小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 3
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 3
DVDで映し出された画像はひどいものであった。耳や目からも血が流れた女性は、熱でうなされたようになっていた。初めのうちは麻薬や覚せい剤のようなものの効き目が残っていて、あまり感じていないようであったが、薬が切れてきてからはうめき声と、自分が死ぬことへの恐怖だけが、彼女を覆いつくし、そして獣ような叫び声をあげるばかりである。
「何か証言は取れたのですが」
「はい、もう一枚のDVDに証言をとったものが録画されています。警察もちゃんと仕事していますから」
「警察も優秀ですね」
「いや、担当の刑事さんの友人が、先日亡くなったらしくて。」
松尾は長崎市民病院の別院の打合せ室という、他に誰もいないし、また誰かに聞かれる可能性も少ない場所なのに、よりいっそう声を潜めて言った。
「それはお気の毒に」
「いや、それが、警視庁にお勤めだったらしいのですが、少し前に羽田の倉庫に捕り物に行って、そのまま何か感染症にかかったらしく、家族にも面会できないうちに亡くなったという事なんです。その時に、担当の刑事さん、中島さんといいますが、その中島刑事が警視庁の方から聞いた症状と、今回の女性の症状がほとんど同じということで、すぐに連絡いただきました。その中島刑事さんが、まだ薬が効いている間に、女性に聴取してくれています。もちろん防護服を着てですが。その時に私も呼ばれて、一緒に生き、その内容を記録撮ったんです。」
そういうと松尾は、コンピューターにUSBメモリを刺した。
「今回何があったんだ」
真っ白な防護服で全く顔などは見えないが、その中から響く声が、中島という刑事であろう。中島と思われる男は、少しベッドから距離を置き、そのべっごには手足を拘束した女性が横になっていた。薬物に違反し発作を起こさないようにベッドに拘束することと全く同じである。そのベッドに向かって、少し離れた位置から中島と思われる防護服の男は話しかけていた。
「街を歩いていたら思案橋のあたりでナンパされて。あたしかわいいから」
まだ薬で気分がよいのか、そんな話をしている。しかし、この松尾のカメラアングルがよいのか、指先なども身体を少し大きくして順に移しているが、サンダルを履いていたと思われる足の爪の間や指の爪の間からも血が名がにじむように流れている。
質問をしているベッドの向こうでは、医師が二人、点滴や輸血をしながら、あまり無理なしつもんをさせたり、体に負担がかからないように注意しながら心電図などの数値を見ているのが印象的である。血液検査はすでに行っているのか採決をしている様子はないが、しかし、足の爪から出ている血液などをガーゼで拭う仕草は医師の特有のものであろうか。
「思案橋でナンパ。どんな男ですか」
「中国人か、韓国人。何か日本語はおかしかったけど、今は中国人の方がお金持っているから、別に一晩だけだし、別にいいかあなと思って。あたし国際的にかわいいから」
ナンパされれば普通に身体を売ってしまうという、あまりよろしくない女性だ。長崎にこのような女性が特に多いというものではない。この女性は普段は会社員で、普通に会社勤めを送っているという。それが夜な夜なそのようなことをして、普段男性と付き合いがないことなどを慰めているというのか。特別に不良というわけでもないし、どこにでもいる、ちょっと夜になると羽目を外してしまう女性であるということはなんとなくわかる。
「それで」
「それで、ドライブして、ホテルに入って。ワイン飲んで、それから・・・」
それからのあとは、女性が口よどんだ。まあ、何も言わなくても男性ナンパして女性をホテルに連れ込めばやることは一つだ。中島という刑事はそれ以上のことは聞かなかった。
「注射とか、何か違法な薬物とかはなかったか」
「ワイン飲んだだけ、あとホテルのルームサービスでおつまみとったけど」
ホテルのルームサービスというが、ラブホテルの出前という感じでしかない。ホテルの捜査資料を見れば、ピザなどを部屋に注文しているだけであるから、シティホテルのルームサービスなどとは異なる。ホテルの食材に「死の双子」がついていたならば、その男性も感染しているということになる。つまり、ワインに何らかの薬を仕込んだという事であろう。
「そしたら、急に男が金を置いて出て行って、少ししたら帰ってくるからっていうから、そのまま待っていたら、体がだるくなって、目が見えなくなった。苦しくなったけど彼が戻ってくるの待ってたけど・・・・・・。」
男女性行為をしていれば、数十分はかかる。その間に「死の双子」が彼女の体の中に廻り、感染が広まったという事であろう。そのように考えれば、「死の双子」は感染から1時間程度で発症するということなのであろう。かなり即効性の病原菌である。
女性は、そこまで話した後、いきなりけいれんを起こし、医師が尋問をストップした。それでそのままそのビデオは終了している。
「この後どうだったのですか」
「けいれんを起こして、その後、血を吐いて。医師が輸血を始めたという感じです。感染の恐れがあるので、我々も外に出されまして、ガラス越しに見ていたのですが、あまり先は長くないかと思いましたね」
「彼女の家族は」
「知らせました。ガラス越しに面会してもらったのですが、普段はそんなことをする子ではないのにということで泣いておりました。」
荒川は言葉もなかった。
「それで、その中国人に何らかの手掛かりはないのでしょうか」
「手がかりはないですね。他派遺書を作りたいのですが、彼女の証言だけでは手配書も作れませんし、一応警察の方で防犯カメラや、市街カメラなどを当たっていますが、何しろ似たような男女が多くて。」
「何とかしないけませんね」
松尾も、黙ってうなづいた。
「中島さんという刑事さんには会えますか」
「はい、お会いになりますか」
「もちろん、松尾さんもご一緒していただけますよね」
「はい」
長崎市民病院別院を出て、松尾の車は、長崎警察に向かった。