公共サービスの話
みなさまこんにちは
少し日が空いてしまいました。その間はちょっと体調を整えたりしてたんでとりあえずは生きてます。
ところで最近暑くないですか?大阪はなかなか暑い感じでセーター着てたら汗かくレベルです。
ただ、夜だけ急に寒くなったりするので本当に生きにくい冬って感じです。
さて、今回は公共サービスの話をしようかと思います。
きっかけは最近あった水道サービスの民営化の話が一番大きいです。あと、少し前の話にはなりますが、郵便局の配達を土曜日はしない方針にするとのニュースがありました。それらから少し話を広げていこうかと思います。
さて、まず公共サービス及び公共財について話をして行きましょう。
まず、世の中の財には二種類存在します。一つは私的財です。これは私たちが日頃食べているご飯やお茶などが当たります。もう一つが公共財です。これは基本的に政府や地方自治体などが供給している財で警察や道路などが当たります。
ちなみに、財とサービスの大きな違いはものであるかどうかであるので、つまるところ特に大きな影響はないです。以下では公共サービスを公共財とすることにします。
公共財の大きな特徴として二つあります。
一つは非排除性です。何かと言うと、そこに住んでいる人なら誰でも消費することができるという性質です。公園は誰でも活用できるというのがいい例かと思います。
もう一つは非競合性です。これは誰でも等量消費できるという性質です。警察は誰でも同じように利用できますよね。
公共財の性質について話をしてきましたが、これは国や地方自治体がお金を出して供給しています。ここで一つ問題なのですが、果たしてこのまま国が供給していていいのかという話です。
国が供給しているということは当然歳出の一部になっています。現在の日本は1000兆円の借金がある状態で、それは増え続けています。そのような状態の中でそのような出費をしていていいのかという話です。
シンプルにいうと、このような公共財の供給を民間企業に任せることにして私的財にすることで政府の予算から外して出費を抑えればいいのではないのかという議論が上がってきます。これが水道の民営化出会ったり昔あった郵政民営化などです。
先に結論を述べると、それではいけないのです。むしろいけないから民営化をしてこなかったとも言えます。ではここからはその理由について話をして行きましょう。
簡略化のために今回は消費者は二人の個人であると仮定します。私的を供給する場合、消費者は自分のことのみ考えて消費量を確定します。しかし、公共財の場合、供給者が消費者みんなが十分なだけ供給します。なので必然的に市場の中で取引される財の量は公共財として消費される時の方が多くなります。
少し経済学の用語を使って説明をすると、私的財の場合は企業の限界費用と各個人の限界効用の一致点で消費量が確定します。しかし、公共財の場合は企業の限界費用と各個人の限界費用の総和である限界便益の一致点で消費量が確定します。なので公共財の場合の方が消費量は多くなります。
ちょっと私の非常に稚拙な文章のせいでわかりにくい説明になりましたが、要するに公共財として供給する時の方が私的財として供給する時に比べて多くなるということです。
しかし、よく考えてみれば、公共財はみんなの必要なだけ供給しているのに、私的財として供給すると消費量が減るのなら、それは不十分な量となります。これがミソです。
これを解消するためにリンダール方式などの改善策が論じられたりしますが、非常に複雑かつ国全体として実用に耐えうることはないという結論になっています。
余談ですが、公共財にはフリーライダーという問題もあります。これは非排除性と非競合性によってお金(税金)を払っていない人でも消費できるというものです。これも大きな問題になっていますが、今回の話には直接的には関係ないので割愛します。
さて、ここまでで公共財を民間に任せると供給量が減ってしまって十分な量供給されないという話をしてきました。
ここからは現実的に企業の目線に立って話をしていこうかと思います。
実際問題として出てきているのが郵便配達の話です。現在は人手不足等の理由で土曜日の配送を取りやめる方針ということです。
国がやっている公共サービスっていうのは往往にして赤字になるものなんですよね。そうでなければ民間企業が参入するだけの話なので。だからこそ国が力を入れて供給するべきなのです。
今回の郵便の例に当てはめても結局コストの問題から取りやめる方針だそうです。私としては当たり前の結果なのかなと思います。
水道の民営化についても反対意見は結構根強いです。世界で水道関係を民営化した結果として水質の悪化などの悪影響が出ている国はあげるとキリがないほどです。
企業の行動理念は利潤の最大化です。赤字が出るならその部門の切り捨てなどは当然の行動の範疇です。さらに言及すると、企業は社会に対して責任を追う必要がないというのはさすがに極論過ぎますが、それを中心に事業を展開する必要はありません。
言い換えるなら、公営の場合は社会に対して非常に大きな責任を持ちますが、私営の場合はそこまで社会に対する責任はありません。
なので、公営であった時の水準が必要な供給量であったが、民営化に伴って財務を圧迫しているという理由で規模の縮小を測ったところで特にたしなめることはできません。
なので、今まで公営でやっていた事業、特にインフラ関係を民営にするというのは軽い気持ちでするべきではありません。
最悪、公園がなくなってしまっても大変なことにはなりませんが、郵便や水道とは各個人の生活並びに企業の経済活動に非常に多大な影響をもたらす結果になることは想定の範囲内です。
このように必要な経費を支払わないようにしようとするのは日本人らしいかなと少し思いますが、このような考えは無くしていかないといけないかなと思ったりします。
今回はこの辺で終わろうかと思います。