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紅く色づく季節

Re:collection

2024.05.21 02:42

【詳細】

比率:男2:女2

現代・ラブストーリー

時間:約50分~60分


【あらすじ】

毎週月曜日、私はこのお店の扉をゆっくりと開ける。

「はじめまして、今週もよろしくお願いします」

少し奇妙な挨拶。それが私の一週間の始まりの挨拶。


これは、始まりの物語。



【登場人物】

朝陽:瀬戸内 朝陽(せとうち あさひ)

   25歳。22歳の時に大きい事故にあい、それ以降記憶が一週間分しか保持できない。

   事故以前の記憶はあり。記憶が維持できないだけで身体が覚えている作業等は問題なく行える。

   カフェ『メーア』で働いている。 



海斗:立花 海斗(たちばな かいと)

   30歳。カフェ『メーア』の店長。オーナーの孫。

   朝陽の事情を理解したうえでアルバイトとして雇っている。



柚子:瀬戸内 柚子(せとうち ゆず)

   20歳。朝陽の妹。お姉ちゃん大好きっ子。大学生。

   もともと彼女がカフェ『メーア』でアルバイトをしていて、その紹介で朝陽もアルバイトを始める。



 颯:小田 颯(おだ はやて)

   20歳。朝陽目当てでカフェに通うようになった大学生。

   柚子と同じ大学の同じ学部。



●カフェ『メーア』・月曜日・朝

   カウンターの中で開店準備をしている海斗。

   店のドアが開く。


朝陽:……

海斗:(入口の朝陽に気が付き)あ……

朝陽:えっと……おはようございます

海斗:はい、おはようございます

朝陽:はじめまして、今週もよろしくお願いします

海斗:改めまして、今週もよろしくお願いします


朝陽:(M)少し奇妙な挨拶。それが私の一週間の始まりの合図

   新しい記憶を保持することが出来ない私の、新しい一週間の始まり





●カフェ『メーア』・火曜日・夜

   最後のお客様が帰っていく。ドアが閉まる。


朝陽:ありがとうございました!

海斗:ありがとうございました

朝陽:(小さく息をつき)よし!

海斗:今のお客様で最後かな?

朝陽:はい!

海斗:じゃあ、表の看板クローズにしてこようかな

朝陽:あ、もうやってあります

海斗:本当? 流石、瀬戸内さん

朝陽:いえ、そんな……

海斗:(優しく微笑んで)謙遜することないですよ。本当にいつも助かってます

朝陽:い、いえ


   店のドアが開き、柚子が入って来る。


柚子:お疲れ様で~す

海斗:お、柚子ちゃん。お疲れ様

柚子:店長、お疲れ様です! お姉ちゃんの迎えに来ました!

朝陽:柚子、ありがとう

柚子:お礼なんていいの。私が心配で来てるんだから!

朝陽:でも、大学の授業で疲れたでしょ?

柚子:今日は大丈夫! 教室移動も少なかったし。なんなら空きコマあったし

朝陽:そう?

柚子:そうそう

海斗:じゃあ、お腹はすいてないかな?

柚子:そんなことありません! めっちゃすいてます!

朝陽:ちょっと、柚子!

柚子:だって、お腹がすいてるのは本当だもん!

海斗:流石、柚子ちゃん。今日も通常運転だね

柚子:もちろんです!

海斗:じゃあ、ご飯食べてく?

柚子:えぇ! 良いんですか?

海斗:いいよ。ちょうどナポリタン作ろうかなって思ってたところだから

柚子:やった~! 店長のナポリタンめっちゃ好き!

海斗:ありがとう

朝陽:ちょっと、柚子ったら……店長、本当にいいんですか?

海斗:もちろん。瀬戸内さんもナポリタンでいいですか?

朝陽:はい!

海斗:じゃあ、ちょっと待っててください

   

   海斗、キッチンスペースに入っていく。


朝陽:……

柚子:おね~ちゃん。どうしたの? 店長のことジッと見て

朝陽:……本当にいい人なんだなぁ~って

柚子:今更?

朝陽:いや、いい人なのは私なんかを雇ってくれている時点で分かっていたけど……

柚子:お姉ちゃん

朝陽:なに?

柚子:また、「私なんか」って言った

朝陽:あ……

柚子:それは言わない約束だよ?

朝陽:そうだったね、ごめんごめん

柚子:もう!

海斗:(キッチンから)こらこら、喧嘩はダメですよ~

柚子:喧嘩なんてしてませんから! ね、お姉ちゃん

朝陽:はい

海斗:(キッチンから)ならよかった。もうちょっと待っててくださいね~

柚子:は~い!

朝陽:(微笑んで)はい




●瀬戸内宅・朝陽の部屋・火曜日・夜

   寝る準備をしている朝陽。

   ドアのノックの音。


朝陽:は~い


   ドアが開く。


柚子:お姉ちゃん、私もう寝るね

朝陽:うん、おやすみ

柚子:お姉ちゃんも寝なよ? 今日も仕事疲れたでしょ?

朝陽:ちょっとだけ。でも、身体が覚えててくれたから安心した

柚子:お姉ちゃんなら大丈夫でしょ。前に飲食のバイトしてたし、経験全くないわけじゃないんだから

朝陽:それは覚えてるけど、お店が違えばいろいろ違うじゃない。ちゃんとできてよかった

柚子:お姉ちゃんは真面目だな~。まぁ、それがお姉ちゃんの良いところなんだけどね

朝陽:もう、柚子ったら

柚子:本当のことだもん。明日も仕事だっけ?

朝陽:うん。明日は午後からちょっとだけ

柚子:おっけ~。終わりの時間に迎えに行く

朝陽:大丈夫だよ?

柚子:いいのいいの。ついでにシフト確認したいし

朝陽:……店長さんに会いたいだけなんじゃないの?

柚子:え? まっさか~

朝陽:そう?

柚子:あれ? お姉ちゃん、もしかして……

朝陽:な、なに?

柚子:大丈夫だよ!

朝陽:え?

柚子:私と店長は全くそんな関係じゃありません!

今までのお姉ちゃんの日記にもそんなこと一言も書いてなかったでしょ?

朝陽:た、確かに……

柚子:店長にお世話になってるのは事実だけど、恋愛感情とか全くわかないし

   どちらかと言えば、歳の離れたお兄ちゃんって感じかな

朝陽:そっか……

柚子:安心した?

朝陽:え?

柚子:(朝陽に抱き着き)大丈夫だよ~。私はお姉ちゃんラブだから!

朝陽:ちょっ、柚子

柚子:彼氏が出来たら、真っ先にお姉ちゃんに報告するもん

朝陽:わかったわかった

柚子:もう! 今日もお姉ちゃんが可愛すぎる!

朝陽:はいはい! ほら、もう寝るんでしょ?

柚子:は~い。あ、明日、一応八時に起こして!

朝陽:一回で起きてね?

柚子:……頑張ります……

朝陽:最低でも何時に出れば間に合うの?

柚子:十時

朝陽:わかった

柚子:お姉ちゃん、大好き!

朝陽:もう、調子いいんだから。早く寝なさい

柚子:は~い。あ、日記書き終わったら念のためリビングの机の上に置いといてね

朝陽:わかった。保管、よろしくね

柚子:おっけ~。じゃあ、おやすみ

朝陽:うん。おやすみなさい


   柚子、部屋を出ていく。


朝陽:さて、私も書いて寝よう


朝陽:(M)一日の終わり。寝る前の時間に私は日記を書くことにしている

   内容はいたって普通のこと。今日起きたこと、仕事の内容、お客さんとの会話

   『未来』の私への置き手紙のようなものだ

   私は、大学の時に大きな事故に遇い、それ以降一週間以上の新しい記憶を保持することが出来なくなってしまった

   一週間経つと自動的に記憶がリセットされてしまうのだ

   これは何週間か前の私と妹の柚子から聞いた話

   最初はそんなドラマみたいなことあるものかと思ったが、どうやら現実らしい

   私の記憶は二千二十年で止まっているのに、辺りを見回すとどこもかしこも二千二十三年の文字

   そして、大量のルーズリーフに書かれた過去の私からの置手紙のファイル

月曜日はいつも怖くて戸惑う

   でも、そんな私を妹の柚子はずっと支えてくれている

   両親からも見放された私をずっと傍で……それが申し訳なくもあり、嬉しくもあり……

   そして、もう一人。こんなになった私を受け入れてくれている人

   それが仕事先のカフェ『ミーア』の店長、立花海斗さんだ

   毎週記憶が消える私を根気強く、そして優しく迎え入れてくれる

   私の今の生活はこの二人がいてくれて成立してるんだ


朝陽:……これで、よし

   明日の私はまだ大丈夫だとは思うけど……よろしくね





●カフェ『メーア』・水曜日・午後・雨

   ドアが閉まる音。


海斗:ありがとうございました

朝陽:ありがとうございました!

海斗:ノーゲスになっちゃいましたね

朝陽:はい

海斗:今日は雨が強いですから。仕方ないですね

朝陽:確かに、雨が強いと飲食はなかなか難しいですよね

海斗:じゃあ、ちょっと休憩にしちゃいましょうか

朝陽:え?

海斗:午後一で頑張ってくださいましたし、今日はゆっくりと営業しましょう

朝陽:……お気遣いいただいちゃってすみません……

海斗:(優しく微笑んで)謝らないでください

朝陽:え?

海斗:瀬戸内さんはなんにも悪い事してないじゃないですか

朝陽:でも……

海斗:それなら、「ありがとう」って言ってもらえる方が嬉しいですよ

朝陽:あ……

海斗:ね?

朝陽:はい。ありがとうございます

海斗:(微笑んで)はい


   ドアが開く音。


朝陽:あ、いらっしゃいま……

 颯:(遮るように)うわ~、濡れた濡れた!

海斗:(小さく)……君は……

 颯:あ、急に入って来ちゃってごめんなさい! やってます?

朝陽:は、はい。大丈夫ですよ

 颯:あれ? もしかして、お姉さん……

朝陽:は、はい

 颯:(朝陽をじっと見て)う~ん……

朝陽:な、なんでしょう?

海斗:お客様……

 颯:(遮って)やっぱり! 記憶喪失のお嬢様だ

朝陽:え?

海斗:……

 颯:うっそ、本当にいたんだ! 今、うちの大学でめちゃくちゃ有名なんですよ、お姉さん

朝陽:え? え?

 颯:はじめまして! 俺、小田颯って言います

朝陽:はい

 颯:俺、お姉さんに会ったら一番に言おうと思ってたんですよ!

朝陽:な、何をですか?

 颯:俺と付き合ってください!

海斗:っ!

朝陽:え?




●カフェ『メーア』・水曜日・夜


柚子:はぁ? 告白された? 誰に?

朝陽:えっと、大学生の男の子に……

柚子:はぁ? 大学生のガキが私のお姉ちゃんに手を出すなんて百年早いんじゃ!

朝陽:ゆ、柚子、落ち着いて

柚子:これが落ち着いていられるわけないでしょ! 店長!

海斗:はい

柚子:その男の面って覚えてますか?

朝陽:面って……言い方が物騒だよ、柚子……

海斗:柚子ちゃんも知ってる人だよ

柚子:え?

海斗:小田颯くん

柚子:は? 小田?

海斗:うん。自分で名乗ってたし、間違いないんじゃないかな

柚子:なんであいつが……

朝陽:柚子の知り合い?

柚子:同じ大学の子。初期ゼミが一緒だったから覚えてる

朝陽:そう。柚子のお友だちなら大丈夫だね

柚子:えぇ?

朝陽:だって、柚子の周りは昔からいい人でいっぱいだもの

柚子:……店長とか?

海斗:え?

朝陽:そうだね

海斗:……

柚子:だって、店長

海斗:ちょっと、柚子ちゃん

朝陽:ん?

海斗:とにかく、瀬戸内さんは今後気を付けてください

朝陽:は、はい

海斗:お店にいるときは僕も気を付けておきますけど……

柚子:私も大学終わりで間に合う時は絶対に送り迎えするから!

朝陽:ふ、二人とも、私は大丈夫だから

柚子:お姉ちゃんはわかってない!

朝陽:えぇ?

柚子:お姉ちゃんは可愛いんだから! 変な虫が寄ってきても困るのよ!

朝陽:そんなこと……

柚子:あるから!

朝陽:て、店長……

海斗:柚子ちゃんの言うことはもっともですよ。もっと自覚してください

朝陽:は、はい?

柚子:本当に自覚して。じゃないと、店長も困りますよね?

朝陽:え?

海斗:柚子ちゃん

柚子:事実じゃないですか

海斗:(軽く咳払いして)とにかく、注意することに越したことはないって話です。わかりましたか?

朝陽:は、はい!

柚子:とりあえず、明日からしばらくなるだけ一人にはならないこと! わかった?

朝陽:う、うん




●公園・木曜日・昼

   公園のベンチに座っている朝陽。


朝陽:って、昨日返事したのに……

 颯:お待たせしました~

朝陽:(M)なんで私は小田さんに掴まってるの~!

 颯:あれ? 嫌でした?

朝陽:え?

 颯:飲み物。女の子って大体ミルクティーは外れないって思ってたんだけど。嫌ならこっちの炭酸にします?

朝陽:えっと……それは……?

 颯:見たことないです? 謎炭酸!

朝陽:謎、炭酸?

 颯:そう。飲んでみるまで味が分からない闇鍋的な飲み物!

朝陽:今そんなのあるんだ

 颯:あ!

朝陽:え? なんですか?

 颯:そっちの顔の方がやっぱりいい

朝陽:え?

 颯:自然な笑顔、素敵ですね。瀬戸内さん

朝陽:どうして私の名前……

 颯:名札

朝陽:名札?

 颯:昨日お店に行ったときに確認しちゃいました

朝陽:あぁ

 颯:なので怪しいことしてお姉さんの個人情報手に入れたわけじゃないんで安心してください

朝陽:はい

 颯:あ、俺のことは颯って気軽に呼んでくださいね

朝陽:え、でも……

 颯:学校でも下の名前で呼んでもらってるんです。小田なんて苗字沢山いすぎて、誰のこと呼ばれてるのか分からなくなっちゃうんで

朝陽:は、はぁ……

 颯:ってことで、はい!

朝陽:え?

 颯:試しに呼んでみてください

朝陽:本当に?

 颯:はい

朝陽:えっと……颯くん

 颯:(微笑んで)うん。そっちの方が小田よりもしっくりくる。ありがとうございます

朝陽:いえ

颯:それで

朝陽:はい

 颯:ミルクティーでいいですか?

朝陽:あ、はい! ありがとうございます


   朝陽、颯から飲み物を受け取る。


 颯:どういたしまして。じゃあ、お隣失礼します

朝陽:はい


   颯、朝陽の隣に座る。


 颯:出勤前にすみません

朝陽:いえ

 颯:お時間、大丈夫ですか?

朝陽:はい。何かあっても大丈夫なように早めに出るようにしてるんです

 颯:へぇ、流石、社会人って感じですね

朝陽:そうでしょうか……私なんてただのアルバイトですけど……

 颯:アルバイトって悪いことなんですか?

朝陽:え? 悪くはないけど……立派な社会人かって聞かれたら返答に困ります

   私の歳ならちゃんと就職して、ちゃんと働いてるのが普通だと思うので……

 颯:立派な社会人かぁ。立派って定義が難しいですけど、俺は瀬戸内さんのこと凄いと思ってますよ

朝陽:え?

 颯:だって、自分が一番大変なのに職場のことまで考えられるなんて凄いです

朝陽:……そんなことないですよ。私はいつもいっぱいいっぱいで……

   お仕事だって、妹と店長さんのおかげで出来てるんですから……

 颯:あの、つかぬ事を聞いてもいいですか?

朝陽:はい?

 颯:あんなこと言った後に聞くのもなんなんですが、瀬戸内さんってあのお店の店長さんの彼女さんだったりします?

朝陽:え? えぇ! 違いますよ! なんですか急に!

 颯:いや、だってそういう関係なのかなって

朝陽:え?

 颯:だって、不思議に思いませんか?

   なんとも思ってない、ちょっとだけいろいろ大変な人を雇うなんてただの親切心だけじゃ出来ませんよ

朝陽:……それは……

 颯:ね? 不思議に思いませんか?

朝陽:……

 颯:どうして、立花さんは貴女を傍に置いときたがるんでしょうね?

朝陽:置いときたがる?

海斗:(少し遠くから)瀬戸内さん!

朝陽:立花さん!

 颯:(小さく)……タイムオーバーか

朝陽:え?

 颯:(立ち上がり)ねぇ、瀬戸内さん。『過去』の貴女から『今』の貴女へ、立花さんに関する伝言ってありませんでしたか?

朝陽:伝言? いえ

 颯:本当に?

朝陽:はい

 颯:じゃあ、これ


   颯、朝陽に一枚の折りたたまれたメモを渡す。


朝陽:これは?

 颯:過去からの手紙です。貴女にあげます

朝陽:……

 颯:あぁ、でも、今は読まないで

朝陽:え?

 颯:いつか、助けが欲しいってなったときに読んで

朝陽:助け?

 颯:今は分からなくてもいいです。ただ、持っていてください

   あ、誰にも見せちゃダメですからね? それが例え妹さんや店長さんでも

朝陽:……わかりました

 颯:(微笑んで)やっぱり優しいなぁ。相手が立花さんじゃなかったら横からかっさらったのに

朝陽:え?

海斗:瀬戸内さん!

 颯:じゃあ、俺はこれで

朝陽:え、あ、はい

 颯:今度謎炭酸飲んでみてくださいね!

朝陽:えぇ!

 颯:それじゃ!


   颯、海斗の横を抜けて去る。


海斗:……

朝陽:店長?

海斗:あぁ、なんでもないです。それよりも、大丈夫でしたか?

朝陽:颯君ですか?

海斗:颯君……随分仲良くなったんですね?

朝陽:いえ、そんなには。同じ苗字が多いから下の名前で呼ばないと誰が呼ばれてるのかわからないってことだったので

海斗:なるほど……

朝陽:あの……

海斗:はい、なんでしょう?

朝陽:店長はどうしてここに?

海斗:あぁ、実は柚子ちゃんから連絡がありまして

朝陽:柚子から?

海斗:えぇ、「小田と一緒に受けてた講義が休講になった。もしかしたら、店に行くかもしれない。なんだったら店の前とかで待ち伏せしてお姉ちゃんを攫って行くかもしれない。私次のコマもあるのでお姉ちゃんを迎えにいってください」って、顔文字もスタンプも無いものすごくシンプルな文面が送られてきまして

朝陽:柚子ったら……

海斗:久々に見ましたね。あのシンプルな文面

朝陽:もしかしなくても、柚子が怒ってるときのそれですよね?

海斗:だと思います。それもかなりの熱量で

朝陽:あぁ……て、店長、このことは……

海斗:とりあえず、内緒にしておきましょうか……

   柚子ちゃんが今どんなテンションかわかりませんし

   小田君と瀬戸内さんが二人で会話していたなんて知ったら店の備品が無事かちょっと心配ですしね……

朝陽:そんなことない……と断言できないのがアレなんですが……

   すみません、よろしくお願いします

海斗:では、これは僕と瀬戸内さんだけの秘密ということで

朝陽:はい……お願いします……

海斗:(嬉しそうに微笑む)

朝陽:店長?

海斗:あ、はい

朝陽:迎えに来ていただけたのは嬉しいんですけど、お店、大丈夫なんですか?

海斗:あぁ、もちろんですよ。今日は久しぶりに祖父が来てまして

朝陽:オーナーが?

海斗:はい、なんでもいいコーヒー豆が手に入ったとかなんとかでご友人を招待していたらしく

   ちょうどノーゲスになったタイミングだったので少しの間だけ臨時の貸し切りということにしてきちゃいまいた

朝陽:そうなんですね。オーナーのコーヒーかぁ……

海斗:おや? 瀬戸内さんもコーヒーに興味が?

朝陽:いえ、何か月か前の日記にオーナーさんが入れてくれたコーヒーが美味しかったと書いてあったので。どんな感じなんだろうなって興味があって

海斗:なるほど……では、明日、瀬戸内さんのご都合がよろしければ外にお出かけなどいかがでしょうか?

朝陽:え?

海斗:明日、お休みですよね。僕もちょうどお休みなので柚子ちゃんとのご予定が無ければ公園でピクニックなんていかがですか? オーナーのコーヒーと僕のお手製のサンドイッチで

朝陽:えぇ! 凄く嬉しいお誘いですけど……いいんですか?

海斗:もちろんです。今日お店に来たということは明日も祖父はお店に出る予定でしょうし、もともと頼りになるスタッフさんでシフト組んでありますから。お昼頃にでも隣町の湖畔公園でも行きませんか?

朝陽:湖畔公園! 懐かしいです。よく幼い頃家族でピクニックに行ってました

海斗:そうなんですね。では、場所はそこに決まりで

朝陽:はい! ありがとうございます!

海斗:(優しく微笑んで)いえ、お礼なんて。僕が言いたいくらいです

朝陽:え?

海斗:瀬戸内さんの貴重な時間を僕にくれてありがとうございます

朝陽:そ、そんな

海斗:明日は最高のお休みになるように頑張りますね

朝陽:えぇ!

海斗:では、その為にも今日のお仕事頑張りましょう

朝陽:は、はい!

海斗:(微笑んで)ゆっくりお店に行きましょうか。あ、祖父のご友人方も瀬戸内さんのこと覚えてくれていますから心配しないでくださいね。いつも通りで

朝陽:はい!


   朝陽、海斗、公園を去る。

   それを陰から見ている颯。


 颯:うんうん、いい雰囲気なんだけどなぁ……じれったいなぁ……やっぱり、俺が……

柚子:俺が? なに?

 颯:俺が横からかっさらって……って、柚子っち!

柚子:よぉ、小田く~ん。君は一体何をしているのかな?

 颯:柚子っち、怖い怖い。笑顔が怖いよ~?

柚子:で? な、に、を、していたのかな?

 颯:……お姉さんと店長さんの行く末を見守っていました

柚子:……

 颯:すみません! 怖いから無言で睨まないで!

柚子:(大きくため息をついて)あんたさぁ、何がしたいの?

   俺に任せてって言っといて、やってることただの変態じゃん

 颯:変態! そんな人聞きの悪い!

柚子:じゃあ、違うとでも?

 颯:断じて! 俺はあの二人に幸せになってもらいたくて……

柚子:ほぅ……

 颯:怖い! 怖いって柚子っち!

柚子:……ねぇ、マジで軽い気持ちなら関わるのやめてくれない?

 颯:軽い気持ちなんかじゃないって。俺は真剣だよ

柚子:そうは見えないんだけどね

 颯:マジな話。柚子っちはさぁ、このままでいいと思うの?

柚子:え?

 颯:お姉さんと店長さんの関係

柚子:……

 颯:このまま同じことの繰り返しでいいの?

柚子:……わかんない

 颯:わからないから現状維持するの?

柚子:っ!

 颯:お姉さんの記憶がリセットされるのをいいことに二人の関係性を隠し通すの?

柚子:……

 颯:立花さんの意思だけを尊重して?

柚子:だって……でも……

 颯:ごめん

柚子:え?

 颯:これは柚子っちに言うことじゃないよね。例え、立花さんの共犯者だとしても

柚子:……

 颯:本人たちのことは本人たちにしかわからない。当事者じゃなきゃわからなことなんていっぱいある

柚子:……うん……

 颯:でもさ、部外者が手を貸しちゃいけないなんてことないと思うんだ

   だから、ごめん。俺は一つヒントを出した

   選ぶのはお姉さんだけど、選んだらきっと現状維持はできない

柚子:……わかった……

 颯:どんな結果になっても俺はこれまで通り力になるつもりだよ。俺も柚子っちたちの共犯者だから

柚子:……うん……





●瀬戸内宅・木曜日・夜

   リビングで日記を書く朝陽。お風呂から上がってくる柚子。


朝陽:……これでよし

柚子:今日はもう書き終わったんだ?

朝陽:あ、柚子。お風呂あがったんだ

柚子:うん。今日はお姉ちゃんの好きなバスボム入れといた

朝陽:ありがとう

柚子:そういえば、今日大丈夫だった?

朝陽:え?

柚子:小田颯

朝陽:あ、あぁ……

柚子:捕まったりしなかった?

朝陽:大丈夫だったよ

柚子:本当に?

朝陽:えっと……ミルクティー奢ってもらった

柚子:はぁ?

朝陽:でも、本当にそれだけだから!

柚子:……あいつ、次にあったらしめてやる……

朝陽:柚子!

柚子:あ、そうだ! お姉ちゃんって明日どうする? 

   私、大学の講義の後バイトだから家に帰ってくるの夜になっちゃうんだけど……

朝陽:明日は店長さんと一緒にピクニックに行って来る

柚子:え!

朝陽:あ、ダメだった?

柚子:ううん。そんなことないよ。そっか、よかった

朝陽:ん?

柚子:なんでもない。どこに行くの?

朝陽:隣町の湖畔公園に行こうかって

柚子:あぁ、あそこか~。懐かしいね

朝陽:ね? 小さい頃よくお父さんとお母さんと行ったよね

柚子:……そうだね。あ、じゃあ、明日ってお弁当とかいる感じだった? 

   夕飯、適当に冷蔵庫の物使っちゃったけど……

朝陽:ううん、大丈夫。立花さんが用意してくれるって

柚子:そうなんだ

朝陽:うん。今日、オーナーさんがご友人方に淹れていたコーヒーが美味しそうだなって言ったら、コーヒーとサンドイッチもってお出かけしましょうって……

   今考えると図々しかったかも……

柚子:いいんじゃないかな。店長、オーナーに負けないくらいコーヒーが好きだから

   お姉ちゃんに興味持ってもらえたのが嬉しかったんだよ

朝陽:そうなのかな?

柚子:そうそう。前にオーナーからお姉ちゃんがコーヒー淹れてもらって飲んでた時も嬉しそうだったし

朝陽:そっか

柚子:あぁ、でも、あの時は悔しそうでもあったかなぁ

朝陽:そうなの?

柚子:うん。自分もオーナーみたいに美味しいコーヒーを淹れられるようになりたいって言ってた

朝陽:そっか……ねぇ、柚子

柚子:なに?

朝陽:柚子に預けてある日記、今日の夜借りてもいい?

柚子:え?

朝陽:コーヒーのこととかいろいろ予習しておきたくて。当時の私がどう思ったのかとか

柚子:……別に『今』のお姉ちゃんがどう思うかとかでいいと思うけど……

朝陽:きっと柚子と立花さんはそう言ってくれると思うけど、私が知っておきたいなって思うから。私のために

柚子:……わかった

朝陽:ありがとう

柚子:じゃあ、先にお風呂入って来て

朝陽:うん。わかった。じゃあ、行って来るね

柚子:うん


   朝陽、風呂へと向かう。


柚子:……今回はどうなっちゃうのかな……


   柚子のスマホが鳴る。


柚子:こんな時間に電話とか……誰だ?

   (画面を見て)颯? もしもし

 颯:おぉ、よかった! 柚子っち起きてた!

柚子:うん、起きてたよ

 颯:ちょっと今日の講義のノート眠すぎてちゃんと書きとれてないところがあってさ!

柚子:そう

 颯:柚子っち?

柚子:なに?

 颯:なんかあった?

柚子:え?

 颯:声、明らかに元気ないから

柚子:そんなこと……

 颯:(遮って)ある。この颯様の聴力を舐めんなよ?

柚子:……

 颯:お姉さんに何かあった?

柚子:え?

 颯:柚子っちがそんだけ落ち込むのはお姉さんのことしかないじゃん

柚子:……

 颯:当たり?

柚子:……ば~か……

 颯:はいはい。で、どうした?

柚子:……昼間さ、あんたがちょっとだけお姉ちゃんのことつついたじゃん

 颯:つついたって……人聞き悪くない?

柚子:うるさい。事実でしょ?

 颯:はい

柚子:お姉ちゃんが『過去』のことを気にし始めた

 颯:……なるほど……

柚子:うん

 颯:それで、柚子っちは何で落ち込んでるの?

柚子:昼間、あんたに言われて、お姉ちゃんの意思を尊重しようって思ったのに……

   いざ行動に出されるとドキッとする

 颯:うん

柚子:選ぶのはお姉ちゃん。どんな結末になっても……

 颯:……なぁ、柚子っち

柚子:なに?

 颯:「どんなに失敗してもいい。明日があるってそれだけで凄い事なんだから」

柚子:え?

 颯:俺が前にお姉さんからもらった言葉。明日のことなんて誰にもわからない。だからいっぱい失敗して、成功もして、悔いのないように生きるんだって

柚子:お姉ちゃん……

 颯:大丈夫。なんて無責任な事は言えない。でも、俺にこんな素敵なことを教えてくれた朝陽さんのことを俺は信じたいんだ

柚子:……

 颯:朝陽さんと海斗さん、ちゃんと二人で向き合って、二人にとって悔いのない選択をするって

柚子:……うん……

 颯:そのためには俺たちが手を貸すことだってしたっていいと思わない?

柚子:うん

   




●湖畔公園・金曜日・昼

   公園でシートを広げ座る二人。


朝陽:ごちそうさまでした

海斗:お粗末様でした

朝陽:サンドイッチとコーヒー、すっごくおいしかったです!

海斗:それならよかった

朝陽:このコーヒーはもしかして立花さんが淹れてくれたんですか?

海斗:……何故?

朝陽:なんとなくそんな気がしたんですが……違ってました?

海斗:いえ。今日のコーヒーは僕が淹れました。ブレンドは祖父ですが

朝陽:やっぱり

海斗:(小さく)……朝陽さん……

朝陽:え? 呼びました?

海斗:いえ。ありがとうございます

朝陽:そんな! お礼なんて……私の方こそ、ありがとうございます!

海斗:え?

朝陽:お休みの日に私の我儘に付き合っていただいちゃって

海斗:そんな。こんなのは我儘の内に入りませんよ。僕も楽しみにしていたんですから

朝陽:(嬉しそうに微笑んで)よかった。実は、お誘いをいただいた時からピクニックでここに来るの凄く楽しみだったんです

海斗:そうだったんですか

朝陽:はい。ここの公園、幼い時に家族と来た思い出の場所なんです

海斗:あぁ、お誘いさせていただいた時におっしゃってましたね

朝陽:はい。きっと柚子から両親のことは聞いてると思いますけど、こんな風になっちゃう前はすっごく仲が良くて

   今ではあんなだから、ここが私にとっての家族との一番大切な思い出の場所なんです

海斗:……そうなんですね……

朝陽:あぁ! ごめんなさい! 暗い話がしたかったわけじゃなくて!

海斗:わかってますよ。とても大切な場所だってことを僕に伝えてくれようとしたんですよね

朝陽:はい!

海斗:ちゃんと伝わってます

朝陽:立花さん……

海斗:だから安心してください

朝陽:はい。……もったいないな……

海斗:え?

朝陽:こんなに楽しくて嬉しい瞬間もリセットされちゃうなんて……

海斗:……

朝陽:……残せたらいいのになぁ

海斗:っ!


   海斗、朝陽を後ろから抱きしめる。


朝陽:え?

海斗:……

朝陽:た、立花さん? どうしたんですか?

海斗:(少し震えた声で)……すみません……少しだけこのまま……

朝陽:どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?

海斗:なんでもないんです……なんでも……

朝陽:立花さん?


朝陽:(M)それから少しの間、私は立花さんに抱きしめられた

   いや、「抱きしめる」という表現は正しくないかもしれない

   それはまるで何かに縋っているような、そんな空気だった

   その後、「すみません」と言って立花さんはいつもの立花さんに戻った

   戻ったはずなのに……なんだろう、この違和感は……何かが胸に痞えている……

   私は何かを取りこぼしているのだろうか





●公園・土曜日・昼

   ベンチに座る朝陽と颯。

 

 颯:それで、俺を待ってたんですか?

朝陽:……はい。颯君なら何か知ってるんじゃないかなって……

 颯:なるほど、そう来たか

朝陽:え?

 颯:瀬戸内さんって勘が鋭いのに忘れっぽいですよね

朝陽:……

 颯:え? あ、違います違います! 嫌味とかそんなんじゃなくて!

朝陽:……わかってます……ただ、おっしゃる通りだなって……

 颯:あぁ、そんな顔しないでください! あぁ……今回も極刑決定じゃん……

朝陽:え?

 颯:いや、なんでもないです!

   それで……立花さんの事で胸に何か痞えている感じがすると?

朝陽:はい……

 颯:瀬戸内さんに一つ質問です

朝陽:はい

 颯:それは嫌な感じがしましたか?

朝陽:嫌な感じ? それはしませんでした。どちらかというと……

 颯:どちらかというと?

朝陽:……申し訳ないような、寂しいような……そんな感じでした……

 颯:なるほど……だからその違和感の正体を知りたいと

朝陽:はい

 颯:……なんで俺に聞こうと思ったんですか? 

   妹さんとか、立花さんご本人とか、俺よりも適任の方は居たんじゃないですか?

朝陽:立花さんに聞くのは違うなって思ったんです。妹には聞こうかと思ったんですけど、きっと教えてくれない気がして

 颯:それはどうして?

朝陽:妹は『今』の私を大事にしてほしいって

   だから、『過去』の私について聞いてもあんまり教えてくれないんです

   なので、自分の日記になら何かヒントがあるかもって思って読み直してみたんですけど、わからなくて……

 颯:それで俺にってことかぁ……

朝陽:はい。何か知りませんか?

 颯:う~ん……知ってるって言えば知ってるし、知らないと言えば知らないって言うのが俺からの答えですかね

朝陽:それはどういう……

 颯:瀬戸内さん

朝陽:はい

 颯:俺は貴女の味方になりたい。貴女の想いは常に貴女のもとにあって、貴女の物であるのが一番いいと思うから

朝陽:はい

 颯:でも、『今』の貴女を大事にしたいと思う人たちの想いを俺一人の判断で勝手にぶった切るのは違うと思うし、しちゃいけないと思うんです

朝陽:……はい……

 颯:(困った顔をして)そんな顔しないでくださいよ。ねぇ、瀬戸内さん。この前俺が渡した過去からのお手紙、持ってますか?

朝陽:え? あ、はい。家にあります

 颯:少しくらいのずるは許されますよね

朝陽:え?

 颯:あれ、実は先週、『過去』の貴女から受け取った手紙なんです

朝陽:『過去』の私?

 颯:そう。少しでも『今』の私と同じ道をたどりそうになったら渡してほしいって、一週間前の貴女に言われていたんです

朝陽:同じ道?

 颯:瀬戸内さん、帰ったら手紙と『過去』の貴女の日記をもう一度よく見て下さい

朝陽:日記を?

 颯:なんで日記がルーズリーフだと思いますか? 本当なら、一冊のノートの方が管理しやすいはずなのに

朝陽:……

 颯:日記を書いていない日はありませんでしたか? 日記に空白の日が存在していませんか?

朝陽:……

 颯:貴女の想いは貴女のものだから。ちゃんと受け取ってください

   そして、もし、また来週の『未来』の貴女に何か残したいと思ったら、俺に連絡をください

   紙でもデータでもなんでもかまいません。『未来』につなげる手助けをさせてください。『未来』の貴女にそれを渡すタイミングも言ってくれれば出来るだけ希望に沿います

   まぁ、今回もそれ必要となるかはわかりませんが

朝陽:颯君……どうして……?

 颯:(優しく微笑んで)『過去』の貴女に希望をもらったから。だから、俺も貴女にそれを返したいんです





●颯のバイト先・土曜日・夜

   バイトが終わり、裏口から出てくる颯。


 颯:お疲れ様でした~。お先です

海斗:……颯君

 颯:うわぁ! 立花さん! 何でここに?

海斗:ちょっと君に話があってね。柚子ちゃんから今日はここでバイトだって聞いた

 颯:おぉ、流石、柚子っち。俺のこと把握してくれてる~

海斗:この後、時間大丈夫?

 颯:もちろん、大丈夫っすよ

海斗:じゃあ、ちょっとだけ付き合って。この時間だとファミレスくらいしか開いてないけどいいかな?

 颯:もちろん。俺、今日賄い食べてないので……ねぇ、立花さん

海斗:(小さくため息をついて)わかったよ

 颯:ごちです!





●ファミレス・土曜日・夜

   向かい合わせに座る、海斗と颯。


海斗:(店員さんに)以上でお願いします。ありがとうございます

 颯:ありがとうございます。それで、どうして店の所で俺のこと待ってたんですか?

海斗:……颯君に改めてお願いをしておこうと思ってね

 颯:お願い?

海斗:これ以上、朝陽さんを惑わすのは止めてほしい

 颯:惑わす? 俺が? そんなことするわけないじゃないですか

海斗:じゃあ、今週の君の行動は何だい?

 颯:……そんなに俺の行動が気になりますか?

海斗:……

 颯:怖いですか? 朝陽さんが心変わりしちゃうかもしれないのが

海斗:は?

 颯:それともまた貴方を好きになってしまうことが

海斗:っ!

 颯:目が怖いですよ

海斗:颯君、君は……

 颯:(遮って)立花さんはどうしたいんですか?

海斗:え?

 颯:立花さんが瀬戸内さんのことをめちゃくちゃ考えてるのは知ってます

   柚子っちにお願いして自分に対しての想いが書かれている部分は意図的に隠しているくらいですもんね

海斗:……どうしてそれを?

 颯:何週間か前の瀬戸内さんから聞きました。日記に不自然な点があるって。だからいろいろ協力してほしいってね

海斗:……気付いてたのか……

 颯:何週間か前の瀬戸内さんは。それで、もう一度聞きます。立花さんはどうしたいんですか?

海斗:……

 颯:それ位の気持ちなんですか?

海斗:え?

 颯:どうしたいか俺に聞かれて、言い淀むくらいの覚悟なんですか?

海斗:僕は……

 颯:何週間か前の瀬戸内さんは選びました。貴女との未来について。だから、行動して、俺がいます

   俺は全面的に彼女を助けるつもりです。彼女の想いは彼女のものであるべきだと思うから

海斗:……

 颯:……いいんですか? 俺が横から瀬戸内さんを……

海斗:(遮って)させない

 颯:それはどっちの意味で?

海斗:……朝陽さんは僕の愛おしい人です

 颯:(ため息をついて)覚悟、決まってるじゃないですか

海斗:え?

 颯:なら、さっさと行動に移しましょう

   あんな素敵な人、放っておいたら俺じゃなくてもちょっかいかける輩はいっぱい出てきますよ?

海斗:颯君?

 颯:あぁ、安心してください。俺、瀬戸内さんの事、人として好きなんで

海斗:……

 颯:なんで、お二人の邪魔はしませんよ? ただ……

海斗:ただ?

 颯:立花さんが最低なことしたら、横からかっさらって、柚子っちと一緒にどこかに逃亡します

海斗:(苦笑して)……肝に銘じるよ

 颯:はい。よろしくお願いしますね





●瀬戸内宅・朝陽の部屋・土曜日・深夜

   自室にてノートを開く朝陽。


朝陽:(M)柚子が自分の部屋に入って行って寝入ったのを確認し、私は自分の部屋で日記を開いた

   颯君が言っていた「空白の日」が本当にあるのか探す

『過去』の私からは毎日日記を書こうって言われていたから、本当にそんな日があるなんて思わなかった

だから、見落としていたんだ。書かれた『日付』というものを……


朝陽:……本当に無い……


朝陽:(M)颯君の言っていたことは本当だった。私の日記には空白の日があった

   何故? どうして? 頭の中が疑問でいっぱいになる

   思わず叫び出したくなるのを必死に落ち着かせ、颯君からもらった手紙を開く

   そこに欲しかった私の答えがあると信じて





●カフェ『メーア』・日曜日・朝

   カウンターの中で開店準備をしている海斗。


海斗:……っと。これで大丈夫かな?

   (ため息をつき)日曜日……また明日から新しい一週間か……

   颯君にああは言ったものの……どうしたら……


   店のドアが開く。


海斗:っ!

朝陽:……

海斗:(優しく微笑んで)瀬戸内さん、おはようございます

朝陽:……

海斗:瀬戸内さん?

朝陽:……海斗さん……

海斗:っ! なんで、その呼び方を……

朝陽:『過去』の私に教えてもらったんです

海斗:……

朝陽:柚子と立花さんが隠していた日記の一部、その内容を一週間前の私から教えてもらいました

海斗:どうやって?

朝陽:柚子に渡していた日記。その内容の一部を他の紙に書いて保管してたんです。何か月も前から

   立花さんへの想いを書いた部分がある日記は弾かれてしまうと気が付いた『過去』の私が

海斗:そんなに前から……

朝陽:なんでこんなことを……なんて責めるつもりはありません

   柚子と立花さんのことだもの。きっと、『今』の私の気持ちを大事に生きてほしいって思ってくれたんですよね?

海斗:……瀬戸内さん……

朝陽:でも、ちょっと悲しかったです

海斗:っ!

朝陽:私のことを思ってのことだってわかってます

   でも、この想いが『未来』の私を縛る悪いものだって思いたくはないんです

   どんなことになっても、私の記憶の、気持ちの一部なんだから

海斗:……それでも……

朝陽:立花さん?

海斗:僕は貴女に囚われてほしくはなかったんです

   月曜日に記憶がリセットされる貴女の負担にはなりたくなかった

   貴女は優しい人だから、記憶が無くても日記に書いてあれば僕のことを愛そうとしてくれるでしょう

   例え、そこに愛という感情が産まれなかったとしても……

朝陽:立花さん……

海斗:だから柚子ちゃんに頼んで僕に関する所だけ抜き取ってもらってたんです

朝陽:……本当に私のことを大切に想ってくれているんですね。嬉しいです

海斗:申し訳ありません

朝陽:謝らないでください! だって、全部私のことを思ってしてくれてたことなんですよね?

海斗:……それは……

朝陽:だったら、ごめんなさいはいらないです

海斗:……

朝陽:ねぇ、立花さん

海斗:はい

朝陽:私は今日が終わったらまた記憶がリセットされます

海斗:……はい

朝陽:だから、『今』の私からお願いです

   今日書く予定の私の日記を『未来』の私に残させてください

海斗:え?

朝陽:『今』の私はきっと『過去』の私よりも立花さんに対しての想いには勝てません

   だから、これから積み重ねたいんです

海斗:え?

朝陽:貴方への想いを

海斗:それは……

朝陽:『過去』の私は何度もの貴方に恋をした。それは紛れもない事実

   だから、またはじめましてから始めるのは止めにしたいんです

   私は何度記憶がリセットされても貴方に恋をする

海斗:断言、するんですね……

朝陽:はい。だって、自分のことですもん

海斗:……

朝陽:だから、立花さんも覚悟を決めてください

海斗:覚悟?

朝陽:(にっこり微笑んで)私にずっと恋をされる覚悟です

海斗:っ……

朝陽:私、これでも結構しつこいんですよ?

海斗:……それは、僕の台詞です

朝陽:え?

海斗:貴女の為なんて言っておきながら、本当は僕が怖かったんです

   記憶がリセットされた新しい貴女に恋人としての自分が拒否されてしまうんじゃないかって……

朝陽:……立花さん……

海斗:でも、もうやめます。貴女にそんなことを言われたら、僕が覚悟を決めないなんて馬鹿じゃないですか

   わかりました。これからの日記はそのまま、何が書かれてあっても残してもらうよう柚子ちゃんに頼みます

朝陽:はい

海斗:でも、これだけは必ず書いておいてください

朝陽:はい?

海斗:僕のことを無理矢理好きになったりなんかしないでほしいって。そんな雁字搦めの貴女の心は欲しくない。嫌なんです

朝陽:わかりました。必ず書きます。書いて『未来』の私に伝えます

海斗:瀬戸内さん……また朝陽さんって呼んでもいいですか?

朝陽:もちろんです

海斗:朝陽さん

朝陽:はい

海斗:今日から、ここから、はじめましょう。僕たちの積み重ねを

朝陽:はい。海斗さん……





●公園・日曜日・昼

   公園のベンチに座る、颯と柚子。


 颯:それで?

柚子:なに?

 颯:よかったの?

柚子:よかったもなにも……お姉ちゃんがそうしたいって思うんなら私には止める権利はないよ

 颯:そっか……

柚子:うん。これは『今』のお姉ちゃんが選んだことだから

 颯:……そうだな

柚子:うん。ってか、「よかったの?」ってあんたが聞く?

 颯:……俺、余計なことしちゃったかな?

柚子:きっかけ作った人間がよく言うわ

 颯:いや、だって!

柚子:わかってる。お姉ちゃんから頼まれたんでしょ? 私だって頼まれたら悩むし、揺らぐよ

 颯:……柚子っち

柚子:なに?

 颯:ちょっといじけてる?

柚子:はぁ?

 颯:どうしてお姉ちゃんは私じゃなくてこいつを頼ったんだって思ってない?

柚子:それは……思ってる

 颯:やっぱり

柚子:なんでこんなに身近にいる頼れる可愛い妹じゃなくて、こんないい加減で軽そうな馬鹿を頼ったんだろうって

 颯:散々な言われようだな……

柚子:でも、それもお姉ちゃんらしいってわかってるから

 颯:そっか

柚子:だから、私に勝ったとか思わないでね?

   私の方がお姉ちゃんの中でのランクは上なんだから!

 颯:そこ?

柚子:そこ!

 颯:へいへい、わかってるよ

柚子:当然

 

 間


 颯:……これからまた大変になるかもな……

柚子:かもね。ってか、それもあんたが言う?

 颯:うっ……いや、今更ながらすっげぇことしちゃったんじゃないかって……

柚子:マジで今更

 颯:……はい……

柚子:でも、これでよかったんだよ

 颯:……おう

柚子:あんたにも責任取ってもらうからね!

 颯:はい! 俺にできることならなんでも!

柚子:とりあえず!

 颯:はい!

柚子:今日はとことん飲む! 付き合え!

 颯:えぇ!





●カフェ『メーア』・月曜日・朝

   カウンターの中で開店準備をしている海斗。

   店のドアが開く。


朝陽:……

海斗:(入口の朝陽に気が付き)あ……

朝陽:えっと……おはようございます

海斗:はい、おはようございます

朝陽:はじめまして、今週もよろしくお願いします、海斗さん

海斗:改めまして、今週もよろしくお願いします、朝陽さん

朝陽:(M)少し奇妙な挨拶。それが私の一週間の始まりの合図

   新しい記憶を保持することが出来ない私の、新しい一週間の始まり

   そして、大切な人との大切な日々の始まりの合図だ



―幕―



2024.05.21 HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:JUN様