第11回大阪読書会レポート:課題書『ロンドン・アイの謎』(執筆者・信藤玲子)
「ああ、すばらしい新世界」(O brave new world)――シェイクスピア『あらし』より
2022年10月22日、『ロンドン・アイの謎』を課題書とし、訳者の越前敏弥先生をゲストにお迎えして、大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。
コロナ禍を経て、およそ3年ぶりの対面読書会。はじめはちょっとドキドキしましたが、まさに「すばらしい新世界」の幕あけとなりました。
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『ロンドン・アイの謎』の主人公である12歳のテッドは、「ほかの人とはちがう仕組みで動く」聡明な頭脳を持ちながら、他人の気持ちを推し量ることのできない、いわゆる〝空気を読めない〟男の子。そのため、両親や姉のカットをいらだたせてしまい、冷たい仕打ちを受けることもめずらしくありません。そんなテッドの目の前で、いとこのサリムがロンドン名物の観覧車ロンドン・アイに乗ったまま姿を消してしまいます。テッドはカットと力を合わせて、この謎を解明すべく捜査を開始するのですが……
なんといってもこの物語の最大の特徴は、テッドやカットの成長を描いたYA小説としての楽しさと、謎解きミステリーとしてのおもしろさというふたつの魅力をあわせ持っている点にあります。読書会でもこのふたつの視点から物語を読み解くことになりました。
YA小説としては、「素直な気持ちになれた」「素直に楽しめた」という感想が多く寄せられました。ときに邪険に扱われるテッドに胸を痛めたという声や、テッドの目線から描かれるおとなたちの姿が興味深かったという声も。心を落ち着かせ、冷静に仮説を立てて謎を解こうとするテッドとカットと、あわてふためくおとなたちが対照的に描かれているところも、この物語のユニークな特徴です。実際に弟をお持ちの参加者からは、いつも「お姉ちゃんでしょ」と言われるカットに共感したという意見もありました。
とりわけ、気象マニア、嘘がつけない、国営放送のような話し方……というテッドの個性に注目が集まりました。周囲から浮いてしまうテッドと、学校で「パキ」(パキスタン系、インド系移民をさげすむ呼称)と呼ばれることもあるサリムが、心を通わせる場面が印象的だったと大半の参加者が語っていました。冒頭で引用したシェイクスピアの『あらし』が、テッドとサリムの関係を深める重要な役目を果たしています。越前先生によると、テッドが気象マニアであるからこそ、よく知られている『テンペスト』という題を採用せず、あえて『あらし』にしたとのことです。
ちなみに、嘘がつけないテッドですが、越前先生のこぼれ話によると、12月に刊行予定の続編『グッゲンハイムの謎』ではすっかり成長しているようで……テッドも汚れたおとなの仲間入りをしたのでしょうか? 心配です。なんとしても続編を読んでたしかめなければなりません。
この物語のもうひとつの魅力、謎解きミステリーとしては、「伏線がきちんと張られていることに感心した」「いったいどれが伏線なのか、結末を読むまでわからなかった」という感想がいくつも挙がりました。最後までハラハラドキドキしたという声も。
YA小説でもありミステリーでもあるということから、『自由研究には向かない殺人』を思い出した参加者も。たしかに、どちらの小説も頭脳明晰な少年少女が探偵になる点にくわえ、人種差別の問題がさりげなく描かれている点も共通しています。
人種差別のみならず、この『ロンドン・アイの謎』はたいへん読みやすく楽しい小説である一方で、街が再開発されることによって、貧しい人たちの住処が壊されるジェントリフィケーションの問題も背景として描かれています。常に弱者やはみ出し者の視点に立って物語を創作した、作者シヴォーン・ダウドの姿勢が伺えます。
このレポートを書いている世話人Nは、生まれも育ちも京阪沿線、天満宮で産湯をつかった人間であり、ロンドンには足を踏み入れたこともないのですが、ビッグ・ベンやセント・ポール大聖堂といった歴史のある建物が並ぶロンドンの光景において、ロンドン・アイは異彩を放っているとのことです。たとえるならば、京都の鴨川沿いにいきなり観覧車が建てられるようなものでしょうか。
こちらのサイトで、今年の5月にロンドンを訪れた越前先生による写真を見ることができます。近々ロンドンに行く予定のある参加者もいらっしゃったので、ロンドンについての話も盛りあがりました。
さて、次に読むべきオススメ本、「観覧車や遊園地が出てくる物語」として挙がったのは、以下の作品です。
・『観覧車は謎を乗せて』 (朝永理人著 宝島社文庫)
・『何かが道をやってくる』 (レイ・ブラッドベリ著 大久保康雄訳 創元SF文庫)
→2022年11月刊行の小学館世界J文学館に金原瑞人訳が収録されるようです
・『スプートニクの恋人』 (村上春樹著 講談社文庫)
・『ジョイランド』 (スティーヴン・キング著 土屋晃訳 文春文庫)
・『エラリー・クイーンの新冒険』(エラリー・クイーン著 中村有希訳 創元推理文庫)
→所収の「暗黒の家の冒険」は、おばけやしきで殺人が発生する物語です
・『悪夢の観覧車』 (木下半太著 幻冬舎文庫)
・「絶景万国博覧会」(小栗虫太郎著 青空文庫などで読めます)
・『夜行観覧車』 (湊かなえ著 双葉文庫)
・『真っ白な嘘』 (フレドリック・ブラウン著, 越前敏弥訳 創元推理文庫)
→短編「メリーゴーラウンド」が収録されています。このほかにも、フレド リック・ブラウンの多くの作品において移動遊園地が舞台となっています。
・『Curious toys』(エリザベス・ハンド 未訳)
→1915年のシカゴの遊園地で発生した少女連続殺人事件を描いたミステリー
……と、話が尽きなくなってきたところで終了の時刻に。来年こそは、どうか懇親会もできますように!
約3年ぶりの対面読書会を終えて、物語とは読者を「すばらしい新世界」へ誘うものであり、みんなで物語の感想を語り合うことによって、さらに新しい「すばらしい新世界」(重言ですが)へ進むことができるのだとあらためて気づかされました。
また次回も、よろしければどうぞお付き合いください。
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