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小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 6

2024.06.02 03:00

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 6

「待たせたな」

 荒川は羽田空港の地下一階、モノレール乗り場の前にあるフードコートに来ていた。空港に併設されているというよりはモノレールの乗降口の近くにあるフードコートで、羽田空港ビルの地下一階に位置しているが、しかし、立地から、急いでいるビジネスマンなどが来るような場所になっており、人が多いがあまり目立たない場所にある。「木を隠すなら森の中」という言葉があるが、フードコートは、人が多いが、しかし隣のテーブルに全く関係ない人が座っていてもあまりおかしいとは思わないし他人同士が近くにいても全く疑われない。そのうえ、ビジネスマンが多いということは、あまりほかの人の会話に入ってきた李、聞き耳を立てているような人も多くないのである。

「飛行機でも遅れたか」

「いや、何かつけられているような気がしてね」

 荒川は、そういってカバンの中から封筒を出した。

「気が早いよ」

 ビジネスマン風のスーツを着てはいるが、あまりサラリーマンには見えない、風体のあまりよくない男が、普段嵌り作らんあいであろう笑顔で言った。

「なぜ」

 この風体の悪い男を相手にしているのに、荒川は全く動じるようなところはなかった。

「写真を見てからにしたらどうだ」

「お前のことだ、別にしくじったりはしないだろ」

「いや、ボーナスを払いたくなるってもんよ」

 男は、そういって胸ポケットから封筒を出した。

 封筒の中には、写真が数枚とメモ書きが入っている。典型的な情報屋が、どこからか情報を持ってきたというような感じである。

「これは」

「中国人民解放軍の楊普傑という少尉だ。その辺のことはそのメモに詳しく書いてあるが、人民解放軍といっても情報畑、それも他国の工作何かをしているような奴らしい」

 男は、目の前にある牛丼に箸をつけながら言った。何か食べていないで話ばかりしていると怪しまれる。何か音楽を聴いているようなふりをして、イヤホンをつけ、それで会話をしているので、声が周りに漏れる心配はないが、それでも写真などを見ていた陸地の動きで誰にばれるかは注意しておいた方がよい。

「まだ日本にいるのか」

「いや、前の候との事件の後、暫く港区の奉天苑という中華料理屋の陳文敏という男のところにいたらしい」

「陳文敏ねえ」

「そのあと、陳が、一度中国い行った時に、一緒に中国に帰って、スバらく来なかったのだっが、そのあと突然この前一泊二日で東京に来たんだ。その時の写真がそれ」

 写真には楊普傑が空港からタクシーに乗ろうとして並んでいるところの写真らしい。それにしてもよくこのような写真を手に入れたものだと荒川は感心してしまう。感心しながら、荒川は、その写真の異様な部分に目が留まった。アタッシュケースを持っているのはおかしくはないが、そのアタッシュケースと手が手錠でつながっている。何か退勤や宝石などの重要なものを運ぶ場合はこのようにする場合があるが、それならば護衛くらいがついていてもおかしくはない。

「このかばんの中は」

「そこにどうも双子が入っていたらしいよ」

 双子とは、当然『死の双子』のことである。

「要するに、楊が持ってきたという事か」

「ああ、でも、持ってきただけで、それが使われたとき、つまり、羽田の取引の時には全く楊はいない」

 風体の良くない男は、そのように言った。

「では誰が」

「次の写真だ」

 荒川は、出張先の書類を確認する間のように次の髪を広げた。そこには、倉庫に入る林青の姿が移されていた。

「林青か」

「ああ、知っていたか。現在は、虎ノ門の会社の社長秘書ということで張紅蘭と名乗っているらしい。まあ、あの国は、パスポートを偽造することくらいは、朝飯前どころのものではないからな」

 風体の良くない男は、あきれたように言った。確かに中国という国は、蛇頭などが話題になったが、戸籍を作ったり、公式書類を偽造するということにかけては、北朝鮮と並んでかなり先んじている。もちろんその書類を日本で使えば、公文書偽造で犯罪であるが、中国人は早く中国に帰ってしまうか、あるいは外交官特権で逃げてしまう。国がらみで、犯罪をしているようなものである。

「接点は」

「そこの証拠はない。しかし、この二人があの倉庫であっていたことは確かだ。そして、その倉庫から出る帰りには、楊のかばんはなくなっていた」

「つまり・・・」

「つまり、あの倉庫の中に、少なくとも双子の保管施設があるという事、場合によっては、あの倉庫の中に培養施設があって増やしている可能性があるということだ」

 確かに、この男の言うとおりである。

「それだけじゃなく、他の菌がある可能性もあるので、簡単に踏み込むことは危険だといいたいのだろう」

「おお、さすが荒川さんだ」

「他の菌というのはどういうものがある」

「さあ、わからんが、死の三つ子や死の四つ子が出てくる可能性があるんじゃないのか」

「怖いねえ」

「ああ、本当にあの国は何を考えているかよくわからないよ」

「その中身を知ることはできないのか」

「荒川さんの頼みでもねえ」

 風体の悪い男は、少し離れた隣の席から立った。牛丼が食べ終わったので、その食器を返却口に持ってゆくということである。荒川もそれを見て慌てて席を立った。返却口で座席に背中を向けているときが、直接の会話と金の受け渡しのチャンスである。

「ぜに」

「いつも悪いねえ」

「本国の方も調べてもらいたい」

「ああ、手は回してある」

 風体の悪い男はそのままモノレール乗り場の方に消えた。荒川は、そのまま一階に戻りリムジンバスで大手町に向かった。この二人を見て、関係があると思った人はほとんどいないのではないか。全く挨拶も交わさずに、二人がいなくなった。

「ご苦労さん」

 東銀座の事務所には、嵯峨が一人で座っていた。

「長崎行ってきました」

「いや、あいつと会ってきたんだろ」

 嵯峨は、他に人がいないことを確認しながら言った。狭い事務所なので、確認しなくてもよいのであるが、しかし、やはり一応そのようなおころは確認をする癖がついている。

「情報屋ですか」

「ああ。あまり大きな声で言うな」

「はい、約束のものはもらってきました」

 荒川は、内ポケットから封筒を取り出した。

「写真か。こいつらが首謀者か」

「情報屋はそういっておりました」

 嵯峨は、写真よりもメモに目を通した。メモはA4のレポート用紙に4枚ほどまとまっている。その内容がどれもすべて見えているような感じだ。

「安斎は、相変わらずだな」

 荒川があっていた男は、安斎武といった。もともと東御堂信仁が舎人を組織していた時の関係で、情報を扱う専門家として様々なところに精通していた。世の中的な肩書はジャーナリストとなっていたが、本当は完全な情報屋である。彼の父は元警察庁長官であり、現在は警備会社の顧問をしているような人物であるが、安斎武自身は、その愛人の子供で、元警察庁長官は戸籍上は何の関係もないことになっている。その代わり、様々な情報を得ることができるのだ。楊の写真もほとんどが空港の防犯カメラの映像を静止画にしたものであった。

「とりあえずメモを読むか。でも、これをそのまま使えないのが残念だな」

 嵯峨は、そういうとまたメモを読み始めた。