パリの椎隆子2
好評?シリーズ第2弾!!
前回は叔父が送ってくれましたデータで構成しましたが
今回は我が家のアルバムから選びました
とはいえあまりにあるので……(>_<)
また来月シリーズ3をお届けします!
まずはパリのサル・ガヴォーという由緒あるホールで開催されました
バッハコンクール(ピアノ)ジュニア?部門で優勝したときの写真です
このときの賞状もありますが、どこにあるのか……家のどこかにあります(笑)
こういう由緒ある立派なホールを子供達に解放させるのが、さすが芸術の国です
授与の時の写真です いくつか持ってますが、一枚しか残ってないぞ……
曲はバッハの平均律1巻から2曲(課題曲と自由曲)を弾いた記憶が……
お次 我が家前で撮影 植木があるのが我が家です
パリの隣のヌイイ市、ブローニュの森近くです
最寄り地下鉄の駅は「サブロン」です ぐぐってみてね!
同じく着物シリーズ
隣はフランス語の家庭教師リディアです
母の着物を着させてもらってご満悦でした
フランス語ですが、Rの発音が日本人には難しいです
「うがいするように出してね」と彼女に言われ、マスターしました(笑)
シャンソンを歌うときにはこのRを響かせないと、感じが出ませんよ~~
ちなみにリディアはユダヤ人です
祖父達は第二次世界大戦中ニューヨークへ逃げたそうです
宝石商のお嬢様です まあ、ダイヤモンドといえばユダヤ人だよね!!
このリディアは高校生くらいのとき、ロシアへホームステイしたそうです
そのとき「緑の目、神秘的なイケメン」とあわや一線を越えそうになったとか(笑)
この話のおかげで私の中でロシア人は
「緑の目、神秘的なイケメン」となりました
(私の漫画でロシア人が出てくるといつもこのパターンです)
通りを挟んで向かいで撮影しました
私、姉、リディア、母です
この後母はアンドレという(笑)美容師に
「マダム、あなたはこちらの髪型の方が似合う」と言われ
ボブ(おかっぱ)になります 以降、死ぬまでボブでした(笑)
アンドレ、さすがです~ こっちのがふけてるもんなあ
家の前で、姉、母と
コンセルジュのおばあちゃんが入ってすぐ右側に住んでまして
ヴェニュスという犬を飼ってました
なぜか家族で私だけなつかれまして、行くとべろべろなめられたなあ~
我が家は1階でしたが、上の階には外務省の日本人ご家族も住んでました
近所には大蔵省の方もいましたので、この辺りは官庁系日本人御用達
ブロック?だったのかも~(うちの父はデパート関係ですが)
その後25歳くらいの頃、母とパリへ旅行に行きました
もちろん、我が家へも行きましたが、我が家はお医者さんの診療所?になってました
また、行きたいなあパリ~
パリというか、ヌイイに行きたい!! ブローニュにある
「ジャルダン ダックリマッタッシィオン」とう遊園地と
「バガテル」というバラが美しい庭園には本当によく行きました
そういえば母は、上に書きました外務省夫人と「エマニュエル夫人」映画を
見に行ったそうです(笑) かーちゃん……
映画と言えば、母とディズニーの映画を見に行きましたら
もう上映が終っていて、しかたなく次の映画「タワーリングインフェルノ」という
パニック映画を見ました
どうして夢溢れるディズニーからこんな火事のパニック映画になったのか(笑)
でも、面白い映画でした
大人になってから見ましたが、監督がもともとドキュメンタリーの方だそうで
割と淡々と話しが進んでいきます
スティーブマックリーンがかっこいいです
今でも時々見返す映画です、おすすめします
(次回は「パリの椎隆子3」です)