそも人間たちは神から何か力を貰って、今の様に仕事に役立て魔物に力で勝る事などなかった。日々魔物に怯えて、何者かに奪われ、衝突と敵対、それを無意味に繰り返す様な力こそ至上の世界だった。だからこそ皆が願った、救ってくれる救世主はいないのかと。その中で、一人の人間が初めて力を与えられた。それこそ勇者だ」
「じゃあ勇者は」
「ああ、別にそもそも願ってすらいない。勇者自身は何か特別な事はしていないはずだ。もしかしたらあの地獄の中で、助けたいと願う位はしたかもしれないがな。ただ、神様は多くの者たちの願いの為に、勇者に力を与えた」
だからこそ、ハナシュは私をじろりと見た。
「それに憧れた。私の眼にはそう映るぞ」
私は言葉に詰まった。憧れる相手がそもそも今みたいに恵まれている世界でない時代の人だから、私みたいな感覚で勇者様になろうと考えることが確かに違うのかもしれない。
大人に言われるまでは気が付かなかった。しかしどうだ、実態は私の方が子供ではないか。私が子供だから、大人は叶わないといっていた。
そりゃそうだ、叶えば今みたいになってしまう夢を。
「どうして私は気が付かなかったのかな」
今更のように意味のない言葉がボロボロと出てくる。胸の中に広がる感情は悔しさだった。さっきまでは怒りだったが、今は自分の知らない理由で大人が叶わないといっていたことを知らない自分になんでか悔しさを感じ始めていた。
「気が付く方が気色悪い。あいつの考えていることに」
神獣はそう言って私に寄り添ってくれた。
「教えて」
眠る前に、私はふとハナシュに聞いていた。
「何をだ」
「他の大罪の人たちの事。知りたくなった」
「正気か? そもそも私みたいに人じゃない奴もいるが」
「良いよ。そう言う言葉遊び」
「はぁ」
それでも、ハナシュは教えてくれた。
「とりあえず、今向かう国にいるのは怠惰の美姫という奴だ」
「美姫」
私はその表現に違和感を持った。
「ねえ、お姫様って皆奇麗なものじゃないの。高いドレスを着て、お化粧もして」
「普通はそうかもな。だが、あいつの場合そもそも血統として顔立ちの良い王様の抱える顔立ちの良い妾たちの中から産まれた子供だから、それはもう顔だけは良かった」
か、顔だけって。
「それ以外は無いの。料理とか、踊りとか」
「ふ。愚問だな」
「それって」
「出来すぎていたよ。料理をさせれば侍従たちの仕事を奪うと言われて、楽器に絵画に踊りに歌に、何をさせても直ぐに一流の技術を身に着けるから一ヶ月で一流教師をとっかえひっかえしていた。それでいて男を立てるのが上手いんだ。あと、なまじ剣術や魔法も筋は良かったな。出来ないはずだと言われてやらされたのにな」
「す、凄い」
「だから嫌われに嫌われていたな」
「え?」
私は今の流れで話が繋がらなくって、その後の言葉を理解できなかった。
「あいつは秀ですぎていた。父親の本妻の娘たちや、男どもと比較してもありとあらゆる才能で抜きんでていた。王様の子供と比較してそうなるんだ、貴族の奴らと比較したら差は一目瞭然だ。だから貴族共の自慢話に必ずいるだけで水を差してしまう」
「……」
「それは勇者たちが王に謁見しに来たときにも同じだ。誰よりも剣術や魔法、その他の趣味でも誰かどころか全員を霞ませてしまうから部屋にずっといるように指示をされていた。そしてあいつはある訳の無い親の期待の為に従って、勇者に会わないようにしていた」
そんなの、可愛そうじゃないか。
「可哀そうだよ」
「そうか? 大多数の人間が、少数の方を弾こうとするのは自然だと思うぞ。何せその考え自体が動物として当たり前の行動だからな」
「だからって、どうしてそんなに優秀な人を邪険に出来るの」
「じゃあ優秀な人間じゃなければ邪険に扱ってよいと」
「そうじゃないけれど、でもお姫様は……」
救われないじゃないか。
「勇者は普通に会いに行ったぞ」
「え」
「王様はまさか一人だけ挨拶をしていない奴がいることに勇者が気付くなんて思っていなかったんだろうな。特に何処の部屋に行ってはいけませんとか言っていなかったから、勇者自ら姫の部屋に向かって挨拶をしたらしい」
「らしいって」
「私は伝聞だからな」
「じゃあ、剣術とか魔法とかの話は」
「知っている奴の記憶を覗いた結果だ。私はこれから初めて怠惰には会いに行くから、昔馴染みの記憶を勝手に覗いていたのは偉いなと思ったぞ」
「ええ」
確かに、私に何があったのか教えてくれるという意味ではありがたいのだがその話が体験談だと思っていたら実は誰かの記憶が覗かれてえいたからだなんて。
「話を戻すが、勇者は普通に会いに行った。それこそごくごく普通に挨拶をするように。困ったのは姫の方だ、会うなと言われていた相手の方から会いに来たのだからな。だから仕方なくお茶とお菓子でもてなすくらいはしたみたいだ」
「えらい」
「そして結果として勇者はその姫を選んで、一緒に舞踏会で踊りを踊ったみたいだ」
「そっか」
正直……勇者様は何も悪くない。そう思いたい。だが、色々嫌われていると聞いていた後の話だと、そのお姫様が大丈夫だったのかとかも気になる。でも、お姫様も勇者に会えて良かったのではないかと思う私もいる。
思いは上手く決まらないまま、眠りにつくのだった。