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一期一会~オーストリア編③~

2024.09.04 04:55

3日目はドナウ川をヴァッハウ渓谷へ下り、メルク修道院と古城を巡るクルーズをした。川からの景色は絵画のように美しかった。


向かう途中で寄港したメルク修道院は石造りの荘厳な建物であった。外の見事な壁にはツタがからまっている。長い歴史を感じた。


例えが貧しくて申し訳ないのだが、広々と静かな建物はファンタジーゲーム(要はTVゲーム)で見た修道院そのものだった。長いローブ姿で歩く修道僧を見つけては、『こういう人に話しかけて冒険のヒントをもらったり、ゲームをセーブするんだよなぁ。』などと、感動を覚えたりした(いや、違うから)。


修道院内の景色に見惚れていたからか、間違って男性の化粧室に入ってしまった。中に入った途端、恰幅のいい男性に『オイオイ、お嬢さん。ここは男性用だぜ!冗談はやめてくれよ!』と、英語でツッコミをいただき、『ごっ、ごめんなさいいい!!!!』と這々の体で逃げ出した。背中からは大爆笑が聞こえた。


ドナウ川を下っていると、川のほとりにいくつも城を見ることができる。昔から聳え立っているであろうそれらの古城たちは、私の心をワクワクさせるのに十分だった。幼い頃からページをめくるのももどかしく読み進めた王や王妃や姫の物語、騎士や兵士の勇敢な冒険のストーリーが目に浮かぶようだ。小説でしか見たり聞いたことのない世界が目の前で広がっている。なんて素敵なんだろう!もちろん、実際のそこでの暮らしは、私が知るおとぎ話のように素晴らしかったかというとそうではないかもしれないけれど。それでも、美しかったし、楽しかった。



クルーズツアーの参加者はほとんどがヨーロッパから来た観光客だったけど、私以外に唯一日本人の母娘がいた。東京から来たという60代くらいのご婦人と30歳前後の娘さんとランチが相席だったのだ。


船の中で、ナイフとフォークを使っていただくオーストリアの名物が美味しかった。ウインナーシュニッツルは、日本のトンカツに似ている。トンカツよりやや薄い豚肉を使って揚げられているので、日本人には好き嫌いが分かれるかもしれない。私は好んだ。


ふと、母親の方の婦人が話しかけてくる。娘さんと時々海外旅行をするらしい。彼女は『実は娘はスチュワーデスをしておりますの!』と、重大な秘密を打ち明けるかのように、でも、得意げに言い放った。『ですから娘は英語がペラペラでして、世界中どこに行っても安心なんですのよオホホ‥』スチュワーデス、という言葉をものすごく久しぶりに聞いた。


その後も婦人のご自身語りは止まることがなく、私はランチの30分の間で彼女の家族構成と、それぞれのご職業を全て知ることとなった。娘さんは英語が流暢なCA(日本の航空会社勤務)、ご主人はとある企業の代表取締役社長、2人いる息子さんたちは内科と心臓外科のお医者さまだという。華麗なる一族なのだそうだ。


ご婦人は娘さんが英語を話せることをとても誇らしく思っていらっしゃるようだった。『海外旅行するなら言葉ができないと不便でございましょ?娘は流暢に話せますものですから何も不便はありませんの。言葉でご苦労なさっていらっしゃるのではないですか?』と問われたので、いえ、幸いコミュニケーションを取ることはできると思います、と答えたところ、『あらぁ、大丈夫ですわよ英語が話せなくても!世界のどこへ行っても笑顔さえあれば心が通じ合えますからね!』と励ましてくださる。


本当にそうですよね、と答えた。すると、突如ご婦人に問われた。『あなたは何のお仕事をなさっていらっしゃるの?』本当は聞かれたくなかった質問だ。


英語を教えています‥、と答えた。『あっ、あら、なら英語をお話しになるんですのね‥』とご婦人。場の空気がちょっとだけ気まずくなってしまったことは否めない。『いえ、でもまだまだ勉強中です!言語の学習って終わりがないですからね!』と慌てて伝える。これは本音。



旅は道連れ、世は情け。

普段なら会わない人と、不思議なほど親しく話せるのも、旅ならではの楽しみではないだろうか。


いい思い出だ。


(つづく)