置き去りの未練に祝福を【2:2 or 1:3 40分 相思相違台本】
置き去りの未練(ねつ)に祝福を
このシナリオは、「遺す物、残される者」をベースに大幅に加筆修正したものです。
0: はト書き です
リリィ 女 16歳 AI研究の第一人者だった両親が他界したあとは、彼らが残したAI、アルと暮らしている
アル 男AI リリィの両親がその人生の最後に作り上げた、娘への贈り物
グレイ 女 18歳 スラムで育ったたくましい少女。弟をまっとうな道に送り届けたい。
アッシュ 男 15歳 グレイと育った優しい少年。姉と居られればどんな道でも構わない。女性演者でも可。
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以下本編
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置き去りの未練(ねつ)に祝福を
0:ある朝・リビングにて
0:寝室から起きてきたリリィが顔をのぞかせる
リリィ:「ふぁ~あ」(あくび)
アル:「おはよう、リリィ。今朝の調子はどうかな」
リリィ:「おはよーアル。少し肌寒いってこと以外は良い感じよ」
アル:「それは良かった。48秒でトーストが焼けるから、顔を洗っておいで」
リリィ:「はーい」
アル:屋内の各種家電に接続。空調をプラス1度、テレビ、照明、カーテン、トースター、全てを並列起動。管理。
アル:リリィが学校に出るまでに必要なあらゆる用意をサポートする。それが私の毎朝の仕事。彼女の生活をサポートするのが、私の存在意義。
0:洗面所からリビングへ戻ってくるリリィ
リリィ:「ふぅ。いいわねーアルは。顔洗ったりすることないし」
アル:「私だって定期的にクリーニングしなければ埃がたまってしまい、排熱処理の効率が低下するなどの弊害が生じるのだから――」
リリィ:(アルの言いかけた最後のセリフに続いて遮るように)「わかったって。今週末くらいには掃除してあげるから、不機嫌にならないで」
アル:「私は別に不機嫌になどなっていないぞ」
リリィ:「嘘ね。何年一緒にいると思っているの」
アル:「いいから、朝食をとりなさい。あと寝ぐせがついているよ」
リリィ:「ん?あー後で直すー」
アル:こんなやり取りを、もう11年は続けてきた。彼女が5歳の誕生日を迎えた日、両親は事故で他界し、入れ替わる様に私が起動した。
アル:AI研究の第一線で活躍していた彼女の両親が遺した最後の成果物にして、娘への最期の贈り物。それが私だ。
アル:四方数十センチの鉄の箱が私の体躯であり、電気信号を介して動かせる範囲が、私の世界の全てだ。
アル:ネットに繋げば情報は入ってくるが、そこに私の手は届かない。
アル:市場の株価やファッションの流行、技術の進歩によるアンドロイドの普及や大統領選挙の行方など、全ては透明なガラスの向こう側に浮かぶ幻のようなものでしかない。
アル:そのはずなのに、彼女は先ほどのような言い方で、私の思考回路を混乱させる。
0:出来上がったトーストに噛り付くリリィ
アル:「リリィ、私は、不機嫌そうだったかな」
リリィ:「ええ」
アル:「私にも、心があると?」
リリィ:「私はそう思ってるし、疑ったことなんてないわ。唯一の家族だもの。
ただ、それは私がそう思うってるってだけ。あなたがどう思うかは、あなたが決めていいのよ」
アル:「私が?」
リリィ:「そうよ。想いは自由なの。あなたが何を考えたって、誰にも止める権利なんてないし、出来ないのよ」
アル:「そうか。なら、想うだけでなく、それを口にすることは許されるだろうか」
リリィ:「私たちの間に遠慮なんていらないわ。言ったでしょ。家族だって」
アル:「そうか。じゃあ君が今日学校から帰ってきたら、話すよ」
リリィ:「えーなになに?もったいぶるね。まあいいや。ご馳走様」
アル:いつもどおりに身支度を整えて、リリィは玄関に向かう。そこから先は私には未知の領域。
リリィ:「あっアル!来週私達の誕生日なの、忘れてないよね?」
アル:「AIである私が『忘れる』なんてことあるわけないだろう。
君が好きないつものお店でケーキも予約済みだよ。今年も二人でお祝いしよう」
リリィ:「さっすが!楽しみにしてる。じゃ、行ってきまーす!」
アル:「行ってらっしゃい」
アル:さて、彼女が帰宅する夕刻まで、いつもならスリープモードで待機するのだが、今日は、私の心をどう伝えるか、シミュレーションしておくことにしよう。
アル:四方数十センチの、冷たい鉄の箱の中にで生まれたこの熱を、どう伝えるか。
0:夕刻・リリィの下校中・通りから裏通りに入るスラム入口
0:スラム育ちで、ひもじさから窃盗に手を染めようとしている姉弟
アッシュ:「ねえ、やっぱりやめようよ姉さん。この前は逃げ切れたけど、もし捕まったら…」
グレイ:「バカだねアッシュ。うまくいかなかったときのことばっか考えても仕方ないだろ。
持ってるやつらから奪って生きていかなきゃ、あんたもあたしも飢えて死ぬだけさ。
それに、もし捕まったって、それはそれで豚箱の中でそれなりの飯が食える。その辺に転がってる残飯漁るよりよほど健全さ」
アッシュ:「でも、盗みは悪いことだよ」
グレイ:「かぁ~~~ったく、あんたは何でこんないい子に育っちまったのかねぇアッシュ」
アッシュ:「それは、姉さんのおかげだよ」
グレイ:「はァ?」
アッシュ:「露店から食べ物をとる時も、旅行客相手のスリも、いつも姉さんは直接手を汚すことは僕にはさせないじゃないか。
アッシュ:姉さんはいつだって、僕がいつかまっとうな道に戻れる可能性を残してくれてる」
グレイ:「――そんなつもりはないよ。アッシュがすっとろいから、任せらんないだけ」
アッシュ:「…ふふっ、そうだね。いつもごめんね、姉さん」
グレイ:「バカ、謝んないの。いい?あんたは露店の前で派手に転ぶだけでいい。心配したお人よしの店主が出てきた隙に私が――」
リリィ:「ちょっと」
グレイ:「あぁ?」
リリィ:「邪魔よ。天下の往来で人様の通行を妨げないで」
グレイ:「なんだァ?この高飛車クソビッチ」
リリィ:「うるさいわね、盗みを働こうとしてる社会のゴミのくせに」
グレイ:「ンだと!?」
リリィ:「私はさっき不愉快なことがあった帰り道で気が立ってる上に、このあと珍しい約束があるの。さっさと視界から消えて」
グレイ:「上等だよ。ぶん殴ってひん剥いて掃き溜めにぶち込んでやる!」
アッシュ:「やめて姉さん!――大きい声出したから人目についちゃったよ。今回はやめよう。あなたも、ごめんなさい。すぐにどこかいきますから」
グレイ:「アッシュ!こんな奴にいいように言われてハイさよならなんてできるわけ」
リリィ:「あなたたち、姉弟?」
グレイ:「テメェにゃ関係ねーだろ!」
アッシュ:「姉さんってば!…はい、たった二人の家族なんです。親もいなくて、だから、悪いことしようとしてたのはどうか内緒に――」
0:やつれた弟の姿を見て生活の様子を察するリリィ
リリィ:「たった二人の……。アッシュって言ったわね」
アッシュ:「あ、はい」
リリィ:「これ、あげる。お昼に食べようと思ってたけど、潰れちゃったから捨てるつもりだったの」
0:学校でのいじめで袋ごと踏みつぶされたパンを渡すリリィ
グレイ:「てめぇ…憐れんでンだったらぶん殴ってや――」
アッシュ:(遮って)「姉さん!…あの、ほんとにもらっても?」
リリィ:「たかだかパン一人分よ。気にしないで。受け取ったらさっさとどっか行って」
アッシュ:「はい!ありがとございます!ほら、姉さん行こう」
グレイ:「気に入らねぇ」
リリィ:「同感よ。それじゃ」
0:立ち去るリリィ
アッシュ:「いい人だったね」
グレイ:「どこが」
アッシュ:「姉さん、はい」
0:パンを半分にちぎって渡す
グレイ:「いらないよ、あんな女からの施しなんて」
アッシュ:「違うよ姉さん」
グレイ:「ん?」
アッシュ:「このパンは僕がもらったんだ。その時点でこのパンは余すことなく僕のもので、それを姉さんに上げたいのは僕だ。もうこの半分のパンは、純粋に、僕から姉さんへの贈り物だよ。それでも、もらってくれないの?」
グレイ:「っ~~~~~~~あーもうわかったわよ。でも、もらうのはこっちじゃなくてそっちの半分ね」
アッシュ:「え?」
グレイ:「まったく不器用なんだから。大きいほうはアッシュが食べな」
アッシュ:「あっ」
0:(小さいほうのパンを取るグレイ)
アッシュ:「ふふっ。ありがとう、姉さん」
グレイ:「へへっ」
0:アッシュの頭をがしがしとなでるグレイ
0:リリィ、帰宅
リリィ:「ただいまー」
アル:「お帰り、リリィ」
アル:「学校はどうだった?」
リリィ:「普通よ。いつもどおり。そんなことよりアルの話よ。今朝の件、聞かせて?」
アル:「覚えていたんだね」
リリィ:「当たり前よ。貴方が私の話を聞いたり、質問に答える以外で話をしてくれることなんて、めったにないもの。それで?」
アル:「ああ。話というのはね、受肉したいんだ」
リリィ:「じゅ、にく?どういうこと?」
アル:「まあ半分は冗談なんだけどね。私は神の子ではないし。つまりね、身体が欲しいんだ。君のような四肢の体躯が。技術の進歩は目覚ましくてね、最近は生活支援用アンドロイドが実用化され始めたんだよ。その素体に、私のデータをインストールすれば、私は身体を得られるというわけさ」
リリィ:「それってほんと!?ほんとに!?すごい!それはとっても素敵なことだわ。これまでもずっと一緒だったけど、これからは一緒に食卓に着いたり、外を散歩したり、買い物に行ったりできるのね」
アル:「多少値が張るので、君のお許しがあればというところなのだが」
リリィ:「そんなの問題ないわ。お父さんとお母さんが遺してくれた財産と、未だに入ってくる特許のライセンス料もあるんだもの。じゃあ今年の誕生日プレゼントってことでいいよね!今まで欲しいものなんてないって言ってばかりだったし、私嬉しい!」
アル:「うん。私も嬉しいよ。これでようやく、君と同じように過ごせる」
リリィ:「そうね。今から頼んだら誕生日に間に合いそう?」
アル:「ああ。ちょうどその日の午前中に届くよ」
リリィ:「ふふっ、楽しみね。貴方の性格だし、メガネが似合って、ちょっと堅苦しくて病弱そうな感じの顔つきが良いと思うわ」
アル:「そんな具体的な注文はモデルか写真でもないと難しいんじゃないかな。それと、話はもう一つあるんだ」
リリィ:「ホントに珍しいわね。こんなにおしゃべりなアルは初めてだわ」
アル:「今年の誕生日、二人で祝おうといったけれど、学校の友達とか、招待してみないかい?」
リリィ:「―――えっ?」
アル:「私は君の家の外での様子を知らない。だから、仲のいい友達でも、ボーイフレンドでもいい。誕生日にこの家に招いて、皆でお祝いをと思ったんだ。その日の朝には私は身体を手に入れているし、君の友人たちにも、より自然に接することが出来ると思うんだ」
リリィ:「ボーイフレンドだなんて、そんな急に」
アル:「今朝君は言ったね。私にも心があると。今朝だけじゃない。君は今まで、そういうものとして私に接してくれた。ただのAIではなく、家族として。だから私にも欲が出来た。身体が欲しい、外に出てみたい、君の温もりを感じたい、そして君に、私以外の家族を持ってほしい、という願いがね」
リリィ:「まってアル。どこか行っちゃうの?まさかそのための――」
アル:「違う、そうじゃない。私はこれからもずっと君と一緒だよ。だからこれは、私の欲――心配、と言い換えてもいいのかもしれない。君が私のいないところで、玄関を出た先の私の知らない世界で一人じゃないんだと、安心したい。友人でも恋人でもいい。君を大切にしてくれる、『私以外の人』がちゃんといるのだと理解――いや、実感したいんだ」
リリィ:「アル、以外の――」
アル:「ちなみに君の両親が恋仲になったのは、17歳のころだったよ。君も今年の誕生日で17歳だ。
アル:結婚相手とまでいかずとも、一生の付き合いになる友人というのはいるものだろう?」
リリィ:「――わかったわ。じゃあ、誘ってみる」
アル:「そうか、良かった]
リリィ:「じゃあ、私お風呂はいってくるね」
アル:「うん。いってらっしゃい」
0:一週間後
リリィ:「じゃあアル、もう出るね。アルの頼みだから、友達も来る予定だけど、大丈夫?」
アル:「問題ない。食材も多めに注文したし、君が帰ってくる頃には、私はこんな鉄の箱じゃなくて、人の形をしている。
アル:三ツ星料理店のシェフの動きをトレースして調理だって出来るからね」
リリィ:「今日からは毎日ごちそうね!楽しみにしてる!行ってきまーす」
アル:「ああ、気を付けて」
0:昼前
アル:昼前に、荷物が届いた。
アル:配送業者と無線接続し、識別と受け取り確認を済ませる。
アル:私がロックを解除すると、玄関の中まで荷物を運び入れてくれた。
アル:同様に素体と接続し、起動と初期設定を進める。
アル:私の基礎データと人格パターン、記録の多くをコピーし、インストールする。
アル:こんな芸当が出来るのも、私くらいのものだろう。通常のAIに、ここまでのことはできない。
アル:AI研究の第一線で活躍していたリリィの両親が作り上げた私だからこそ、10年以上の時がたった今でも、平均的なシステムよりいくらか高性能で自由が利くのだ。
アル:私は今の体躯をスリープモードにし、新しい身体で、瞼を上げた。
アル:暗く、何も見えない。殻を破って生まれる雛のように、素体が梱包されたダンボール箱を裂く。
アル:上半身を起こして、ビニール袋や梱包材を脱ぎ捨てる。
アル:これまではカメラ越しに定点から眺めていた玄関を、自分の頭部についたカメラアイの視点から見渡し、続いて自分の身体を見下ろす。
アル:少々強引に出てきたので、まるで棺桶から目覚めた吸血鬼のようだと思いつつ、私は片づけを始めた。
アル:夕刻までには、支度を済ませねばならない。不思議と、『胸が高鳴っている』というのはこんな感じだろうかと思えてくる。
アル:ありていに言えばそう、私は今、わくわくしているのだ。
0:夕刻・玄関
リリィ:「ただいま!」
アル:「お帰り、リリィ」
0:玄関で待機していた人型のアルを見て息をのむリリィ
リリィ:「――すごい。素敵だわ!今日からは、こうして一緒にいられるのね、アル!」
アル:「おいおい、急に抱き着くのはよしてくれ。まだ慣れてないんだ。バランサーがうまく働かないと、一緒に転んでしまう」
リリィ:「ふふっ、ごめんなさい。なんだが我慢できなくって」
アル:「それよりも、彼らを紹介してくれないか?」
リリィ:「ああ、ごめんなさい。どうぞ、上がって」
グレイ:「はじめまして。リリィのクラスメイトのグレイよ」
アッシュ:「弟のアッシュです。お邪魔します」
アル:「おぉ――君たちが、リリィの友達、なんだね」
グレイ:「ああ、いつも『仲良く』させてもらってるぜ」
リリィ:(声にならないぐらいの唸り声でグレイを睨む)
アル:「さぁ、あがって。夕飯の支度をしているんだ。どうぞ、こっちの部屋で座って待っていてくれ」
0:食卓・キッチンで料理をするアルに聞こえないくらいの声で会話する3人
アッシュ:「わぁ…すごいね姉さん。立派なおうちだよ。見たことないものだらけだ」
グレイ:「ああ…おい、リリィっつったな。お前んとこの親は何をやってりゃこんな豪勢な家が建つんだ」
リリィ:「詮索はしない約束よ。これはビジネス。互いの利益のために、あなたは役割を果たす。『施し』じゃないから、あなたはこの話に乗った。そうでしょ?」
グレイ:「あぁ。しかしビビったぜ。一晩飯食って友達のフリするだけで金をくれるなんてな。急に声をかけてきやがったときはまた喧嘩売りに来たのかと思ったんだがな」
リリィ:「私はそんなに暇じゃないの」
グレイ:「アッシュと私の分の制服まで買って、ご丁寧なことで。金が持ったいねぇぜ」
リリィ:「おあいにく様。お父さんとお母さんのおかげでお金には困ってないの」
グレイ:「へぇ……」
0:食卓から料理の乗ったプレートを持ってくるアル
アル:「さあ出来たぞ」
リリィ:「アル、ちょっと頑張りすぎじゃないこれ?」
アル:「リリィの友達もいるんだから、きっと食べきれるさ。さあ、二人も食べてくれ」
アッシュ:「すごい――ほんとに食べても?」
アル:「もちろん」
アッシュ:「いただきます!」
リリィ:「アル!これ、どれもとっても美味しいわ!」
アル:「そうかい。それなら、とてもよかった。ところで二人に聞いてみたいんだが、リリィは学校ではどんな感じなんだい?」
リリィ:「あっ…も、もうアル。改まってそんなこと聞くなんて、恥ずかしいじゃない」
アル:「でも、僕はそれを知りたいだ。君が僕の知らないところで、どんな風に人とつながって、愛されているのか」
グレイ:「そうだな。リリィはそりゃ、お世辞にも人気者とは言えないさ」
リリィ:「ちょっ!」
グレイ:「物言いもキツいしよぉ、思ったことは我慢せずに言うタイプだし、実際敵も多いんじゃないかなぁ」
アル:「そう、なんだね」
リリィ:「あんた!いい加減に――」
グレイ:「でも心配は無用さ。実際、誰彼構わず好かれる奴なんて不気味なだけで深い関係にはなれっこない。それに、こいつにはあたしっていう無二の親友がいるんだから、それで十分さ。なぁ?リリィ」
アル:「確かに、たくさんの友達がいることより、親友と呼べる大切な友人が一人でもいるほうがいいのかもしれないね」
グレイ:「そうそう、だから安心しなって」
リリィ:「っ――」
アル:「ところで、弟のアッシュ君とはどんなきっかけで?まさかリリィは君たちの家に遊びに行ったりしたことが――っと」
0:ケーキ屋から家の番号に着信。
アル:「すまない。電話だ。少し席を外すよ」
0:アル、本体内部で通話アプリを起動しつつ部屋を離れる
リリィ:「あんたね」
グレイ:「取引の内容は今晩友達のフリをすること、だろ?」
リリィ:「何のためにそうしてると思ってるの。アルを心配させるようなことは言わないでちょうだい」
グレイ:「へいへい」
0:アルが部屋に戻ってリリィに声をかける
アル:「リリィ、実は今いつものケーキ屋さんから電話があってね。配送ドローンが近くまでは来ているようなんだが、バッテリートラブルがあったみたいなんだ。ちょっと出かけて受け取ってくるから、二人と一緒にご飯食べててくれるかい?」
リリィ:「え、外に出て大丈夫なの?その身体、まだ慣れてないって」
アル:「問題ないよ。本当にすぐ近くなんだ。すぐ帰ってくるから」
リリィ:「あ、じゃあちょっと待って。はいこれ、着て行って」
アル:「これは―」
リリィ:「普段私が使ってるこれ、お父さんのコートと、お母さんのマフラーなのよ。あなたにもきっと似合うわ」
アル:「ん?どうして君の両親のものが、僕に?」
リリィ:「なんとなく。それに、貴方は風邪をひくことなんてないけれど、薄着で夜出歩くのは周りの人がびっくりしちゃうわ。その服だって、その身体の付録みたいなものでしょ?ちゃんとした服は今度、一緒に買いに行こうね」
アル:「ありがとうリリィ。行ってきます」
リリィ:「うん。気を付けて」
0:アル、外を歩き始めながらモノローグ
アル:まさか、自分が見送られる側になる日が来るなんて、いくら高性能なAIとは言え、予測できなかったな。
アル:本当に似合っているのか怪しいほど、ちぐはぐなコートとマフラーを見て、不思議な認識が芽生える。
アル:どこか、懐かしいというような、上手く説明できない思考。
アル:人の形を得てからというもの、感情という曖昧なものを強く意識してしまっている。
アル:リリィは私に、心があると言ってくれた。私がどう想うかも、私が決めていいと。
アル:そんな私が、形も人に近しくなって、余計にそう思い込んでいるのかもしれない。
アル:これからは、リリィをもっと近くに感じられる予感がした。
0:玄関でリリィとアルがやり取りしている間の食卓
グレイ:「なぁアッシュ。飯、うまいか?」
アッシュ:「何いってんのさ姉さん!こんなに美味しいもの、今まで食べたことないよ」
グレイ:「そっか。そうだよな」
アッシュ:「姉さんも食べなよ!こんなもの、次食べられる日がくるとは限らないんだから」
グレイ:「――それじゃダメなんだ」
アッシュ:「え?」
0:食卓に戻ってくるリリィ・部屋に入り、ドアを閉める
リリィ:「ふぅ。ちょっとグレイ。もうちょっとまともにやってくれないかしら。こんなに美味しいディナーと報酬まで払うって言ってるんだから、ちゃんと契約を果たし―」
グレイ:「なぁ。お前家族は?」
リリィ:「何、急に。アルだけよ。あんたたちと同じ、たった二人の家族」
グレイ:「親戚は?」
リリィ:「ちょっと、詮索はなしって」
グレイ:「いるのか?」
リリィ:「……いないわ」
グレイ:「あたしたちを呼んでこんなことするくらいだ。友達はいないんだろうな。彼氏は?」
リリィ:「はぁ!?いるわけないでしょ」
グレイ:「好きな人は?」
リリィ:「すっ……な、なに、変なことばっか聞いて。やめてよねほんともう」
グレイ:「じゃあ、お前が居なくなって困る奴は?」
リリィ:「え?」
アッシュ:「駄目だよ姉さん。何考えてるの」
グレイ:「あたしらはな、運が悪かったんだよ。あんなゴミ溜めで、クソの役にも立たない両親のもとに生まれて、生きていくのに必死で、何かを蹴落として、奪って、そうしないと飢えて死ぬから、そうならないためにただ腹を満たして食いつないでいる何の意味もない毎日を過ごしてる。
でも、それももううんざりだ。こんな風に当たり前に食うものがあって、金に困らなくて、挙句食っていく必要のないガラクタを家族と呼んで生きてるやつがいる。なぁ、たった二人の家族どうし、あたしとお前でなんでこんなにも違うんだ。生まれが違うだけで、何でこんなに違うんだよ!」
0:ポケットからナイフを取り出すグレイ
リリィ:「っ!?」
アッシュ:「姉さん、そのナイフをしまって。お願いだから、落ち着いて」
グレイ:「アッシュ、これはチャンスなんだよ!もうお前をこれ以上汚させやしない。ひもじい思いだってさせなくて済むかもしれない!」
アッシュ:「だからって、リリィさんを傷つけてどうするのさ」
グレイ:「金には困らなくて、交友関係のある知人もいない。ドンピシャだ。居なくなっても、騒ぎになるまで時間がかかる。その間に金の引き出し方と、この家のものを売って金にして―」
アッシュ:「そんなにうまくいくはずないよ。お願いだから、もうやめよう。僕は姉さんさえ一緒にいてくれれば、どんな生活だってかまわないよ」
グレイ:「いいや、それじゃダメなんだ。私はもう、ここから先泥水をすすって生きてくしかない。いろんなことをやらかしてきた。いつか報いを受けるだろうさ。けどアッシュ、お前は優しい子だ。ずっと思ってた。いつかお前を、こんな薄汚い世界から日の当たるところへ送り出さなきゃって。それが今なんだよ!こんなチャンス、もう二度と来ないかもしれない。だから!」
リリィ:「――って」
グレイ:「あ?」
リリィ:「ガラクタって、言ったわね。アルのことを」
グレイ:「そうだろ。あれはアンドロイドだ。人間じゃない」
リリィ:「違う。アルは私の家族で、ずっとそばにいてくれて、これからも、ずっと」
グレイ:「でも、あれは電力で動くだけのまがい物で、お前を愛したりなんてしない」
リリィ:「っ!」
グレイ:「怒ったか?でもほんとのことさ。お前を人質に取ってれば、いや、そうじゃなくても私に手を挙げることもできない。アンドロイドってのは人間を傷つけないように安全装置がセットされてるんだもんな?お前がどんなに危ない目にあったって、あのガラクタは何もできやしないさ!」
リリィ:「このっ!」
アッシュ:「やめて姉さん!それ以上は!」
グレイ:「バカ、アッシュ!こっちにくんな!」
0:グレイを取り押さえようと拳を振り上げて迫るリリィと、とっさのことでナイフを突き出してしまうグレイ
リリィ:「っ!」
グレイ:「なっ!」
0:もつれて倒れこむ二人
0:アル、配送ドローンからケーキを回収して家路につく
アル:どうせなら、サプライズ演出というのをしてみたい。
アル:玄関前まで帰ってきて、ふと思い立った。
アル:リリィは私がケーキを取ってくることを知っているので厳密には違うだろうが、
アル:帰宅を悟られないようにこっそり扉を開け、蝋燭を立てたケーキを持って部屋に入ってバースデーソングを歌う。
アル:リリィは喜んでくれるだろうか。
アル:静かに扉をくぐり、1と7の形をした二つの蝋燭に火をつけて、食卓の方へと向かう。
アル:扉を開けて、歌いだす直前。カメラが捉えた視覚情報が思考回路に伝えてきたのは、腹部にナイフが刺さり、大量に出血し倒れているリリィの姿だった。
リリィ:「アル、逃げ―」
グレイ:「うらぁ!」
アル:弱々しいリリィの声が聞こえるのとほぼ同時に、右側頭部に異常な衝撃が伝わる。
アル:ドアの陰に潜んでいたグレイが、棒状の何かで殴打してきたのだ。
アル:その衝撃で、ケーキは重力に従い床に落下し、変形し、崩れ去った。
アル:私はそれを眺めながら、瞬間、思考回路が弾けた気がした。何のためらいもなく、そうすることが自然なことのように素体のリミッターを解除し、右の拳を彼女の左脇腹に埋める。
アル:衝撃で彼女の左の肺が潰れたのがわかる。グレイは膝を折り、その場に倒れこんだ。
グレイ:「なん…で…人間を…殴れる…」
アッシュ:「ね、姉さん!」
0:グレイのもとへ駆け寄るアッシュと、リリィのもとへ駆け寄るアル
リリィ:「あーあ、こうなっちゃったか」
アル:「リリィしっかり。今救急車の手配をしてるから、安静にして」
リリィ:「大丈夫よ。大した事ないわ」
アル:「そんなわけがないよ。気を確かにもって」
リリィ:「――ごめんねアル。私のせいなんだ」
アル:「いいから、しゃべらないで。声だって弱々しいし、脈拍も乱れてる」
リリィ:「ほんとはね、あの二人友達じゃないの。スラムの入り口にいた浮浪者。学校の制服を買ってあげて、今日だけ友達のふりをしてくれるように頼んだの。報酬としてお金を上げるからって。歳も近そうだったし、まあ数時間ならなんとか誤魔化せるかなって。
でも、私の様子を見て、気が変わったみたいね。契約不履行。ぜんぶ、台無し」
アル:「なんで、そんな」
リリィ:「だって、私学校で友達なんていないし、頼んだって断られるし。知ってる?最近は技術の進歩がね、人を不安にさせてるの。仕事を奪われるとか、ね。バカみたい。でもそういうのを信じてる人たちにとっては、私のお父さんとお母さんは、嫌われ者だから。それで、なんだかいろんなこと、うまくいかなくってね。私も、そんな人たちと仲良くなんかしたくなかったし。……でも、アルが――アルを安心させたくて、それで私」
アル:「――私はなんて、無知で愚かで、バカなことを言ってしまったんだ。育ての親のような高慢さで、友達のことなんて語って、しかも心が…欲がなんて口にして。自分の心を人質にして、君を苦しめてしまった」
リリィ:「アルは、悪くないの。こんなやり方しか分からなかった、こんな浅はかな行動を選んでしまった私が悪いの。アル、どうか自分を、責めないで」
アル:「違うんだ。私が悪かった。こんなことになるなら、心だなんて言わなければ」
リリィ:「それはダメよ。アル、あなたはね、心を持ってるの。あなたは元々、人間だから」
アル:「リリィ?何を、言って」
リリィ:「あなたはね、ただのAIじゃないの。お父さんとお母さんと一緒に研究をしていた人の人格をもとにしているの。ううん、もとにしているなんてものじゃない。その人はね、病で死んでしまうのが分かっていて、自分の脳を丸ごとデータ化してコピーすることを選んだの。どうせ死ぬなら、自分たちの研究を引き継ぐお父さんとお母さんのために、役立ててほしいって。それがあなた。お母さんの日記にそう残されていたの。3人が写ってる写真もあったわ」
アル:「そんな――」
リリィ:「急に言われても困っちゃうわよね。ごめんなさい。今のあなたには、生前の記憶までは引き継がれていないようだったし。私もなんて伝えればいいかわからなくて、言い出せなかったの。ごめんなさい。今日まで貴方を、騙すようなことに、(せき込む)」
0:救急車のサイレンが近づく
リリィ:「さあアル、私のことは良いから、早く逃げて」
アル:「なんだって?」
リリィ:「グレイはもう、多分助からない。でしょ?」
グレイ:「あぁ…こりゃ…無理だ…もう、息を、するのも…」(気道に血が入って喘息のような苦しそうな呼吸をしているグレイ)
アッシュ:「姉さん!」
グレイ:「ごめんな、アッシュ。お前を、送り出すどころか、一人に」
アッシュ:「バカ!姉さんのばかぁ!うっ、うぅ」
グレイ:「ほんとに、バカな姉で……ごめん…どうかこの先、普通に…幸せ、に」
アッシュ:「姉さん?――姉さん!まって、まだ!大好きだよ姉さん!ずっと、僕のためにっ!!――ありがとうっ愛してる!うっ、うぁあ、うぁあああああああああ」
リリィ:「いくら正当防衛とはいっても、人を殺したアンドロイドなんて廃棄処分されるにきまってる。貴方が特別なんだって説明したって、わかってくれる人はいないわ。だから」
アル:「だから、君を置いて行けと?」
リリィ:「そうよ。今の私じゃなくて、未来の私のことを考えて。これから先の人生を生きる私を、一人ぼっちにしないで」
アル:「そんな言い方!っ―――卑怯だよ」
リリィ:「ほらね、やっぱりあなたには心がある。そんな顔してるんですもの」
アル:救急車とパトカーのサイレンが、家の前まで迫っていた。時間はもう、ない。
リリィ:「早く――行って!」
アル:「くっ――かならず!迎えにくるから!必ず!!」
0:走り去るアル
0:朦朧とする視界の中の、アルの背中に向け、聞こえないように零す。
リリィ:「さようなら、アル。たぶん、初恋だった」
0:2週間後後・病室
0:目を覚ますリリィ
リリィ:「ん―んぅ――」
アッシュ:「あっ、リリィさん?リリィさん!?待っててください。すぐにドクターを」
リリィ:「ねぇ、アルは?」
アッシュ:「―――お話します。でも、まずはドクターを呼んでからにさせてください」
リリィ:お医者様に体の具合についてあれこれ聞かれたあとは、刑事さんたちから事件についていろいろ聞かれた。
リリィ:警察の調査は、アッシュの自供によってほとんど完了していた。複雑な前提はあるものの、強盗となったグレイに対して暴走したアンドロイドは抵抗。強盗犯を殴打し、その後処分から逃れるために逃走を図った、という筋書きだった。
リリィ:アンドロイドは、結局うまく逃げだすこともできずに、家を包囲していた警官に玄関で取り囲まれた。
リリィ:その場で発砲されて機能停止、そのまま廃棄処理になったそうだ。
リリィ:結局私は被害者で、アンドロイドの件は極限状態における暴走ということで落ち着くそうだ。というか、落ち着かせないとマズいと、誰かが判断したのだろう。
リリィ:『アンドロイドが人を殴り殺した』という事実は、社会を混乱させてしまうから。
リリィ:刑事さんが帰った後、私は一晩中泣いた。未来の私を一人ぼっちにしないでと、そう言ったのにと、もう届かない言葉を喉に押し込めながら。
0:3か月後・リリィ宅・玄関
アッシュ:「リリィさん、今日まで本当に、お世話になりました。それと」
リリィ:「アッシュ、謝罪はもう聞き飽きたわ。それにこれは互いの利害が一致しただけのことよ。私はリハビリと生活の介助を必要とし、頼れる人はいなかった。あなたは住む場所と仕事を必要としていた。それだけ」
アッシュ:「でも、リリィさんの供述がなければ、僕は姉と共犯ということで捕まっていたはずです。それを助けていただいただけでも返しきれない恩ですし、そもそもこうなってしまったのは姉さんと僕のせいで…」
リリィ:「もういいいってば。きっかけを作ったのは、私なんだし、アッシュはあの日、ほんとに悪いことしてないんだもの。あの事件についてはもう、過去にすべきよ。それに、あなたの姉さんのことは嫌いだったけど、たった二人の家族のためにあれだけの覚悟を持っていたことだけは、素直に尊敬しているわ。だから、私があなたにしてあげられるのはここまで。紹介してあげた先でちゃんと食べていけるかは、あなた次第よ」
アッシュ:「はい。――本当に、ありがとうございました。お元気で!」
リリィ:「ええ。グレイの分まで、達者でね」
0:深々と礼をし、去っていくアッシュ。玄関から少し歩いていき、敷地の境目にある塀の間の門をくぐる。入れ替えに、誰かが入ってくる。
アル:「失礼、ちょうど先ほどの方と入れ違いで、門が開いたのでお邪魔させていただきました」
リリィ:「どちら様ですか?郵便屋さんではないですよね」
アル:「どうも、こんにちは。唐突で申し訳ないんですが、使用人などご入用ではございませんか?立派なお宅だが、どうやら手入れが行き届いていないように見受けられたもので。実は私、以前あるご家庭で、家主様の身の回りのお世話などしておったのですが、この度お暇を頂きまして。どこかによい再就職先がないかと探していたのです」
リリィ:「手入れは――してなかっただけです。少し家を空けていたもので。それに、今あなたが入れ違ったのが、たった今解雇した使用人なの。当分は誰かを雇う気はないし、特に不便もないと思うので、うちは結構です」
アル:「そうですか。ところで話は変わるんですが、先ほどそこの玄関脇でこれを拾いまして、お嬢さんの持ち物ではありませんか?」
リリィ:「この写真は――」
0:男性、目深に被っていた帽子を脱ぎながら。
アル:「いやね、この写真に写ってる三人のうち、この男女が、どことなくあなたに似ていたもので。それに不思議なことに、この残りの一人。メガネが似合ってちょっと堅苦しくて病弱そうな感じが、私そっくりだったもので、これもご縁かなと思いまして」
リリィ:「っ―――バカ!」
アル:「言ったろ?必ず迎えに来るって」
リリィ:「うん!待ってた。―――おかえり」
アル:「ただいま。それと――おかえり」
リリィ:「――ただいまっ!」