第10章01
カルロスと護は人工種管理官用の研究室から出され、四人の管理に囲まれてSSFの廊下を歩く。
階段を上がってメンテナンスルームがある階の廊下に入ると右前方の部屋のドアが開き、周防が出て来て一同を見て溜息をつく。
「やれやれ。私も忙しいんだが」
首を抑えて辛そうにしていたカルロスが「……周防」と呻いたその瞬間。
護がバッと管理の腕を振り払い、周防に向かって走り、タックルしてその身体を引き倒しつつ背後に回って周防の身体を支えながら首に右腕を掛けて怒鳴る。
「動くな!」
護より背の高い周防は床に膝をつき正座状態になり、同時にカルロスが管理の腕を振り払って護の元へ走りながら自分の腰のベルトを外して護に投げる。それをキャッチした護は周防の首にそれを巻き付け、管理達に叫ぶ。
「動くと絞め殺す!」
カルロスが続けて怒鳴る。
「コイツを殺されたくなければ俺達を霧島研に連れていけ!」
管理一同、唖然として言葉が出ない。
「早くしろ!」
カルロスに急かされて、我に返った管理の一人が「な、なんて事を」と呟き、別の管理が叫ぶ。
「バカな事はよせ!その人はお前の」
「そう、製造師だからやってんだよ。私は、こいつなら殺せる」
「虚勢を……」
せせら笑いを浮かべる相手に、カルロスは無表情のまま淡々と
「まぁ殺すと周防が作った人工種全員から恨まれるかも知らんがそんな事はどうでもいい。護、ちょっと締めとけ」
「了解」
護がベルトを引っ張ると、周防が「うっ……」と首に手を当て苦悶の表情をする。
「や、やめろ!本気なのか?」
焦りで管理の声が少し上擦る。護はその管理の男を睨みつつ
「本気だ。ここを突破できなければ俺達は生きていても意味が無い。……管理が俺達を殺すなら、俺達も!」
管理の男は護を説得するように
「って、そいつはお前達と同じ人工種だぞ?」
護は「俺達は人間を殺す事は出来ないが」と言い周防の首に掛けたベルトをグッと握り締め、言い放つ。
「管理側の人工種なら、殺せる!」
男は思わずゴクリと唾を飲み込む。護は続けて
「人工種の癖に管理の言いなりになって俺達にタグリングを付ける存在……」
更にカルロスが「そんな奴は殺してしまった方がいい!」
「ま、待て!」
「落ち着け!落ち着くんだ!」
四人の管理達は二人を落ち着かせようと必死に叫ぶ。その内の一人が
「と、とりあえず、霧島研に連絡するから、ちょっと待つんだ!」と叫ぶと他の三人の管理達に「ここを頼む!」と言い残し、元来た階段の方へダッと走って行く。
数分後。SSFのエントランスに月宮と、他に二人の管理、そして上司らしき男が集っている。
上司らしき男は「畜生、まさかこんな事になるとは!」と憤慨したように呟くと、若干責めるような口調で月宮に「ちゃんとメンテしたのか?」
「はい。あの時点までは問題は無かった。データを見て頂ければわかります」
「すると……」男は悩み顔で溜息をつき、小声で「こんな想定外な事態は……前例が無い!」と言ってから月宮を見て
「君は製造師見習いだろう。どう考える。何か良い案は?……こうなったら紫剣先生に説得してもらうか?」
月宮は思案しながら
「……人間に説得させるのは意味が無いかと。彼らと親しい人工種仲間に説得させた方が」
「確かに」男は頷いて「では黒船か」
「そうですね。彼らを黒船で霧島研に送る事にしたらどうでしょう。とりあえず船に乗せて、船内で仲間の人工種に説得させる。黒船にはSSFで生まれたSUの人工種も居るので説得には最適かと」
「それだ!」
上階の廊下では、カルロスがイライラしながら管理達に
「……で、霧島研の回答は?」
「まだだ、ちょっと待ってくれ」
カルロスは護を見て「ここで待っていても埒が明かない。こっちから行こう」
「うん。周防先生、立って下さい」
護に言われてゆっくり立ち上がる周防。
「待て!」
「待ちなさい!」
管理達の怒声を無視してカルロスは「屋上へ行こう。管理の船へ」と言い管理達に背を向け、廊下の先の、屋上へ続く階段がある方へ歩き出す。
「ちょっと待て!」
その時、管理達の背後から「今、黒船が来る!」という誰かの叫び声。皆が振り向くと、先程、霧島研に連絡しに行った管理の男が息を切らして走り戻って来た所だった。
「黒船で霧島研まで送る!仲間がお前を心配していた!」
カルロスはハハハと笑って「そんな訳がなかろーう!」
SSFの屋上には管理の小型船が一隻、駐機している。そのタラップの途中に立ち止まり、耳に着けたインカムで通信している人工種管理の男が一人。
「わかりました。黒船が来るまで何とかここで足止めを」
そこへ屋上の出入り口のドアが開き、カルロス達が出て来る。
男は一瞬ビクッとしたが、平静を保ちながらインカムに「こちらに来た」と言い、カルロスに「今、黒船がこちらに向かっている。それで霧島研へ」
「その船でいいから乗せていけ」
「今、操縦士が居ない」
するとカルロスは大きな声で
「あれ。船の中に居るのって操縦士じゃないのか」
「……」
目を見開いて青ざめた男は「そ、そうなんだ。ちょっと、この船は、飛べなくてな」と言い、懇願するように「頼む、黒船を待ってくれ!」
「じゃあ5分だけ待ってやる」
護は周防の首に巻いたベルトを押さえつつ「周防先生、床に膝をついて下さい。貴方、背が高くて……」
周防は言われた通りにする。管理の男は数歩歩いてタラップを降りるとカルロスと護を交互に見て
「しかし無謀な事を……こんな事をすれば、人工種への締め付けが更に厳しくなるだけだぞ」と言い、語気を強めて「君達が、我々の望むラインに従っていてくれれば」
「従えなくなったからこんな事をしているんです」
護が口を挟むと、男は更に強い口調で
「一体何が不満だったんだ。特に君は黒船で最高の地位と待遇が与えられて居た筈」とカルロスを指差す。
カルロスは仏頂面で「……語ると長い」
「人工種と人間、それぞれ不満はあるだろう。しかしそこを何とか擦り合わせて、協力して行かなければ社会は成り立たない。個人の勝手なワガママを通されては」
男の熱弁を遮るように、護が「それはわかります!」と言うと「特に採掘船なんか乗ってるとね。人工種は人間と違って自由に職を変えられないので我慢したり妥協したり大変ですから。でも、最近分かったんです。その人が本当に自分の心に従って生きてたら、勝手に協力しちゃうもんなんだって。無理なんかしなくても」
「というと?」
男が、少し苛立ったように聞き返す。
「だって、無理すると壊れますよ。いくら待遇が良くても。……この人なんて、モノが食べられなくなったんです」護はカルロスを指差して「無理して食べても吐いてしまう。そんな状態になっても黒船の為にって頑張ってたんです」
途端に周防が驚いたように目を見開いてカルロスを見る。
淡々と「メンテを受ければ」という男に護が「メンテすら出来ない状態になってたの」と言うと男は「いや」と否定し「メンテを受けたら良くなった筈だ!」
そこへ「それで人工種は短命だったんだ」という周防の声。
男も護も「えっ」と驚いて周防を見る。
「身体が壊れてもすぐに治せるので無理してしまう。つまり苦痛に対して麻痺してしまう。それで限界までやりすぎて、ある日突然、倒れる。……昔は人工種は本当に短命だった」
「……」
暫し黙る護達。周防は少し皮肉を込めた表情で
「まぁ、治せるとは言っても、応急処置でしかないし、……心は治せない」
そこへ男のインカムに、ピーピーとコールが鳴る。
男はインカムに「はい」と応答すると「えっ」と驚いて「り、了解です……」
カルロスが「どうした」と問う。
「いや、大した事では無い」
「そうか。しかし遅いなぁ黒船は。すぐそこが採掘船本部なんだが」
そう言いながら少し離れた所に見える巨大な建物群を指差す。
男はゴホンと咳払いしてから「ちょっと手間取っている」
護はなぜかニッコリ笑って「正直に言った方がいいよ、この人、高性能な人型探知機だから!」
カルロスは護に「とりあえず黒船がこっちに向かってない事はわかる」
「あらまぁ」
男は焦って「と、とにかく、色々手間取っているんだ」
「ホントに?」
「ああ!こっちも色々大変なんだ!」
黒船のブリッジでは、入り口周辺に集ったメンバー達とジェッソが話をしていた。
そこへ緊急電話のコールが鳴り響く。
「やれやれ。ウルサイ管理だ」
苦笑しながら呟くジェッソに船長席から駿河が言う。
「出た方がいいんじゃ……」
ジェッソは駿河の横に立つと「船長は口出ししないで頂こう!」
ついでに上総も「騒ぐとベルトで縛っちゃいますよ」と操縦席の総司の隣で笑う。
「んでも……」
戸惑い顔の駿河に、ジェッソは「仕方がない、五月蠅いからちょっと出るか」と緊急電話の受話器を取る。
「はい」と同時に管理の怒声が受話器から飛んで来る。
『はい、じゃない!緊急の用事だ船長を出してくれ!』
「ですから船長は今、多忙で」
『早くSSFに来い!カルロスを説得しろ、周防先生がどうなってもいいのか!』
内心、エラソウに怒鳴りやがってこの野郎と思いつつ、声音は涼やかに
「周防先生は大事な方です。ですから我々は霧島研へ行って」
『違う!まずSSFだ、お前じゃ話にならん船長を出せ!』
「船長は……」ちょっと考えたジェッソはニヤリと笑って「監禁しました」
「!」
駿河が仰天して目を丸くする。
『なにい?』
ジェッソはニコニコ笑いながら「SSFに行けとウルサイので監禁してしまいました」
『貴様ぁ!』
受話器から怒鳴られる。
駿河は目をぱちくりさせているが、総司や上総やメンバー達は密かに笑っている。ジェッソは続けて
「だってカルロスさんは黒船から逃亡した方ですよ。我々には彼を説得する自信がありません。行けばむしろ怒らせてしまうかもしれない。ですので我らは霧島研に、彼の要求を呑むように直談判に行きます」
『それは方向が違』
最後まで聞かずにジェッソは受話器を置いて電話を切る。隣で駿河が呆然と呟く。
「俺は監禁されたのか……」
その様子が面白くてジェッソは笑いを堪えつつ頷く。
「そうなったようです」
上総も笑いながら「監禁中です!」と頷く。
駿河は首を傾げて「うーん。……いいのだろうか……」と腕を組む。
ジェッソはニヤニヤ笑いながら「いいかどうかは知りません!」
はぁ、と溜息をついた駿河は「まぁいいや……」と呟き「後で結局、俺が管理に説教されるんだろうな……」と肩を落とす。そんな駿河の肩をポンと叩き、ジェッソは満面の笑みで
「大丈夫、私も共に叱られますから!」
続いて操縦席から総司の声。
「副長の俺もご一緒にー!」
整備用格納庫に入れられたアンバー内の食堂では、管理から説明を聞いた穣達が驚きの声を上げていた。
「ええ?護とカルロスが周防先生を人質に?」
「何でそんな事を!」ネイビーが聞くと、管理の男は「詳しい事情は知らん」と言い
「とにかく早急にSSFへ行き、彼らを説得して欲しい。すぐに出航準備を」
バッと立ち上がるネイビーと良太。しかし管理は腕を上げてネイビーを制止し
「アンタはいい。操縦は人間の奴にやらせる。機関士のアンタは急いで」と良太を見る。
良太は「余計な邪魔が無ければ、三分でエンジン始動させます」と言い残して食堂から走り出る。
穣が管理の男に問う。
「黒船も説得に行くのか?」
「ああ。もう行った」
するとマリアが「嘘。行ってない」
「えっ」驚いた管理はドンとテーブルを叩いて「お前、勝手に探知を!」
マリアは怯まず「黒船は変な方向に向かって飛んでる」
「貴様!」管理の男は激高してマリアの肩を掴もうとするが、バッと穣が腕を伸ばしてそれを遮り
「落ち着けや!荒っぽい事すると俺のバリアが炸裂するぜ」
男は憎々し気に穣を見ながら「これだから人工種は……」と呟く。
「黒船はどこに行ったんだ」
「俺は知らん!とにかくアンバーはSSFで説得だ!」
SSFの屋上では、カルロスが呆れたように「何だか知らんがモタモタと……」と呟いて屋上の出入り口を指差す。
「あそこに何人か居るが、なかなかこっちに来ない。一体、何やってんだ?」
足止め役の管理の男は動揺を隠して沈黙したまま無表情を取り繕う。カルロスは溜息をついて
「全く。管理ってのは暇人の集団なんだな」
護は苦笑しながら管理の男に
「貴方も嫌な役を引き受けちゃったねぇ……」
カルロスは護を見て「彼が可哀想だな。行くか、護」
「うん。じゃあ周防先生、立って下さい」
周防がゆっくり立ち上がる。その間にカルロスは建物の端の屋上フェンスへと歩いていく。
管理の男は不審気な目でカルロス達を見ながら
「な、何をするつもりだ」
護も周防の首に巻いたベルトを若干引っ張るようにしながら、周防と共にカルロスの方へ。
フェンスの所に来ると、護は少し屈んでカルロスの前に右腕を真っ直ぐ水平に伸ばして差し出す。
「ほい、踏み台」
カルロスは護の腕を踏み台にしてバッと屋上のフェンスを越える。
同時に管理の男が「え!」という大声を発する。
フェンスの足場と外壁の、僅かな隙間に足を掛けてフェンス外に待機するカルロス。護は周防の首のベルトのバックルを留めて、落ちないように固定してから管理の男に向かって叫ぶ。
「ちょっとビックリすると思う!」
それから両手で周防の身体を抱き抱え上げ、弾みをつけてブンと周防を上に投げ、フェンスを越えさせる。
管理の男の絶叫。
「ええええーーーーーーーー!」
待機していたカルロスは落下する周防をキャッチし、抱き抱えて一緒に落下する。
護は管理に「落ちても死なないから大丈夫!」と言うと一気にフェンスを越えて、自分も落下。
管理の男は殆どパニック状態で、インカムに「たっ、大変な、落ちたっ!落ちました、下に!」と絶叫。
カルロスは浮き石を使って落下速度を緩め、周防を立たせながら着地。続いて護も落下速度を緩めて着地。
「こっちだ」
カルロスの指示で走り出す三人。建物の裏手に回ると、塀の傍に脚立が置いてある。
「ここだ」
三人が脚立を上って塀を越えるとそこには一台の小型車が。周防は楽しそうに
「いいね、SSFから逃亡!」
カルロスが「早く乗れ。護と後ろに」と急かしつつ自分は助手席へ。
運転席に待機していた月宮が、カルロスを見て「ここまでは予定通り」
護は周防と共に後部座席に座ると、周防の首のベルトに手を伸ばす。
「ご協力ありがとう周防先生!ベルト外しましょう!」
周防は護を見て「いや、一応まだ着けといた方がいいかもな」
「そうですか?じゃあそのままで」
「うん。しかし浮き石を携帯しているとはいえ、ちょっとドキドキしたよ」
微笑む周防に護が申し訳なさそうに謝る。
「すみません、高齢の方に荒っぽい事を」
周防は満面の笑みを浮かべて「いや、凄く楽しい」
「は……?」
護は驚いたように周防を見る。
(なんか周防先生、生き生きしてる……?)
そこへ月宮が「じゃあ出します。とりあえず裏道を通ってマルクト方面へ」と言いつつ車を発進させる。
カルロスは探知を掛けつつ「ところで、黒船がマルクトに向かっているようだが」
「えっ」月宮は運転しながら驚きの声を上げて「黒船がマルクトに?なぜ」
「分からんが……まさか霧島研じゃないだろうな」
護が助手席の方に身を乗り出し、会話に入る。
「もしかしたら直談判しに行ったのかも」
「何の直談判だ?」
「ちなみにアンバーは?」
「さっき本部を出た。しかし管理が沢山乗ってるんだよなぁ……」
カルロスの言葉に月宮が「全部わかるのか。流石」と感心する。
「とりあえずアンバーと連絡とってみようよ」
護が言うと、月宮が怪訝そうに「どうやって?」
護はカルロスを指差し「この人型探知機が何とかする」
カルロスは難しい顔で「んー」と唸ると「アンバーの探知のマリアさんはずっとこっちを見ているので我々の動きに気づいてる。しかし向こうは管理に制圧されているらしく、好きに動けないんだな」
「あらま。どーしたもんか」
すると周防が「複数の人工種にSOS波を打ってみるとか」と提案する。
「何ですかそれ」
護が周防を見た途端、カルロスが「お前が気づかなかった奴だ!」
「あ」
何か理解したらしい護に、周防が追加説明する。
「探知人工種が放つ緊急信号。人間でも敏感な人なら感じるよ」
続いてカルロスが「人工種でも鈍感な奴は気づかない。護は私が全力で放ったSOS波に」そこに護の反論が重なる。
「気づいてたよ!一応」
「ウソつけ」カルロスはそう言い放ってから「アンバーにSOS波やってみる」とエネルギー全開でSOSを打つ。
エネルギーの高さに若干淡く光るカルロスを見て、月宮が「……凄い」と驚きボソッと呟く。
「後でデータ取らせて欲しい……」